幕間:胡蝶、支配する
道をいっぱいに、蠢く人影が覆い尽くしている。
老いも若いも関係がない。
誰もが目を濁らせ、私の命令をよく聞く者たちばかりだ。
「いいじゃない。これこそ秩序よ。人間は混沌としていちゃいけないの。誰かが教え導いて、規律っていうものを叩き込まないと。本当にいい子たちだわ。ねえ、そう思わない?」
私が言うと、みんなは同時に頷く。
うんうん、言うことを聞く人がいるって落ち着くわ。
この三日で、随分増えてきたしね。
ついこの間までは、同じクラスの子たちしか仲間はいなかったんだけど……。
路地の真ん中に立つ私は、周りをくるりと見渡す。
お年寄りの皆さん。
スーツ姿のサラリーマンに、作業服の大人の人たち。
おじさん、おばさん、お兄さんお姉さん。
それに中学生、小学生、もっと小さな子どもたち。
ありとあらゆる世代の人たちが、私の仲間になった。
「これって、ちょっとした街だよねえ。やだ、私を中心とした街ができちゃうじゃない」
それって想像するだけで、ちょっと素敵。
マジでテンションが上ってくるんだけど。
「今って、何人くらいいたっけ?」
『さあな。我はしもべを増やすのみ、数を知るのは我の権能では無い故な』
「幼生を産み付けるって言ってなかった?」
私の中から声がする。
アンプレックスと名乗る、私に力を与えた何か。
今はもう、私と一つに混じり合っていて切り離すこともできない。
だからこの力は私のもの。
『爪で傷つけるだけでは、彼奴らの中に毒を流し込むに留まる。噛み付け、胡蝶。さすれば、しもべは幼生の寝床となろう』
「ええー。それってちょっと汚いじゃん」
私はべーっと舌を出した。
私の体は、髪も瞳も爪も、そして歯や舌に至るまで、エメラルドグリーンに染まっている。
これが新しい力を得た代償。
っていうか、代償って言うには美しすぎない?
むしろこれも私が得た力じゃない?
店のショウウィンドウに自分を写して、私を彩る輝きにうっとりとする。
『幼生を残せ、胡蝶』
「いやよ。私、まだ十七歳だわ。そんな年齢じゃないでしょう? これから大学だって行かなければだし、それから就職があって、色々大変なの。まだ楽しいこともやりきっていないのに、子持ちになるなんてゴメンだわ」
私が言うと、アンプレックスの声は止んだ。
日に日に、私とアンプレックスの意識は混じり合ってきている。
たまにこうして、アンプレックスが主張してくるけれど、それは私の行動を邪魔するほどの強制力を持っていない。
そう、私は自由なのだ。
「さて、今日はどこに行こうかしら。そう言えば、学校に残してきた子たち、みんな殺されちゃったのよねえ。あのテレビに映ってたの、絶対あいつはあれだわね」
思い起こす、あの姿。
カメラの映像はちょっとぶれてたけれど、黒板消しを打ち合わせる赤毛の女は、確かに見たことがあるような顔立ちをしていた。
マサムネ。
あいつだ。
「いくらでも仲間は増やせるけれど、でもクラスのあの子たちは他に代えがいないのに。ほんと、あいつって空気が読めないやつ」
私の中に、苛立ちがこみ上げてくる。
よし、今日の予定は決めた。
「お前たち、行くよ! 今日はみんなで学校の方に行くから。それから、もう少し仲間を増やそうか。私の街をどんどん拡大させていくの」
私の街が広がっていく。
それはとても素晴らしいことのように思えた。
「それに、私の仲間が増えたら、マサムネはきっと居づらくなるじゃない? 街が全部私のものになったら、そこにあいつの居場所はなくなるもの。あはは! 因果応報ってやつね! 素敵! 素敵だわ!!」
私はみんなを従えて歩き始める。
決めた。
私の決定なの。
だから、みんなは喜んで賛成する。
素晴らしい規律!
人の和!
ここには、空気を読まない奴なんていない。
世界がみんな、こうなってしまえば素敵なのに。
目標は青井女子高校。
まっすぐまっすぐ歩いて……。
そうだ、今度はタクシーの運転手さんを仲間にしたら、もっと楽に移動できるようになるよね?




