表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/29

第三話 黙れ。シャラップ。ビークワイエット。

 30分位して、視力が回復した。

 すっかり体力を使い果たした私は横たわり、今は柔らかいものに頭を乗せている。

 いや、柔らかいものって言ってもね。

 これ、絶対あれでしょ。

 あれ以外ありえない。


「おお、目に輝きが戻ってきたようだな」


 最初に視界に入ったのは、優しく笑うエルフの女の子だった。

 うーん……男女問わず、美しいものを見ていると気持ちが晴れやかになるなあ。

 そして、私の頭を支えているこれって、エルフの膝枕、なんでしょう?


「妾の膝の寝心地はどうだ? 少々肉が足りぬかもしれぬが、そこは許せ。囚われの生活ゆえ、太ることができなかったのだ」


 囚われとか。


「ありがとう、エルフさん。もう十分に堪能したから」


「そうか。では、妾のことはエルフではなく、姫と呼べ」


「姫? なるほど、それっぽい」


 頭の下は柔らかかったけど、姫の言う通りちょっとだけ硬いところがあった。

 そろそろ首や肩のがギシギシ行ってきたので、私は体を起こすことにした。


「そなたは何と言うのだ、終末の魔女」


「魔女じゃないけど」


 私は首を捻って、凝りをほぐす。


「みんなマサムネって呼んでる」


「そうか、マサムネ。先程は大儀であった。感謝を」


「どういたしまして」


 私は名前を名乗る気が無いわけじゃない。

 今、自分の名前を言おうとして、浮かんでこなかったのだ。

 思い出せるのは、マサムネっていう名前だけ。

 なんだろう。

 記憶喪失?


『あなたは私。私はあなたになったのだから、あなたの中のスペースを明け渡してもらったの』


 左目が囁く。

 また余計なことをして。

 それって、私の生活に差し障りがあるじゃないか。

 憮然としながら立ち上がる。

 後ろで、姫も立ち上がる音がした。


 そう言えば、エルフの子の名前が姫っていうのもおかしいけど、多分彼女も私と同じなのだろう。


「ねえ、姫もやっぱり、こっちの人と重なってるの?」


 私が尋ねると、彼女はうなずいた。


「その通り。妾はこの山に逃げ込み、終末の魔女を探しておった。呪われた身になった妾には、モンスター・バースと戦う力を得るか、あるいは誰にも迷惑をかけぬ場所で果てるより他なかったからな」


 姫の指先が、制服の胸元に触れる。

 夏服の中で一点だけ自己主張する、藍色のリボンだ。


「良い仕立ての服だ。妾も幼き頃は王女として過ごしたが、これほど良い生地を纏った事はなかったぞ。こちらの世界は、豊かなのだな」


「まあね。こちらの世界って言うことは、姫は上から落ちてきた世界の住人なんでしょ?」


「ファンタズム・バース。そう呼ばれていた世界だ。そして、マサムネ。そなたがいるここは、我らの世界の伝説で語られたマルチ・バース。だが、今やファンタズム・バースとマルチ・バースは混ざり合い……さながら混在世界となっておる」


 彼女は自分を指し示し、そしてもう片方の指先を私に向けた。


「妾とそなたのように、住まう民もまた、混ざり合ってしまったようだ。妾と一体になった娘は、外に出る気は無いようだが」


 私の中にいる、終末の魔女とやらと一緒なのだろう。

 つまり、私が実は終末の魔女であることと同じように、姫は姫であることが主体で、実は女子高生、なのだ。


「ま、いいや。屋上から降りよ? きっと下は大騒ぎだよ。っていうか、さっきの怪物、人を食べてたんじゃない? あっ、どうしよう。私、食べられた人ごと怪物を消し飛ばしちゃった?」


 怪物、キリングジョーが立っていたらしき所には、その姿を象ったような焼け跡が残っている。

 岩肌と一体になった壁や床は、溶けてガラスのような質感に変わっていた。


「仕方あるまい。むしろキリングジョーが現れて、ほとんど犠牲が出ていない方が珍しいのだ。さて、ここはどう降りれば良いのだ? この高さから飛び降りれば、妾など足を捻ってしまいそうだ」


 洒落にならない話と、可愛らしい話を同じ口で吐き出しながら、エルフの姫は屋上に空いた穴を覗き込んだ。

 どうやら高いところが怖いようで、ちょっと覗いてはすぐに頭を引っ込めている。


「降りる階段あるよ。姫、こっちこっち」


 彼女の肩を突いて、屋上入り口まで連れてくる。

 扉の奥で、下に続く階段を見た姫は、ホッとため息をついた。


「よかった。手すりがあれば良いのだが、妾は今にも落ちそうな場所と言うものが苦手でな」


「さっきはあんな怪物と、正面から向き合ってたのに」


「モンスターは妾が背負った業だ。だが高いところは事故のようなものだ。高いところは意味が分からないから怖い」


 ぶるぶるっと震える彼女。

 なんだか可愛いな。

 お喋りをしながら下の階に降り立つと、そこはぞろぞろとどこかへ移動していく生徒たちの群れがあった。

 これが避難訓練なら、彼女たちはぺちゃくちゃとお喋りをし、危機感の欠片も感じさせなかっただろう。

 けれど、今、この群れは一様に押し黙り、あるいはあちこちですすり泣き、まるで葬列のようだ。

 キリングジョーの襲来で、ショックを受けたのだ。


 そんな中に、誰もいるはずがない屋上から降りてくる者がいる。

 赤い瞳を光らせた私と、銀髪に青い眼のエルフの姫だ。

 目立つ。


 初めにこちらに気付いた女子生徒は、泣き腫らした目をしていた。

 それが、ゆっくりと見開かれていく。


「ヤバい」


 私は口の中で呟いた。

 ヤバい。どれだけ、私と姫が目立つのか。

 考えてもいなかった。

 私は慌てて、拾っていた眼帯で左目を隠す。


「姫!」


「なんだ? 皆一様に、辛気臭い顔をしている。エルフェン王国が滅ぶ前夜もこうであった。あの時、妾は人間どもの軍勢にこの身を差し出して……」


「そうじゃない、姫。目立ってる。目立ちすぎてる」


「……何を言う?」


 一瞬訝しそうにこちらを見た姫。

 視線を女子生徒の群れに戻して、納得したらしい。

 それは、一様に、制服と整髪された黒の奔流だ。

 時折、地毛で茶髪のものがいるが、我が高校の校則で、染髪は禁止されている。


「まるで闇夜教の集会であるな。誰が誰やらさっぱり分からぬ。マサムネはこうも一目で見分けが付くと言うのに」


 私は眼帯してるからね。そういう分かりやすいアイコンが無いと、同じような年齢で同じ人種、背丈もそう極端に違わない私たちは、見分けがつきづらいのかも。

 そうこうしている間に、私たちを見つめる目の数が増えていく。

 行過ぎる生徒たちの群れがゆっくりになり、好奇の視線。

 いや、状況的に、もっと危険な何かを孕んだ視線の矢が、私たちを射抜こうとする。


「仕方あるまい。この娘に主導権を明け渡す」


 姫はぶつぶつと呟いた。

 主導権って、それはつまり、と私が彼女を見ると……。


「…………!」


 そこにいたのは、最初から屋上に立っていた、三つ編み眼鏡の女の子だった。

 体つきの華奢さはエルフの姫君と変わらないが、受ける印象は全く違う。

 彼女は注目されていることに気付くと、慌てて目を伏せた。

 スカートを掴んで、無言になる。


「なんだ。一瞬外人かと思ったら、清明(きよあき)じゃん」


「あいつ、屋上いたの。何してんのよ」


「てか、さっきの怪獣来た時に死ねばよかったのに」


 私たちに注目していた目は、徐々に減っていく。

 だが、その後に残ったのは、三つ編みの彼女への敵意というか、害意を含ませた声だった。


 あー。

 あーあー。

 理解した。完全に理解した。

 なんでこの三つ編みさん、屋上にいたかと思ったら、ほんっとーに自殺しようとしてたのね。

 そこに、姫が宿ったと。


「げ、横にいるのマサムネじゃん」


「マサムネに取り入ったのかよ」


「ヒキョー者」


「ち……ち、ちが」


 何かぼそぼそ言っている。


「違わないっしょ!」


「やっぱチクる奴はヒキョーだよね」


「あーあ、ほんと死ねばよかったのに……」


 おお、私もムカムカして来たぞ。


「どっちが卑怯と言いますか、そも、人に死ねばいいとか言えるあなた方が卑怯なのでは? というか彼女は一人なのに、寄ってたかって罵声を浴びせるとか集団心理に飲まれて恥ずかしくない?」


 下で好き勝手言っている連中の言葉に、被せるように口を開く。

 すると、彼女たちはフリーズした。

 ぎこちなく動いた目玉が私を捉える。


「あ、あんたは関係な」


「関係おおありだけど? っていうかあなたたち、いじめる対象が出てきたら急に生き生きしだして何? さっきまでしょぼくれて、『ママーこわいよー』って言ってたのに何粋がってるの? ダサい」


「い、い、言ってねえし!!」


「何よ! 関係ない奴が入ってくんなよ!」


「関係なくないでしょー。ダサい連中の汚い言葉が耳に入ってくるんだから! 私は迷惑してるの。ほんっとうるさい。だから、黙れ。シャラップ。ビークワイエット。シッシッ」


 私は彼女たちを遠ざけるように、追い払う仕草をした。

 これには向こうも怒り心頭だ。

 何か言語になってない金切り声を上げて、こっちにやって来ようとする。


「あなたたち! 何をやっているの! 避難しなさいって言っているでしょ!!」


 そこで、廊下中に響く大声。

 ジャージ姿の男らしい女教師が、腰に手を当てて仁王立ちしている。


「ゲッ、ブルだ」


「やばいって! 内申下げられる」


 ダサい女子たちは、ジャージの先生の横を、すごすごと通っていった。

 その後頭部が、次々に手にしたボードではたかれる。


「殴んなよ! ママに言いつけんぞ!」


「言いつけてみなさいな。モンスターペアレンツ対策は、うちの学校かなり完璧よ? 何せ私立だから。あと、今の発言は学年主任と担任に報告しておくからね?」


「ムギィ」


 強い。

 女教師ことブル先生は、私たちにも目をやった。


「あなたたちも。校庭に避難なさい」


「はーい。こっちからだけしか避難できないんですか?」


 ブル先生が指し示す経路は、職員室側の階段だ。

 背後には、キリングジョーが頭を突っ込んだ通路と教室がある。


「ダメ。絶対にあっちに行っちゃダメ。早くなさい」


「はーい。行こうか、えーと……きよ」


清明楓(きよあきらかえで)。よ、余計なことしないで」


 姫の宿主たる清明さんは、精一杯怖い顔をして、私を睨んだ。

 目が潤んでますが。


「へいへい」


『面倒ねえ』


 私の左目が、お前が言うかという感想を呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ