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第12回「ミッドナイト・エクスプレス」


戸崎君。戸崎君。戸崎君。


確かに彼女はそう呼んだ。今まで師匠としか呼んだことがなかったのに。


いつのまにか目の前から久松さんの姿が消えている。僕はどれだけの間、下駄箱でぼんやりしていたのだろうか。知らない女子二人が僕を見てクスクス笑っている。


動悸が早くなる。手に汗が出てきた。


僕は少しずつ、自分が何をしたのかを体で感じ始めていた。



数時間後。



いつのまにか昼休みになっていた。4時限分の授業の内容が思い出せない。先生に運よく当てられなかったことだけは確かだ。


「戸崎君、大丈夫?顔色悪いよ」


前の席の鉄原君が声をかけてくる。


「ああ……うん、大丈夫」

「とても大丈夫には見えないけど」

「うん、ありがとう。大丈夫」


彼は正しい。とても大丈夫じゃない。


とにかく久松さんのクラスに行こう、と僕は席を立った。







廊下に出て、それとなくB組を覗き込む。見たところ久松さんの姿は見えない。勇気を振りしぼって、B組の人らしき女子に久松さんはどこか聞いてみた。


「今日休みだよ」


というのが答えだった。

休み?だったら今朝、彼女はなぜ学校にいたのだ。


トイレに行くフリなどをしつつ数回B組の前をうろつき、結局自分のA組に戻ってきた。


鉄原君はすでに弁当を食べ終えて、珍しく午後の予習をしていた。


「パン買いに行ったんじゃなかったの?」

「え?」


僕は自分の机の上と手元を見た。


「いや、手ぶらで帰ってきたから。どっかで食べてきたの?」


何でこの男はこんなどうでもいいことばかり聞いてくるんだ。今日に限って。ほっといてくれればいいのに。


「あんまり食欲無くて」

「やっぱり大丈夫じゃないじゃん。体調悪いなら早退したら?」


早退。その手があったか。しかし今現在、特定の病気になっているわけではない。仮病で早退とういうのは気がすすまない。

別に高潔さを気取っているわけじゃない。単にクセになるのが怖いだけだ。



……早退?



公民館に家の車でやってきた久松さん。今朝なぜかいつもより早く登校していた久松さん。


そして今、クラスに探しに行っても彼女は見当たらない。


いや、そんな。まさか。考えすぎだ。そんなクソくだらない邦画みたいなパターン、現実にあるわけがない。


僕はある人物に会いに、再び席を立った。









D組の前に行った途端、今度はすぐに目当ての生徒を見つけることができた。


久松さんの友人、富井。長身小顔のイケメンだ。

僕は極力気配を消して、D組に乗り込んだ。


「富井、富井」


そっと近づき小声で呼ぶと、イケメンが振り向いた。


「ん?わっ!何してるんだよ」

「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと来てくれ」


困惑顔の富井の腕を引っ張り、教室を出ていく。すでに目立ってしまっている気もするけど、それどころじゃない。


「わかった、わかったから離せよ」


しばらく廊下を歩くと、富井が腕を振り払った。


「強くつかみすぎだ。そんな力があると思わなかったぞ」

「そんなことはどうでもいいんだ」


周りに人がいないことを確認し、僕は言った。


「久松さんは、何で今日学校にいないんだ?」


富井は僕の顔をじっと見たまま、口を開かない。


「何で黙ってるんだよ」

「約束したからな、あいつと」


……何だよ、それ。


「口止めされてるってことか?」

「そんな大層なもんじゃないけど、そんなところだ」

「……わかった」


僕は一息ついて言った。


「だったら話を聞くだけで、何も答えなくていい。あとは僕が勝手に判断する」

「……ま、いいけど」


こないだの公民館での件。

今朝の早すぎる登校。そして現在姿が見えないこと。


戸崎君、と名前で呼ばれたのはまた別として。


「午前中、ずっと考えてたんだ。こういう場合、どんな可能性が考えられるか」

「……」

「最初は、引っ越しによる転校じゃないかと思った。でも時期がおかしい。入学してまだ三か月も経ってないんだから、転校までは無い。もし海外とか遠くだとしても、それなら……ちゃんと僕に言うと思う。それに、君に口止めしてまで隠すのもおかしい」

「……で、他の可能性は?」

「他の可能性は……」


僕は言葉を切った。

バカげてる。論理の飛躍。または単なる考えすぎ。

多分そうだ。そうであってほしい。


「……体が、どこか悪いんじゃないかって」

「……何でそう思う?」

「こないだの公民館、家の車で来てたんだ。いつもは徒歩なのに。だから家族で緊急な用事がある途中で寄ったんだと思う」

「ほう」

「それで、今朝僕がいつもより早く学校に来たら、久松さんもなぜかいて。でもクラスには来てなくて休みだと」

「……」

「考えすぎだっていうのは自覚してる。でも、彼女は、久松さんは」


あ、やばい。鼻声になってきた。


僕の脳裏に、過去のつらい思い出を彼女に語った朝がよみがえる。久松さんは、まださほど親しくなかった僕のために、ボロボロ泣いてくれた。

そういう子だから。

それが久松里海という女の子だから。


「久松さんは……いいヤツだから。僕に隠す理由は、きっと良くない理由なんだと、思う」


慕われてるなんて。調子に乗った考えじゃない。僕がどういう人間だろうと、最低な人間だとバレた後でも、彼女はきっとそういう人なんだ。今ならわかる。

いや、ネタをパクった時点でもう見放されてるかもしれないけど。師匠と呼んでくれなかったし。


富井は大きくため息をついて、頭をポリポリとかいた。


「まったく……普段鈍そうなのに、こんな時だけ冴えるタイプなんだね、君は」

「え」


今、なんて。


僕は思わず富井のシャツをつかんでいた。


「ほ、ほ、本当に病気なのか?そんなに悪いのか?」

「近い、近いよ!離せって」


手を振り払われ、数歩あとずさる。

こいつは何でこんなに冷静なんだ。彼女の友達だろ?


富井はシャツを整えながら、言った。


「俺も詳しいことは聞いてないんだよ。話してくれなかったからな。俺が聞いたのは、しばらく入院するから休むけど、大したことないから師匠には黙っててくれって、それだけだ」

「何の病気?悪いのか?」

「だから聞いてないって。そんなに気になるなら本人に聞けよ」

「連絡が取れてたらここに来てない。LINEだって既読にすらならないんだぞ」

「じゃあ、それが里海の意志なんだろ。わかってやれよ。大した事ないって言ってるんだし」


そんな。

そんなの。


「そんなの、久松さんなら、悪くたってそう言うに決まってるじゃないか!」


呼び止める富井には振り返らず、僕は走り出した。

クラスに寄って、ちょうど戻ってきていた担任に「体調がすぐれないので早退させてくれ」と言ってみた。

意外にも一切疑われず、「そうか、気を付けて帰れよ」と送り出してくれた。多分、自分ではわからなかったけどすごい形相をしていたんだろう。







家までの道を僕は走った。運動不足ですぐに息が切れる。それでも僕は走らなくてはいけない。


どうすればいい。久松さんには何度連絡しても応答が無い。B組の連中は何も知らない。頼みの綱だった富井も詳しくは知らない。

彼女が僕からの連絡を望んでいないのはわかってる。当然だ。軽蔑されて、師匠として見放されたって仕方ない。


それでも僕は。


まだ久松さんに謝れてないんだ。




家に着いたら鍵が開いていた。父さんは仕事だし、母さんは午後から近所の奥さん連中とお茶会と言っていた。

じゃあ史奈か?


「お兄、どうしたの?」


気配に気づいた史奈が、二階から降りてきた。ガリガリ君をほおばっている。


「お前な、一人で二階にいるんだったら鍵閉めとけよ」

「あ、ごめん。忘れてた」

「何でこんなに早いんだ」

「今日はテストだから、半日。で、お兄は何で帰ってきたの。サボり?」

「体調不良による早退だ」

「絶対嘘じゃん。元気じゃん」

「いいからどけよ。忙しいんだ」


僕はダッシュで階段を上がり、自分の部屋に飛び込んだ。

机の引き出しの奥から秘密の封筒を取り出す。


帰り道、一つだけ久松さんにできそうなことを思いついた。何かを伝えられそうな方法を。

もし入院してたとしても、彼女の耳に届ける方法。


トーマスフレアの金城さんは、木曜放送のアメイジングナイトのために毎週火曜に一度スタジオに来てネタハガキをざっくりと選ぶ。本人が言っていた。

今日は月曜日。


僕は封筒の中身の現金を確かめて、スマホで検索をした。


東京行の、深夜バスを。








つづく

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