07.そばにいさせて(2)【ユニ視点】
十七年も打ち捨てられ魔獣の楽園になっている都市に、食糧があるとすれば。それは農地区以外に考えられなかった。
ペレンデールは良質なリコ──黒い皮に包まれた果物。春に実り夏に熟れる。白い果肉をしており歯応えがある──が採れることで有名で、農地区には牧草地や畑の他に、果樹が立ち並んでいたという。リコの樹木は一ヶ所から四つの花が咲く。中心の花だけを残し、他は取り除いてしまう作業をしなければ、大きな実は育たない。しかし人の手が入らなくなった今では、枝は剪定されず伸び放題。花も咲き放題で、小さな実しかついていないだろう。果肉は固く、味も落ちるだろうが仕方がない。
目指す農地区は、都市の西側に位置していた。防壁の内周を囲むように造られた街道を、レイゲンに先導され西北に進む。
行く手には魔獣たちが待ち構えていた。久方ぶりにありつける人間の肉に、化物どもは嬉々とした表情を見せている。
先頭を行くレイゲンが魔獣を斬り伏せ、ユニが散弾銃で援護するという役割分担をしつつ、着実に道を進んでいく。前方や東側の建造物の間から跳び出してくる魔獣は、どれもレイゲンの脅威とならなかった。ユニはレイゲンの役に立とうと彼の視界から外れた魔獣を散弾で撃ったが、一発撃つごとに排莢と装填を行わなければならないので、ユニが一匹の魔獣を撃つ間にレイゲンは五匹の魔獣を仕留めていた。彼の動作は風のように速く、的確でためらいがない。
銃はあくまで補助だ。散弾だけでは魔獣の急所を破壊することはできない。ひとりでほとんどの魔獣を相手取ってしまうレイゲンを見ていると、自分の援護なんて必要ないのではないかという思いに駆られてしまう。
ユニが撃った散弾が、【地を弾む】の顔面を捉えた。赤黒い液体を撒き散らして、血の色をした眼球が潰れる。レイゲンはすかさず距離を詰め、頭上に掲げた大剣を斜めに振り下ろした。斬り離された頭は宙を舞い、道の端に激突する。今際に四肢を動かす胴体に刃を突き刺して、レイゲンは東側に顔を向けた。
腰の弾薬が入った小袋から散弾を取り出し装填したユニは、レイゲンの視線を追う。
「……どうしたの?」
レイゲンは答えない。お決まりの無愛想な表情が、にわかに曇り始める。彼の耳には、ユニには聞こえない音が届いているようだった。
「走れ。全速力だ」
言うが早いか、レイゲンは前方に駆け出した。散弾銃を腰に吊ったユニは、彼においていかれまいと走る。
(速い……!)
全力で走っているにも関わらず、レイゲンの背中はどんどん小さくなっていく。男女の違い、体格の違いと言ったらそれまでだが、同じ訓練を受けているのにここまで差がつくものだろうか。
「ま、待って……!」
堪らず、激しい呼気の下からレイゲンに呼びかける。このまま去っていかれるのではと一瞬恐怖したが、彼は引き返してくるとユニの腕を掴んだ。再び駆け出す。
前方の道に散らばっていたのは、毛むくじゃらのリスの集団だった。図鑑に載っていた実物大のリスよりも一回り大きく、双眸は赤い。尾には鋭い刺が無数に生えていた。リスの姿をした魔獣──【塵食い】だ。
レイゲンは立ち止まる様子もなく、リスの集団に突き進んでいく。右手の大剣を振るい、牙を剥き出し跳びかかるピクスティに振り下ろした。長く幅が狭い刃は、彼の腕の延長であるかのように素早く空気を斬り、標的に打ち下ろされる。ユニは彼に引き摺られるようにしてリスたちの間を駆け抜けた。が、同族たちの死体の間から飛び出した一匹が、足に跳びついて体勢を崩す。胸から地面に叩きつけられた。
握っていた腕に引っ張られたレイゲンが振り返った。ユニの深靴の上から歯を突き立てていたリスを刃で薙ぎ払う。鋼板で補強された深靴なので、牙は皮膚に到達することはなかった。
ユニが謝ろうとしたそのとき。雷鳴が轟いたかのような大音量が辺りに響き渡った。ユニとレイゲンの上に影を投げかけるようにして、東側の屋根に魔獣が乗っていた。たった今着地したのだろう。巨体に屋根が軋み、抜けそうになっている。魔獣は二本の足で跳躍すると、ユニたちの前に着地した。石畳はひび割れ、飛び散った破片がユニの足下まで跳んでくる。
全長三メートルを越えるだろう、巨躯を誇るワニだった。全身をびっしりと苔色の鱗に覆われ、二本足で直立している。たくましい四肢の先についた三本指には、黒曜石色に輝く刃のような爪が生えていた。口内には鋭利な牙が生え揃い、新鮮な獲物を前に涎を滴らせる。魔獣の大型種である【貪欲な牙】だ。
突如現れた巨大な魔獣に、ユニは動けなかった。茫然としたまま、自分の顔に振り下ろされる前脚を見つめる。その鋭い爪は大剣の刃のように分厚く、軽鎧を着ていても易々と斬り裂かれてしまいそうだ。
腕をぐいと引かれ、ユニは滑るように後ろに倒れた。
ユニとアヴァリスの間に立ち塞がったレイゲンが、大剣と爪を噛み合わせていた。ユニは腰に吊っていた散弾銃を構える。レイゲンが爪を弾き、後ろに下がった瞬間に引き金を引いた。激発音が、辺りから聞こえる魔獣の呻き声を払うかのように響き渡った。
アヴァリスが大きく頭を振ったことにより、散弾は目ではなく口内と顎に突き当たった。顎に命中した散弾は鱗に弾かれ、口内に突き刺さった弾はすぐに跳び出し、傷が塞がり始める。
「伏せろ!」
レイゲンの鋭い声に、ユニは身を震わせた。アヴァリスは巨大な顎を外れんばかりに開き、空気を吸い込む音とは思えない騒音を撒き散らした。次の瞬間吐き出されたのは、青白く燃える炎の塊。
ユニは身を伏せる。髪の上すれすれを通過し、炎は防壁にぶち当たって炸裂した。瓦礫が飛び散り、ユニは悲鳴を上げ腕で頭を庇う。
「そこから動くな!」
レイゲンはユニを振り返らずにアヴァリスに肉薄すると、跳躍した。鞭のようにしなやかに振るわれた尾を躱し、なおかつ空中で半回転し大剣を振り抜いた。一撃で尾は断ち斬られ、血糊を撒き散らして地に落ちる。着地すると同時に、刃を突き出した。大剣の切っ先は手を貫き、腕にめり込んだ。そのまま上に振り抜くと、深々と傷を刻む。赤黒い血が滴り落ち、アヴァリスの足下を濡らした。レイゲンの刃は散弾を弾く鱗をものともせず、肉と骨を断つ。彼の腕は筋肉質だが、丸太のようにたくましいわけではない。細身の身体のどこに、これほど並外れた膂力が潜んでいるのだろう。
レイゲンに加勢したかったが、彼は肉薄したまま大剣を振るっている。そこに散弾を撃ち込めば、彼の邪魔にしかならないだろう。ユニは排莢すると、腰の小袋から弾薬を取り出した。
レイゲンの手を煩わせるわけにはいかない。自分の身は自分で守らないと。
後方から駆けてくるのは、三匹のピクスティだった。先頭の一匹が尻尾を上げ、刺を放射した。ユニは転がってそれを避け、銃を構え引き金を引いた。百発の散弾は拡散しながら突き進み、後方の二匹の顔面も撃つ。銃を放り出したユニは、大剣を抜き栗鼠に近づいた。
魔獣は種類によって再生能力が異なる。リスは魔獣の中で最も小型で、最も再生能力が劣っている。ユニが近づいても、眼球は再生していなかった。ユニは大剣を振り上げて、力任せに打ち下ろした。重くおぞましい手応えが返ってきて、分厚い刃はリスの首を断ち切った。ユニは気分の悪さを覚えながら、残りの二匹に狙いを定める。破れかぶれのごとく跳びかかってきた二匹目に大剣を振り下ろす。残り一匹。
その瞬間、ユニは前のめりに倒れこんだ。何かが後ろから跳びかかってきたのだ。生温い息が頬に当たる。小躯に侮れない凶暴性を顕現して、ピクスティはユニの背中を踏み締めている。
しまった。前にばかり意識を向けて、後方の警戒を怠った。後悔は冷気のような冷たさで背筋を凍らせた。肩越しにリスの飛び出しそうなほど大きな目玉を見る。
一瞬の間がある。すぐにでもユニに飛びかかり、牙を食い込ませることができるだろうに。リスは動かない。そればかりか、赤い瞳が窺うようにユニに注がれている。
「頭を伏せろ!」
後ろから飛んできたレイゲンの力強い声に、ユニは従った。頭を地に擦りつけそうなほど下げると、背に乗っていたピクスティが鋭い悲鳴を上げた。同時に重量が消失する。
俯せになった自分の身体の上に、影が被さる。ユニは顔を上げた。ユニの背中を跳び越えたレイゲンが、ピクスティを蹴りつけたのだ。吹き飛んだリスは、丁度ユニに襲いかかろうとしていた一匹と激突した。二匹が体勢を立て直す前にレイゲンが間合いを縮め、大剣を薙ぐ。
風切り音が大きく鳴り響く。刀身の軌道によって生み出される風圧は、刃のように鋭い。二匹の頭は両断され、痙攣しながら地に崩折れた。
「レイゲン……」
救われた安堵感と、自分を守ってくれた嬉しさに、ユニは胸を熱くする。
「助けてくれてありがとう」
彼は大剣についた血を払い落とすと、背の鞘に収めた。
「今、何かしたのか」
「え?」
彼が何を言っているのかわからず、ユニは小首を傾げる。
「お前の背中に乗っていたリスだ。襲いかかる様子がなかった」
「……アタシにもわからない」
あの瞬間。ピクスティはまるでユニの顔をじっと見つめているように思えた。異様に大きな赤い瞳が、強く印象に残っている。
ユニは後ろを振り向いた。レイゲンが相手にしていたアヴァリスは、頭を割られ沈黙していた。腹の鱗はぼろ切れのように斬り裂かれ、肉の色が見えている。
「先に進むぞ」
頷いて立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず座り込んだ。足がわなないている。
間近に迫ったリスの顔を見た瞬間、自らの死を覚悟したのだ。心はいまだに死の恐怖を拭い去れず、身体に影響を及ぼしている。
「ごめんなさい、アタシ」
自分が不甲斐なかった。レイゲンの隣で戦いたいのに、このざまだ。こんな軟弱な精神では、彼を助けることは永遠にできないだろう。
レイゲンにとっては何てことはない戦いだったのだ。なのに、自分は立つこともままならない。怒られる──ユニは覚悟した。
「仕方がないな」
腕が掴まれ、引き上げられた。よろめいた拍子にレイゲンにしがみついてしまう。
「歩けないなら腕に掴まっていろ」
(……信じられない)
レイゲンの眼差しはいつも冷淡で、足手まといがいれば叱りこそすれ、立ち上がらせてくれることなんてないと思っていた。唯一の例外は、フェイヴァだけだろう。──しかし、自分の予想は裏切られた。嬉しい方向に。
(優しい人なんだわ……本当は)
レイゲンのことを誤解していた。彼は本性を偽っているのだ。それとも、自分は冷徹な人間だと思い込んでいるだけなのかもしれない。
胸の高鳴りを抑えることができない。ユニはレイゲンにしがみついたまま、動かなかった。永遠にこの時が続いてほしい。
「……早く離れろ」
「あっ、ごめん!」
顔が熱い。とても目を見ていられない。ユニは顔を伏せたままレイゲンの身体から離れて、彼の腕に触れた。
「アタシ、怒られるんじゃないかって思ったの。ありがとう……」
レイゲンの隣を歩きながら、彼の横顔を見つめる。掴んだ腕が頼もしい。ユニは掌に力を込める。これほどまでに腕の籠手が邪魔だと感じたことはなかった。
街道を抜けると、柵に囲まれた小高い丘に出た。眼下には望洋とした牧草地があり、厩舎が転々と建っている。
霧で霞んだ遠方には、樹木が立ち並ぶ様が見てとれた。あれがリコを栽培していた果樹園だろう。
厩舎はどれも魔獣に荒らされた後なのか、傾き今にも倒れてしまいそうな物もあった。牧草の所々に白い物が覗いている。家畜の骨だろう。魔獣の襲撃により設備が破壊されたどさくさに外に逃げ出したが、殺到してきた魔獣の牙にかかったのだ。
丘の上の牧草地もそう変わりはなかった。辛うじて建物の形を残している厩舎の壁は、傷つけられ穴だらけになっている。扉は内側に倒れており、赤い足跡が濃くこびりついていた。農地区は魔獣の餌場だったのだ。十七年前に押し寄せた魔獣が、家畜を食い尽くしてしまった。
前方には前に傾いだ木の柵が設けられていて、柵の内側に生える牧草は巨大な足跡に踏み潰されていた。
太陽と地上を二分する厚い雲が、雨を降らせた始めた。ユニは頭に落ちた雨粒の冷たさに小さく悲鳴を上げる。黙々と先を進んでいたレイゲンが、立ち止まり舌打ちをした。
「ねえ、少し雨宿りしていかない?」
「馬鹿を言うな」
レイゲンの背中に呼びかけると、素っ気ない声が返ってきた。ユニは小走りにレイゲンに近づくと、彼の腕を掴んだ。すがるように抱き締める。
「アタシ、もうへとへとなの。まだ果樹園は遠いんだし、少しくらいいいでしょ? お願い」
レイゲンと会話を楽しみたいから嘘を吐いているわけではない。ワニ型の魔獣に襲われてからも、ひっきりなしに襲撃は続いたのだ。ほぼすべてをレイゲンが倒したといっても、こう頻繁に魔獣に襲われては疲労も蓄積する。農地区にやってきて、やっと魔獣の醜悪な顔を見ずに済んでいるのだ。今休まなくていつ休むのだ。
「……わかった」
レイゲンは億劫そうだったが、溜息を吐いた後に頷いてくれた。
ユニはその場で跳び跳ねたい衝動に駆られながらも、レイゲンの腕を引いた。厩舎の軒下に二人並んで立つ。彼が距離を取るように左に身を引いたので、ユニは肩と肩が触れ合いそうなほど近づいた。
雨が草を叩く静かな音が、ユニの耳に届いていた。いざこうしてふたりきりになってみると、何を話せばいいのか言葉が浮かんでこない。仕方がないから、彼の横顔を見上げた。
「なんだ」
「本当に背が高いなぁって思って」
レイゲンは興味を抱いた様子もなく、顔を前方に向けた。レイゲンの顔から段々と下に目線を下げていたユニは、彼の脇腹が血に染まっているのに気づいた。ぎょっとして口元を押さえる。
動きを妨げないように、軽鎧は肋骨の下辺りまでしか覆っていないのだ。
「レイゲン、怪我してる!」
「……ああ」
ユニの声を受けて脇腹に目を向けるでもなく、レイゲンは前方を見つめ続けていた。ユニは腰の小袋から救急道具を引っ張り出す。腰には二つのポーチがつけられていて、片方は弾薬が入った小袋、もう片方は消毒液や布などが入った救急道具入れだった。
「手当てさせて」
「必要ない」
「駄目よ! 後で何かあったらアタシの責任だもん。……魔獣からアタシを庇ってくれたときについた傷なんでしょう?」
破れた制服の下から、血に染まった傷が見える。顔を近づけてみると、想像していたより酷くはなかった。薬草を煎じて作られた消毒液を布に含ませ、傷口を優しく押さえた。
自分は一つでも、彼の役にたっただろうか。ユニは自己嫌悪を抱かずにはいられなかった。農地区を目指して西北を目指していた時、レイゲンはひとりアヴァリスの接近を察知していたのだ。自分が転ばなければ逃げることができていた。その上、愚かにも敵の前で茫然自失となり、危ういところを助けてもらった。
「ごめんなさい。足を引っ張って」
レイゲンの力になりたいだなんて口先だけだ。フェイヴァに戦い方を教わっていたミルラのように、自分も腕を磨くべきだった。そうすれば、彼に情けないところを見せずに済んだのに。
ふと浮かんだフェイヴァの顔に胸が悪くなった。彼女の顔はいつからか、ユニを落ち着かない気持ちにさせる。戦い方を教わるにしても、それはフェイヴァではない。彼女の力は借りたくない。
「お前の腕は知っている。弱者を守るのは強者の務めだ」
足手まといや腑抜けと言われるわけでもない。意外にも優しい彼の言葉を耳にして、嬉しい以上に切なかった。
『この、腰抜けどもが』
以前、レイゲンは怒りを露にしてユニたちにそう吐き捨てた。彼と一緒にフェイヴァを助けに行ったときも、魔獣に行く手を阻まれて遅々として進めないユニたちに、苛立った表情を見せていた。
レイゲンは確かに優しい。けれど、その優しさを不器用ながらも表現できるようになったのは、誰のおかげだろう。
(……フェイ)
苦い思いが胸の内に広がった。こうしたふとした瞬間に、フェイヴァと自分が積み重ねてきた、レイゲンとの時間の差を知るのだ。それが堪らなく嫌だった。
フェイヴァに負けたくない。レイゲンを取られたくない。それは狂おしいほどの渇望となって、ユニの身内に渦巻いた。
二人きりの時間。絶好の機会を無駄にしてはいけない。
緊張して言葉が出てこない自分を落ち着かせようと、ユニは深呼吸をした。雨に冷やされた空気が口内を通り、いくぶんか気分が和らぐ。
「……二人きりになれてよかった。アタシ、レイゲンと話したかったの」
思いきって口にすると、レイゲンは何を言うわけでもなくユニの顔を見下ろした。続きを促しているのだと解釈する。
「ずっと気にしてたの。二ヶ月くらい前、お菓子を作って持って行ったことがあったでしょ? あのときレイゲン、アタシの首飾りに気づいてくれなくて、悲しかった。お菓子の味も、フェイが作ったものに似てるっていうし。……まぁあれは、フェイが作ったものだから味が同じで当たり前なんだけど」
「……そうか」
レイゲンはわずかに目を見開いた。フェイヴァが作った菓子だと言い当てたことが意外だったのだろう。同時に、自分の中でフェイヴァがどれほど大きな存在となっていたか、悟った瞬間かもしれない。そんな後ろ向きな想像は、ユニを惨めにした。
「……アタシって、そんなに魅力ない?」
悔しさと嫉妬で曇った心から浮かび上がった疑問を、レイゲンに投げかけた。
「そういうわけじゃない。ただ俺は……そういったことに興味がないだけだ」
ユニは苦い思いを噛み締めた。刃で胸を裂かれるような鮮烈な痛み──お前には興味がないと、宣告されたも同然だった。
(……こんなにも)
自分とレイゲンの間には距離がある。フェイヴァが軽々と越えてしまいそうなその溝を、自分は飛び越えることができない。──できないのか、本当に? 自分はまだ、飛び越えようとさえしていないではないか。焦りだけがユニを追いたてる。
「あなたがそういうことに興味を示そうとしない理由……アタシにはわかるような気がする」
痛む胸に顔を上げれば、怪訝なふうに眉を寄せたレイゲンの顔がある。ユニは彼の表情に、わずかな戸惑いを見た。
「あなたは何も言わないけど、時々暗い表情をしてる。レイゲン、何か重いものを抱えてるんでしょう? それが原因で、あなたは自分を封じ込めてしまってる」
「……俺は」
続く言葉を見つけられないのか、レイゲンは顔を背けた。それはユニの想像が的を射ていることを確信させる。
「そんなの悲しいことだわ。あなた自身も辛いと思う。……だからアタシは、できることならあなたを支えたい。迷惑だって思われるかもしれないけど、レイゲンの悲しみを取り除いてあげたい」
「……どうして俺に」
そんなの決まってる。ユニはレイゲンを見据えた。均整のとれた容貌に、切れ長の瞳。赤みがかった瑠璃色の虹彩が、ユニを見返した。
「あなたのことが、好きだから」
ユニはレイゲンの背中に手を回した。彼の胸に頬を寄せる。鎧の冷たさが、春の訪れを待つ冬のような心を思わせた。
「初めて見たときから、レイゲンのことが好きだったの。お願い、あなたのそばにいさせて」




