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第二十二話 裏をかかれた!

 階段を駆け上がる私と姫。

 あっという間に屋上について、そこから校舎の周りを見回す。

 北の方から校舎の入り口にかけて、ゾンビに埋め尽くされている。

 これって、全校生徒の数よりも多いんじゃない?

 おじいさんにおばあさんもいるし、サラリーマンに子供だっている。


「手当たり次第に増やしたって感じだね、これ」


「うむ。やはりゾンビは感染するのか? それとも、感染源が存在するのか……。ホー、こっちに来るのだ!」


「へい!! しゅわっ」


 ホーが飛んできた。

 便利ー。


「ゾンビの動きを見渡すのだ。街の人間を襲ったりしてはいないか?」


「いえ、あいつらひたすらここに突っ込んできてるッス! 周りに家とかあるッスけど、シカトしてますねー」


「ということはだ、マサムネ」


「えっ、なになに!?」


 いきなり振られて焦る私。

 姫、何を言わなくても分かっておろうみたいな顔してるの?

 私は捻くれた性格ではあるけど、頭脳肉体的には一般的女子高生なので、そういう察するとかは勘弁していただきたい。


「────マサムネ」


「あ、あー。えーと、えーと。その、ゾンビは、周りに住んでる人に興味がない! ……よね?」


「うむ」


 良かったー!

 何、今の連想ゲーム。

 めちゃくちゃ心臓に悪い。

 胸がバクバク言ってる。


「補足するならば、ゾンビが学校を狙う理由が無いのだ。あれらが自律的に動かぬことは、ここ数日でやり合って分かった事だろう。だが、今のゾンビを見よ。まるで統一された意志があるように、学校に集まってきている。これは、奴らを統率する存在がいる証明だ。間違いなく、ゾンビを操る輩が近くにいるぞ」


「ああ、うんうん、いるだろうねー」


 屋上を端から端まで歩く私。

 なるほど、校舎のまわりは、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

 ぐるりと囲まれてはいないけれど、歩道から車道まで、結構な数のゾンビがいる。

 冷静になってみると、これは何千人という規模じゃない気がする。

 でも、流石はゾンビ。

 誰もこっちを見ていないし、うろうろと歩道を歩き回るだけだもんね。

 やっぱりゾンビって、生きてる気がしない。

 何を見るでもなく、目的があるでもなく、ぶらぶらうろうろ。

 何考えてるんだろうなあ。

 何も考えてないんだろうなあ。


 後ろにリュウやトラの咆哮を聞きながら、私はまったりと校舎の外を見つめていた。

 そこで、目が合った。

 私を見ている者がいた。

 鮮やかな緑色の誰か。

 それが、ゾンビたちの間から私を見つめていた。


「へ?」


 なんだろう。

 ゾンビは何も見てないんじゃなかったっけ。


「マァサムネェ……」


「……?」


 目を凝らすけれど、もうそこには何もいなかった。

 一瞬だけ見えたあの緑色。

 道永胡蝶の写真が、ちょうどあんな髪の色をしていたはずだ。


「姫ー、今なんかいた」


「何か? 何かとは何だ」


「多分、道永。やっぱりあいつがゾンビたちの親玉だね」


「マサムネ、そやつがいるというなら終末の光で焼き払ってしまえば良かったであろうに」


「むちゃくちゃ言うなあ」


 この辺一帯、無くなっちゃうかもしれないじゃないか。

 そうこうしている間に、ゾンビの動きが変わった。

 ばかみたいに校門を攻めるだけじゃなくて、学校を囲む格子とか、網を登ろうとしている。

 ほえー、ゾンビってこんな動きもできるんだね。


「ホーさ、なんか教室からモップとか持ってって。あの網に張り付いているの叩いて落としてもらっていい?」


「分かったッス!!」


 ホーは開いている窓から、三階の教室に侵入。

 モップやらほうきやらを抱えて飛び出していった。

 早速、格子や網に貼りついたゾンビを、びしばし叩いて落としている。

 いいぞいいぞ。


「それじゃ、私も援護と行きましょう!」


 私は水鉄砲を装備した。

 これ、子どもが水遊びで使うような、100円ちょっと位のちゃちいおもちゃ……ではなく。

 イラストレーターであるうちのおばさんが、資料用に買った本格的なものなのだ。

 さっき、チンピラ四人組に使ったのはハンドガン型の本体の方。

 リュックから取り出しましたのは、バレル、ストック、スコープ、それに大型タンク。

 タンクには500ccくらい入るので、水を満タンにしてきてある。


「行くよ、終末の魔女」


『最近魔女使いが荒いわねえ』


 あ、久しぶりに出てきた。

 とても面倒くさそうな声だ。

 だが、そんな魔女の声色とは無関係に、私は魔女モードに変化する。

 この時だけ、左目の視力が戻る。


「行くよ!」


 校門に群がるゾンビ目掛けて、私は引き金を引いた。

 追加パーツで加速された水が、赤く輝きながら降り注ぐ。

 なんて言うか、水の弾丸を一度にたくさん吐き出してるみたいな感覚。

 赤く光る水に当たったゾンビは、あーとか言いながら溶けて行く。

 リュウやカメに当たらないように、彼らから離れたゾンビをやっつけていくのだ。


「風が強まってきたようだな。妾が風の勢いを操作する。マサムネは攻撃に集中せよ! ウインドコントロール!」


 姫の力で、私の射撃は風の影響を受けない。

 ということで、水がなくなるまでひたすら射撃、射撃、射撃だ。

 多分、五十人くらいやっつけたと思う。

 そこでタンクの水が空っぽになった。


「姫、補給お願い!」


「よし。クリエイトウォーター!」


 姫が魔法を使うと、空気の中から水が生み出されてくる。

 タンクがみるみるいっぱいになった。

 その代わり、周りの空気が一気に乾燥する。

 うへえ、喉ががらがらする。

 風が吹いて、乾燥した空気はすぐにどこかに運ばれていってしまった。


「続き、行ってみよう!」


 満タンになったタンクを取り付け、再び屋上から攻撃。

 ばんばんと景気よくゾンビを減らしていく。


「いいぞ姐さん!!」


「かっけー! スナイパーだ!」


 なるほど、今の私はスナイパーなのか。

 普段、特別器用なわけではない私だけど、この左目でスコープ越しに狙った相手には、必ずと言っていいほど命中させられる。

 魔女モードでこの水鉄砲があれば、距離をとった戦いはかなりやりやすい。

 リュウもカメも、調子に乗ってゾンビを殴ったり蹴ったりし始めた。

 あれ?

 トラは?


「姐さんっ、やべえっ!」


「わっ!?」


「なんだ、そなた壁を登ってきたのか」


 私と姫の真横にトラが現れて、大声を出した。

 めちゃくちゃびっくりする。


「もー。びっくりさせないでよ。それでどうしたの? リュウとカメを手伝わなくていいの?」


「それどころじゃねえッス! やべえんだって! なんか、こう、俺の背中がぞわぞわっと! ええと、あっちから」


 トラが指差した側は、体育館の方。

 向こうには入り口はないはずだけど。


「あ」


「あ」


 私も姫も思い出した。

 入り口は確かにない。

 抜け道がある。

 まさか、抜け道を通ってゾンビが入ってくる……?

 あの道なんて、うちの生徒くらいしか知らないのに。

 いやいやいや。

 ゾンビの中に、さっき道永らしいのがいたじゃないか。

 ってことは、この学校の生徒だった道永は抜け道を知っている。


「あー……」


 ゾンビの声が聞えてきた。

 思ったよりも、ずっと近くだ。

 屋上の扉が開き、そこからゾンビが次々現れる。


「やられたー……! 裏をかかれた!」


「ゾンビどもを戦術的に活用しているか。その道永とやら、用兵術を身に付けつつあるようだな。手強いぞ」


 私は水鉄砲からバレルを外して、目の前のゾンビたちを相手取ることになる。

 でも、どうする?

 ここで校舎ごと、ゾンビたちをぶっ飛ばすのは簡単だ。

 ただしその後、私は三十分くらいぶっ倒れることになる。

 ぶっ飛ばしたゾンビの中に、道永胡蝶がいればいい。

 でも彼女が混じっていなかったら、致命的だ。

 無防備な私と、怪獣を引き付ける体質の姫が、二重存在になった道永の脅威にさらされることになる。

 それはまずい。

 はっきり言ってゲームオーバーだ。


「どうするどうする……」


 私はぶつぶつ言いながら、水鉄砲を連射した。

 上がってきたゾンビの数は、そこまで多くない。

 だけれど、次から次に追加されてきている。

 またすぐに水は切れてしまうだろうし、そうしたら姫がタンクに水を補給するまでの間、私たちは無防備になる。

 トラに守ってもらうにしても、一人では……。


「逃げるぞ、マサムネ! トラ、妾とマサムネを連れて、あの木まで飛べるか!?」


 姫が決断した。

 彼女が指差したのは、体育館脇の銀杏の木。


「いけるッス! 姐さんがた、背丈そんなにないですからね! 太ってねえし!」


 おい、今チラッと私を見たな?

 だけど、緊急事態だ。

 それは不問にしよう。


「お願い、トラ!」


「へい!!」


 トラは私と姫を両脇に抱えると、ゾンビの群れの前を横切って、体育館までジャンプした。

 さらに走って、ジャンプ。

 銀杏までたどりつく。

 凄い勢いだった。

 人間には無理なジャンプだな。

 さすが、二重存在。


 さて、一旦ゾンビたちから距離をとることに成功した。

 ここから、ゴッドの仲間が駆けつけてくるまで、持久戦だな。

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