10.限りある時を(1)
◆◆◆
陽光が窓から差し込み、療養室の床を柔らかく照らしていた。
本日は午前中で授業が終了した。サフィは早速数冊の教本を持ち、療養室に向かった。ベッドのそばに設置されていた机を二台繋げて、ユニと向かい合って勉強をしている。
教本の問題を解く手を止めて、サフィは正面に座るユニを見た。ペレンデールで行われた遠征から、一月が経過していた。燦々と照りつけ地表を焼けつかせていた太陽は、その熱を和らげ始めている。
以前の華やかさが見る影もなくなっていたユニは、随分回復していた。波打った髪は鮮やかな色彩を取り戻し、紙を思わせるほどに白かった肌は血色がよくなった。睫毛に縁取られた瞳はしっかりとした光を宿している。喉を通らなかった食事を食べられるようになり、自然な笑顔を見せるようになった。ときおり顔にふと暗い色がよぎったが、今ではこうして勉強ができるまでに回復している。授業に復帰する日もそう遠くない。最近は遅れを取り戻そうと、彼女は時間が空いた教官の指導を受けていた。
視線を感じたのか、ユニは大きな瞳をサフィに向けた。小首を少し傾げてみせる。
「どうしたの?」
「あっ……な、なんでも」
サフィは慌てて顔を伏せる。見とれてしまっていたなんて、とても口に出せない。顔に熱が集まってくるのが分かる。
この一月で、サフィとユニの距離は縮まった。
最初の頃はユニを見舞いに多くの男子が療養室に足を運んだが、彼女は脱け殻を彷彿とさせる状態で、どんな話にも耳を貸そうとしなかった。諦めて立ち去った者が多い中、サフィは一日も欠かすことなく足を運び続けた。初めは他の男子同様に無視されたが、日が経つにつれて一言二言交わすようになり、次第に会話の量も増えた。療養室に閉じ籠もっているユニは、学習も遅れ体力も落ちている。サフィは彼女が復帰しても授業についていけるようにと理由をつけて、頻繁に療養室を訪ねた。こんなとき、自分が勉強が得意でよかったと思う。普段、ルカやリヴェンたちに課題の解き方を教えている成果だ。
「……ふう。こんな感じ?」
問題が解き終わったらしい。ユニは形のよい唇から吐息を落として、回答を記した用紙をサフィの前に押し出した。彼女はサフィが無作為に記した問題を解いていたのだ。
「……うん、うん。すごいよユニ、全問正解だよ!」
「よかった。サフィの教え方が上手だからよ」
ユニは顔の前で手をぱちぱちと叩くと、微笑んだ。見る者の心をとろかしてしまいそうな、可憐な笑みだった。
「……そんなことないよ。ユニの理解が早いからだよ」
「謙遜しなくてもいいのに。でも、ありがとう」
遠くから見守るしかなかった彼女の微笑みを独占している。サフィの心臓は早鐘を撞くように鼓動していた。
打ち震えそうな喜びを抱く一方で、心のどこかは冷静だった。
もしも遠征で多数の犠牲者が出なければ――ユニが憔悴しなければ、自分はこんなにも彼女に近づくことはできなかっただろう。彼女の瞳は相変わらずレイゲンに向けられたままで、自分の存在は道端に転がる石のようにしか映らなかったに違いない。そんなことを一瞬でも考えてしまった自分に、激しい不快感が湧き上がる。
「あ……あのさ」
気持ちを切り替えたくて、サフィはまとまらない頭のままにユニに声をかけた。
「覚えてる? ユニ、前に僕らの部屋に来たことがあったよね」
「……うん。そんなことがあったわね」
あれはいつの話だっただろうか。はっきりと日にちは思い出せない。ユニはレイゲンに課題を教わろうとやってきて、彼に断られ去っていった。彼女の背中は、苦い記憶となってサフィの中に残っている。
「あの時、ショックだったんだ。僕のこと興味ないって感じで。……でもこうして、君の役に立てて嬉しいよ」
ユニの表情に戸惑いがにじんでいるのが見えて、サフィは慌てた。この言い草では、彼女を責めていると取られても不思議ではない。
「あっ、違うんだ! 別に深い意味はなくて……」
「ごめんなさい。あなたがそんなに傷ついていたなんて、知らなかった」
ユニは軽く頭を下げた。細い黄金色の髪が、日の光を受けてきらめいる。
「……レイゲンに断られるなんて思っていなくて、頭の中が一杯になっちゃって」
過去を想起したのだろう。彼女の声音は悲哀を帯びている。
「……相手にされないのがどんな気分か、知ってたはずなのにね」
嘲笑うかのように持ち上げられた唇は、今にも泣き出しそうな曇り空を連想させた。
整った容姿と明るい性格で、ユニはたくさんの異性を虜にしている。けれど、一番振り向いてほしい人には、目を向けてもらえない。彼女の顔の裏に隠された悲しみを見たような気がして、サフィはぐっと拳を握り締めた。
長身で秀麗な容貌をしたレイゲンは、非の打ち所がない。ユニが彼を好きになるのは自然なことだ。しかし、その想いは報われないだろう。彼女は自分の気持ちが通じないのを知りつつ、これからもレイゲンを見つめ続けるのだろうか。
(僕だったら……君にそんな顔、させたりしないのに)
「……それに、あのときはサフィのことよく知らなかったから。
でも今は、あなたとこうして話せるようになってよかったと思ってる。あなたは周りまで優しくしてしまうような、穏やかな人よ」
にっこりとした笑みには親愛が込められていた。けれどもそれは例えるならば、姉が弟に、母親が息子に向ける、親しみの情に近い。サフィのほしいものは含まれていない。
サフィもユニも、向いている方角は一緒なのだ。最も手に入れたいものには、決して届かない。――見ている場所も抱く思いも同じなのに、気持ちが通じ合うことはない。傷心に胸が冷える。
「……僕は」
ユニを想っている人間はここにいるのだと。サフィは自分の存在を意識してもらいたかった。慎重に言葉を選ばなければという思いに駆られたが、感情が理性を追い越していく。
「僕は、前からずっと君とこうして話したかったんだ。君と仲良くなりたかった。……僕だったら、ユニにそんな悲しそうな顔をさせたりしない」
ユニが面に張りつけた表情が想像できる。だからサフィは、彼女の顔を見なかった。
「僕は……初めて見たときから、君のことが好きだったんだ」
静寂が生まれた。
わずかな息遣いまでも、石の壁に吸い込まれていく気がする。
サフィはユニの表情を思い描いた。彼女はきっと、憐憫を湛えた顔をしているのだろう。唇は引き結ばれているとも、微笑んでいるともいえない、微妙な形をしているはずだ。
静けさに堪え兼ねて、サフィは顔を上げる。予想は現実となっていた。
「……ごめんなさい。アタシ、レイゲンのことが好きなの」
顔を軽く俯けると、金の髪が被さる。覗く瞳には憂いがにじんでおり、心苦しそうに見えた。
「でも、サフィの気持ちは嬉しいわ。ありがとう。……あなたはいい人ね」
結果は理解していた。予測できていたはずなのに、ここまで心乱れてしまうとは。サフィは乾いた笑いをもらしそうになった。
ユニがレイゲンを好きだという噂は前々から聞いていた。こうして彼女のそばで勉強を教えるようになって、口振りからそれを確信した。しかし、自分で思い込んでいるのと、本人の口から明言されるのでは、やはり衝撃の強さが違う。もしかしたらという淡い希望まで打ち砕かれ、欠片さえ風に散らされてしまったのだから。
「き、気にしないで! ただ、伝えたかっただけなんだ……」
消え入りそうな声になった。後悔が雪のごとく降り積もる。やっと良好な関係を築けたと思ったのに、ユニに気まずい思いを抱かせてしまった。場当たりな告白は、サフィの自己満足に終わった。
「こんなこと、アタシが言っていいか分からないけど……あなたのことは、友達として大切に思ってる。だから、これからも色々教えてね?」
去り際にかけられた言葉に、胸が熱くなった。お前のことは男として見ていないという宣告に等しいが、それでもこのままユニのそばに居続ければ、いつかは――そんな幻想を抱いてしまうのだ。
腕に抱えた教本が平時以上の重さを訴えてくる。
傷心のままにサフィは部屋に戻った。
午後からは自由時間である。商業区に足を運んだり、図書室や訓練室で有意義に時間を過ごすこともできるというのに、全員が部屋の中にいた。
「っしゃあ! 俺の勝ちー!」
まず目についたのは、扉の前で騒ぐルカと六人の男子だった。部屋の中央に設置された長机。その端に集まって、腕倒しをしていた。ルカが相手の腕を机に捩じ伏せて、子供のように歓喜する。
「ざっけんな! もう一回だ!」
「いくらでも相手してやるよ。かかってきな」
この部屋の中で最も大柄な男子が、天板に肘をつけて再戦を要求する。ルカは余裕の表情で、相手と同じ姿勢を取った。
「みんなで集まって何してるの?」
サフィが扉を開けて入ってきたことに気づかなかったのだろう。今まさに掌を握り合おうとした二者は、揃って顔を上げる。
「今夜、肉が出るだろ? それを賭けてんだ。勝ち抜いたら肉六人分だぞ」
白い歯を見せて笑うルカ。サフィは脱力し、膝から崩れ落ちそうになった。
魔獣の席巻によって、家畜や作物を育てられる土地は少ない。特に家畜は飼料が大量に消費されるので、飼育数が少ない。肉や卵は高価である。いかなロートレク国から運営資金を得ているウルスラグナ訓練校でも、毎食百人に高級品を振る舞うことはできない。よって月に五回だけ料理として提供される。
今夜のメインは、黒胡椒で味つけしバターで炙り焼きにした豚肉だ。バターと肉の脂の香ばしい香り。こんがりとした焼き目。豆と芋のスープや根菜の炒め物という、質素な料理を食べ飽きた訓練生にとっては、頬が落ちそうな旨さなのである。
「お前も参加するだろ?」
「こいよサフィ! 教本なんて捨ててかかってこい!」
ルカたちの対戦を傍らで見ていた五人が、自分たちの肉の量を増やそうと賭けに誘う。
「遠慮しておくよ。自分の肉がなくなるのは嫌だし」
訓練によって随分力がついてきたが、この部屋で生活する八人は、サフィよりたくましい身体つきをしているのだ。食べてくださいと、肉を差し出すことになるだけだろう。
「お前ノリ悪いな~」
「サフィの意気地なし!」
「この骨なしの鶏が! 今日からお前のあだ名、鶏肉な」
口々に言って、腹を抱える。険しい顔をしたのはルカだ。
「下らないこと言うんじゃねーよ。お前らサフィより頭足りないだろ。試験前にお前らに勉強教えてやってんのは誰だよ」
「……サフィです」
「悔しいです!」
「だろうが。筆記で困りたくなかったら、口を慎めよ」
「なんでてめーがでかい口叩いてんだよ」
「俺に何か言いたけりゃ、負かしてみろよ」
五人の内の一人が、手を叩いた。その音を合図に、二人の掌に力が込められる。
サフィは彼らから視線を外した。意気地なし。図星を指された上に、庇われると惨めだった。ルカはサフィに気を使って言ってくれたのだろうが、その優しさが辛い。
喚声が上がる。勝敗が決したのだろう。
「……るっせぇな。馬鹿みたいに騒いでんじゃねぇ」
壁際のベッドで寝ていたリヴェンが、半身を起こし目を擦っていた。騒々しい声によって心地よい眠りを取り上げられ、顔には不満が満ちている。
「寝てばっかのお前が悪いんだろうが。もっと有意義に時間使えよ」
「テメェらが今やってることが有意義なことかよ」
五人の内の一人に突っ込まれ、リヴェンは睨みつける。
「リヴェン、どうだ? 今夜の肉を賭けて勝負しようぜ」
今しがたルカと対戦した男子が、握っていた手を振りながら言った。腕を伸ばしたり曲げたりする。
「俺休憩な。腕が疲れた」
同じように腕の筋肉を解していたルカは、リヴェンを見ると、五人組の向かいの席に腰を下ろした。
「やめとけって、リヴェンがお前に勝てるわけねーよ。この小ささだからな」
「卑怯な手を使ってくるかもしれねーぞ」
小さい、という言葉に反応したのか、リヴェンは眉間にしわを寄せた。口の端を上げ、不敵に笑う。
「ハッ! ザコが。遊んでやるよ」
ベッドから下り、決戦の場に向かう。
サフィは教本を机の上に置いた。二人の力比べを見届ける必要がある。
リヴェンは天板の上に肘をおくと手を開いた。相対する男子も同じ体勢を取る。背も高く筋肉質な彼と比べると、リヴェンの体格は正に子供だった。腕も細く手も小さい。手を握り力を込めた瞬間に、勝負はついてしまうように思われた。
リヴェンの実技成績は六位だが、体力測定や格闘試験の結果を総合し導き出されたものに過ぎない。体格の差が歴然としている。紙に書かれた成績より、己が目に映るものを信じてしまうものだろう。対戦を持ちかけた男子も、見守るルカたちも、誰ひとりとしてリヴェンが勝つとは思っていないはずだ。
リヴェンと男子が手を握った。掌が叩かれ、戦いの幕が開く。
「終わりだぁっ!」
男子は途端に力を込め、リヴェンの腕を倒しにかかる。彼の腕が天板ぎりぎりに近づいた。そのまま手の甲が机につき、特に盛り上がることなく勝負は終わるかに見えた。
焦りの色は見えず、かといって慢心を抱いているふうでもない。リヴェンの顔は涼しげだった。対戦者の実力を測るかのように、じっと見つめている。リヴェンの腕は天板の上すれすれで持ち堪えているが、手は微動だにしない。
やがてリヴェンは鼻で笑った。この程度かと落胆したすえの、冷笑のようにサフィには思えた。
リヴェンは物を掴むときの調子で、少しだけ掌に力を込めたように見えた。次の瞬間、それまで優勢だった男子の腕が、圧倒的な力にのしかかられたように倒れた。手の甲が天板につく。
「……は?」
サフィとリヴェン以外が、目を見張った。彼らの視線が一斉にリヴェンの腕に集まる。彼は手を離すと、椅子から立ち上がった。
「お……お前、何かしただろ!?」
「そうだ、そうに決まってる!」
外野が騒ぎ立てる。リヴェンは肩越しに一瞥すると、
「そう思いたきゃ、勝手にしろ」
吐き捨てて部屋を出て行った。扉が乱暴に閉められる。
「力使ったんじゃねーか? あいつ風の能力持ちだろ」
「馬鹿言え。こんな短時間で能力発動できるかよ。黄緑の光も見えねーし、力じゃねえよ」
覚醒者は、空気中、または自身の肉体や他者の体内に満ちるエネルギーを収集し、反応させることで力を発現させる。その瞬間、覚醒者の体内と空中のエネルギーが反発し冷光が発生するのだ。
サフィはペレンデールで、リヴェンの圧倒的な戦闘力を目の当たりにした。その小躯からは想像もつかないほど、リヴェンは強い。能力を発動する驚異的な速さのみならず、身体能力も群を抜いているのだ。彼は普段から力を制御して過ごしているが、そんな生活を億劫に感じており、挑発によってその片鱗を覗かせてしまった。
リヴェンは冷血な人間ではない。一緒に学んできた同期たちにわずかにでも愛着があるはずだ。しかし、自分と仲間たちの間にある、望洋とした溝を思い知った。
心を開きかけている友人たちと、決して同じ場所には立てない。自分だったらきっと恐ろしく感じるだろう。リヴェンの正体もその心根もわからぬサフィには、想像することしかできない。
リヴェンに負かされた男子は、己の掌に視線を落としていた。勝負を見届けた者と対決した者とでは感想は異なるはずだ。彼がリヴェンの異常な力に気づく可能性は十分にある。
「うっ……俺の肉……」
彼は手の甲で目の下を拭った。頭の中には肉のことしかない。――ルカの言う通りなのかもしれない。
「ほら、続きしようぜ。まだ決着はついてないんだからよ!」
休憩を終えたルカが意気込んで、六人を注目させる。彼らはサフィが入室して間もない頃に戻ったように、腕倒しを再開した。
サフィはリヴェンが出て行った扉に目を向けていたが、ややあって目を外した。彼はひとりになりたいはずだ。今はそっとしておこう。
サフィは窓際に足を運ぶ。木製の机が明るく照らされている。レイゲンが椅子に座り、読書をしていた。“聖王歴の動物全集”という題名だった。サフィが近寄ってきたのを感じているだろうに、目を向けさえしない。無感動な横顔が、紙面の文章を追っている。
「それ面白い?」
「つまらんな」
素っ気ない返答。ではなぜ読んでいるのだろう。理解に苦しむ。
「今夜、久しぶりの肉だよ。参加しないの?」
サフィは、盛り上がっているルカたちを指差した。出入口前ではしゃぐ七人を一瞥するレイゲン。
「興味がない」
聞いた後に、わかりきったことを口にしたと思った。無愛想なレイゲンが、ルカたちと一緒に腕倒しに熱狂し『うおおおお! 俺の肉だ! 俺の肉!』などと叫んでいる様を想像すると、面白いというより不気味だった。
レイゲンは目下の本に視線を落とす。サフィや騒ぐルカたちの存在は、風が吹き髪を揺らしていくだけのように、レイゲンの意識から消えたのだろう。
ここ最近、レイゲンの無表情っぷりが輪をかけて悪化している。口数が以前にも増して減り、語調もよりぶっきらぼうになった。つまらない人間だと思わせることで、自分から嫌われようと仕向けているみたいだ。
彼は元々愛想がいい人間ではない。だが、一緒に過ごす内に気安い表情を見せるようになったし、ルカやリヴェンのボケに突っ込む親しみ易さがあった。
レイゲンの急激な態度の変化。原因はおそらく、訓練室での一件だろう。リヴェンと一緒にいるフェイヴァを目撃したときの、レイゲンの茫然とした表情。感情をはっきりと顔に出すことが少ない彼が、初めて見せた顔つきはサフィに驚きを与えたのだ。
(……あんな顔をするくらい、フェイヴァを意識しているのに)
関係を改善するために行動するどころか、目を背け避けているように映る。フェイヴァに対するレイゲンの煮え切らない姿勢は、サフィに苛立ちを抱かせた。
容姿端麗で成績優秀。どんな相手にも負けたことがない彼は、対人関係になると自分よりも臆病になるのではないかと思う。
脳内に浮かぶのは、悲痛に満ちたユニの顔。レイゲンは心を決めるべきだ。そうすることで、傷つくかもしれないが前に踏み出せる人もいるだろう。
ユニを想うゆえの思考――その実は、レイゲンに対する羨望と嫉妬だ。彼には好きな人を追いかける辛さなんて分からないだろう。憧れにきらめく眼差しを向けられる。これからも、ずっと。
醜い感情には、利己的な希望が繋がっている。ユニがレイゲンに振られれば、もしかすると自分を見てくれるかもしれない。自分のことを好きになってくれるかもしれない。醜悪な根のごとく心に絡まり、締めつける思念。
情けない。レイゲンのことを言えた義理か。
「レイゲン」
力を込めて呼びかけると、レイゲンは顔を上げた。瑠璃色の虹彩ににじんだ鮮血が、サフィを見返す。
「僕と決闘してほしい!」
態度をはっきりと示さないレイゲンに対する怒りなのか、それとも恋に破れたすえの八つ当たりなのか。自分でも答えが出ないまま、レイゲンに戦いを申し込んでいた。




