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第五話 ごく普通の女子高生です

 すっかり様相が変わってしまった街を歩いて、ようやく家に帰り着いた。

 道順やランドマークになる建物は、位置こそ変わってはいない。

 だけど、その見た目は跡形もないほど変化していた。

 例えば。


「うちのマンション、木になってる……」


「見事なものだなあ。これは、木の成長に合わせて部屋を増やしていったのであろう? マサムネの世界も、なかなか味のあることをするではないか」


「いやいや。登校する前は普通のマンションでしたから。これ、マンションも二重存在になっちゃってるんだねえ」


 入口の自動ドアに到着すると、横のパネルで部屋番号を入力する。

 このドアもパネルも、木製になってるんだ、これが。

 向こうが透けて見える木製の自動ドアってなんだ、これ。


『はいはーい』


「あ、おばさん? 私ー。帰ったよー」


怜愛(れいあ)ねー。はい、開けたよー』


 怜愛!?

 どうやら、それが忘れてしまった私の名前らしい。

 私はスマホを取り出すと、メモ帳に記録しておいた。

 生徒手帳を見たら一発なんだけど、残念ながらそれが入ったカバンは学校だ。

 ちなみに私、自分に関する記憶があちこち曖昧になっている。

 終末の魔女が入り込んだことで、私と言う情報が半分に削れているのかもしれない。


「ほう、魔法の扉か。このような仕掛けがしてある館に住むとは。そなた実は貴族か豪商の生まれであったか」


「そんな事ないからね? おばさんはどうにか食べていけるイラストレーターで、私は居候。両親はダブル単身赴任で北と南の果てにいる、ごく普通の女子高生です」


「生まれ育った世界が違う妾にも、マサムネが語った内容が普通ではない事はなんとなく分かるぞ。後で詳しく」


「ええい、私の事になると個人情報に興味津々のお姫様だなあ。あ、こんにちはー」


 管理人室を覗いたら、管理人さんの代わりに巨大なゼリーの塊みたいなものがいたので、挨拶をして通過した。


『ぷるぷる』


 ゼリーが手のようなものを出して、振ってくれる。

 ゼリーに見送られながら、私たちはエレベーターに乗り込み、六階まで上がっていく。

 エレベーターの中にいると、何か液体が流れている音がする。

 こんな近くに水道があったかな?


「これは、大樹の中を流れる水の音であろう。建物となった木であっても生きているのだな」


「なるほどねえ……。じゃあ、このエレベーター、年輪の真ん中辺りをぶち抜いてるのかもね」


 いつもなら、チーンと到着音がするところ、カコーンと木々を打ち鳴らした音が響き渡った。

 扉が開く。


「こっちよ、こっち」


「うむ。いいところだな。妾はエルフ故、こういう自然に囲まれているとホッとするのだ。ああ、安らぐ……それに比べてあの学校と言うところはどうだ。岩肌と、固めたモルタルばかりで緑が少ない! いっそ、学校も大きな木の中に作ってしまえばよいのではないか!」


 姫がほんわかしてたと思ったら、今度はぷりぷり怒る。

 くるくる表情が変わって面白い人だなあ。


「ま、お話の続きはうちでしよ。はい、とうちゃーく」


 私はポケットからお財布を取り出した。

 その中に、家の鍵がある。

 2LDKの家の中は、ガンガンと陽気な音楽が流れていた。

 おばさんは仕事をするとき、洋楽やアニソンごちゃまぜの自作アルバムを大音量でかけるのだ。

 そのため、家兼職場となるマンションは、防音性能が高いところを選んでいるのだとか。


「ただいまー!!」


 大きく声を張り上げた。

 すると、廊下の途中で扉が開いて、ショートカットの女性が顔を出した。

 うちのおばさん。

 母の妹。

 名前は、鎌田聖良(かまたせいら)

 普段はずーっとすっぴんで暮らしてるけど、それでも同性の私から見て綺麗な人だと思うので、化粧をしたらさぞや化けるに違いない。

 そんな美女が、上下ピンクのゆるゆるーっとしたスウェット姿で現れる。


「おかえり~。早かったのねー。あら、怜愛が友達? 珍しい。今日は雹が降るわね」


 彼女はニヤニヤしながら、「どうぞー」と姫を案内した。

 姫は姫で、「うむ、苦しゅうない」と当然みたいな顔でリビングに向かう。

 おばさんは私に振り返り、


「へえー! 怜愛の友達って外人さんなんだ!? しかもコスプレ? エルフでしょあれ。プラチナブロンドとか初めて見たわー。あ、ちょっと写真とっていい?」


「シャシン? ふむ、楓の記憶にあったわ。不思議なことをするのだな。いいぞ」


 タブレットを持ってきたおばさん、姫をパシャッと撮影する。


「ありがとうー! 天然のプラチナブロンドなんて滅多に見られるものじゃないしね。あっ、髪を解いてもらっていいかしら? おおー! いいねいいねー! ウェーブした髪がつやつやしていてうつくしー。ああ、うん、次はね、ベランダで……」


「おばさーん、おーい!」


 姫は姫で、撮影のたびにおばさんが褒めるのでいい気分になって、求められるままにポーズを決めたりしている。

 結局、何十枚にも及ぶ撮影をした後、おばさんはホクホク顔で仕事場に戻っていった。

 仕事の資料にするんだろう。


「あー、美少女と触れ合うと心が晴れやかになるわ」


 趣味か。


「マサムネ、なかなか良い叔母上だな。見る目がある。ああも立て続けに褒められたのは初めてだったぞ」


 姫もニコニコだ。

 まあ、二人ともハッピーになっているなら、それでいいか。

 おばさんが、撮影だけして満足していなくなってしまったので、お茶は私が用意することになった。


「ほい、紅茶ー」


「うむ、感謝を」


 姫はティーバッグで入れた紅茶の香りをかぐと、首をかしげながら飲み始めた。

 そう言えばこの人、姫だった。

 きちんとした手順で淹れたお茶じゃなくて、インスタントティーで良かったのかな?

 ま、いいか。

 私は、きちんとお茶を淹れたことなんか無いし。


「うむ、香りが妙に強いと思ったが、飲んでしまえば茶であったな。落ち着いた。だが、香りを足すならば茶の香りだけでなく、花の匂いでもつければ良いだろうに」


 ティーバッグの表示を見たら、香料を使っていた。

 なるほど。

 エルフであり、姫である彼女は、その辺うるさいようだった。


「むっ。わざわざ淹れてくれた茶に文句をつけてしまったか。済まない」


「いいよいいよ。姫はハーブティとか好きそうだよねえ」


「うむ。ハーブを用いた茶は良い。心を落ち着かせるだけでなく、茶の席の会話に華を添えてくれる。もっとも、妾が育てたハーブ園はもう無いのだがな。皆、モンスター・バースの怪物どもに壊されてしまった」


 モンスター・バースの名を口にした姫が、真面目な顔になった。


「そう、妾の目的は、モンスター・バースを滅ぼすか、さもなくば封印することだ。そのために、妾はマサムネを必要としている」


「私の中にある、終末の魔女を?」


 ちょっと意地悪な問い返しをしてみた。

 すると、姫は難しい顔をする。


「いや、そなたが終末の魔女と一つになったことは、妾としては僥倖であった。終末の魔女はあまりにも何もかもを超越していて、利害や善悪というものを話し合える存在ではないのだ。

 だが、それがマサムネ。そなたと言う話の分かる娘とひとつになったことで、妾の目的には希望が生まれた。そなたも災難とは思うが……世界を救うと思って、手を貸して欲しい」


「むー」


 私は唸った。

 姫の殊勝な態度。

 これって、私が嫌ならば無理強いはしないみたいに見える。

 だけど、私が断ったら、姫の目的は達成不可能なものになってしまうだろう。

 屋上で出会った姫が、諦めに満ちた顔をしていたから、分かる。


「姫、さっき校庭で、あんな下郎を救ったなんて反吐が出るとか言ってたけど」


「うむ」


 姫が痛いところを突かれた、と顔をしかめた。


「妾も、まだせいぜい五十年しか生きていない若輩者でな……。エルフが出来ておらぬゆえ、度々カッとなって大変な行動に出る……。もっとも、今回、世界が重なり合った事態では、妾が人間たちの手を逃れて山に飛び出したからこそマサムネと会えたのだ。カッとなるのもたまには良い」


「あー、まあねえ。世の中、色々な人がいるし、私だってむかっとしたら言い返しちゃうもんね。ごめん、意地悪なことばかり言っちゃった」


 私は手を合わせて、軽く謝った。

 その後、まだ熱い紅茶をぐっと飲み干す。

 それから、どんとカップをテーブルに置き、


「いいよ。私を必要だって言ってくれるなら……やれるだけ力を貸すよ」


「真か! 恩に着る!!」


 姫が跳ねるように立ち上がり、私の手をぎゅっと握った。

 おー、エルフの体温はちょっと低い。

 ひんやりしてて、でも指先はすべすべだ。


「私としても、あんな化け物がいっぱい出てきて、人間を食べるっていうのはヤバいと思うしね」


「ああ。我らでモンスター・バースを倒す同盟を結ぼう!」


「同盟! なんかかっこいいねそれ」


 色々なことに白けてた、ネットスラング言う所の高二病だった私。

 どうやら時間を戻して、中二病の世界に足を踏み入れることになりそうだ。

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