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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
6章 廃墟が語る 血塗られし惨劇
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03.ペレンデール


◇◇◇


 遠征当日。二十四人の訓練生は、グラード王国のペレンデールに向かうため、練習場に整列していた。引率するのはロイド、べリアル教官二人と、訓練校に駐在しているセレン水医だ。


 ロイド教官の説明が終わり、訓練生たちは竜舎に向かった。翼竜を練習場に引いてくるのだ。ユニとミルラが近づいてきて、フェイヴァの肩を叩いた。


「しばらく離れ離れになっちゃうけど、頑張ろうね。フェイ」

「あんただけひとりになっちゃって残念だったわね」

「うん、寂しい」


 励ますような言葉を投げかけるミルラと違い、ユニは誰が見ても浮かれていた。彼女はレイゲンと同じ班になれたことが嬉しくて堪らないのだろう。


「そういえば、あんたいつ髪の織物新しくしたの? これ、可愛いわね」

「ありがとう。これ、レ」


 ユニに褒められて嬉しくなったフェイヴァは、つい口を滑らせそうになった。そうして思いとどまる。ユニはレイゲンに対して特別な感情を抱いているのだ。そのレイゲンがフェイヴァに贈ったものだと知ったら、悲しむかもしれない。


「でしょう? 店で見かけて気に入っちゃったんだ」

「へぇ、いいね。フェイももう少し可愛い小物とか買った方がいいよ」

「うん、そうする」


 なんとかごまかすことができて、フェイヴァは内心でほっとする。




 翼を広げた翼竜を横からかんしたような形をした大陸。フェイヴァたちが生活するロートレク王国は大陸の東南、竜の下顎の位置に当たる。対してグラード王国は、翼竜の後ろ脚である、南西に構えられていた。グラード王国までの空の旅は、途中での休憩や翼竜の食事のために都市に降りることを考慮すると、八日かかる計算になる。


 八日の旅は問題なく終了した。グラード王国に入り、翼竜の背からペレンデールを望んだ訓練生たちは、どよめきに包まれた。


 分厚い防壁は所々破壊され、瓦礫となって積み上がっている。建造物は軒並み穴を穿うがたれ爪痕が残されていた。家畜が和やかに日光浴をしていたはずの農地区も、雑草が生い茂るだけだ。舎から逃げ出したらしい牛が、骨だけになって転がっていた。


 かつて大勢の人間が暮らした都市が、今では魔獣の巣と化していた。四つの区を繋ぐ道に、廃墟となった建物の上に、魔獣が散見される。人々の活気ある声で満たされていた都市は、魔獣の鳴き声と風が通り抜けていく音しかしないのだ。


「酷いね、これ……」


 見るも無惨な姿に変容した都市に、サフィは身震いする。彼が騎乗する翼竜は、主の怯えぶりを感じ取ったかのように大きく鳴いた。サフィの翼竜は彼に似て少し臆病なようだ。


 都市の全景を見下ろしながら、フェイヴァも言葉をなくしていた。


「なんだテメェら、ぶるってんのか?」


 リヴェンに嘲笑されると、サフィは顔を青くしたまま頷いた。


「それは、怖いよ……。こんな光景見るの初めてだし」

「リヴェンは怖くないの?」


 フェイヴァの問いに、リヴェンは鼻で笑った。


「ハッ、ザコどもが。俺はテメェらと違って場数が」

「リヴェン」


 彼に声をかけたのは、ひとり先行していたハイネだ。肩越しに三人を振り向くと、険しい表情を見せる。


「これから四人で過ごすのに、下らないこと言って波風を立てないで。ルカと違って協調性がないんだから」

「なんであいつと比べんだよ。テメェが言うな、海藻女」

「もう一度言ったら、思い切りぶん殴るよ」

「上等じゃねーか、このブス! ってぇっ!?」


 真っ直ぐに突っ込んできた小石が、リヴェンの頭に激突した。小石が向かってきた方向に顔を向けると、ルカが挑発するように口角を吊り上げているさまが目にできた。小休憩のために何度か地上に降りた。その際拾ったものだろう。


「いい度胸じゃねぇか! テメェコラ!」


 リヴェンががなり散らし、ルカに向かって行こうとする。それを、フェイヴァとサフィは彼の騎乗する翼竜の尾を掴んで止めた。訓練生たちの様子を観察するためだろう。べリアル教官が近づいてきているのが見えたのだ。空中での小競り合いは特に厳しい減点になる。


「落ち着いてリヴェン! 教官が来るよ!」

「あぁ? クソが」


 サフィの声によって教官に気づいたリヴェンは、舌打ちしてルカから視線を外した。


 訓練生は皆、評価点というもので管理されている。入学当初百点であるそれは、問題行動を起こす度に減点されていく。点数がなくなれば即刻退学だ。反対に、レイゲンのように真面目に取り組めば加点されるのだが、リヴェンは実直とは無縁の性格で、自分が興味がある授業以外は怠けようとするので、点数はいちじるしく減っていた。


 これ以上苛立つ事態は避けたいのだろう。リヴェンは無言になり、翼竜の速度を落とすと、最後尾に移動した。


 まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。フェイヴァはふぅと息を吐いた。


「どうしてこうなっちゃうんだろうね?」

「リヴェンもきっと緊張してるんだよ。そう思うことにしよう」


 サフィと言葉を交わして、フェイヴァは進行方向に顔を向けた。先頭にいるハイネは、横を飛行するルカたちを見つめている。遠征の六日前、広間に張り出された班構成を見てから、ハイネは少し落ち込んでいるようだ。自分がルカと同じ班になれると信じていたのだろう。彼女の後ろ姿は、どこか寂しそうだ。


 フェイヴァも自然、ハイネの視線を追う。レイゲンを統率者とした、ルカ、ユニ、ミルラの班構成だ。フェイヴァの優れた聴覚は、少し距離があるくらいなら問題なく声を拾うことができる。


「うわぁ、すげぇなここ」


 ルカが額に掌を当てて、都市を見下ろしている。


「ちょっと怖いかも……」

「大丈夫! ユニのことはあたしが絶対に守ってみせるから!」


 口許を引き攣らせるユニに、隣を飛行していたミルラが応える。フェイヴァとの特訓で自信をつけたのだろう。堂々と胸を張って意気込んでいる。


「ありがと、ミルラ」


 ユニは微笑むと、翼竜の胴を蹴った。ミルラとルカの横を通り過ぎ、先頭でひとり手綱を操っているレイゲンに近づいた。


「よろしくね、レイゲン」

「遊びに向かうのではない。気を緩めるな」


 ユニは笑顔を向けるが、レイゲンの反応は素っ気ない。彼女は不満そうに頬を膨らませた。その表情は、彼女の容貌の良さもあり、誰が見ても愛らしいと思えるものだった。小顔にぱっちりとした瞳。童顔でありながら、長い睫毛と緩やかな金色の髪が、女の色香を醸し出す。


「アタシ、頑張るから。だから見守っててね」


 真剣な眼差しで口にするユニに、レイゲンは顔を向けた。


(あれ? ……なんだろう、この気持ち)


 なぜだかわからないが、レイゲンの言葉を聞きたくないと強く思った。フェイヴァは翼竜の羽ばたきを緩めると、リヴェン同様に後ろに下がっていく。そうして、二人の会話が聞こえない距離まで遠ざかった。


「フェイヴァ、どうしたの?」


 サフィの気遣う声に、ハイネも後ろを向いてフェイヴァを見た。


「少し気分が悪くなっただけ! ゆっくり飛ぶね!」


 心配させないように答えてから、翼竜の速度が一定になるように手綱を調節する。視線の先では、レイゲンとユニが会話をしていた。レイゲンが何かを口にすると、ユニが嬉しそうに笑う。彼女のほんのりと赤く染まった頬を見ていると、言い様のない感情が胸にあふれてきた。


(私、どうして……)




 ペレンデールの入り口に降り立つと、魔獣の熱烈な歓迎が待ち構えていた。防壁の外に散っていた魔獣と、破壊された門扉を潜った魔獣が、新鮮な獲物を求めて集まってくる。


 このままでは地上に降り立つことも難しい。肩に担いで撃つ散弾銃も、翼竜に騎乗していては使えない。そこで活躍するのは、覚醒者の能力だ。治癒能力である【アイル】や、防御が主な【ボーデン】と違い、攻撃に特化した【フラム】の能力者たちと、電撃を放射できる【ヴィエトル】の覚醒たちが集まり、降下地点を円形に囲む。魔獣の火炎弾を避けながら、翼竜の背で精神集中を行う。


「──撃てっ!」


 ロイド教官のかけ声により、覚醒者たちは各々の力を地上に向けて放出した。群れを成した魔獣を、降り注いだ火球が吹き飛ばし、下草と魔獣の身体に燃え広がる。逃げ惑う魔獣を雷撃が貫いて、肉を焼き切る。


 獣たちの絶叫が防壁にぶつかり響き渡る。地上が大混乱に陥ると、ロイド教官の号令によって攻撃が止められる。


 地上に先行するのは二人の教官と、実技成績上位の六人だ。翼竜の高度をぎりぎりまで下げると、飛び降りた。空中で大剣を抜いていた彼らは、着地ざま近接する魔獣の首を落とす。たぐいまれなる才能と、技術を培ってきた訓練生たちは、時に舞い時に駆けながら魔獣をほふる。


 魔獣があらかた仕留められた後は、水と地の覚醒者たちと、フェイヴァ達成績下位の訓練生の出番だ。着地し、教官らが仕留め損ねた魔獣にとどめを刺していく。魔獣の数を数匹にまで減らし、やっと能力を使った火と風の覚醒者たちが降下する。


 都市に侵入し、まず最初に行うのは翼竜を繋いでおくための小屋探しだ。半日ほどの時間なら翼竜は自分で空を舞っており、口笛の音を聞きつけると降下してくる。けれども、二日間となると話は別だ。どこかに繋いでいなければ明後日の方向に飛んでいってしまう可能性があるし、餌も与えなければならない。


 教官は過去、訓練生たちとともペレンデールに訪れていたため、建造物の位置は完全に把握していた。彼らの先導に従って最短ルートを進み、巨大な建物を発見する。


 崩れかけた門には掠れた文字が残っていた。屋根は落ち、壁には所々穴が空いている。階と窓の多さから、宿泊施設だと見当をつけた。以前は屋敷と見紛うほど立派だったのだろう。窓や柱に施された繊細な装飾が、過去の繁栄を窺わせる。大広間は二十七頭の翼竜を全て収容できるほど広大だった。


 宿の中には数匹の魔獣が侵入していた。部屋の隅々まで確認し魔獣を一匹残らず掃討すると、荒れ放題の庭園で焼却した。数十分で幼体が生まれるため、覚醒者の火力で骨になるまで焼き尽くしてしまう。


 それが済むと、訓練生たちはそれぞれ口笛を吹き、翼竜を五頭ずつ地上に降下させ宿の中に引いていく。他の者はその間、接近してくる魔獣を討ち取る。


 遠征の間教官がこの宿を守ることになるが、三人で二日間の防衛はあまりに現実的でない。そこで雇われたのは、十人の狩人たちだ。訓練生たちが翼竜を繋ぎ終えた後に彼らはやってきた。二日の間、彼らと教官が交代で宿を守ることになる。


「今までに学んだ技術を生かせば、問題はないはずだ。班員と協力し、どんな時でも最善の手を尽くすように」


 埃が積もった大衆食堂で、ロイド教官は訓練生達を激励した。


「皆さん、無理はしないで下さい。怪我をした人がいれば、すぐにここに来るように。お願いしますね」


 蜜色の髪を黒薔薇の髪飾りで束ねたセレンが、訓練生たちの顔を見渡しながら呼びかける。彼女は水の能力者で、力の制御に長けている。多少の噛み傷ならば数時間で治療してしまうのだ。


「では、諸君の健闘を祈る! 二日後に会おう!」


 べリアル教官が締め括り、訓練生たちは声を張り返事をする。武器の確認を行うと、次々と宿から駆け出て行った。





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