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第13回「東京ゾンビ」

お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません。




東京行の深夜バスって、自動的に東京駅に連れて行ってくれると思ってた。

何だよ、バスタ新宿って。


バスから降りた僕は半ば寝ぼけた頭で、走り去るバスを眺めていた。冷たいコンクリートのコースに次から次へとバスがやって来る。たぶん日本各地から。


スマホの電源を入れてみる。乗ってる間は一応マナーモードにして、さらに電源を切っていた。着信やメールが山ほど来そうだったし、ほかの乗客にひんしゅくを買うのもイヤだったから。


案の定、母さんと妹からの着信とメールがたくさん届いている。久松さんからは無い。


とりあえず、


『ごめん。今日中には帰る』


とだけ母さんに返信した。こんな返事で納得するとは思わないけど、捜索願いなんて出されたら困る。


さて。

と、僕はスマホの現在時刻を見つめる。


朝6時。


金ちゃんが有楽町のスタジオに入ってハガキを選ぶのは、確かいつもお昼過ぎだとラジオで言っていた気がする。

お昼過ぎって、また幅広いな。いや、でも当面の問題は。


ここバスタ新宿から有楽町まで、どうやって行くのかという話だ。








乗り換えアプリで調べたところ、JR中央線で新宿駅から神田駅に行き、そこから山手線か京浜東北線に乗り換えれば有楽町に着くようだ。

乗り換えは少々不安だけど、名古屋の地下鉄でも乗り換えくらいあるし、行けば何とかなるだろう。


そう思ってた。さっきまでは。


「はあ……はあ……無い」


さっきから同じところをグルグル回っている気がする。

とりあえず外に出ればJRの乗り場が見えるだろうと思って出てみたけど、一向にJR新宿駅が見当たらない。小田急という文字しか見えない。

小田急ってロマンスカーの小田急か?そんなの乗ったら箱根に連れてかれちゃうじゃないか。


もう時間は6時半。かれこれ30分歩きまわっていることになる。まだ早朝と言っていい時間帯なのに、とにかくサラリーマンが山ほど歩いている。

僕もいつか、この中の一人になるのかな。いや、そもそも大学行けるのか?就職できるのか?


……やめよう。寝不足の頭で考えてもロクなことが浮かばない。


「あ」


遠目にもわかる、緑色のベスト。明らかに着ているおじさんに似合っていない。孫からのプレゼントでないなら、あれは明らかに補導員だ。

こんな朝早くから始動しているとは計算外だった。年寄りだから朝が早いんだ、きっと。


左腕に紺の腕章も見えた。やばい。

僕はとりあえず階段を下りて新宿駅の中に逃げ込んだ。


「……あった」


見慣れないグリーンのJRが見えた。東海はオレンジなのだ。

そんなことはともかく、JR新宿駅は階段を下りた地下1.5階のような変な場所に存在した。これが新宿のダンジョンというヤツか。さっそく東京の洗礼を受けてしまった。

初見でわかるか、こんなもん。


僕はマナカに1000円チャージして、キョロキョロしながら何とか東京方面の中央線に乗り込んだ。


中央線は見慣れたオレンジだった。









神田駅のホームに下りた。まだ朝早いのに信じられない人の多さだ。でもこの中で東京生まれの東京育ちの人は何割いるんだろう。地方の人をバカにする東京人は意外と地方出身者が多いと聞くが。

階段を下りて緑色の案内板を目指して歩くと、意外と簡単に山手線が見つかった。何だ、結構チョロいな東京。


段々と増え始めた人混みをかきわけ、ホームへたどり着く。ちょうど来てた列車を逃したと思ったら、1分後くらいにもう次のが来た。そんな間隔でよく激突しないものだ。


ダークグレーのスーツの波に流されながら、何とか山手線に乗り込んだ。やれやれ。名古屋の東山線も藤が丘方面はいつも混むけど、ちょっとレベルが違うな。名古屋より殺気立ってる。


「次は、秋葉原、秋葉原です」


発車して車内アナウンスが次の停車駅を告げる。秋葉原か。一度行ってみたいと思っていた街だけど、今回はそんな時間は無い。無念だ。

僕は何気なくドア上部の路線図を見上げた。


「……あっ!」


思わず声が出て、周辺の何人かにジロリと顔を見られる。いや、それどころじゃない。


これ逆回りだ!このままじゃ丸まる逆回りで一周するハメになってしまう。やはり東京は恐ろしい街だ。




「秋葉原、秋葉原です」


すぐに秋葉原駅で降りて、階段をダッシュで昇って反対側のホームで電車を待つ。


「……色がちがうのがある」


山手線の緑ではなく、水色。京浜東北線って書いてある。きょうはまとうほくせん?乗ったら東北に連れてかれるのか。怖いな。

時刻表の路線図を見ると、ちゃんと有楽町って書いてある。端の方は鎌倉とか。神奈川に行く線か。

つまりこれは、京浜東北線が山手線と途中まで同じ駅を走るということなのか。変なの。

でもひとまず安心した。キセルになっちゃうけど、ICカードなら大丈夫だろう。


さほど待つこともなく、京浜東北線がやってきた。


「うおっ」


いつのまにか背後に並んでいた、大量の乗客に一気に押し込まれる。反対側のドアにへばりつく。狛犬ポジション欲しかった。

何気なくドア上部の路線図を眺める。


え、快速だと有楽町飛ばすの?僕は今何に乗った?


冷や汗がスッと寒くなる。あわててスマホアプリで自分の乗った電車を時刻で表示する。



……普通列車だった。まったく、東京は本当に油断ならない街だ。









無事にというか、ようやく有楽町駅のホームに降り立った。もう七時半を過ぎている。

黄色い案内板と周辺図を見ると、目指すニホン放送のビルは日比谷口から徒歩すぐだ。


出口からビックカメラを見つつ、横断歩道が斜めになっている交差点を渡る。これが東京のスクランブル交差点か。矢場町にもあったな。規模は同じくらいか。


両サイドをどでかいビルにはさまれた道を歩く。多分有名な放送局だから、その巨大ビルの中のどれかだろう。


「……あった」


歩くこと数分。予想に反してニホン放送のビルは名古屋にもよくある普通のビルだった。まあまあおしゃれではあるが。

しかしすぐ近くに、僕でも聞いたことある高級ホテルが建っているのは気の毒だ。相手が悪い。


僕はドキドキしながらビルの周りを歩き、裏口を見つけた。ここが出待ちするところか。もっとも、僕の目的はその真逆だけど。

入り待ちって言葉があるのなら、多分それだ。

裏口には年取った警備員がいる。ジロリと見られて、あわてて退散する。僕のようなガキが、平日の朝にラジオ局周りをウロウロしてたらさすがに不自然だ。通報されるかもしれない。


僕は一旦有楽町駅に戻ることにした。








反対側の出口から10分ほど歩いたところに、そのネットカフェはあった。6時間パックで2000円くらい。妥当な線だ。むろん痛いけど。

もっと近くにもあったんだけど、こっちはシャワールームがある。眠気を覚ますためにもさっぱりしたい。


今はどこのネットカフェも会員登録が必要で、念のために学生証を持ってきて正解だった。補導されたら困るくせに学生証を持ってくるのは矛盾しているけど、出先で行き倒れになった時、身元不明の遺体にはなりたくないという防衛策である。



黒いウレタンマットが敷いてある個室を取って、シャワーを浴びにいく。

シャワールームは思ったよりも清潔だった。多分、あんまり使う人がいないんだろう。それとも住みついてる人が綺麗に使っているんだろうか。


戻ってきてゴロンと横になる。左右はせまいが、タテは十分足が伸びる。シャワーを浴びたら頭が冴えると思ったのに、逆にポカポカしてしまった。ウレタンマットも気持ちいい。


横になると、今さらながらいろんなことが頭をよぎっていく。


久松さんはどうしてるだろう。東京にいるなんて言ったら驚くかな。言ってもどうせ返事は無いけど。LINEに既読もついていない。

もしも、本当によくない病気なんだったとしたら、やはり携帯電話を持ち込めないようなレベルのところにいるんだろうか。富井にしっかり聞いてこればよかった。

いや、僕のことだ。怖くて耳をふさいでその場から逃げ出したかもしれない。


久松さんにもしものことがあったら。


僕は、僕は。


一生後悔しながら、今後の人生を死んだように生きるしかないのだろうか。


ゾンビのように。



僕はスマホのアラームを11時半に鳴るようにセットし、目を閉じた。









何か夢を見ていた記憶はあるけど、目が覚めた瞬間全部忘れた。


伸びをしながらスマホで時間を見る。アラームが鳴る前に起きたから、まだ11時半前か。


「……え」


時刻は13時と表示されている。13時って、何時?


「やべっ!」


慌てて荷物を持って個室を出る。アラームかけてたのに寝過ごすなんて!何でだ。

もう一度スマホを見る。


マナーモードになっていた。

そうだ。深夜バスで来たから音が鳴らないようにしてたんだった。電源切ってたのに、念には念を入れて。アホだ。

余分な延長料金を払って、ネットカフェをダッシュで出ていく。


まずい。非常にまずい。

金ちゃんは、昼過ぎにはニホン放送に入って一度ネタハガキを選別すると言っていた。今日がその日だ。だから入り待ちするつもりだったのに。

この時間じゃもう局に入ってしまっている。いや、すでに帰ってしまったかもしれない。そうなったら最悪だ。わざわざ東京まで来た目的がパーになってしまう。




息を切らせてもう一度ニホン放送にたどり着く。裏口にはさっきと違う警備員がいた。40過ぎのおじさんに代わっている。


ここからどうする。強引に侵入しようとして、ものすごく怖い人だったらどうしよう。殴られるかも。

でも行くしかない。



僕は大きく深呼吸をして、何食わぬ顔をして裏口に歩いて行った。


「あ、お疲れさまでーす」


警備員に声をかける。


「……」


無言で会釈を返してきた。

心臓が口から飛び出そうなのをこらえて、同じ速度で入口へ歩く。


「あ、ちょっと」


後ろから声をかけられた瞬間、僕は走り出した。


「ちょっ、君!待ちなさい!」


どこだ?どこに行けばいい?


初めてのラジオ局は迷路のようで、方向が全く分からない。案内板をのんびり見ている状況じゃない。とにかくこの建物のどこかに、トーマスフレアの金城さんがいるはずなんだ。


「そっち!」


さっの警備員とは違う声がした。やばい、増員された。

方向もわからないまま、あちこちへ走り回る。そういえば金城さんは、以前の放送で、ネタハガキは会議室のような部屋で一人で選ぶと言っていた。

目的地とにかく会議室だ。


目に入った階段を昇る。根拠は無い。ただの勘だ。


「あ」


視界に入ったのは、会議室と書かれたプレートの付いた部屋。それがたくさん並んでいる。

今さらながら心臓が高鳴る。この部屋の中のどこかに、金城さんがいる。


話し声の聞こえない部屋にしぼって、一つ一つ開けていくしかない。

僕は最初のドアに手をかけた。


「こらっ、君!」


階段の方から声がした。僕はドアから離れて反対側に走る。


「待ちなさい!」


今度は正面から年取った警備員が来た。はさみうちだ。そっちにも階段あったのかよ。


あっと言う間に二人に捕まり、僕は両腕をつかまれて引きずられていった。必死に振りほどこうともがいても、大人二人に勝てるはずもない。しかも年寄りの方が力強いし。


「トーマスフレアの金城さんに用事があるんです!終わったらすぐ帰りますから!」

「そういう問題じゃない。君がやったことは不法侵入だよ」


若い方の警備員が言った。


「君は弟子入り志望の家出少年か?だとしても、こんなことしちゃダメだよ。警察呼ばれても文句は言えないよ」


年取った方が諭すように言う。

警察?そんなの知ったことか。こっちは人生がかかってるんだ。


僕は会議室の並びに戻ろうと、全力を出して二人を振りほどこうとした。


「お願いします!すぐ終わりますから!」

「しつこいね、君も。本当に警察呼ぶよ」


ああ、もうダメだ。ネットカフェで横にならなきゃよかった。シャワーなんて浴びなきゃよかった。

俺は東京まで来て、一体何をやってるんだ。


その時。

会議室の扉の一つが開き、なぜか聞き覚えのある声がした。


「何?何かあったん?」


出てきた男と目が合った。


「あ」


シュッとした男前。僕はこの人に会ったことがある。


「……君、名古屋の子やん。こんなとこで何してんの」


出てきたのは、鼻フック爆撃隊のツッコミ、芹川だった。










会議室の一つに通されてしばらく一人で待つ。

その後入ってきた芹川……芹川さんは僕に缶のカフェオレをくれた。温かいヤツ。


「これでええか?今時の高校生の好みわからんし」


関西弁なのか何なのか分からないしゃべりで、芹川さんは言った。


「あ、はい。コーヒーは好きなので、何でも」

「一応言うとくけど、おごりやから」

「ごちそうさまです」

「遠慮せん子やなあ」


芹川さんが笑う。


さきほど警察に突き出される寸前までいった僕は、芹川さんに「俺の知り合いの子やから、離してあげて」と言ってくれて、なぜか身元を保証してくれた。

警備員たちは不満げな顔だったけど、売れてないとはいえやはり芸能人だ。放送局では強いのだ。


「ほんで、何しに来たん?学校サボって金城さんに弟子入りとか」

「あ、いえ、その、金城さんに会いに来たのは、そうなんですけど。弟子入りではなくて」

「ふーん。確かに君は演者より作家タイプやな。名古屋で一緒におった可愛い子は演者タイプやんな」

「……それは、そう思います」


おごってもらったカフェオレをすする。甘くて温かい。


「えっと、芹川さん」

「ん?」

「金城さんは、今ここにいるんでしょうか?」

「おらんで」

「え」


いない。耳がキーンとなって視界がせまくなる。

僕は一体、東京まで来て何を。


「おらんというか、今日はテレビの収録が押しててまだ来とらんのよ。もうすぐ来るとは思うけど」

「あ……そう、なんですか」


良かった。


そんな僕を見て、芹川さんはなぜかニコニコしている。


「あの、一つ聞いていいですか?」

「うん。何?」

「何で僕を助けてくれたんですか?」


聞くと、芹川さんは「うーん」とうなって両手を頭に乗せた。


「俺ね、芸人やってるけど、一応構成作家としてもやってんのよ。フレアのアメイジングも参加してるし」

「そうだったんですか……。知りませんでした」

「まだ作家としては駆け出しやからね、スタジオのすみっこで笑てるだけや」

「へえ……」


表に出る芸人は裏方より上だと思ってた。作家に作家の序列があるのだ。


「だから、毎週めちゃくちゃおもろいネタ送ってくる名古屋のチャンプがビルに乗り込んで大立ち回りしてるって、絶対何かあるやろ。そう思わへん?」

「いや……僕は当事者なので何とも言えないです」

「最近あんまり読まれてへんね。スランプ?」

「はは……はい、そんな感じです」


スマホの着信音が鳴り、芹川さんがポケットから取り出す。


「お、金城さんそろそろ着くみたいよ。ちょっと見てくるわ」

「え、あ、はい」

「しばらくここおっていいから、待っとって」

「はい、ありがとうございます」


そう言って、芹川さんは会議室を出て言った。


芹川さん、今まで売れないコンビのつまらない方と言っててごめんなさい。





10分くらい経っただろうか。


カフェオレを飲み終え、パッケージの成分表を3周くらい読み込んだ頃。

会議室のドアが開いた。


「あ、どうでし……」


た、の一文字は出てこなかった。


入ってきたのは芹川さんではなく。


「君がザッハトルテ師匠か!若いなー。いくつや」


小柄な体にオシャレなブランドTシャツ、ハーフパンツにスニーカー。


トーマスフレアの金城さんが、そこに立っていた。




つづく

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