第二十話 舎弟が出来てしまった……!!
この世界がおかしな世界に変わってしまってから、四日目。
もともと人嫌いなところのある私だけど、姫と同じ部屋で寝起きすることにそろそろ慣れてきた。
というか、なんで私、彼女と一緒なのは平気なんだろうなあ。
目覚めてから、じーっと寝袋の中の姫を見ていると、彼女はパッと目を覚ます。
昨夜は流石に暑かったようで、寝袋のチャックが開いていた。
「おはよう、マサムネ。いささか汗をかいてしまったようで、寝間着がはりついて気持ち悪いのだが」
「ああ、はいはい。シャワー行こうねー」
「うむ、今日のシャワーだが、妾に任せるのだ。もうあれの操作は万全ぞ? エルフの応用力というものをみせてやろう」
「へえ、言うね姫。じゃあお手並み拝見……」
その五分後、降り注ぐ水のシャワーの下で「ぎゃわわー! 冷たいー!!」「馬鹿な、こんなはずでは! 冷たい! 冷たい!」と騒ぐ私たちの姿があった。
「おお……もう姫にシャワーは任せない」
「待て、マサムネ! 次は、次こそは必ず!!」
任務に失敗した悪の女幹部風の言い訳をする姫。
真夏ならともかく、これが冬だったら本当にシャレにならない。
姫には細かに教え込まないとな。
「良いかマサムネ。妾は名を思い出せぬ故、呼び名こそ姫だが立場的にはもう姫ではない。一介のエルフなのだ。侍る者も無き今、妾は身の回りのことを自分でやれなければならない。こんなシャワー一つで挫折するわけにはいかぬのだ」
「気持ちは分かるけれど、その辺りは後々教えていくので、一人で全部やろうとしないようにね。姫にもしものことがあった時、困るのは私でもあるので」
「うむ、気をつけよう」
口うるさいようで申し訳ないんだけど、私としては、自分に宿った終末の魔女とかいう存在が何なのかもさっぱり分からないし、姫を狙ってくるモンスター・バースという勢力に関しても何も知らない。
姫のお父さんが人間に復讐しようとして召喚したくらいしか知らない。
私にとって、姫はこのおかしくなった世界の案内人で、私を必要だと言ってくれたちょっと特別な存在でもあるのだ。
言わば、今の私が、このハードな毎日を乗り切るモチベーションになっているのだ。
少し過保護で行こう……。
「では本日の目的地は学校周り」
スマホにマップを表示する私。
姫が覗き込んで、真似をして楓のスマホにマップを出した。
「姫、スマホの操作は上手くなってきたよね」
「うむ。これは言わば、魔法の印を切る動作に似ているからな。妾とは相性が良い操作方法だ」
チャチャッとアプリ上のマップを、ピンチアウトして拡大し、目的地までを把握する姫。
電子機器に対するその理解力が、どうしてシャワーには活かされないのか。
謎だ。
「それよりもマサムネ、今日のサンドイッチだが、一種類のみではあるまいな」
「もちろん。姫のリクエストを受けて、今日は二種類だよ。たまごサンドとハムレタスサンド」
「よし!! ……待て。どちらも最近の品目ではないか」
「私、料理のレパートリーは少ないんだよね」
「ええい、いっそ妾が料理を覚えるべきか!」
おお、いいねそれ。
エルフ料理が食べられそうだ。
もっとも、姫ってお料理とかしたことなさそうだから、私がレクチャーしなきゃいけないわけでしょ?
ならレパートリーも私と同じようなものにならない?
ありもの以外は、簡単な洋食しか作れないぞ私は。
これは、姫に教えるために今まで作ったことがない料理にもチャレンジしていかなければなるまい。
全ては姫の手料理を食べるためだ。
「私、姫を全力で応援するよ」
「そうか! では妾も料理をやることにしよう!」
私たちは大盛り上がり。
賑やかに騒ぎながら道を行く。
私の住まいである、弘道の辺りは比較的落ち着いている。
夜に出歩くのは危険だけど、こうして日が高い内は、女子も二人以上で固まって行動すれば割と動き回れるのだ。
ちなみに昨夜、基本的には一人で外出しないように、という都からの通達があった。
一人暮らしの人たちにどうしろと言うのだろう。
あ、デパート前まで出てきたら、たむろしているおにーさんたちと目が合ったよ。
角が生えている男の人や、羽が生えている男の人。
ニヤニヤしながら近づいてくる。
「……あのような手合いはどこにでも現れるのだな」
同感。
そして訂正。
うちの近くも決して安全じゃないなあ。
私がポケットから取り出したのは、水鉄砲。先端にかぶせてあるカバーを外して、おにーさんたちに向ける。
彼らは半笑いで、ホールドアップしながら並んでやって来た。
「はいはい。終末の魔女、ちょっとだけね」
今回は眼帯をしたまま。
私が引き金を引くと、水鉄砲から吹き出した水は、まるで思いっきり棍棒でぶん殴るような衝撃を相手に与えたらしい。
水をかけられたお兄さんの一人が、真後ろに吹き飛んだ。
「木刀は殺しちゃうかもしれないからなあ」
「そなたは優しいな、マサムネ」
「ほら、この人たちだって改心するかも知れないじゃない」
そう言いながら、水鉄砲を連射する。
次々に吹き飛ばされるおにーさんたち。
放たれる水は真っ赤に光り輝き、倒れたおにーさんに追い打ちをすると、地面の上でばたんばたんと飛び跳ねた。
「もっ、もう勘弁してくださいっ!!」
「すんませんっした!! マジすんませんっした!!」
おにーさんたちが、のたうち回りながら謝ってくる。
攻撃されながら喋ってる。
めっちゃタフだなあ。
でも、私が手加減しているうちに降参するのは賢明だと思う。
「マサムネ、そこまでにするがいい。こやつらも反省したことだろう」
「姫がそう言うなら」
「────なんて言うと思ったかよバーカ! こっちのコスプレ女を」
「ウインドブラスト」
「ぎゃぴぃぃぃぃぃ!!」
「ヒェーッ!! 魔法!!」
「もっ、もうかんべんしてくださいっ!! マジで! マジでっ!!」
「すんませんっした!! マジのマジですんませんっしたぁっ!!」
姫を人質に取ろうとしたのを、風の魔法で打ち上げられたおにーさん。
ゴミ箱に叩き込まれて、残るおにーさんたちは必死になって謝り始めた。
「俺たち、いきなり超強くなって調子乗ってたっすけど、駄目だこりゃ。上には上がいるわ……」
「北の方はゾンビが出てるだろ? んでこっちに逃げてきたんだけど、こっちも駄目だぁ……女子高生こえー」
「待てよおめえら。この姐さんがたについていけば、俺たちの身も安泰じゃね? そもそも、俺らだけでなんとかしようっつーのが無理だったんじゃねえ?」
「なるほど!! 寄らば大樹の影っつーもんな」
「おへー、トラ、おめえ難しいこと知ってるな! さっすが高卒……」
「それほどでもねえよ、へっへっ」
何を言っているのだ彼らは。
おにーさんたちの数は、全部で四人。
「リュウっす」
「トラっす」
「ホーっす」
「カメっす」
「俺ら、これからマジ姐さんがたをリスペクトさせてもらうんで!」
「この世界で生き残るコツは、ぜってー、姐さんがたみてえな強い人の下につくことッスよ」
「姐さんたち、ゾンビとかやっつけたりしてんでしょ?」
「うむ」
あっ、姫、答えちゃった!
「ミナミセンジュとやらに出たモンスターも、妾とマサムネと仲間たちで倒したのだ」
「えっ!? あのテレビに出てたカイジューを!?」
「マジで!?」
「パネェー!!」
何を盛り上がってるのか。
私はドン引きなのだが、姫は四人のおにーさんの質問に次々答えていき、彼らの心を掴んでいく。
上に立つものの人心掌握術であろうか。
凄いなーっと思って横で見ていると、ついにおにーさんたちが、姫の前に跪いた。
なんか姫の手指が輝いている。
それで、おにーさんたちにちょんちょん触れて……。
これって、なんか契約してる?
「うむ、驚くべきことに、こやつら本当に妾とマサムネに従うつもりだったので、使い魔としての契約をしてやった」
「マジで」
今度は私が言う番だった。
角が生えたおにーさんはリュウ。毛深くて爪が出し入れできるおにーさんはトラ。羽が生えているおにーさんがホー。リュックサックかと思ったら甲羅を背負ってるおにーさんがカメ。
なるほどねえ……。
この四人、自分の本名をなくしてしまったらしい。
間違いなく、二重存在になった弊害が出てる。
だけど、変わらずチンピラライフをしながらここまで流れてきて、私たちに叩きのめされたと。
「なんてこと。舎弟が出来てしまった……!!」
私は愕然とした。
数日前には想像もしていなかった変化だ。
後々、このおにーさんたちもG.O.D.に預けようとは思うけど……。
「手勢が多ければ、パトロールも上手くいくであろう。こやつら、頭は悪いが戦闘力はそれなりにあるぞ。己の力を活かせなかっただけだ。妾が頭脳となり、この四匹の使い魔を使いこなしてやろう」
あー、そうですか。
突然頭数が六人になった私たち。
青井女子高校パトロールへと向かうのである。




