第十話 多少の犠牲は出る。
生徒手帳に書いてある、私の出来ること。
それは終末の魔女の力を小出しにして、色々な物に纏わせることだ。
これを見て、私はピンと来た。
「姫、黒板消し集めてきて! これ、こういうの! 必ず前の黒板と後ろの黒板に乗っかってるから。それから、できれば黒板も黒板消しで消してきて!」
「何を考えているかは知らないが、ゾンビと戦う術を思いついたのだな? いいぞいいぞ」
姫は嬉しそうに、私の肩を両手でぽんぽん叩くと、すぐさま行動に移った。
怪物と戦う時に、とってもやる気を見せてくれる人だ。
私と姫とで手分けして、左右の教室から黒板消しを集めてくる。
と言っても、一階につき五つまでしか使われている教室はないんだけど。
私が行った先にあったのは、キリングジョーが頭を突っ込んだ、あの封鎖されている教室。
屋上から降りる階段を通り過ぎた、校舎の一番端にある教室だ。
「うわー」
進入禁止の立て看板がされているところに、恐る恐る踏み込む。
凄く、鉄臭い。
私は鼻をつまみながら、足を踏み入れた。
うっわ、後ろの方はダメだ。
キリングジョーが壊してしまったみたいで、あちこちに謎の赤い染みと、粉々になった机と椅子が転がっている。
後ろの黒板も見事に粉砕されていたので、壁際を歩いて前の黒板から黒板消しを回収してきた。
あ、黒板消しとこ。
『本日クラスカラオケ!』
『予約担当』
『連絡役』
みたいなのが書かれている。
あー。
私はさっさとその文字を消した。
よし、結構チョークの粉がついたな。
とりあえずこの教室のことは直視しないことにしよう。
他の教室の黒板消しも回収し、戻ってきた私。
その頃には、姫も黒板消しを抱えてやって来ている。
「あっ、姫、手や顔にチョークの粉が」
「むっ? このチョークは色とりどりでいいな。王国のものは白しか無くて」
彼女は、指先についた赤や緑の粉を見てニコニコしている。
「ふむふむ、それじゃ、ゾンビやっつけたら二人で落書きしよっか」
「落書きとな……!?」
「チョークは黒板に書くためにあるんだよ!」
「なるほど!」
後の楽しみを見つけた私たち。
気持ちを盛り上げて、ゾンビ退治を開始だ。
窓の下では、まだ報道の人たちとゾンビがもみ合っている。
噛まれたり引っ掻かれたりしてるけど、すぐにはゾンビにならないみたいだ。
「ちょっと巻き込んじゃうかもしれないなあ……」
「ふむ、もしやマサムネ。チョークの粉に魔女の力を与えて落とそうというのか?」
「正解! よく分かったねえ、姫」
「ふふっ、それほどでもない。そして、粉の操作なら妾に任せよ。風を用いて細かに標的へと降り注がせよう。ウインドコントロール!」
「オッケー!」
私はまた、眼帯を外してポケットに。
「出てきて、終末の魔女」
カッと左目が熱くなる。
全身にエネルギーが満ちるのが分かる。
これが目に向かおうとするのを押し留めて……両手に持った、黒板消しへ。
「ええええーいっ!!」
気合の叫びを上げながら、私は黒板消し同士を打ち合わせた。
湧き上がる、チョークの粉。
それが終末の魔女の力を得て、赤く輝く。
「下へ落とすぞ! むっ……魔女の力か、風が相殺されるな」
姫は難しい顔をしながら、風を操作する魔法を使う。
あれはどういう原理なんだろう。
私は姫を見ながら、ひたすら黒板消しをバンバンやるだけなので、楽といえば楽なんだけど。
風の力で真っ直ぐ落ちていく、チョークの粉。
それは、下でもみ合うゾンビと報道の人たちに降り掛かっていった。
姫のコントロールで、ギリギリ人間は避けてゾンビに命中。
当たった瞬間、ゾンビはその部分から溶けて、なくなっていく。
「ぎゃあーっ!?」
あっ、人に当たった。
ご、ごめーん!!
「よし、マサムネ次の黒板消しだ!」
「姫、人に当たったっぽいんだけど」
「多少の犠牲は出る。これは戦いなのだ。マサムネが気にする必要はない!」
「ドライだなあ!」
私は黒板消しを受け取ると、またボフボフと叩く。
終末の魔女の力を受けたチョークの粉が、降り注ぐ。
これを三回くらい繰り返すと、動くゾンビはいなくなってしまった。
私も姫もすっかりくたくたになり、窓際に座り込んだ。
「はぁ、はぁ……。風を操作する魔法は、さほど体力を使わないはずだが、こうも連続して使うときついな……」
「お疲れ、姫。私はずーっと黒板消しを叩いてたから、手が疲れちゃった」
だるくなった手のひらをひらひらとさせる。
窓の外では、ざわざわ言う声がしていた。
生き残ったテレビ局の人たちが騒いでるんだろう。
「姫、ここで一旦、お昼にしない? お弁当タイムってこと」
「ああ、いいな。気がついたらこの体の、お腹がぺこぺこだ。体力が無いのに燃費が悪い……なに? 余計なことを言うなだと?」
姫が楓と会話してる。
私はリュックサックからこぶりなバスケットを取り出した。
このなかに、みっちみちにサンドイッチを詰めてある。
「全ての具が卵というのは贅沢だな。お腹に溜まることしか考えてないところが、若さを感じる」
「姫、いらないならあげないけど?」
「お腹が膨れることは正義だ」
「よろしい」
卵たっぷりのサンドイッチを、二人でもぐもぐと食べる。
味付けはバターと塩コショウだけど、なかなかいけるのだ。
水筒の蓋と中蓋を使って、二人分のお茶もいれる。
魔法瓶タイプだから、よく冷えていて、美味しい。
でもこれ、帰りの分はないな。
やっぱ水筒じゃ、そこまでたくさん入らない。
「美味い……。体に染み渡るようだ。どんどん体力が回復していく」
「姫の体は、食べ盛りの女子高生だからねえ。そもそも姫ってさ、何歳なの?」
「妾か? むぐ、もぐもぐ」
受け答えの最中でもぐもぐ食べ始める姫。
私も私で、サンドイッチをいっぱいに頬張ってもぐもぐ。
姫はごくっとお茶を流し込んでから、口の周りについた卵を拭って舐める。
あら、お行儀。
「妾は65歳だ。エルフとしてはようやく成人したところだな」
「はえー。おばあちゃんじゃん」
「違う! いいか? エルフは二百年生きるのだ。そなたらの年齢を三倍すると、ちょうど妾たちの年令になる」
「あ、そういう……。じゃあ、姫は65歳だから、三分の一にすると22歳くらい?」
「そうなるな」
「ほえー、お姉さんじゃん」
「そうなるな。敬うのだ」
「あっはっは、私、年齢で人を判断しないんで」
「生意気なマサムネめ。こうしてやる!」
姫が掴みかかってきて、私のポニーテールをわしゃわしゃかき混ぜた。
「うわー! 姫、そ、そこは弱点ー!! ポニーテールを握られると身動きが!」
騒いでいたら、下の方から音が聞こえなくなってきた。
……いや、なんか階段を上って来る人がいない?
まさか、あれだけひどい目に遭ったのに、テレビ局の人たちは学校に入ってきた?
「不屈の精神だあ……。姫、面倒なことになるから逃げようと思うんだけど」
「どうしたのだ? 同じ人間ではないのか?」
「うん、ほら、昨日姫がひっぱたいた子いたでしょ。ああいう面倒くさくて、腹ばかり立つような手合い。関わらないで済んだほうがストレスとか溜まらないでしょ?」
「同感だ。────では、面倒になると分かっていてどうして助けたのだ?」
「まあ、そこは私も人間だからってことで。じゃ、撤収!」
私たちは、黒板に落書きをする暇もなく、学校を退去することになった。
階段は二箇所あって、教室側と特別教室側。
下から上がってくる足音は、教室側の階段から聞こえる。
ということで、特別教室へ向かうのだ。
「しかしゾンビ大発生とは不可解だな。あれだけの数を生み出した何かが、この周囲にいるに違いない」
「ちょっと姫、怖いこと言わないで」
「いや、同じケースを知っているのだ。ある村に、モンスター・バースと繋がる、あの紫の雲が生まれた。そして村は一夜にして、ゾンビの巣窟となってしまった。ゾンビ単体はさほど強くないため、村は即座に掃討されたが、村人を全てゾンビに変えてしまった何かは最後まで発見されなかったのだ」
「それって、人をゾンビにする何かがこっちの世界にやって来たってこと?」
「間違いあるまい。村は周囲に他の人里が無かったため、それ以上の感染は広がらなかった。だが、ここは違うだろう?」
「広がり始めたらヤバいことになるねえ。ああ、やだやだ。考えないようにしとこ」




