幕間:胡蝶、裏返る
マサムネと姫が立ち去った後の校庭にて────。
「何よこれ、意味分かんないんだけど!」
混沌とする校庭に佇み、私は一人で呟く。
そう、一人だ。
いつもなら私の周りには、たくさんの女子がいて、みんな私の言うことに賛成してくれる。
私はいつだって正しくて、彼女たちはそれを証明する便利な道具だったのに。
それが、おかしなことになってしまっていた。
「ひいいい」
「パパ、ママ、助けてえ」
「あはは、これは夢だよ。ひどい夢を見てるだけだから」
みんな目はうつろ。
ぶつぶつとあらぬ事を口にしている。
彼女たちだけではない。
校庭は、混乱の最中だった。
動物になってしまった生徒もいれば、別人になってしまった生徒もいる。
なんだ、なんだこれは。
意味が分からない。
「くっそ、こんなところいたら危ない! 他の奴らも使えねーし」
私は吐き捨てるように言って、その場から離れようとした。
そうしたら、どうぶつに変わった生徒たちが私の前に立ちふさがるじゃないか。
制服を着てるのに、中身だけが狼とか狐とか、人によっては見たことも無いような動物になってるのもいる。
「ちょっとあんたたち、どいて!!」
私は叫んだが、動物はひるまない。
私をじろりと睨んで、「ぐるるる……」と唸りながら囲んでくる。
やばい、やばいやばい。
こいつら、言葉通じない。
なんだよこれ。
私の中に、強烈な恐怖が湧き上がって来る。
だけど、一緒に生まれた感情は怒りだ。
ムカムカする。
なんで、私がこんな目に。
私は何にも悪いことしてないのに!
あまりの理不尽さに、ぎりぎりと歯軋りした。
そうしたら。
『与えてやろう。お前はしもべを従えるのに適した人間だ。一言、我が名を呼べば、お前はこやつらを従える女王となろう』
「誰!?」
きょろきょろ辺りを見るけど、いるのは動物になった生徒と、放心した取り巻きだけ。
しかも取り巻きの奴ら、動物に押し倒されて食べられそうになってる。
ああちくしょう。
私も、あいつらみたいに食べる気か!
そんなの、冗談じゃない。
何をしても、私だけは助かりたい!
「あんたの名前を言ったら助けてくれるっての!? だったら言うから、教えなさいよあんたの名前!」
『良かろう、“受肉”の契約は成立した。我が名はアンプレックス。我が身から生み出す幼生を人に寄生させ、自在に操る人形使いなり。これを以って、我らモンスター・バースの侵攻の一手とする!』
「アンプレックス!! 私を助けなさい!」
ごちゃごちゃ言う言葉を無視して、私はその名前を呼んだ。
その途端に、私の体の中にエネルギーみたいなものが満ち溢れてくる。
「あ、ああああ、ああああああ!!」
視界に映る私の髪が、エメラルド色に変わる。
髪と同じ色になった爪は伸び、鋭い刃物みたいになった。
「ぐるるるるっ!! があーっ!!」
動物になった連中は、そこで私に飛び掛ってきた。
ああ、いいところに来た。
私は狼に似たそいつを軽く避けて、すれ違いざまに爪で引っかく。
「ぎゃん!!」
悲鳴を上げながら、狼みたいなのが転がった。
そいつは立ち上がろうとするけど、体の自由が利かない。
地面の上でのた打ち回っている。
そのうち、狼みたいなそいつの目玉が濁って来て、口から泡を吹き出した。
動きが緩慢になって、やがてピタリと止まる。
その間にも、私は動物たちや、取り巻きの子たちを次々と爪で引っかいている。
彼女たちはみんな、最初は苦しむものの、すぐに静かになる。
誰もが瞬きを止めて、濁った目であらぬ方向を見るようになる。
半開きの口から、あーとか、うーとかうめき声が漏れていた。
「お前たち! 立て!」
私は、そいつらに命令を出した。
私の爪で傷つけられた奴らが、一斉に起き上がる。
笑っちゃうくらい、のろのろとした動作だ。
「早く! もっと早く立て!」
さらに命令したら、そいつらはキビキビと動き出した。
うん、いいじゃん。
私の言うことを聞くようになってる。
「お前たち、ここにいる奴らを私のしもべって言うのにするから、ここに連れて来い! あはは! いいじゃん、これ。私、まるで女王様みたいじゃん」
『然り。我が力は、幼生を産みつけた相手を生ける屍に変え、自在に操る。お前はまさに、女王蜂となったのだ』
「生ける屍! つまり、ゾンビって事でしょ? ま、こいつらなら見た目もグロくないし、いいんじゃない? ゾンビなら空気読まないって事も無いし、私の言うことをなんでも聞くし……! それに、女王蜂? あはは! なんかいいねそれ! この力で、私に逆らえる奴なんかいなくなる!」
校庭で混乱している生徒たちは、次々に私の前に連れてこられる。
そいつらを爪で傷つければ、もうみんな私のゾンビになる。
私は得意の絶頂だった。
どんどん、手下を増やしてやる。
そしてみんな私の言うことを聞かせたら、混沌とした状況なんかなくなるだろう!
そうだ、そうしよう!
だって私はいつだって正しいんだから。