第二十三話 認めたくはないけど、私は道永を無視できないみたいだ。
さて、銀杏の木から見下ろすと、足元にいるゾンビは少し。
抜け道は完全に開かれていて、ここからゾンビが入ってきたことは間違いないようだ。
「ちょっと撃っとこ」
銀杏の根元にいるゾンビを、水鉄砲でピシピシ射撃する。
ゾンビたちは、あー、とか、うー、とか言いながら消えていった。
よし、スッキリした。
新しいゾンビが抜け道から入ってくる気配もない。
「流石だぜ姐さん……!! で、俺は何したらいいッスか!?」
「トラ、リュウとカメとホーに伝えて、持ちこたえるよう伝えて。もうすぐ援軍が来るから」
「うっす!!」
トラは元気に頷くと、木から飛び降り、四足で走って行った。
名は体を表すというか、速い速い。
「マサムネ、G.O.D.の者たちもそろそろ到着しそうだそうだ。既に翼人は上空に来ているとか」
「春香さんか!」
翼が生えた、コスプレ姿の彼女を思い出す。
上空に目を凝らしてみたら、確かに人型をしたものが空を旋回していた。
だけど、思った以上に翼が大きい。
人間の大きさの鳥が飛んでいるようにも見える。
私たちは、しばらく春香さんが飛ぶ姿をじーっと見ていた。
そして、ハッと我に返る。
「あれっ、飛んでるだけ?」
「攻撃手段が無いのだろう。マサムネのように、極めて高い戦闘能力を持つことは稀だからな」
「そっか、私ってちょっとレアなタイプなんだね」
姫の言葉で、自分の立ち位置を確認する。
その後、ゾンビが体育館脇に出てこないことを確認した私たちは、銀杏から降りることにした。
と言っても、二人とも木登りなんてしたことがない女子なのだ。
「そっと、そっと降りるからね……うおー」
私がつるんと滑り落ちた。
このままでは、お尻を打ってしまうという寸前、
「あぶねーっ!」
滑り込んできた小さい影が、私をキャッチした。
そして押しつぶされて下敷きになる。
「ぎゃーっ」
「その声は、あの失礼な少年!」
私のお尻の下敷きになっているのは、お腹をすかせていたり、私の胸の事ばかり言う少年だった。
今は、動きやすそうな半袖半ズボンに、バトンみたいなのを腰にぶら下げている。
「ねっ、姉ちゃんの尻、重いーっ! 俺が実は盗賊じゃなかったら潰されてたぞ! どいてくれーっ!」
「尻だとー!」
なんたる失礼な少年か!
私はぷりぷりと怒りながら立ち上がった。
そうしたら、続いて姫が落っこちてきた。
私は慌てて手を差し出し、落下する彼女をキャッチする。
だが、細身とは言え同年代の女子一人を受け止めきれるものじゃない。
「うわーっ」
「ひえーっ」
「ぎゃーっ」
悲鳴を上げる姫と、受け止めきれずに悲鳴を上げる私が、少年の上に倒れ込んで、少年が悲鳴を上げた。
ふう、なんとか無事だった。
少年がいなければ怪我をしていただろう。
「よくやった、少年。それで胸とかお尻とか言わなければなー」
「マサムネ、無理を言うものではない。この年頃の人間の男というものは、女体のことで頭がいっぱいなものだ」
「そっかー」
少年は伸びているのだけど、放っておくのも気が引ける。
ということで、姫と私で肩を貸して歩いていくことにした。
いやあ、こんなところをゾンビに見つかったら大変だな。
そして、銀杏まで飛んできた私たちをゾンビは追ってこない。
屋上まで行けという命令を受けていたのかな?
だけど、命令を下す道永が、あの場にはいなかった。
私たちが屋上から消えたから、ゾンビは私たちを追いかけられなくて、屋上で立ち往生してるみたい。
「ってことは……道永の奴が学校のどこかにいるってことだよね? モンスターになった道永が」
「いるだろうな。人間の姿をしたモンスター・バースの住人は珍しい。マサムネが嫌っているその女は、人の知性とモンスターの力を併せ持っていることになる」
「それって……大事なの?」
「キリングジョーやロックバイターを思い出すがいい。あれほどの力を持ったモンスターが、人の大きさで、人の考え方をして行動しているのだ。妾は人間の汚さや下衆さをよく知っているからな。あれがモンスターになるのだぞ? 反吐が出るわ!」
「姫、姫落ち着いて! 壁蹴らない! 少年が落っこちる!」
「ぐへえ」
少年が落っこちた。
「つまり、私は道永をぶちのめしたい。姫もモンスターをぶちのめしたい。私たちの気持ちは一つだね?」
「そうとも!」
私と姫、ガッチリと熱い握手を交わす。
私たちの心は一つだ。
だが、今すぐそれをやることは出来ない。
まずはゴッドの人たちと合流しなくては。
「少年、少年」
「なんだい」
「あっ、もう気付いてる。まさか、ぐったりしたふりをして、私たちにくっついていたのか……?」
「ち、違うぞ」
どもったな。
まあいい。
「ゴッドの人たちどこにいるの? 悟さんとか」
「悟の兄ちゃんは、外からゾンビを挟み撃ちにしてるぜ! おっさんも増えたから、三人がかりだからな!」
「聖戦士おじさんも来てるんだ! そっか、会社無くなっちゃったもんね」
体育館を回り込み、入り口の方へ。
ちょうどそこでは、リュウたちが大いに盛り上がっていた。
ゾンビの動きがおかしい。
まるで混乱しているみたいだ。
ゾンビたちの後ろが騒がしくなってるから、悟さんたちがやって来て暴れているらしい。
彼らは剣や槍を持っているし、聖戦士おじさんは動きのキレがなかなか凄い。
リュウたちよりも、戦いには向いているだろう。
「さてさて、ゾンビたちの注目はあっちに向いているみたいだね。多分、道永の目も向こうに行くと思う。出てくるんじゃない?」
「よし、待ち伏せだな」
「えっ!? 姉ちゃんたち、兄ちゃんを囮にすんのか!?」
「しーっ!」
少年に黙るようジェスチャーをする。
私たちは茂みに伏せ、動きがあるのを待つ。
「少年、そんなわけで、ゴッドの人たちに連絡お願い」
「わ、分かった!」
少年が立ち上がり、物陰をすごい速さで走っていく。
「水を補給しておくぞ。マサムネは少し休むがいい。ずっと魔女の状態でい続けておるだろう」
「あ、うん……。ちょっと疲れてたかも」
私は眼帯をつけて、一息ついた。
多分、髪の色が落ち着いて、左目も見えなくなったと思う。
すっかりくたびれてしまい、茂みの中でへたばってしまった。
「ほれ、マサムネ。サンドイッチだ」
「さんきゅ」
姫がリュックからお弁当を出して、私の口まで運んでくれる。
もぐもぐやりながら今の状況を頭の中で整理する。
パトロールのつもりだったのに、ちょうどやって来ていたゾンビの大群とぶつかってしまった。
それで学校に籠城して、ゾンビの中にいた道永と見られるやつと目が合った。
道永は私を狙ってきている、多分。
「姫、お茶をちょうだい」
「仕方ないな」
水筒からよく冷えたお茶を出して、私に飲ませる姫。
美味しい。
栄養と水分を補給して、ちょっと体が楽になってきた気がするぞ。
「しかし、道永とか言う女、妙なモンスターだ。妾を狙っている気配が薄い」
「そうなの?」
私にお弁当を食べさせながら、姫が不思議そうに呟く。
「妾の血は、モンスター・バースの住人を引き寄せるようになっている。これは呪いだ。妾がいるところにモンスターは現れ、その地を滅ぼし、妾を喰おうとする。そうして、妾が入り込んだ人の国を滅ぼすのが乳の願いだった。だが……あの道永とやら、妾に反応はしているのだろうが……。
それよりも、マサムネに対する執着が強いのではないか?」
「あ、それはあるかも。私と道永、最高に仲が悪かったから」
「仲が悪いのに、執着しているのか」
「うん。顔を合わせたら、お互い憎まれ口ばっかり叩いてたもん。私もあいつが嫌いで嫌いで、仕方なかった。だからね、なんか私の中の魔女も、やる気になってるんだよね。道永の奴をやっつけるためなら、どんどん力を使えって」
「そなたも執着しているというのか。まるで、互いに引き合っているかのようだ。二重存在になったことで、魔女とモンスターのあり方にも変化が生じているということか……?」
認めたくはないけど、私は道永を無視できないみたいだ。
それは多分、あいつも同じ。
だから、私がこうやってここで待ってれば、道永は絶対にやって来る。
私は確信を込めて、昇降口を見つめる……。




