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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
8章 魔の血族
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08.友とともに


◆◆◆


 時は(さかのぼ)る。


 満身創痍のリヴェンたちと合流したレイゲンとユニは、彼の口からフェイヴァがさらわれたことを知った。


(ディーティルド帝国だ)


 フェイヴァが死天使だと知っているレイゲンには容易に予想がついた。しかし敵の正体がわかっても、その目的が理解できない。死天使について熟知しているテレサと違い、フェイヴァは特別な知識を持たない。利用価値はないはずだ。それなのにその場で破壊するのではなく、何故連れ去る必要があるのか。


 何ひとつ理解できず動揺しているサフィたちだったが、ただひとり、リヴェンだけは違った。表情に迷いがない。事態を正確に把握していると、顔つきが物語っていた。レイゲンと同じか、それ以上に。


 ウルスラグナ訓練校に戻るために乗り込んだ馬車には、レイゲンたち以外乗客の姿はない。そもそもレイゲンたちが利用しているこの馬車は、定員が六名なのだ。


 馬の蹄が石畳を蹴るけたたましい音が、話を盗み聞きされる危険を排除してくれる。


 御者の顔がきちんと進行方向に向けられているか確認したリヴェンは、声を潜めて話し始めた。


「俺は魔人だ」


 押し寄せる驚愕に、レイゲンは思わず口を半開きにしていた。兵士見習いであるレイゲンは、過去数度しか戦場に立っていない。一般兵や死天使はまだしも、魔人との交戦経験は皆無だ。よって、その名称と簡単な特徴をベイルやピアースから聞いていただけだった。


「な、何言ってんだよお前っ!?」


 合点がいったような顔をするサフィの横で、ルカが狼狽していた。抑えられない思いが声に込められ、御者が何事かと尋ねてくるほどの大声になる。


「すみません。気をつけます」


 やや大きめにした声を前方の御者に返したハイネは、ルカの右手をぎゅっと握る。彼女の手の感触によって我に返ったのか、ルカは顔を伏せ、悪いと一言口にする。


「うるせぇルカ。騒ぐんじゃねぇ」

「何、それ……」


 鋭くルカを睨んだリヴェンに、ユニがおそるおそる声をかける。


「ディーティルド帝国で造られた生体兵器だ。テメェ、他言したらどうなるかわかってんだろうな?」


 ひとりだけ話に追いついていないユニに、リヴェンは面倒臭そうに吐き捨てる。


 リヴェンの言葉が耳に入った瞬間、ユニの顔が強張ったのをレイゲンは見た。レイゲンの両脇に彼女とリヴェンは腰を落ち着けているのだが、ユニはリヴェンから少しでも離れたいというように座席の隅ぎりぎりに身体を押しつけた。


 無理もない。ユニの口からついに確証を得ることはできなかったが、ミルラは死天使によって殺害されたはずだ。ディーティルド帝国が生み出したすべての兵器は、ユニにとっては()()の対象なのだ。


「魔人っていうのは……その、僕たちと同じ人間、なんだよね?」


 レイゲンの疑問を代弁したのは、サフィだった。憂慮を帯びた表情で、ためらいながら言葉が投げかけられる。リヴェンはいつもの調子で鼻で笑った。


「……さあな。侵蝕病を罹患した人間を、腐った死体みたいなデケェ化物の腹の中にぶちこむ。腹が裂かれて、魔獣の肉を詰め込まれるんだ。そうして出てきた奴が、人間と言えるか?」


 軽快な蹄の音。道行く人々の声や靴音が、喧騒となって馬車に追いすがる。


 誰ひとり、喋れなかった。


 尋ねたサフィは罪悪感に囚われたのか、面に暗い色をにじませる。ユニが息を呑んだような、かすかな悲鳴をもらす。ルカとハイネはリヴェンを見つめ、痛ましさと不安を込めた眼差しを送った。


(……魔獣の肉を……)


 リヴェンが腐った死体と形容したものが、おそらくは死天使でいう天使の揺籃にあたるのだろう。


 敵として戦う定めであった魔人の成り立ちに、自身と共通するものがあろうとは。


「俺は二年半前、ディーティルド帝国から出た。行く場所ねぇから適当に狩人やってたんだよ。そしたら、一年前くらいか。ゲイム王国での仕事中、一人の男と知り合ってな」


 ロートレク国の隣。大陸の北東に位置するゲイム国は、優秀な狩人や傭兵を排出することで知られている。年に一回世界中から高名な戦士や兵士見習いを集めて開かれる武闘大会には、ウルスラグナ訓練校の生徒も招かれることになっていた。


「鈍くせぇ奴だったんで、助けてやったんだよ。そしたら奴は、俺の力を見て仲間だと言った。んで、招待されたわけよ。里にな」

「……里? 魔人が暮らす隠れ里ということか」

「半分は当たってんな木偶。

 信じられねぇ話だが、奴らは聖王暦の時代に創り変えられホリニス王国から逃げ出してきた魔人の末裔だと抜かしやがった。能力は弱まり、人間に近づいてやがったけどな」


 リヴェンの言う通りに瞬時に理解することはできない、衝撃的な話だった。


 だが、よくよく考えてみれば可能性が零とは言い切れないのだ。卵が先か、鶏が先か。兵器を生み出す、人智を越えた製造設備。聖王暦後期にそれが造り出されたのなら、死天使や魔人もまた、それ以前の時代に人の手で造られていたに違いないのだ。


 魔人が子を生み命を繋いでいけるのならば。聖王暦が終焉を迎え、神世暦となって時を刻んだこの時代に、末裔が細々と生きていたとしても不思議ではない。


「俺は三日くらいそこで世話になってな。頼まなくてもべらべら喋ってくれたぜ。自分たちのルーツが記された本を、里長は代々受け継いできたらしい。セントギルダっつう組織が、魔人と死天使を造り出したんだとよ。先祖が残した手記の中に、奴らが研究を行ってた施設の場所が記されてやがった。扉は閉ざされていて、限られた奴にしか開けねぇとな」

「……扉」


 リヴェンの話に聞き入っていたサフィが、何かに思い至ったように顔を上げた。灰色の瞳が大きく見開かれる。


「隠された施設の周辺を、ディーティルドの兵士や魔人がうろついてるとも言ってやがった。んで、花畑をさらった鶏野郎は扉を開くとか抜かしてたからな。そこに連れ込んでどうにかするつもりなんだろ」

「……場所はわかるか」

「国内にまず一ヶ所。神々の食卓とかいう山があるだろ? あの近くだ」


 途方に暮れかけていたところにもたらされた情報は、行く手を照らす光明となった。




 ウルスラグナ訓練校に戻ると、レイゲン達はロイド教官に呼び出された。どうやら襲撃現場に駆けつけた守衛士によって目撃証言が集められ、ウルスラグナに連絡が入ったらしい。


 所属不明の二人組がフェイヴァを何処かに連れ去った。教官に報告したのは、事前に口裏を合わせた内容だった。


 ウルスラグナができることといえば精々、反帝国組織に書簡を送り、守衛士にフェイヴァの捜索願いを出すくらいだ。反帝国組織に伝書鳩が届くまで半日かかる。それから迅速に部隊を編成し出発したとして、とても間に合うとは思えなかった。伝書鳩が到着し部隊を編成するまでの時間に、反帝国組織本部と神々の食卓までの距離を足すと、一日以上はかかる計算になる。フェイヴァをさらった魔人の目的がセントギルダの研究成果を奪うことだと仮定すると、長時間施設に留まるとは思えない。到着した時はもぬけの殻だ。


 その時、フェイヴァはどうなっているだろう。レイゲンは考えたくなかった。


 三十分の報告と言う名の詰問が終わり。レイゲンは二階の自習室を使い、反帝国組織宛に手早く手紙を書いた。リヴェンが話した内容は、反帝国組織にとって貴重な情報だ。書き終えると数枚の硬貨とともに封筒に入れ、教官室の側に設置されている書簡箱に入れる。教官が内容を精査した後、走送屋に持ち込むのだ。送料は距離や品物の大きさによって金額が異なる。宛先ごとに仕分けられ、配達員が翼竜を駆るのは昼食に近づく頃だろう。


 都市ネルガルには、月に二度反帝国組織から数名の兵士が派遣される。彼らは商業区の宿に駐在していた。レイゲンは彼らのもとに足を運び、報告を行わなければならない。今日はその召喚日であった。


 けれども、今は時間が惜しい。宿に出向き説明している暇はなかった。反帝国組織に手紙を送った方がずっと早い。


 レイゲンは誰もいない部屋に戻った。制服を身にまとい、その上から軽鎧を着込む。鋼片で補強されたブーツと籠手を装着していく。死天使を越える身体能力を持つレイゲンにとって、鎧は無用の長物だ。油断しなければ攻撃を躱すことなど易い上、死天使の腕力から繰り出される刃は鎧を服と同様に斬り裂いてしまう。それゆえ、なるべく身軽な方がいい。――理屈として理解できていたが、身に馴染んだ鎧の重さはレイゲンの気持ちを引き締めた。上から外套を羽織り、廊下に足を踏み出した。


 フェイヴァの気持ちが誰に向いていようが、そんなことは関係ない。じっとしていることなんてできない。もしもフェイヴァが連れ去られた場所がわからなかったとしても、レイゲンは今と同じようにフェイヴァを探しに行こうとしただろう。目的地が定められた分、余計な思考をせずに済む。


(お前は必ず、俺が助け出す)


 訓練生が使用する武器を保管している管理室に足を運ぶ。魔獣討伐の授業を除き、武器の持ち出しは禁止されていた。廊下には頑丈な鉄の扉が堂々と立ちはだかっている。取っ手には複雑な作りの錠前がかけられて――いなかった。


 砕かれたそれは、黒い金属の破片となり足下に散らばっていた。


(リヴェンか)


 鍵が手に入れられないのならば、錠を破壊してしまえばいい。リヴェンもレイゲンと同様の考えを持ったのだろう。レイゲンは扉を開けると、鞘に収められた大剣を背に帯び、立ち去った。




「遅かったじゃねぇか」


 練習場の脇にある竜舎に向かうと、見慣れた人物が壁に身を預けて立っていた。夕陽色の髪をうなじでまとめ、小柄な身体に軽鎧を着込んでいる。驚異的な再生能力を持つ魔獣の肉片が埋め込まれているからか、肌には火傷の痕さえ残っていない。


「聞かなかったフリして、何もしねぇのかと思ったぜ」


 竜舎の中から翼竜を引いて出てきたのは、サフィとユニだった。その後ろを、もう一頭の翼竜を引いたルカとハイネが続く。四人とも軽鎧を身につけており、大剣と散弾銃を帯びている。ただの見送りにしては、装備が整い過ぎている。


「何を考えているんだ、お前たちは残れ!」


 連れて行くことはできなかった。敵はディーティルド帝国が誇る兵器だ。身体能力も戦闘経験も、サフィたちより遥かに上だろう。魔獣の巣窟に向かうのとはわけが違うのだ。


「自分の実力はわかっているつもりだよ。でも、何もせずにフェイヴァの帰りを待つことなんてできない。実地試験の時、フェイヴァは僕を助けてくれた。今度は僕がフェイヴァを助ける番なんだ」


 翼竜の頭を撫で落ち着かせたサフィは、レイゲンに向き合い、毅然と言い放つ。


「お願いレイゲン、アタシも連れていって。……足手まといにはならないから」


 海の色をした瞳を不安に揺らしながらも、ユニは静かに口にする。表情とは裏腹に、声音には確固たる自信がにじみ出ている。


「あんな奴でも、わたしの友達なんだよ。放っておくことなんてできない」


 風に揺れる緑青色の髪を、ハイネは指で耳にかける。平静な顔つきながら、有無を言わさぬ圧力がその声から感じられた。


「そういうことだ。みんな、フェイヴァのことを心配してんだ。ひとりで助けに行くなんて、水臭い真似すんなよな」


 ルカが朗らかな笑みを見せて、みんなの思いを総括する。


「お前たち……」

「別に俺は、花畑なんてどうでもいいけどな。力を制御して人間の中にいるのも怠かったしな。同族である奴らとは因縁がある。それだけだ」


 リヴェンは早口に言うと、自身の翼竜を引きに竜舎に入って行った。


 レイゲンは四人の顔を順番に見渡した。誰ひとり、場の空気に流されているのではない。フェイヴァを助けだしたいという、強固な意志を顔に露わにしている。


 フェイヴァが今、この場の光景を目にできたとしたら、一体どんな反応をしただろう。レイゲンは切なさと喜びの間で揺れる情調に包まれる。


「早く出発しようぜ。保管室の鍵が壊れてんの知ったら、教官たちが騒ぎ出すぞ」


 皆は自分の乗り慣れた翼竜を、竜舎から引き出してきた。ルカが手綱を引く翼竜は、早く飛び立ちたいと言わんばかりに低く唸り翼を羽ばたかせる。


 騎乗時間と目的地を記した届け出を提出し受理されれば、休日でも翼竜の利用は可能だった。朝から翼竜を駆って空を飛ぶ訓練生も多いため、飛び立つだけならば怪しまれることはないだろう。早く出発しなければ、教官に発見されてしまう。


「……わかった。お前たちの命は、俺が預かる」


***


 施設の深部には、レイゲンを驚愕させるには十分過ぎる光景が広がっていた。驚き冷めやらぬまま、出入口付近に待機していた死天使を、リヴェンと二人で片付ける。死天使は壁に激突すると、青い火花を散らし動かなくなった。


 真白の床は真新しい血で汚れている。駆ける足に力を込めて、レイゲンは三又の右に進路を取った。視界が開け、真っ直ぐに伸びる一本道が広がった。レイゲンは――伏したフェイヴァを発見する。


 奥には男女二人組がおり、鶏冠に似た髪型をした男が今にも炎を撃ち出そうとしている。レイゲンの隣に駆けつけたサフィが、散弾銃を構えた。耳を(ろう)する激発音とともに、撃ち出された散弾が拡散し突き進む。


 掌に膨れ上がっていた炎は、一瞬にして形を変える。身体を覆うように広がっていくさまは、まるで炎のカーテンだ。散弾はすべて飲み込まれ、標的に突き刺さることはない。


「フェイヴァッ!」


 名を呼び、レイゲンは駆け寄った。背後のリヴェンが先走るなと口汚く罵ったが、無視する。


 傍らに膝をつく。フェイヴァの手は、俯せの身体を支える役目を果たさなかった。頭がゆっくりと持ち上がり、血に濡れた顔が惚けた表情を見せる。


「……レイゲン……さん……」


 赤い唇が声を絞り出す。夢心地の顔つきに、ゆっくりと驚きが現れ出た。レイゲンに続いて駆けつけた五人に、さまよっていたフェイヴァの視線が向けられる。眼前の光景を疑うような悲しみと怯えが混ざりあい、面に広がった。


「おかしいわね。なぜここがわかったのかしら」


 女の声は、レイゲンの耳に入っては意識されずに出ていった。


 フェイヴァの肩を抱き、仰向けにする。掌や外套に血が付着する。傷口は出血を続けており、彼女が倒れていた床は紅の顔料をぶちまけたような有様になっていた。


 フェイヴァが着ている白い衣服は血に染まっていた。焼ける臭いが鼻につく。火で炙られたのだろう。濡れた生地は所々焼け落ち、黒く焦げついている。覗く肌は赤くなっており、裂けて弾けて濡れ光る肉が見えている。


(……こんなに……)


 ありとあらゆる暴力が、少女の身体に爪痕を残している。レイゲンの視界の中で、皮膚は再生を始めていた。傷を注視すれば変化を感じ取れるくらいの、遅々とした速度だった。修復機能が追いついていないのだ。死天使の機能を上回るほどの、苛烈な攻撃。修復しては傷つけられ、最早フェイヴァは満足に動くことすらできないようだった。


 空気を吸い込む音に、かすかな呻きが混ざる。それは自分の口から発されたものだった。


 フェイヴァの小さな身体から伝わってくる熱。それが今にも弱まり、消えてしまうのではないかとレイゲンは()()した。(じゅん)()たる恐怖を感じながら――込み上げる憐れみもまた、強く意識した。これほど強烈な憐憫が、自分の中に生じるとは。過去に置き去りにしていたいくつもの感情が今、胸の内にまざまざと浮かび上がる。目頭を熱くし、視界をにじませるほどに。


「ヒャッヒャッ。何泣きそうな顔してんだ。そんなにショックだったか? ん~?」


 耳障りな笑声に、嘲弄を孕んだ言葉が続く。


 フェイヴァを寝かせると、身にまとっていた外套を脱ぎ、その身にかけた。立ち上がると、軽鎧が軋み音をたてる。


「悪かったなぁ。……お気に入りの愛玩具を滅茶苦茶にしちまってよ」


 心の大きな面積を占領している少女。彼女に浴びせられたのは、卑俗以下の暴言だった。


 頭の奥が焼けつく。憐憫や恐怖は、たったひとつの強大な憤怒へと変質した。行き場を求めて激しく暴れまわる感情を、レイゲンは制御することができなかった。


(殺してやるッ!!)


 駆け出した足は距離を感じさせず男に接近する。嘲笑を浮かべたままの顔面を、真正面から殴打した。拳に確かな手応えが返ってくる。男は奇妙な悲鳴を上げ、唾液と血を撒き散らした。きりもみしながら後方に吹き飛んでいき、壁に衝突する。



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