異世界からの略奪者
ケビンとテレーザは念願のマイホームを手に入れ、上機嫌だった。
八才の娘のマリアも広い自分の部屋が出来て上機嫌だ。
楽しく夕飯をすませると、ケビンはマリアにせがまれ、絵本を読んでいた。
その様子を見ていたテレーザは、家族の幸せを噛み締めていた。
そうだ。ここは幸せな時間の流れる幸せな場所なのだ。
きっと素晴らしい未来が待っているに違いない。
そう思わせるに充分だった。
夜になりマリアは飼い犬のマックスを連れて、自分の寝室に向かった。
ケビンとテレーザはお休みのキスをして、娘を見送った。
「やっぱりこの家を買って良かったわね!あの娘もあんなに楽しそうだもの。」
「そうだね。きっとこれから幸せな時間が流れていくんだろうね。この家を買って良かったね!」
ケビンとテレーザは幸せの絶頂にいた。
夜もふけ、二人は寝る事にした。
二階には、マリアの寝室もあった。
二人はマリアが寝ているのを確かめると、自分達の寝室に入った。
夜中の二時頃だろうか。
飼い犬のマックスが盛んに吠え始めた。
ケビンとテレーザは何事だろうと、マリアの寝室のドアを開けた。
すると!
マリアの周りに青黒い霧のようなものがグルグルと回りながらまとわりついていた。
テレーザは言葉を失い、手で口を覆った。
ケビンも最初は驚いたが、直ぐに気を取り直し、マリアの周りにある霧を追い払おうと、必死に手を動かした。
「どけ!どくんだ!娘から離れろ!」
最初は離れなかったが、次第に霧は消えていった。
ケビンとテレーザはほっとした。テレーザは床に座り込んだ。
「あなた。今のは何だったの?」
「判らない。何か不吉な事の前触れじゃないといいんだが…。」
その日はそれで終わった。
翌日、マリアはボーッとしていた。
いつもの元気なマリアではない。やはり昨夜の事が関係しているのだろうか?
テレーザはマリアにそれとなく昨夜の事を覚えているか聞いた。
すると、何も覚えてないという。
テレーザはほっとした。
しかし、マリアが口を開いた。
「ママ、私、お嫁さんになれるかな?」
テレーザは年頃の女の子が誰でも夢見るお嫁さんに憧れているのだろうと思った。
「勿論よ!きっと素敵な人があらわれるわよ!お嫁さんになりたいの?」
「うん。私、お嫁さんになりたいの!」
「そう。いつか素敵な人が現れるといいわね。」
「うん。そうね。」
そう言うとマリアは黙ってまた、ボーッとしはじめた。
テレーザは年頃の女の子が空想に耽っているのだろうと気にしなかった。
しかし、マリアは何か独りでブツブツと呟いていた。
テレーザは何を言っているのだろうと、耳をかざした。
「ラー・ルルイエ・プシュルクトゥル・ラー・ルルイエ・クトュルプトゥル・フタグン…」
テレーザは愕然とした。
娘が何か禍々しい呪文を唱えていたのだ。
「マリア?マリア!やめなさい!やめるのよ!」
マリアはテレーザの方をボーッとした目でみつめた。
「おぉ。マリア。なんて事なの…。」
テレーザはマリアを抱き締めて泣いた。
娘が何か禍々しい呪文を唱えているなんて!
きっと悪魔が取り付いてるに違いない。
テレーザは愕然とした。
その夜、ケビンが仕事から帰って来るとテレーザは泣いていた。
ケビンはひどく驚いた様子で尋ねた。
「どうしたんだい?テレーザ?何があったんだい?」
テレーザは今日の昼間にあった事をケビンに話した。
「なんて事だ!家の娘が悪魔に魅入られるなんて!」
「あなた!どうしたらいいの?」
「取り合えず教会に行こう!神父様に相談しよう!」
二人は寝ているマリアを起こし教会に向かった。
教会では神父が話を聞いて、入口を開けてくれていた。
神父は二人を迎え入れると部屋に案内した。
ケビンとテレーザは事の次第を神父に話した。
最初はなかなか、信じてくれなかったが二人の熱心さに次第に話に応じるようになった。
「それで、青黒い霧が娘さんの周りを取り囲んでいたのですね?」
「はい!私も最初は自分が寝ぼけてると思っていたんです!でも妻も同じ物を見たんです。」
「神父様!本当なんです!娘はそれ以来ボーッとしておかしな言葉を唱えるようになったんです!」
神父はマリアに優しく微笑むと、こう言った。
「マリア。その言葉は誰に教わったの?」
「私はお嫁さんになるの。ここじゃない所でお嫁さんになるのよ!」
「おぉ、マリア…。なんてことを…。」
「神父様信じて下さい!娘は悪魔に魅入られてしまったんです!お願いです!娘を助けて下さい!」
「わかりました。しかし、私は悪魔払いの経験がないので、上の位の人を呼びましょう!直ぐに連絡をしてきます。」
そう言うと神父は電話をかけに部屋を出た。
その時だった。
マリアがまた、呪文を唱えだした。
「ラー・ルルイエ・プシュルクトゥル・ラー・ルルイエ・クトュルプトゥル・フタグン」
「やめなさい!マリア!やめるのよ!やめなさいっ!」
神父が戻ってきた。
神父はギョッとした。
さっきまで生気の無かった娘から得体のしれない何かが感じられた。
「明後日にはこちらに着くそうです。それまでは娘さんから目を離さないようにして下さい!」
「分かりました。それまでは何とかします。よろしくお願いします!」
ケビンとテレーザはボーッとしているマリアを連れて家に戻った。
三日後、悪魔払いの経験があるという神父が到着した。
神父にしては目付きが鋭く、やせ形で、背が高かった。
「ようこそ神父様。こちらです。」
ケビンとテレーザは娘の寝室に神父を案内した。
部屋に入るなり神父は言った。
「ひどく禍々しい気が渦巻いていますね。急がないと大変な事になります」
「どうすれば良いのでしょうか?」
ケビンが尋ねた。
「まず、娘さんのベッドの上に鏡を取り付けましょう。それから私が悪魔が入ってこれない図柄を床に描きます。お二人は部屋の入口から絶対に入らないで下さい。」
「分かりました。すぐに姿見を天井に取り付けます。」
ケビンはマリアの寝室にあった姿見を天井に工具で固定した。
そして、部屋の入口でテレーザと二人、神父の様子を見ていた。
神父は床に見たこともないマークや字を次々と書いていった。
「あの…。神父様…。それは?」
テレーザが尋ねた。
「悪魔を鏡に閉じ込める為のものです。あなた方は絶対に入らないで下さい。」
「分かりました。」
ケビンとテレーザは娘の寝室の入口で見守る事にした。
時は経ち、夜中の二時になった。
すると!
寝ているマリアの周りに青黒い霧が渦巻き始めた。
天井に取り付けた鏡がガタガタと音を立てている。
「神父様!来ました!悪魔です!早く退治して下さい!」
「神父様!早く!早く!お願いします!」
しかし神父は二人の方を見ようともしない。
やがて、マリアの体がベッドから浮いた。
「神父様!早く!早く!お願いします!早く!」
すると神父が振り向いた。
しかし、それは人間の顔では無かった。
顔は蝋人形のように青白く、口は耳まで裂け、牙が生えていた。
瞳は真っ黒で金色の輪っかが見えた。
「馬鹿め!本物の神父はとっくに始末したぞ!お前達はそこで見ているがいい!わが主が花嫁を迎えに来るのおな!」
ケビンとテレーザは驚愕した。
味方だと思っていた神父は敵だったのだ。
ケビンとテレーザは部屋の中に入ってマリアを助けようとした。
しかし、部屋の中は暴風が吹き荒れ目を開けている事さえ困難だった。
やがて天井に取り付けた鏡から、恐ろしく長い爪をした腕が何本も出て来た。そして、マリアを掴んだ。
「ラー・ルルイエ・プシュルクトゥル・ラー・ルルイエ・クトュルプトゥル・フタグン…。」
かつて神父だったそれは呪文を唱えていた。
「マリア!マリア!マリア!しっかりして!目を覚ますのよ!マリア!」
テレーザは首からかけている十字架のペンダントを投げつけた。
「主よ娘を助けたまえ!」
しかし、無情にもペンダントは床に落ちた。
「プシュルクトゥル!馬鹿め!この世界の者ならこの世界の神も効くかもしれんが我々、異世界の者にそんな物が効くか!プシュルクトゥルー。」
やがてマリアは鏡から出ている手に掴まれたまま、鏡の中に姿を消した。
部屋の中は暴風と雷で満ちていた。
やがてマリアが鏡の中に姿を消すと、部屋の中は静かになった。
なんて事なのだろうか?
この世界の者なら、この世界の神の言葉も通じようが、異世界の神にはこの世界の神の理は通用しなかった。
二人はただ呆然と大事な娘が異世界の神に連れ去られて行くのを見てる事しか出来なかった。
事件から三年経った。
ケビンとテレーザは精神病院にいた。
「先生!娘を助けて下さい!娘は異世界の悪魔にさらわれたんです!お願いします!先生!マリアを!マリアを助けて下さい!先生!」
「やれやれ…テレーザさんは相変わらずだね…。」
「きっと娘さんが行方不明なのが心配のあまり、精神に異常をきたしたんでしょうね…。」
「ケビンさんは?」
「相変わらず異世界の悪魔に娘をさらわれたと言ってます。」
「そうか…。夫婦揃ってお気の毒だな…。」
「先生!本当なんです!娘は異世界の悪魔にさらわれたんです!お願いします!先生!娘を!娘を助けて下さい!先生ー!」
精神病院のドアが閉まった。