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第十三話 うちのクラス、全滅じゃん!?

 大荷物を両手にぶら下げ、マンションに帰還した私たち。

 姫はもう、肩で息をしててとっても大変そうだ。

 いっぱい運ばせてごめんね。


「両手に、こんなに食料品をぶら下げてあるいたのは、初めて、だ」


 ぜいぜい言いながら、壁に寄りかかる姫。

 ここは家に向かうエレベーターの中。


「これだけあれば一週間持つからさ。ほんと、家族に男がいなくて良かったわ。男がいたら、この倍はいるもん」


「この倍……!? 妾、死んでしまう」


「あっ、姫、倒れるなら家についてから!」


 ふらふらな姫を支えながら、帰宅した。

 時間は既に17時。

 スーパー辺りでばたばたしてたら、物凄く時間を食ってしまった。

 それから、スーパーから自宅に帰るためのルートが、見知ったものではなくなっていたことも大きい。

 へばった姫を置いて、先行偵察に出ること数度。

 通りなれた近道が、地下迷宮化していることに気付いた私は、ここを迂回してまったりと帰ってきたのだった。


「ああ、家だ……」


 しおしおしお、と崩れ落ちる姫。

 そのまま目の前で、彼女の髪色が黒く染まって行った。

 あら。

 清明楓と入れ替わった。


「姫はおねむ?」


「……目を回しちゃった」


 姫が疲れきっていたとは言え、体は楓のものだ。

 彼女も額に大粒の汗を浮かべ、床にへばったまま動かない。


「人遣いが荒すぎ……。や、エルフ遣いだけど」


「へえ、なんかよく喋るようになって来たじゃない」


「……黙ってても、姫が見聞きしたことは全部分かるもの。ああ、こんなに人と喋るの久しぶり……ていうか、こんなに人と一緒に過ごすの久しぶり過ぎる……」


「オーケーオーケー。楓さんはまだまだ元気そうじゃない。んじゃ、ちょっとずつでいいから袋を台所に運んでね」


「……鬼……!」


 楓の非難をそよ風のごとく受け流し、私は袋を下げてお台所へ。


「あ、おかえりー」


 お湯を沸かしていたおばさんと遭遇だ。


「どうだった? ネットで見たけど、大変なことになってるねえ」


「そうだよ、大変だったよー。学校はめちゃくちゃだし、ゾンビは出るし、自警団はできてるし」


「へえ。ゾンビ。怜愛、あんた噛まれたりしてないよね?」


「おばさん、私は大丈夫だから、すりこぎをそっと後ろ手に持つのやめて」


「ゾンビって言ったら頭を一撃じゃない。昔の彼氏がナイフだけでゾンビサバイバルクリアする人でさあ。でも私って刃物苦手じゃない? 鈍器かなーって」


「大丈夫だから、ね? ね? 可愛い姪っ子が動く死体ならぬ動かぬ死体になるから」


 私はなんとか、おばさんをなだめた。

 それを後ろから見ていた、清明楓。

 何やら口元に手を当てて、ニヤニヤしている。


「何でニヤニヤしてるの」


「れいあ。れいあって言うの? れいあがなんでマサムネ? プククー」


「あっ、こいつめ笑ったなあ」


 怜愛という響きは、名前の記憶がぶっ飛んでしまっている私にとっても、なかなか恥ずかしいものなのだ。

 名前を覚えていた頃の私は、どういう態度で名乗っていたんだろう。


「あれ? エルフちゃんは? 怜愛、あの子どこに置いてきたの?」


「この子だよ。エルフに変身するの」


 私は楓にヘッドロックを掛けながら答える。

 楓は顔を赤くしたり青くしたりしながら、じたばた。

 こいつ、最初に出会ったときにはいじめられて自殺しそうな勢いだったくせに、ずいぶん元気になったな。

 彼女の体を使って、姫が好き勝手に暴れまわっているから、楓が溜め込んでいたフラストレーションみたいなものが発散されたのかもしれない。


「言われてみれば……眼鏡が同じねえ。うん、信じた。つまり今のところ、そうやって人間がそうじゃないものに変身するようになってるって事ね」


 おばさん、イラストレーターをやってるんだけど、ラノベとかゲームのイラストの仕事をする時、その作品を読んだり遊んだりするので、ファンタジー的な出来事への耐性がある。


「でも、私は何にも変身しないけど。もしや、既に何かに変わっているのでは……?」


 そう言うなり、おばさんは何故かリビングに置いてあった姿見まで走っていった。

 悩ましげなポージングを、鏡の前で取り始める。

 この人、間違いなく私と同じ血が流れているようで、ややぽっちゃりながらも出るところが大変出ている。

 そんなあられもないポーズをしてはいけないのではないか。

 ここに、同性しかいないと思って。


「おばさん! 聖良さーん! 鎌田聖良さーん! そういうのは仕事部屋でやってくださーい!」


「やーね、うるさい姪っ子だこと。あっ、お茶淹れといて」


 体よく私にお茶の仕事を言いつけて、彼女は姿見と共に去っていった。


「……変わった人だね」


「芸術家肌なんじゃない? さ、お仕事お仕事」


 私は食料を、手早く冷蔵庫の中に納めていく。

 古いものを前に、新しいものを奥に。

 足が速いものは今日のうちに料理して、冷凍しておかなくちゃ。


「私……何したらいい?」


「お湯沸いたら、インスタントコーヒー作って。分量は適当でいいから!」


「適当って……わ、分かった」


 楓が真面目な顔で、火に掛けられたポットと睨めっこを始める。

 そういえばこの子、家に帰らなくていいのかな。

 いいんだろうな。

 本人が言い出さないし。

 清明楓って、姫みたいなグイグイ引っ張っていくタイプと真逆で、受身な娘だ。

 なんていうか、妹がいたらこんな感じかなと思う。


「沸いた……。コーヒー、コーヒー……」


 おろおろと台所を歩き回る楓。

 私が戸棚を指差すと、片っ端から引き出しや扉を開け始めた。

 そして、見つけたインスタントコーヒーを、マグカップに注ごうという時に停止する。


「? どしたの」


「多いのがいいのかな。少ないのがいいのかな……」


「任せる」


「ま、任せ……!? ううーん……」


 唸りながら、楓は考え込んでしまった。

 その間に、私はさくさくと食料の収納を完了する。


「分かんないなら私やるけど?」


「だ、大丈夫。えいっ」


 おっ、どさっと行った。

 注ぎこまれるお湯。

 そして楓が真剣そのものな表情をしつつかき混ぜる。


「では、ミルクと砂糖瓶を持っておばさんに届けるように」


「うん……行ってくる」


 木製のトレーに必要なものを載せた楓。

 慎重な足取りで旅立って行った。

 なんていうか、真面目で要領が悪い感じの子だな。

 人付き合いも苦手そうだ。

 確かに、クラスじゃ浮いてしまうよね。

 私は全く違った方向で、クラスでは浮いていたのだが、楓みたいなタイプは嫌いじゃない。

 ただ、彼女を連れて今日みたいな冒険ができるかというと、それは無理だろう。

 清明楓は、完全に荒事とかができないタイプだ。

 そこは、アクティブな姫に任せるのが適材適所というもの。


「さてさて、じゃあ、夕飯の支度の前に、今日の戦利品をチェックしないとね」


 私はリビングまで移動すると、下ろしてあったリュックの中身をぶちまけた。

 中に入っていたのは、お弁当箱のほかに、たくさんの生徒手帳。

 姫が集めていたカバンの山から、生徒手帳を抜き出してしまっておいたのだ。


「後で生徒手帳を探しに来た子には悪いけどね」


 クラスメイトの数だけの手帳。

 私のものを抜いて、合計二十四冊。

 病欠の子が一人いたっけ。

 口では悪いと言っているけど、仲が良かった子はいないから、罪悪感みたいなものは薄い。

 適当に一つ手にとってみる。

 顔写真が貼られていて、それは土気色の肌に濁った目で、まるっきりゾンビ。


「あー。やっぱり」


 次の生徒手帳も、ゾンビ。

 次もゾンビ。

 次も次もゾンビ。


「うちのクラス、全滅じゃん!?」


 いやあ、あの場を早く逃れて正解だった。

 騒ぎを起こしてくれた姫には、感謝しなきゃだな。

 手に取る生徒手帳が、どれもこれもゾンビなので、十冊目辺りから作業っぽくなってきた。

 持ち主がゾンビなら、生徒手帳を使う機会もないだろう。


「あっと。真っ黒な生徒手帳」


 経歴も写真も、黒く塗りつぶされたものがあった。

 それが誰の生徒手帳なのかは分からない。

 だけど確か……。

 私と姫でやっつけた、三人のクラスメイトはまだ生徒手帳が出てきてない。


「死ぬと真っ黒になるのか。リアルタイムな履歴書なんだな、これ」


 案の定、真っ黒な生徒手帳は三冊あった。

 そして最後の一冊。


「そう言えば……あいつ出てきてないな。道永が」


 道永胡蝶。

 クラスのボス猿。

 私と犬猿の仲。

 ってことは、私は犬か。


「わんわんっと」


 呟きながら、最後の手帳を拾い上げた。

 そこに映っているのは、エメラルド色に光る目をした道永。


「へ!?」


 そこに書かれた文字を見て、私は息を呑んだ。


『実は、モンスター。アンプレックス』


 道永胡蝶が、とんでもないことになっているらしい。

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