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第15回「深夜の告白」

お久しぶりです。





「どうもー、トーマスフレアです」

「はいー」

「いきなりですけどもね、横田さん」

「何ですか」

「今週はなかなかにインパクトのある出来事がありまして」

「みたいやねえ。セリから聞いたわ」

「何と、我らが番組のハガキ職人が」

「はいはい」

「局にまさかの入り待ちというね」

「まだおんねんなー、そんなことする熱い子。最近パッタリ見いへんもんね」

「そやねん。新鮮やったわ」

「若い子?」

「若いで。まだ高校生やってん」

「平日に来たらあかんやん」

「そやで。だからもう、キャーン言わしてやったよ」

「怒ったんや」

「怒ってはないかな。しゃべった」

「怒ってないんか。キャーン言うてないやん」

「聞いたらな、何か体壊した友達のためやって言うからやなあ、怒られへんかったわ。詳しいことは本人の名誉ために言わんけど」

「ええ子やん。そら怒ったらあかんわ」

「でもビルに無理やり入って、警備員さんと追っかけっこしらしいで」

「マジか!見たかったそれー」









あれから無事家に帰った僕は、予想通り両親にこってり怒られた。でも内容は「連絡の一つくらいよこせ」というもので、「なぜそんなことをしたのか」とネチネチ理由を問いただされなかったのは救いであったし、疑問でもあった。


その後わかったのは、どうも妹が暗躍してくれていたらしいということで。


「あのお兄が大胆なことするなんて、きっとあの女の子がらみだよ!」


とかばってくれたらしい。鋭い。


素直に助かったと言うべきか。でもあいつに借りは作りたくなかったな。



ともかく今は木曜の23時過ぎ。アメイジングナイトの放送だ。

前半のトークで金城さんがさっそく触れてくれた。ラジオネームは出さずに。破門されるかと覚悟もしていたが、何とか助かったようだ。やれやれ。


しばらく聞いていると、スマホが鳴った。LINEの音だ。


「ん……うわっ」


画面を見て思わずベッドから起き上がる。


送り主は、久松さんだった。











『ラジオ聞いてる?いつもの場所で待ってる』





僕はパジャマの上にパーカーとジーンズを着て、スマホ片手に部屋を出た。あ、返信しないと。それにあれも持っていかないと。




『わかった。すぐ行く』




なるべく音を立てないように靴をはき、玄関のドアに手をかける。


「お兄」

「はうっ」


何とか声をこらえて振り返る。


パジャマ姿の史奈が立っていた。


「……心臓に悪いぞ、お前」

「久松さんから連絡あったの?」


史奈がニヤニヤと笑う。いつもなら「笑うな」とか「うるせえ」とか言えるけど、何も言い返せない。これだから借りを作りたくないんだ。


「あー、そうだよ。バカにしたきゃしろよ」

「バカになんてしないよ」


言うと、玄関に下りて僕の背中をバンバンと叩いた。


「痛えよ」

「私も久松さん大好きだから、結果はどうあれがんばってよ。わざわざ東京まで行ったんだし」

「……」

「はい、家のカギ。帰ってきたら、ちゃんと戸締りしといてよ」

「お、おう」


カギを受け取ると、史奈はぐいっと僕を追い出し玄関にカギをかけた。


何だ、言いたいことだけ言いやがって。











見慣れているはずの公民館は、深夜になると全く別の建物に見えた。外装の古さが見えないからだろうか。



自転車をとめて入口へ歩く。


入り口前の階段前に、彼女が立っていた。街灯が、少し離れた場所からスマホを耳に当てている彼女の横顔を照らしている。

その顔は、何度も見たはずなのに、長いこと見なかったようでもあり。

とにかく久松さんはちゃんと生きているし、病院にいなくても大丈夫な状態なのは見てわかった。


僕の足音に気づいたのか、彼女がパッと弾かれたようにこちらに顔を向けた。


「えっと……久しぶり」


立ち上がった彼女はスマホをポケットにしまい、両手の指を合わせてもじもじしつつ、目をそらして言った。

珍しくロングスカートだ。そもそもスカートはいてるのは制服以外で初めて見た。


「あ、うん、久しぶり。電話はいいの?」


僕も何となく目をそらす。

久松さんの肌がいつもより白く見えたのは、夜のせいか、それとも。


「電話じゃなくて、ラジコでアメイジング聞いてたの。リアルタイムで少しでも聞きたいから」

「そ、そうなんだ。うん、それはわかる」


しばしの沈黙。

先に根負けしたのは僕だった。


「体は、大丈夫なの?」


いかん。色々すっとばして直球で聞いてしまった。それに大丈夫だからここにいるんだろうに。


彼女は両手を広げてくるりと一回転した。


「大丈夫だよ。見ての通り」

「そうか。入院したって聞いたから」


言うと、久松さんの眉間にシワが寄った。


「誰に?」

「え?ほら、あの、と」


トミー。富井君。

と、僕が会ってることは久松さんには内緒だ。


「と?」


彼女の片眉が上がる。


「と、と、となりのクラスの人」

「ふーん」


目を細めて僕を見る。


「いいけどね。私も大体気づいてたし」

「あ、そうなの?富井に聞いた?」


言うと、彼女は語気を強めて言った。


「やっぱり!し……戸崎君、私に内緒でトミーと会ってるでしょ」

「えっ」


カマかけられた!我ながらチョロいぞ!


「い、い、いや、まあ、何だ。その、向こうから話しかけてきて、その後流れで」

「何が流れでよ!まったく、だったら早く私に言ってくれればいいのに。会わせないように気をつかって、のけ者にされてたらバカみたい」

「そんなつもりは……いや、でもそうなるな。悪い」

「別に、今さらもういいですけど」


言うと、久松さんは腕を組んでそっぽを向いた。

僕は後頭部をかきながら言った。


「それで……ちょっと聞きにくいことなんだけど」

「あ!だめ、私が先!」


僕をさえぎって、久松さんがずんずんと近づいてきた。思わず1歩あとずさる。


「え、あ、何?」

「さっき金ちゃんが言ってた、ビルに乱入したハガキ職人、あれ戸崎君でしょ!」

「う……」


やっぱりバレた。それで呼ばれたんだ。


「……」

「どうなの!?」

「……そうです」

「やっぱり!何でそんなことしたの?」


僕はもう一歩後ずさり、口を開いた。


「えっと……まず」

「うん」

「君のネタをパクったこと、ちゃんと謝りたい」

「……」

「ごめん」

「……そんなの」


久松さんは首を横に振った。


「そんなの、全然気にしてない」

「そうなの?」

「そうだよ。だってずっとボツだった私のネタが、初めて読まれたんだよ。それに戸崎君が初めて私のネタを認めてくれたってことだもん。嬉しかったよ」


そういう解釈をされるとは、夢にも思わなかった。


「そうだったのか……てっきり」

「てっきり、何?」

「……失望されたかと思った」


言うと、久松さんはただでさえ大きな目をさらに見開いた。


「何で失望するの?」

「だって、どんな理由があろうと人のネタをパクるなんて最低だ。それに……呼び方とか……」


久松さんは気まずそうに視線をそらした。


「あー……師匠って呼ばなくなったこと?」

「……うん」

「気を悪くしないでほしんだけど」


意外だ。からかわれなかった。


「何言われても悪くは思わないよ。悪いのは僕だし」

「そう言ってもらえると安心する」


どことなく照れくさそうに、久松さんは笑った。


「あのね、ここ最近さ、アメイジングでハガキ読まれなくなってたじゃない」

「う、うん」


事実だけにグサッと刺さる。


「それって、私のせいかなって」

「……」


心臓が止まりそうになる。

彼女に言われて今わかった。


なぜ下ネタが書きにくくなってしまったのか。


なぜ彼女に失望されたと思ってあんなに落ちこんだのか。


なぜ学校をさぼって有り金はたいてまで東京に行くなんて無茶なことをしたのか。


なぜ金城さんに久松さんのネタを読んでやってくれなんてバカなことを頼んだのか。


ああ、そうなのだ。


僕は。


僕は、彼女のことが。









「私がさ、師匠師匠って呼んで持ち上げすぎちゃったせいで、君のプレッシャーになちゃったのかなって」

「そんなことは……ないと思うけど」

「だって、私のネタをパクるくらい追い詰められてたんでしょ?」

「う」


意地悪く笑う彼女。


「そう言われれば、そうかもしれない」

「でしょ?あ、そうだ。大事なこと忘れてた。東京で金ちゃんと横ちんに会ったの?」

「横田さんはいなかったけど、金城さんに会った。あと、サンシャインのイベントで会った芹川さんもいて」


僕は東京での一部始終を説明した。

下手な説明だったかもしれないけど、久松さんは立ったまま、何度もうなずいて、時に上手に相槌を打ちながら聞いてくれた。


ラジオネームパプリカこと、久松さんのネタを金城さんに読んでもらおうとした、という段になって、彼女は血相を変えた。


「ちょっと何してくれてるの!?そんなのインチキじゃない!それで読まれたって、私全然嬉しくないよ!」

「うん。冷静に考えたら今はわかる」

「じゃ、何でそんなことしたの」

「連絡しても何も返って来なかったし、その、あの時は君が重い病気で死ぬかもってとこまで思い込んじゃって。そしたら、このまま謝れずに、何もできないままお別れするんじゃないかってとこまで考えちゃって。ほら、ラジオなら病院でも多分聞いてると思ったし」


久松さんは小さなため息をつき、ほっぺをポリポリとかいた。


「どうせトミーのバカが思わせぶりなこと言ったんでしょ?」

「え?」

「悪気は無いんだけどね。あいつ変に気をつかいすぎて誤解される表現することあるから」


そう言われればそんな気もする。


「じゃあ、そんなに重い病気じゃなかったの?」

「うん。一昨日退院して、二日間家で療養。明日から学校行けるよ」

「そっか……」


良かった。

久松さんは死なない。

もう師匠と呼んでくれなくったって、彼女はここにいるのだ。


脚から力が抜けて、その場にへたりこんだ。


「ちょっと、大丈夫?」

「良かった……本当に良かった」


涙が出てきた。

僕にも女子の前で泣くなんてみっともないという見栄くらいある。

でも今はそんなことどうでもいい。

何度も袖口で涙をぬぐい、ぼやけた視界に彼女が映る。


「あー……もう、しょうがないなあ」


腰に手を当てて、久松さんは言った。


「ぐすっ……ごめん、いきなり。何か力が抜けて」

「それはいいけどさ。あのね、私が何の病気で入院してたか教えてあげる」

「え、い、いいのか?個人情報とか」

「本人がいいって言ってるんだからいいの。その代わり、絶対笑わないでよ!」


笑う?


僕は立ち上がって言った。


「病気の話で笑うヤツがあるか」

「本当に?」

「当たり前だ」


しばらくモゴモゴ言った後、久松さんは小さな声で言った。


「……なの」

「ん?ごめん、もう一回」


今何て言った?


意を決したように、今度ははっきりと、彼女は言った。


「痔なの。痔の手術で入院してたの」


痔。


時間が止まる。変なストップウォッチも押してないのに。


「痔って……」

「……」

「アナルか!」

「絶対言うと思った、バカ!」


久松さんにバシバシ二の腕を叩かれながら、僕は思い出していた。

自転車にかたくなに乗らなかったのも、いつも公民館のイスに浅く座っていたのも、そういうことか。


申し訳ないけど。

怒られるから我慢するけど。



笑える。



「あ、今笑った!」

「笑ってない、笑ってないって!痛いよ!」









帰り際、僕は久松さんにキーホルダーを手渡した。


「何、これ」

「東京で金城さんにもらった。すぐ別のに変わっちゃった、レアな番組グッズだって」

「くれるの!?」

「あー、うん。何のお詫びにもならないけど」


久松さんはキーホルダーを街灯に照らし、嬉しそうに笑った。


「ありがとう。すっごく嬉しい。でも本当にいいの?君にくれたんでしょ?」

「うん、全然」


やめた方がいい。

頭のどこかから警告が\聞こえる。



お前は何を言おうとしている。

何をやろうとしている。

今までだって、ロクな結果にならなかった。

今さら彼女が受け入れるわけないだろう。



今さら。


「久松さん」

「ん?」

「僕は……」

「うん、何?」

「今さら、こんなこと言われても困るかもしれないけど」

「……うん」


久松さんの顔がちょっとだけ固くなるのがわかった。


「僕は、君が」

「待って!」


彼女の一言に、僕は無言で固まる。


「それ以上言わないで」

「……」

「君のことは嫌いじゃないよ。でも私、こうやってトーマスフレアのこととか、ラジオのこととか話せる友達ずっと欲しかったからさ、すごく今楽しいの」

「……うん。僕もだ」

「だから、友達の関係が変わると、それがダメになっちゃうと思う。実際、何度もそういうことあったし」

「それは……」


彼女なんていたことない僕には未知の世界だ。そういうものなのか?

何も言えない。


「だから、ごめんね」

「あ、いや、別に」


何も言ってない。

僕は一言も言ってない。


「これ、やっぱりもらえない」

「え」


キーホルダーが僕の手に帰ってくる。


「じゃあ……おやすみ。ごめんね、わざわざ呼び出して」

「いや、全然」


彼女が立ち去っていく後ろ姿を、僕はキーホルダーを握りしめながらぼんやりと見つめていた。


特攻する前に基地がバレて爆撃されたようなものだ。

僕は玉砕すらできなかったのだ。






つづく

あとちょっとで終わります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 史奈さん妹だけど男前。 でも玉砕さえ出来なかった彼が可哀想。 更新お待ちしております。
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