第八話 抜け道があるから
あちこち壊された交番で、一休みした。
ここから道を眺めていると、変なモノたちが道を通り過ぎるのが分かる。
「あの頭が二つあるでっかい犬、昨日も見たなあ。犬を散歩させてる赤ちゃんも」
「何者かが裏返ったのだろう。あれほど邪悪な見た目の犬なのに、従順に赤子と共に散歩しているのが不思議だ……」
ぐったり疲れた私と、体力を使い果たした姫。
交番の机を椅子にして、並んで座ってぼーっとする。
リュックから水筒を出して、お茶を分け合った。
ああ、お茶が美味しい。
「お巡りさんどこ行ったんだろうねえ。や、あんまり詮索したくはないけど」
さっきまで真っ赤だった木刀は、もとに戻っている。
多分、私の体も終末の魔女ではなくなっているはずだ。
「むう……この体は鍛えねばならんな。妾が魔法を連続で使える程度には体力をつけねば」
姫がぶつぶつ呟いている。
たまに、姫の宿主である清明楓が顔を出して、鍛えるとか体力をつけるという言葉に、とても嫌そうな顔をする。
姫の方の力関係もどうなってるのかな。
姫が主導権握ってる?
楓がやる気がない?
どうやら彼女たち、一つの体の中で話し合いをしているみたいだ。
姫と楓、二人の声が彼女の唇から漏れる。
ぼそぼそ声だから、はっきりとは聞き取れない。
「よし」
決着がついたようで、彼女は姫の姿のまま立ち上がった。
「とりあえず、体を鍛えることで方向が一致した。だがすぐに体力をつけるというわけには行かない。今日は学校の探索に励むとしよう」
「あー、そうですか……」
姫が楓を説き伏せたんだな。
私の方も、動悸が収まってきたところだ。
「じゃ、せめて早歩きで行く?」
「うむ、そうしよう」
私たちは、早歩きしてその場を離れた。
転がっている、元オークだった男たちをヒョイッと乗り越えていく。
「こういうのがまだまだいるかもね。だったらやだなあ」
「それどころではあるまい。マサムネ、もっと覚悟を決めねばならないぞ」
「正直、嫌なんだけど」
だけど、嫌とか言ってられないんだろうなあ。
姫の言う通り、世界は常時が一大事。
怖がって引きこもってても状況は良くならないだろうし……。
オーク男三人を相手にして、これだけ大変なんだもの。
モンスター・バースの怪物とやらが出てきたら、これどころじゃないのは間違いないだろう。
で、そんな化物を一発で蒸発させてしまうのが私の左目、と。
なんだろうなあ、これ。
ゲームだったら、バランスが壊れてるどころじゃない。
学校までは、思ったよりもスムーズに行けた。
オークみたいになった人や、もっと別の怪物になっている人もいたけれど、半分は理性を保っているようだ。
きっと姫みたいに、宿主と折り合いをつけているんだろう。
あと半分は、さっき私が倒したオークみたいに、裏返った側に取り込まれてしまった連中。
いちいち戦ったりしていてもきりがないから、私たちは彼らから距離を取って移動した。
「うーん。校舎の門は閉じちゃってるねえ」
「穴だらけの門ではないか。このようなもので、モンスター・バースからの襲撃は防げないぞ」
「学校って普通、敵が襲ってくる事は前提にしてないからね……」
姫のちょっとずれた話を聞きながら、これからどうするかを考える。
表門には、テレビ局や警察が詰めかけている。
この大混乱な状況なのに、報道は熱心なことだ。
警察の人たちは、昨日から休む暇もなく働いてるんだろう。
交番が襲われても、あそこに警官はいなかったし、全然人手が足りてないのかも。
「姫、こっちこっち。抜け道があるから」
「抜け道……! やはり、指導的立場にある者は命を狙われるものだ。抜け道は当然用意しておくだろうな。しかし、どうしてマサムネがそれを知っている……? もしや学校の指導者に親しい立場なのでは」
「何言ってるの姫。ほらほら、こっちこっち」
一見して金網に包まれている学校の裏手。
この金網、横に手を突っ込んでこうずらすと……。
ガバっと音がして、金網が開いた。
いつの世代なのかは分からないけど、金網に工夫して、可動式にした先輩がいたらしい。
私は偶然それを発見して、活用させてもらっている。
可動部が、植えられた銀杏の木の真下にあるので、雨にも触れず、あまり錆びついていない。
「入って。ここ、スカートだと気を使うんだよね。引っかかっちゃうから」
「なるほど、それでズボンを穿いているのだな」
抜け道をまたいで潜り込むのに、姫は四苦八苦。
銀杏の木が邪魔してくるからね。
そしてこの道は、紅葉する秋には通れなくなるのだ。
銀杏の臭いがついてしまうから。
ということで。
「じゃあ、お尻持ち上げるよー」
「頼む。ふんぬーっ!」
姫のお尻を下から支えると、彼女は勢いよく抜け道に飛び込んでいった。
体重軽いなあ。
さすがエルフ。
さあ、次は私だ。
同年代の女子としてはごく平均的な運動能力の私。
「ほいやーっ!」
気合を入れて、どっこいしょ、と体を持ち上げた。
抜け道を通って、入り口を閉じる。
ここは、校舎の体育館横になる。
「人の気配は無いようだな」
「誰も、好き好んでこっちまで歩いてこないだろうからね。っていうか、警官の人も数足りないんじゃないかな」
さっき、校門にいた警官たちも、校舎の中を調べるために集まってきたと言うよりは、テレビ局が中に入ってくるのを防ごうとしているようにみえた。
「さ、行きましょ。とりあえず目標は……私の教室。カバンとか置きっぱなしだし。生徒手帳を回収しなくちゃ」
私たちは体育館脇の入口に取り付いた。
ここは引き戸になっている。
鍵が掛かっていると思って、ぐいっと引いてみたら……。
ガラガラと開いてしまった。
「不用心だなあ」
「鍵をかける前に避難になったのだろう。我らにとっては好都合だ」
そしてまた、率先して潜り込んでいこうとする姫。
「姫ストップ! なんで先に行くのー! こういうのは、体力がある私のほうが向いてるでしょ」
「むっ、つい」
このエルフ、最初に出会った時は儚げだったのに、今ではすっかりアクティブになってる。
多分、こっちが本来の姫なんだな。
だけど見てる側としては、危なっかしくて仕方ない。
これは、私がいつまで戦うの怖い、とか言ってる場合じゃない。
「外履きで失礼しまーす」
そろり、そろりと体育館に足を踏み入れる。
普段なら内履きだから、外履きで校内を歩くことにちょっとした背徳感がある。
体育館はしんと静まり返っている。
「ふむ、かなりの広さだな……! 人間の王国の謁見の間でも、ここまで広くは無かったぞ。それに、材質は木か! これだけしっかりと作られていれば、ある程度の襲撃は防げようが」
「だから、戦ったりするの前提で造られてないからね?」
体育館から、校舎へと移動だ。
こっちは、山と一体化してしまっている。
廊下の途中から足元が山道になっていたり、教室の中ほどが土砂に埋もれていたり。
……もしかして、あの土砂の中に生き埋めになっている生徒がいたり?
おお、怖い。
「助けに行こうなどと考えてはならぬぞ。学校と一つになった山で、どのようなことが起こるか誰にも分からないからだ。マサムネにもしものことがあれば、世界はモンスター・バースと戦う力を失ってしまうことになる」
姫が怖い顔をして、私に腕を絡ませてくる。
凄い密着度だ!
これは動けない。
「大丈夫。多分、土砂には誰も埋まってないよ。多分大丈夫だから」
自分に言い聞かせるよう呟いて、私は教室を後にする。
向かうのは、上の階。
最上階に、私が通ってた教室がある。
階段を上っていく最中なんだけど、姫が私を離してくれない。
「姫、姫、動けないって!」
「マサムネ、勝手に危なそうな所に近づかないか?」
「うん、近づかないから」
「本当に本当だな? そなたが死んでしまったら何もかも終わりなのだぞ!」
「分かったからー!」
「それから気をつけろ! 上から足音が聞こえるぞ」
「はあ!?」
姫のエルフ耳がピコピコしていた。
待って待って。
人がいるの?
私たち、結構騒いじゃったんだけど。