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 遮るものが何もない不毛な大地に、灼熱の日差しが容赦なく照りつけている。

 その先には大小さまざまな砂の丘が見渡す限り一面に広がっており、誰かがその光景を目にしたならば、代わり映えのない風景が果てなくどこまでも続いているように思えることだろう。

 時折吹き荒れる猛烈な砂嵐が形あるものすべてを否応なしに飲み込んで、そこに初めから何もなかったかのような荒涼とした静けさを作り出していた。


 広大な砂丘の陰に潜むは、並大抵の人間では見逃してしまうようなおぼろげにたゆたう数多の赤光だ。

 薄闇に浮かぶ怪しい灯りの正体は、おびただしい量の骸骨の群れである。

 それらは骨人と呼ばれる魔獣の一種だ。死霊種に属する骨人は、数こそ多いものの個々の戦闘能力は低いのが特徴である。死霊とはいっても実際に死者の魂が魔獣化したものではなく、死体に何かしらが憑依したものとされている。



 砂丘の陰に身を潜めてカタカタと顎を鳴らす骨人の額を一本の矢が射貫いた。

 頭蓋を砕かれた骨人は、周囲の骨人をも巻き込んで大きく後ろに吹き飛ばされていく。

 巻き添えになった周りの骨人が起き上がろうとする中、頭蓋を砕かれた骨人だけはピクリとも動こうとしない。

 本来であれば死霊種は極めて生命力が強く、骨人も例に漏れず頭部を失った程度で動けなくなるほど打たれ弱い魔獣ではないはずなのだ。しかし、その骨人は完全に事切れていた。

 それはとてつもなく異常な事態なのだが、骨人達はそれを理解できるほどの知能を持ち合わせてはいなかった。

 立て続けに付近の骨人が矢に打たれていく中で、ほかの骨人達は明確な敵を見つけられないままフラフラと彷徨い歩き、吹き飛ばされた同族の巻き添いとなってバタバタと押し倒されていく。

 前方では次々と飛来する矢に翻弄された骨人がへし合い、後方では倒れた骨人の上に新たに飛ばされた骨人が重なってもつれ合う。ただでさえまとまりのなかった骨人の群れは、もはや収拾のつかないほどの大混乱に陥っていた。


 総崩れとなった骨人の群れの横を一頭の奔馬が駆けていく。

 その行く手では、混乱を抜け出して運よく矢を逃れたのであろう十数体の骨人がワラワラと近づいてきていた。

 先頭を行く二体の骨人との距離が間近に迫り、奔馬に騎乗する男は腰に提げた剣を抜いた。

 燃える炎のように赤い剣を掲げる男に対して、骨人達もそれぞれ手に持つ武器を構えていく。着ている衣服も含め、それらの装備品は長い間野ざらしにされていたようで、ほとんどが錆びつき、所々が欠けているものも多く見られる。

 男は側面から襲い来る骨人目がけて剣を斜めに振り下ろすと、返す刃で隣の骨人の胴体を薙いだ。

 いくら死霊種で強い生命力があるとはいっても、身体を半分に切り離されて咄嗟に反応できるかはまた別の話である。男に斬られた骨人は状況を理解する間もなく地面に転がった。

 追行して近づこうとした後ろの骨人は、斬り伏せられた骨人に足を取られてその場に倒れ込む。

 男が三体目の骨人を斬り倒したところで奔馬が大きく跳び上がった。

 近くまで迫っていた数体の骨人の頭上を飛び越えて、着地とともに眼前の骨人を踏み潰すと、跳躍の勢いを落とさずに駆け出していく。


 「よし! メーニ、このまま駆け抜けるぞ」


 自分達の背後に回られたことに気がついた数体の骨人が剣を振るも、鈍重な動きしかできないその身体では攻撃が届くことさえなかった。

 鹿毛馬のメーニは主人の声かけに応じて、走る速度をより一層速める。

 すぐに骨人達を置き去りにするとそのまま真っ直ぐ遠くへと駆けていき、いくつもの砂丘を越えていった。



 それからしばらくして、メーニは一際大きな砂丘の頂上付近に差しかかると徐々に速度を落とし、やがてゆっくりと立ち止まった。

 見晴らしのいい砂丘の上で景色を見渡すでもなく、男はメーニに乗ったまま静かに目を閉じる。

 ヂリヂリと照りつける日差しを浴びたまま、風もなく音一つ聞こえない静まり返った砂漠の真ん中で何かを待つかのように、男はじっと留まり続けた。


 (……ふむ? 妙な動きがあるな)


 そっと目を開いた男は左側の景色を見据える。男が視線を送った先には今までと同じように砂の丘が永遠と続くだけであり、空には雲一つなく、何も異常はないように見える。


 (右は骨人どもだが、やむを得んな)


 男はそう判断するとメーニの横側に吊るしておいた予備の木の矢を矢筒に入れていく。

 手綱を持つとメーニに進路を右前方へと取らせた。


 「さあ、いくぞ。 ヤ―!」



 男とその持ち馬であるメーニは、これまでの旅路の中で幾度となく骨人の群れと遭遇し、二十に及ぶ戦闘をこなしてきたが、砂漠において最大の脅威といえる砂塵や砂嵐といった自然の猛威をまともに受けることはなかった。


 それは男の持つ〈風読(かざよみ)の加護〉によるものである。

 元々は、周囲の風の流れを普通よりも敏感に感じ取れるといった些細な効果しかないものであった。しかし、灯火の王(レグニス)の魔力をおのが身に取り込んだせいか、その能力は大きく向上し、自身の周囲五歩以内であれば物体の動きを完全に知覚でき、百歩圏内であれば位置関係や地形の把握、およそ八百歩までの範囲ならば大気のおおよその変化を感じ取れるまでになっていた。大まかな動きを掴むだけであれば周辺の環境に影響はされるものの、これらの範囲の2、3倍の距離を感知することができる。

 道中はおろか戦闘にまで幅の効く非常に汎用性の高い能力ではあるが、一つ明確な弱点がある。それは熱源による影響を受けやすいところだ。

 砂丘の上で加護を使ったときと同じく、気温が高い場所や温度が高いものが範囲内にあると正しく把握するまでにかなりの時間を要してしまう。特に〈火神の剣〉との相性は悪く、恩寵を発動させた瞬間に加護の制御が一切効かなくなる。こればかりはどうしようもないため、普段は〈火神の剣〉の恩寵を極力使わないようにしているのだ。




 骨人との戦闘を繰り返しながら砂漠をひた走っていると、いつしか頭上にあった日が沈みかけており、空が赤く染まっていた。

 男はそこでメーニを止めて地面に降り立つと、だだっ広い砂の上にポツンと立っている石の山のようなものに向かって歩き始めた。

 それは建造物というのさえ(はばか)られるような、石を乱雑に積み上げて作られたものである。しかし、周辺に砂しか見当たらない砂漠の真ん中で、そんなものがひとりでにできるはずがないのも事実だ。

 石の山を調べてみると反対側が空洞になっており、中には地下へと続く階段が伸びていた。

 ひとしきり入口付近を見回して外に出た男はメーニを呼び寄せると、石の山の横に小枝を並べて暖を取り始めた。

 辺りが暗くなると急激に冷え込み、昼間の猛暑とは打って変わって極寒の地へと急変していった。



 パチパチと爆ぜる焚火を見つめながら、男は薪を片手で放り込む。

 投げ込まれた薪に反応して炎が勢いを増すと、火の粉が弾けて宙へ舞っていく。


 (あのとき選択を違えねば、結果は変わっていただろうか……)


 男が思いを馳せるは、失われたかつての日々だ。

 思い返すたびに浮かぶのは悔恨(かいこん)と自責の念ばかりである。

 その行為に意味がないことなどとうにわかっている。これは男が自分自身に科した戒めだ。

 同じ過ちを繰り返さないようにするため、そして、いずれ来たる運命を受け入れるための楔なのだ。



 そうするうちに訪れる眠気に男は身を委ねた。

 なんにせよ先はまだ長いのだ。

 今はただ、ひと時の休息を得るために。

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