第十八話 サンドイッチはあげない!
私たちは、終点の秋葉原まで向かうことにした。
つくばエクスプレスの終点がそこだったからだ。
駅を降りると、東のほうに渦巻く紫の積乱雲が見えた。
「あれが、こちらとモンスター・バースとを繋ぐ扉だ。大規模な火力によって破壊するか、儀式魔法で封印する他なかったのだが……。幸い、マサムネならば一人であれを処理できる」
せっかく秋葉原に降りたと言うのに、姫はそらばかり見ていた。
周りには、アニメやゲームなどのアイコンが盛りだくさん。
極彩色で、目移りしてしまうような街だ。
行き交う人たちは、いつも通り……なんだろうか。
私はごくたまにしか来ないから良く分からない。
でも、リュックを背負ってストーンウォッシュのジーンズを履いた角のある人とか、メイド服の下が魚になっていて、半分水槽に浸かりながらチラシを配っている人は、前はいなかった気がする。
「あの大通りを抜ければ、あれを撃っても被害は少なそうだ。マサムネ、あの通りから撃つぞ!」
「姫は動じない人だなあ」
銀髪の三つ編みにメガネのエルフという、姫の外見も、この街ではほとんど目立たない。
多くの人たちは、裏返ったままの姿を楽しんでいるようだ。
私たちは首都高の下を抜け、その先にある路地に入った。
むっ……電線が邪魔じゃないかなこれ。
「こちらの世界は、妙な紐が柱からぶら下がっているのだな。まあ、紐や柱の一本や日本、巻き込んでも構うまい」
「いいのかなあ」
よくはない。
ということで、私は姫を連れてもう少しだけ移動。
線路脇で、比較的視界に電線が入らない辺りだ。
普段はこの線路、高架線路なので邪魔になるのだけど、今はあらゆる線路が運河になっている。
ということで視界良好!
「照準よーし」
ばっちり魔女モードの私は、少し遠くの空に渦巻く、紫色の積乱雲に指先を向けた。
あれだけ大きかったら外さない。
「エネルギー100%充填!」
じっくり時間を掛けて、これでもかっていうくらいにエネルギーを溜める。
そして……。
「ずどんっ!!」
発射の合図を口にした。
その途端、私の視界がぶつん、と電源が切れたように真っ暗になる。
耳に響くのは、私の左目から放たれた光線が、空気を震わせながら飛んでいく音。
「よし! モンスター・バースへの扉が砕けた!」
姫の歓声が聞えてきた。
うんうん、良かった良かった。
ミッションコンプリートなのだ。
「それじゃ、姫。私は目が見えないので……」
「うむ。妾の手を握っているがよい。見事に案内してやろう。このアキハバラという街は分かりやすくて良いな。特徴的な建物が多いから、目印には事欠かぬ」
私は姫の手をぎゅっと握る。
エルフの体温はやや低めで、ひんやりと感じた。
彼女は思いのほかパワフルに、私を引っ張っていく。
時々歩みがゆるみ、
「あれは城か……? では、あれも城か……? こちらの世界には城が多すぎる」
とか姫の呟きが聞えた。
駅に入って二十分もすると、私の目が見えてきた。
姫は見事に私をナビゲートし、秋葉原駅まで連れてきている。
「普段なら、ぶらぶらっとして本とか買って、お茶しながら読んだりするんだけど……今日はくたびれたから、帰ろっか」
何しろ、左目から二回も赤い光線を撃ったのだ。
しかもその前には、魔女になってゾンビをやっつけている。
都合三回も変身したわけだ。
「そうだな。妾もこの街には興味があるが、今はそなたの体調を第一としよう」
姫もくたびれているようで、私の提案に賛成した。
ということで。
私、何も買わずに秋葉原から直帰。
帰りの船の中、私と姫は互いにもたれるようにして、爆睡してしまったのだった。
だが、寝過ごしてしまっては堪らない。
足立区を抜けたら、もうその先は千葉を抜け、筑波まで行ってしまう。
それは避けたい……!
ということで、私はあらかじめ、スマホのタイマーを仕込んでおいたのだ。
結果はばっちり。
けたたましくアラームが鳴り、姫がびくっと動いたので、私も目覚めた。
うん、私はアラームでは起きなかったよ。
「一体どうした!? また何か起こったのか!?」
辺りをきょろきょろ見回す姫の横で、私はのんきに大あくびをした。
「やー、寝過ごしたらいけないと思ってさ。駅に着くころあいでタイマーかけておいたの」
アラームを止めて、大きく伸びをする。
運河の横を流れる景色は、見慣れたものになっている。
あ、いや、なんか巨岩とか砂山とかが建物と重なってて、微妙に見慣れたものと違うんだけど。
まあ、ここは足立区は青井駅近くのはずだ。
ほどなくして、船は駅に停泊した。
風が止まると、びっくりするくらい綺麗に、ぴたっと止まるんだよね。
慣性とか無視。
「電車とやらと定期船が重なった結果、この船は魔法的な存在になっているのだろう。これほど都合よく、運河の上だけを吹く風と言うものも妾は知らぬからな」
「魔法ねえ。いまいち私は、その魔法って言うのがどういう原理なのか分からないんだよなー」
駅を出ると、既に時間はお昼過ぎ。
そういえばお弁当を食べてなかったな、と思ったので、駅前のバスロータリーで、ベンチに腰掛けて遅めの昼食だ。
「また具材が一色ではないか。どうしてマサムネは同じものばかり作るのだ」
ハムレタス一色になったサンドイッチを見て、姫がむつかしい顔をした。
「美味しいものって、ずーっと食べ続けてたいんだよね。なので私、飽きるまで同じものを食べ続ける主義」
「それで昨日の卵サンドか……。む、美味しい」
文句は言いながらも、ぱくぱく食べ始める姫。
「ほい、お茶」
「ありがたい」
ごくごく飲むエルフ。
このエルフ、細いのに本当によく食べ、よく飲む。
私も負けじと、バスケットの中に手を突っ込んだ。
二つまとめて取ったサンドイッチを、一気にがぶりとやる。
んーっ。
うまーいっ。
思った以上に、私の体は食べ物を欲していたらしい。
あっという間に二個食べて、お茶をごくごくと飲んだ。
ぐーっ。
ん?
お腹の音がする。
「姫?」
「ふぁんふぁ」
ほっぺを膨らませてもぐもぐしながら、姫がこっちを見る。
あれえ?
姫は絶賛、食べている最中だし。
私のお腹だって鳴っていない……はず。
ぐーっ。
もう一度音がした。
「ね、姉ちゃん……。お願い……。一個だけ、一個だけくれ……」
「わっ!?」
いつの間にか、私の横に男の子が立っていた。
お腹の音は、彼から聞こえていたのだった。
この子、どこかで見たことがあるような。
「ふぉい!」
「知ってるの、姫!? あと、食べ物はちゃんと飲み込んでから話そうね」
「ふぉ」
姫はもぐもぐもぐもぐ、と口の中のものを咀嚼すると、少しずつ飲み込んだ。
「マサムネ、あやつは、G.O.D.にいた子供だぞ」
「あ、そう言えば!」
言われて初めて気づいた。
確かに、ゴッドのメンツのなかに、小学生くらいの男の子が一人だけいた気がする。
しかも彼は、何か私に対してけしからん事を言ってなかったかい?
「んー、きみきみ、サンドイッチが欲しいのかい」
私は立ち上がり、彼を見下ろした。
「あ、ああ。姉ちゃんたちをずっと待ってたら、寝ちまってて、そしたら弁当持ってきてなくて! 腹ペコで死ぬー!」
「ほう……。君の態度によっては、私はサンドイッチを食べさせてあげよう」
「ほんとか!? じゃあくれ!」
「ストーップ!! 君は昨日、あれでしょ! 私について何か言ってたでしょ? その事に対する謝罪を、私は要求する」
「何かって……なんだっけ? でも、姉ちゃんまじでおっぱいでっけえなあ……。うちの春香なんかもっと小さいげぶうっ」
皆まで言った少年に、私のチョップが炸裂だ。
脳天に直撃を食らって、少年はばたーんと倒れた。
「サンドイッチはあげない! 残念だったな君ー! ふうはははー!!」
彼の目の前で、私は残ったサンドイッチを一気に平らげたのだった。
「お、鬼……!! 姉ちゃん鬼だ……!」
頭を抑えながら、呻く少年。
それから姫、なんで自分の胸元をぺたぺたしてるの。
あと、こっちを見ない!




