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第九話 走ってくる系ゾンビだ!

 ぺたり、ぺたり。

 足全体を床につけて歩いてくる音。

 踊り場に身を隠した私たちの頭上を、誰かが歩いていく。


「なんだろうねえ、あれ」


「うむ。まるで生気がない」


 見覚えのある女子生徒が、ふらふらと進む。

 確か彼女、道永の取り巻きの一人だったはず。

 前傾姿勢で、目はうつろ、口は半開き。


「あー……」


 うめき声を上げながら、廊下を歩いていく。

 あれってまるで、ゾンビみたいな。


「追ってみるか? あれは尋常な様子ではないぞ」


「でも、誰かが乗り移って裏返ってる最中かもしれないじゃない」


「それはない。意志無きものが乗り移ることはないからだ。あれには、自分というものがあるようには見えない」


 足音を忍ばせて、階段を上っていく姫。

 行動力がある人だなあ。

 岩と一体化した階段は、あちこちが凸凹していてなかなか上がりにくい。

 これを静かに移動するというのは難しいのでは。


「あっ」


 がらがらっ。

 脆くなっていた階段の一部が壊れた。

 ずるっと足を滑らせた姫は、私がしっかりとキャッチする。


「だいじょうぶ?」


「むっ、済まない。感謝を。だが……ほとんど衝撃を感じなかった。クッションは凄いものだな……」


「ひーめっ! 人の胸をつつかない」


「うむ。つい、な。ところで、もう一つ謝ることがある。見つかったようだ」


「だろうねー」


 ぺたぺたという足音が近づいてくる。

 私は姫をひょいっと横にずらすと、背負っていた木刀を抜いた。


「しゃあない。やりますかー!」


 大きな声を出して、気合を入れる。

 のっしのっしと上がりきったら、行き過ぎたゾンビちゃんがこちらに戻ってくるところだった。


「あー……」


 手を前に突き出して、彼女は私目指して歩いてくる。

 少しずつその足取りは早くなり、やがて小走りほどの速度に。

 走ってくる系ゾンビだ!

 面と向き合うと、ゾンビの子は普通の人間とはぜんぜん違うのが分かる。

 目が虚ろで半開きの口からよだれが垂れている他、肌色は土色になって、剥き出しの歯や爪は青白く光っている。

 あー、なんかあの歯と爪、やばそう。

 具体的には、感染しそう。


「恨まないでよ。私だって生き残らなきゃいけないのでっ」


 私は木刀を振りかぶったまま、待ち構える。

 ゾンビはついに、普通に走ってくるくらいの速度になった。

 うわあ、怖い怖い。

 あの形相で「あー」とか言いながら走ってくるの、やばい。

 だけど、私だったさっき、オーク相手に大立ち回りをやったのだ。


「ふんっ!」


 走ってくるゾンビの頭目掛けて、思いっきり木刀を振り下ろした。

 ごちん、と凄い感触がある。


「あー」


 ゾンビが体勢を崩して転んだ。

 足元岩肌で、歩きにくいもんね。


「よくやったぞマサムネ!!」


 そこに姫も飛び出してくる。

 二人で木刀を使って、ゾンビをぼこぼこ叩きまくった。

 ちょっと良心は痛むけど、私たちはゾンビになんかなりたくない。

 ここは徹底的にやらなきゃだ。

 やがて、ゾンビが動かなくなった。


「よーし……!」


「マサムネ、これはなんとかならぬのか? 二人で滅多打ちにするのは、ちょっと戦い方として美しくない……」


「姫は魔法使うと疲れちゃうでしょ。私も終末の魔女になると疲れるの。これが一番省エネなの」


「省エネ……?」


 首をかしげる姫を連れて、私たちは移動を再開した。

 教室までは廊下を一本道だから、迷うことはないけれど。


「あー……」


「また来た」


「こやつら、何人もこの階をうろついているんじゃないか?」


「やってられないよー」


 私たちに気付いたゾンビが、また近づいてくる。

 こっちも、道永の取り巻きだよね。

 なんで道永と親しい女の子が、二人もゾンビになってるわけ?


「マサムネ、奴を教室に誘い込むぞ!」


 姫は手近な扉を開けて、私を招く。

 なるほど、机に椅子もあるし、障害物がたっぷりだ。


「あー」


 例によって、走り出したゾンビが教室の入り口をくぐって来た。


「今だマサムネ!」


「おう!」


 二人て机を押し、ゾンビをサンドイッチだ。

 手をバタバタさせて暴れるゾンビ。

 そこへ、姫が椅子を投げつける。

 ゾンビはすごい力で、椅子を受け止めると、叩き落とした。


「チャーンス!!」


 私は机に飛び乗り、ゾンビの頭に木刀を叩きつける。

 うっわ、ぐちゃ、とか音がした。


「避けろ、マサムネ!」


 姫が椅子投げ第二弾。

 避けろとか言いながら投げつけないで! もっと早く注意を喚起して!

 私は慌てて、椅子から逃げた。

 顔面に椅子を叩きつけられたゾンビは、そのまま後ろへと倒れていったのだった。


「よし!」


 姫がガッツポーズする。

 なんてアクティブなエルフだろう。

 結局この階には、三人のゾンビがいた。

 三人目ともなると私たちも慣れたもので、椅子を抱えて突撃して窓際まで追い詰め、そのままぎゅうぎゅう押して下に落としてしまったのだった。

 あのゾンビが、本当にやられたら感染するかは分からないけれど、実験するわけにはいかないしね。

 それに、ゾンビは伝染するものだって、映画やマンガの常識なのだ。


「あ、下で騒いでる。窓から落っことすのは悪かったかあ」


 警察を振り切って、テレビ局の人たちがわいわいと校内に踏み込んでくる。

 落下したゾンビを撮影しようとしているみたいだ。

 あの数の報道陣がいると、止めようにも警官の数が足りないよね。


「マサムネ、何か校舎から出てくるぞ」


「あ、ゾンビ。一階や二階に結構いたんだねえ」


 わらわらと溢れ出すゾンビ。

 彼らは報道陣に近づくと、一斉に襲いかかり始めた。

 撮影しようと、重い機材を持ってギリギリまで近づいていた彼らは、逃げるのが間に合わない。

 悲鳴が上がる。


「うわあ」


「うわあ」


 私と姫、二人で声を合わせてしまった。

 見なかったことにしよう。

 あー、ゾンビ増えちゃうなあ。

 外の大騒ぎをBGMに、私たちは本来の目的を果たすことにした。

 そう、私の教室に向かうのだ。

 その途中、天井が崩れた場所にやってきた。


「ああ、ここだよね。姫と私が会った所」


「ここか! そうか、ここがマサムネの教室なのだな」


 怪獣の襲撃を受けて、以前よりも大きく天井は壊れている。

 これから雨風を受けて、どんどん風化していったりするのかな。

 一日経っただけなのに、随分懐かしくなった気がする教室。

 机や椅子はめちゃめちゃになっていて、壁には大きな穴が空いていた。


「ひどい有様だな。マサムネの机は分かるのか?」


「うん。こっちこっち」


 倒れている机には、どれにも生徒のカバンがぶら下げられている。

 私のカバンはひと目で分かる。

 やる気のなさそうな、小さいカバンだ。

 教科書もノートも大して入らない。

 そう、私は置き勉をしているのだ。


「あった。生徒手帳っと」


 カバンから目的のものを取り出す。

 私の顔写真が貼られていて、生年月日が記入されている。

 未成年である私にとって、身分証明書となるものだ。

 これから世の中がめちゃくちゃになるなら、身分証明書は大事だよね。

 ふと、パラパラと手帳をめくってみる。


「あれ?」


 この生徒手帳、中身が変になってる。

 道満怜愛(どうまれいあ)。これが私の名前ね。

 そして生年月日。

 十一月生まれの十七歳。

 受験を今年に控えた、ぴちぴちの高校三年生、と。

 そして最後に、見覚えのない一文が。

 光る文字で、『実は終末の魔女』。


「姫姫ー」


「なんだ?」


 いつの間にか、カバンをたくさん積み上げていた姫。

 彼女がこちらにやって来た。


「これ、見て」


「うん? 実は終末の魔女、と。何故それが、手帳に書かれているのだ? しかも魔法文字で」


「魔法文字って?」


「魔法的な力を持つ文字だ。これによって書かれた文字は、事実として力を発揮する。マサムネが終末の魔女になったから、そなたの事が書かれているらしきその小冊子に魔法文字が書かれたのか。それとも逆なのか……」


「色々ありそうだねえ……って。じゃあもしかして、清明楓の生徒手帳も?」


「ああ、恐らくはそうなっているはずだ」


 私たちは急ぎ、楓の教室に向かった。

 そこもひどい有様だったが、すぐに彼女のカバンが見つかる。

 姫に頼んで、無理やり楓を引っ張り出してきたのだ。


「こ……このナップザック」


「はいはい、これね。お疲れー」


「わざわざ……出てきたのに、ひどい態度……」


 むくれながら引っ込んでいく楓。


「ご苦労だった、楓。ふむ、ここにも、清明楓……実は亡国の王女、とあるな。エルフェン王国は確かに滅んだ後の国。妾は亡国の王女となるであろうな。それに」


 無遠慮に、姫がページをめくる。


「なんだ、この数値は。妾が使える魔法がリストアップされている」


「へえ、なんかまるで、私たちの経歴書みたいだねえ」


「そなたの小冊子にも、同じようなものが書かれているであろう。マサムネが知らぬそなたの能力が分かるかも知れぬぞ」


「あー、なるほど!」


 パラパラとページをめくる。

 そうしたら、私が木刀に使ったアレや、まだ使ったこともないあれやこれが書かれているではないか。

 まだ白紙のページもあるけれど……なるほど。

 これ、まさしく私の経歴書なんだ。

 気がつくと、生徒手帳の私の写真には眼帯がなくなっている。

 剥き出しの左目は、今の私のそれと同じように赤く光っていた。


「ゾンビ退治、いけるよ、これ」

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