第十九話 このパトロール、私の好きにやらせてもらうけど?
お腹をぐうぐう鳴らす少年が私たちを案内したのは、ある賃貸マンションの一室だった。
「ここがなんなの?」
「悟さんから、姉ちゃんたちを連れてきてくれって言われたんだよ。うー、腹減ったあ」
悟って、ゴッドの主催っぽいあのお兄さんだよね?
それが私たちを呼んだというのはどういうことだろう。
そう言えば、扉の前にはマジックペンで殴り書きされた紙が貼り付けてある。
『G.O.D.ザンテイ本部』
暫定って漢字で書けなかったんだね……。
早速、姫が入り口脇のチャイムを鳴らす。
『ほーい』
女の人の声がした。
「妾だ。妾とマサムネを呼びつけるなど、よほどのことがあったのであろうな」
「姫、上から返答しすぎ」
「そうか? だが、妾もマサムネも忙しい。これがどうでも良い理由で呼びつけたのだったら、ただではおかぬところだ。それにこれはマサムネにも責任があるのだぞ? 妾はまだサンドイッチを三切れしか食べていなかったというのに、この子供に見せつけるようにまとめて食べてしまいおって」
姫がぷりぷりと怒っている。
そうかあ、サンドイッチもっと食べたかったのか。
「それは悪いことをしたなあ。全部この少年が悪い」
「ええーっ!? お、俺かよお!」
理不尽な話に、愕然とする少年。
その目の前で、扉が開いた。
少年がぶつかり、「ぐえ」と呻く。
奥から顔を出したのは、昨日見かけた女の人だった。
髪をピンでシニョンにまとめていて、ちょっと三白眼気味。
「あらー。昨日の邪気眼ちゃんとエルフちゃん」
彼女はにっこり笑った。
なんだその邪気眼ちゃんって。
「いってえなー! おー、春香、腹減ったー!」
「亮太うるさい。アンパン買ってあるから適当に食べな」
ほうほう、この人が、少年が言っていた春香さんねえ。
彼女は少年に対しておざなりに対応すると、私たちへと笑顔を向けた。
「お客さんは歓迎だよ。どうぞどうぞー」
「はあ」
なんだか毒気を抜かれてしまって、私は言われるがままに部屋の中へと入っていった。
春香さんの格好は、キラキラ光る布でできていて、赤い腰布とかそれっぽいブレスレットとか、とてもファンタジー的だ。
「コスプレ……?」
「分かる!?」
目をキラキラさせて、春香さんが振り返った。
「これね、メルトバイオレット・ファンタジーっていうソーシャルゲームの、ファリア・ランクトーンっていう人気キャラでね? いつもならウィッグ被らなきゃいけないし、重い背中の羽根も取り付けないとなんだけど……ファリア、お願い!」
春香さんが廊下でくるりと回ると、彼女の髪が金色に染まった。
背中から、ばさりと真っ白な羽が生える。
そして廊下の壁に引っかかった。
「あいた!!」
「狭い所で羽広げるから」
途中で引っかかった春香さんを、私と姫でぎゅうぎゅう押して横向きにさせる。
「ほう、翼人との二重存在とは珍しいな。なるほど、あの少年は盗賊、二人の男は戦士であろう。それだけなら、G.O.D.など大仰な名乗りは滑稽なだけだったが、そなたや聖戦士が加われば無視できぬ存在となろう」
「姫、知ってるの?」
「知っているのだ。遥かに高き山嶺の王国に住む種族だ。そうか、かの翼の山嶺もまた、この世界に落ちてきているのか」
「なるほど、分からない」
「そうなの!! やっぱりエルフさん、あなたも同じで? 私に宿ったこの子は、自分の名前を忘れちゃっているんだけど、間違いなく彼女はゲームと同じファリア! 私には分かる……! ああ、非日常を楽しむだけだったコスプレが、まさか世に必要とされる日が来るなんて……! し・あ・わ・せ!」
「春香がまた変になっちゃった……。こうなるとしばらく戻らないよ」
少年は呆れ顔だ。
とりあえず、変身した春香さんの体積はとても大きいので、彼女をどうにかこうにか押し込みながら廊下を進んでいく。
この家は1LDKらしくて、大きな部屋が一つ側面にあって、正面がダイニングとキッチン。
ダイニングが会議室みたいになっていた。
「やあ、二人ともよく来てくれた! 歓迎するよ!」
立ち上がって私たちを迎えたのは、爽やかな青年、悟さん。
隣にセクハラお兄さんも座っている。
またじろじろと私を見ているな。
「やあおっぱいちゃ……」
私は眼帯をずらして左目を赤く輝かせた。
セクハラお兄さんがスッと静かになる。
なんて呼び方をしようとしやがったのだ。
この少年に乗じて、どくさくさ紛れに口にしたな。
「マサムネ、落ち着け! この場で撃ったら大惨事になる」
「大丈夫、私は冷静。冷静だから」
姫にどうどう、と諭される。
落ち着いた私は、促されて席についた。
気がつくと、横合いの席には聖戦士おじさんがいる。
その他、キッチンには式部さんと納言さんが。
この部屋、ぎゅうぎゅうだ。
「やあ! 俺たちも会社が無くなっちゃったので、ここに再就職することにしたんだ」
「なあ悟君。G.O.D.を法人化しよう。その辺りは俺たちが手伝うから」
「僕は最前線で戦うよ!」
おじさんたちが燃えている。
「その話は後にしましょう! では、魔女さん、エルフさん、今回お呼びした理由を伝えるよ。今日になってから確認されているんだが、青井女子高校を中心として、ゾンビ化する人間が多数確認されているんだ! これは由々しき事態だと思わないか?」
「あー」
心当たりがあり過ぎる。
「そうそう。青井駅もゾンビに包囲されてて、彼女たち二人が来てくれなかったら、今も俺たちは電車に乗れなかったよ」
式部さんの説明を受けて、悟さんが頷いた。
「ゾンビは既に、足立区中央部から北部にかけて広がりつつあるんだ。島根、六月、竹ノ塚は、人間よりもゾンビが多いって話だ」
「でな。テレビでもゾンビが出てくる生放送してたらしくてな。段々世の中の連中もゾンビに気づき始めてるってわけだ。春香ー」
「はーい録画してあるよー」
セクハラお兄さんに指示されて、羽を引っ込めた春香さんが、録画した映像を見せてくれた。
それは、学校に突入した報道陣が、迎え撃つように現れたゾンビに襲われる映像だった。
うひょお、心当たりがあり過ぎる。
そして、襲いかかるゾンビの顔にも見覚えがあるのがたくさん混じっているなあ。
大混乱で、とても放送できるような映像ではない。
だけど、テレビ局の中にも、そういう判断ができる人間が今はいないのかもしれない。
やがて、カメラの上から赤く光る粉が降り注ぎ始めた。
粉が降り掛かったゾンビは、呻きながら消えていく。
粉に触れた部分から消滅し、全身を削り取られて行くのだ。
最後にカメラがバンして、三階の窓を写した。
そこにいるのは、黒板消しをバンバン打ち合わせる、赤く光る女子。
そう、私だ。
「これ、君だろ」
「何の話でしょう」
「こんなことできる人、他に何人もいないだろ?」
「いるかもですよ?」
「うむ。これほど正確に終末の魔女の力を行使できる存在がいるとすれば脅威だな。しかしこの粉の落ち方。風を無視しているということは、妾が昨日使ったウインドコントロールの魔法のようだな。こちらにも、終末の魔女と魔法の使い手がいるとは……。マサムネ、こやつらを仲間に付けられれば心強いぞ!」
「へえ、エルフさんは魔法を使えるんだ!?」
いけない。
姫が余計なことを口走ってしまった。
結局このことで、青井女子高校でゾンビたちを撃退したのが私たちだということがバレてしまったのだった。
そして、ゴッド側からの私たちへのお願いはこうだった。
「高校周辺をパトロールしてくれないか? 俺たちではまだ、人数が足りなくて手がまわらないんだ」
「はあ。まあ、それくらいなら今やってるような事だし」
それに、事の原因が誰なのか知っているのは、私だけだ。
彼女のことを知らない楓や姫には、ピンと来ないだろう。
あいつは私が嗅ぎ回っていると知れば、絶対に出てくる。
そういう奴だ。
「でも、このパトロール、私の好きにやらせてもらうけど?」
「ああ構わないよ。君は我がG.O.D.の構成員でもないし、それに俺たちは君に救われた恩義がある。借りを返す前にこんな頼みごとをするのは心苦しいが、必ずお返しをするから!」
「お返し……。なるほど、いいでしょう」
私はこの頼みを請け負うことに決めた。
姫としても、それに異存はない。
何しろ、あいつ……このゾンビ事件の中心にいるであろう女、道永胡蝶は、彼女の生徒手帳によってその素性が明らかになっているからだ。
モンスター・バースの怪獣と一体となった道永を倒すのは、姫の意志でもある。
でも。
「明日からにしよう」
明日できることは明日やる。
それが私の主義なのだ。




