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第1回「君の名は。」

新作です。よろしくお付き合いください。


「くたばれオリバー・ストーン!トーマスフレアの今夜もアメイジングナイト!」


布団の中で小さく笑いをもらす。


それ、公共の電波でわざわざ言う必要ある?絶対怒られるだろ。

確かに僕もオリバー・ストーンの映画は説教臭くて嫌いだけども。

『ナチュラルボーンキラーズ』なんて、せっかくのタランティーノの脚本を台無しにしやがったし。お前が映画殺してどうするって話だ。


時間は夜11時。いや、あえて23時と言いたい。毎週木曜、23時から25時の2時間。僕はラジオに全神経を集中させる。


この2時間のために、僕はクソみたいな人生をどうにか生きているのだ。



「はいどーもー、トーマスフレアです」

「はいー」

「四月ももう中旬になりまして」

「なりましたねー」

「早いですねー」

「君、それ毎年言うてるよね」

「言うてないよ」

「言うてるって。そもそも何が早いの?時間の過ぎるのが?」

「他に何があんの」

「まだ28やで」

「マジでか!君若いなー」

「タメやろ。一緒にサッカー部の部室でダベってたやんけ」

「それ先月の話?」

「12年前や」

「もうそんなか!早いなー」

「海馬が故障しとる」



二人のくだらないオープニングトークで番組は始まる。1年前に聞き始めた頃はそれほど良さがわからなくて、早くネタ読め!と思ってた時間だけど、今は楽しみの一つだ。


トーマスフレアの二人はお笑い界最大手の林芸能の若手芸人だ。ボケの金城きんじょう高明とツッコミの横田純一からなるお笑いコンビ。略称トマフレ。しかし通は単にフレアと呼ぶ。


深夜にロケ中心のバラエティをやっていて、ゴールデンのコント番組のレギュラーメンバーにもなっている。お昼の番組にも週一で出ていたっけ。つまり、かなり売れてると言っていいと思う。


もともとは漫才をやっていたらしいけど、関西時代はよく知らない。こっちに番組ネットされてないし。

でもM-1には5年前に1回だけ決勝に出て、思いっきりスベって最下位になったのを見た。今でもハガキ職人にネタでいじられる鉄板エピソードだ。



フリート-クは大体最初の15分くらいで毎回終わる。他のタレントのラジオは半分以上がフリートークでネタの時間は申し訳程度だけど、フレアは違う。放送時間の8割がネタのコーナーだ。しかもこのご時世にハガキ中心。時代錯誤にもほどがある。



CMが明けた。CMと言っても、最近はラジオ番組にスポンサーがつくこと自体まれになっているらしく、毎回横ちん(横田の愛称)が読む提供クレジットもいつのまにか一社になってしまった。

それでも続けていけるというのは、多分ラジオというものが放送業界にとってすごく大事なものなんだろうと、15歳の頭でも何となくわかる。


採算度外視でやらなければならないことは、きっとこの世に存在するんだ。



金ちゃん(金城の愛称)の声が聞こえる。


「はい、コーナー行きましょう。MIB!」


MIBというのは有名なエイリアン映画にちなんだコーナータイトルだ。内容は、エイリアンがある芸能人や有名人になりすましてこんなことをしていた、という目撃情報を報告するコーナー。

あくまでもエイリアンの目撃情報であり、芸能人をいじっているのではないというテイだ。このテイというのはお笑いの世界ではとても大事なものだと、僕はフレアの二人から学んだ。


ネタハガキがどんどん読まれていく。


通常コンビでやってるラジオはそれぞれがハガキを読むコーナーがバランス良く構成されているんだけど、フレアのアメイジングはもっぱら金ちゃんがハガキを読む。

しかも当日の午後にスタジオ入りして、自分一人で大量のハガキに目を通して、放送で読むネタを選ぶというこだわりっぷりだ。他にそんなタレントはいないらしい。


では相方の横ちんはと言うと、金ちゃんの読むネタを聞いて笑ったりフォローしたりする役。

楽と言ってはいけない。僕にとって、横ちんが笑うかどうかはとてもとても大切なことなのだ。


今夜のMIBはまだ横ちんの大きな笑い声が聞こえない。


金ちゃんが続ける。


「はい続きまして、えー、愛知県のラジオネーム、ザッハトルテ師匠」


心臓がドクンと脈打つ。ラジオのボリュームを少しだけ上げる。





ネタを読み終えた直後、横ちんのひときわ大きな笑い声が、電波に乗って僕の耳に届いた。


胃の上が、スーッと気持ちよくなる。この感覚はクセになる。もう中毒だ。


金ちゃんが半笑いで言った。



「何を言うとんねん。こいつ」

「アホやなあ」

「ようこんなん思いつくわ」

「下ネタの帝王やね」

「この子、普段からこんなことばっかり考えてんのかな」

「そうちゃう?ハガキ職人レースずっと1位やし」

「ちょっと心配になるわ」

「誰やったっけ?ラジオネーム」

「ザッハトルテ師匠」

「何歳?」

「知らん、書いてない。けどたぶん、まあまあ年いってんちゃう?」



まだ15歳だって。



ザッハトルテ師匠。



この何の意味も無い、由来を聞かれたら赤面してしまうラジオネームこそ、誰にも知られていない僕のもう一つの名前なのだ。




金曜日の朝はいつも眠い。それは高校に進学しても変わらない。

アメイジングナイトの放送は1時……もとい、25時までだけど、そこからまだやることがある。

今週の放送で何枚読まれたかの集計。ライバルのハガキ職人たちとの差は何枚になったか。今のところ僕が月間トップだけど、油断はできない。


そして放送中に思いついたネタの書き出し。夜中に思いついたネタは次の日見るとたいていクソなことが多いものの、後からブラッシュアップしてまあまあのネタに仕上げることはできる。全てのネタで100点を目指すんじゃなくて、70点くらいでも読まれることはある。手数と勢いも大事なんだ。


「戸崎君、眠そうだね」


もうすぐショートホームルームという時、前の席の鉄原君がこちらを振り返って話しかけてきた。


野球部に入っているスポーツ刈りの男子で、出席番号が一つ前ということで入学初日からしゃべてきた。


でも僕は知っている。


こういうタイプは新しいクラスの最初だけで、しばらくするともっとイケてるグループへ早々に加入して、僕としゃべってた歴史など封印してしまうのだ。


僕は答える。


「うん。ちょっと夜更かしして」


かと言って、先を見すえ過ぎてツンケンすることはない。無難に付き合って、自然にフェードアウトしてくれればそれでいい。

僕には次週分のネタを考え、ハガキで出せるレベルに仕上げるという仕事が毎週待っている。クラスの人間関係などという、非生産的な茶番に使う時間は無い。


「鉄原君も、野球部の朝練で早いんじゃないの」

「朝練は中学の時からずっとだから、もう慣れたよ」


早起きに慣れなんてあるんだ。

ん?このエピソードネタに使え……ないか。僕自身に運動部の経験が無いから広げようがない。


「それよりさ」

「ん?」


鉄原君が周りを見て声をひそめる。


「この学校、可愛い子多いと思わない?」

「……そう?」

「特に隣のB組に、何人かいるんだよ。ちょっと派手目だけどさ」

「へー」

「興味無さそうだね」

「いや、そんなことは無いけど。後でさりげなく見とくよ」

「うん、ぜひ」


なぜか嬉しそうな顔をして、鉄原君は別のクラスメートと話し出した。


僕にも可愛い女の子を可愛いと思う神経はある。興味が無いわけじゃない。そもそもそういう感受性が欠けていたら横ちんを笑かすネタなんて書けない。

ただ何ていうか……恋愛は片方だけでは成り立たない。こちらが興味を持っても、向こうがこちらに興味が無ければ無意味だ。


そして僕は、どの女子からも興味を持たれたことがない。

僕には関係無い惑星の話だ。





終礼が済んで、特に何事もなく学校での一日が終わる。今日は掃除当番でも無いし、部活動には何も入っていないので、さっさと家に帰れる。一秒でも早くネタを書きたい。

一週間後の放送で読まれるには、来週の月曜には局に届くように出したい。


バッグをかついで足早に教室を出る。

バッグの中には寝る前に書いたハガキが三枚入っている。夜中考えたにしては、まあまあのネタ。今朝見ても70点は行ってた。

朝ポストに入れてこればよかったけど、金曜の朝はなかなか頭が働かない。つまり忘れてしまったのだ。

帰り道に改めて入れていこう。


「……」


B組の前を通る。今朝鉄原君が言ってたからってわけじゃないけど、何となく教室の中を見てみる。


確かに茶色っぽい髪の結構可愛い女の子たちが掃除している。いや、掃除するフリをしてしゃべっている。あれは多分、一番可愛い子たちのグループだな。


「……帰ろ」


よそ見をやめて、また早足で歩きだす。


「ふわっ!」

「ひゃあっ!」


僕の視界を不意に人影がさえぎった。女子の声だ。


僕は思いっきり体をひねって、そのまま廊下に転がった。一瞬息が詰まる。バッグの中から、教科書やノートが飛び出て床を滑っていくのが同じ目の高さで分かる。


「ごめん!大丈夫!?」


その女子は大きな声で謝りながら、飛び出たものを手早くかき集めていく。


「ああ、うん。大丈夫だから、ほかっといて」


僕は目も合わせずに、彼女から教科書やノートを受け取る。


……何かいいにおいする。


何気なくその女子を見た。


肩で切りそろえた茶色っぽい髪はサラサラで、パッチリとした大きな目は綺麗な二重瞼。

色白で腕も細くて、何というか一般的に言えば可愛い子の部類に入ると思う。


「あの、本当に大丈夫?」

彼女がいぶかしげに聞いてきた。無言で見すぎたか。

僕は「だ、大丈夫」とだけ言って、下を向いてその場をダッシュで立ち去った。


「あ、ちょっと!おーい」


後ろから呼び止める声がしたけど、僕は立ち止まらなかった。

もう話す用事なんて無いんだから。




校門を出て、ふうと息をつく。

これは急に走ったからであって、別に女子と話したことで緊張したわけじゃない。絶対にない。


しばらく歩き、僕はポストの前でバッグをあさくった。


「ん?」


ハガキが出てきた。

でも2枚しかない。


「あれ」


バッグの中の、薄物が入るポケットに確かに三枚入れたはずだ。勘違いじゃない。

他のポケットも一通り探してみる。


無い。


「……どこでだ」


まさか、さっき廊下で中身をぶちまけた時、1枚どっかに滑っていった!?


背筋がスウッと寒くなり、心臓がギュッと苦しくなる。


やばい!やばいぞ!あれには僕のラジオネームと住所氏名が書いてある。もしこの学校にリスナーがいたら。見られたら。



僕の高校生活は1年の4月で終わる!



振り返って校舎に戻ろうとした、その時。


「おーい、待ってよー」


校門の方から女子が走ってくる。あれは、さっき。


僕も慌てて駆けよると、彼女は両ひざに手をついて大きく息をついた。


「やっと追いついた。歩くの速いよー」

「あ、ご、ごめん。えっと……」


彼女を指さして固まってしまう。名前をまだ知らない。


「さっきはどうも。B組の久松里海ひさまつさとみです」

「あ、ど、どうも。A組の」

戸崎幹成とさきみきなり君でしょ?」


え。何で。


彼女はその盛り上がった胸のポケットから、1枚の紙を取り出した。



ハガキだ。

僕が書いたハガキ。見覚えがある。


終わった。


いや、まだだ。まだ終わらん。深夜ラジオはどちらかと言えばマニアックな趣味だと思う。ああいうモテそうなグループにいる女子は多分聞いてないはずだ。



「あ、あの、それ」

「……君だったんだ」


……え?


彼女……久松さんはハガキの宛名欄を僕に見せた。


「ラジオネーム、ザッハトルテ師匠。昨日も5回読まれてた」


心臓がわしづかみにされたような、という例えは決して大げさじゃない。だって今そうだもん。


「……君、もしかして」

「うん、リスナー」


終わった。今度こそ終わった。そのハガキに書いてあるのは、そこそこえげつない下ネタだ。もしかしたら、掃除してたB組の女子たちと一しきり笑いものにされた後かもしれない。


彼女は言った。

「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ。拾ってすぐ追いかけたから、誰にも見せてないし」

「ほ、本当に?」

「本当」


首の皮1枚つながった!

あとは……あとはこの女をどうするか。


「あ、あの、久松さん」

「何?」


僕は指をモジモジとこすり合わせながら、必死にのどから声を絞り出した。


「ぼ、ぼ、僕がその、フレアのアメイジングにハガキ書いてること、誰にも言わないでほしんだ。僕はもう、それだけが生きがいみたいなもので。でも高校でもそれなりに無難に生活したいというか」

「……」

「僕からは何も、き、君にできることは無いんだけど」


しばしの沈黙の後、久松さんが言った言葉は僕の人生を変えた。

でもその時は気づかなかった。

だって、きっと人生ってそういうものだろう?


「わかった。じゃあさ、黙っててあげるかわりに」

「う、うん。何?」


彼女はハガキをひらひらさせて言った。


「私にネタハガキの書き方教えて、師匠」



つづく

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