06.焼きついた記憶【レイゲン視点】
◆◆◆
大剣の柄を握り締めた小さな手は、動揺に震えていた。踵を下げた足は、よろめきながら二歩三歩後退する。身体を支えきれずに腰から倒れ込むと、恐怖と混乱に身体がわなないた。血塗れの刃から手を離すと、床とぶつかり硬質な音を響かせた。返り血を浴びた前髪が額に張りついている。熱い呼気が喉を焼く。
レイゲンの瞳は、足下にうずくまった黒い塊に注がれていた。傷口から吐き出される血は、黒みがかっている。
海から引き揚げられた海草のような髪の隙間から、青白い顔がレイゲンを見上げていた。
『レイゲン……どうして』
くぐもり不明瞭でも、確かに耳馴染みがある。
その声は──紛れもなく、自分を産み育ててくれた母のものだった。
「……っ!」
レイゲンは両の目を見開いた。声のない悲鳴がひどく耳に残った。自身の荒い呼吸と、胸の鼓動が聴覚を苛む。
上半身を寝台から引き剥がし、額に浮いた汗を拭う。視界には見慣れた闇が広がっていた。月の光さえ差し込まぬ部屋だが、レイゲンは常人より夜目が利く。配置された寝台と、そこに眠る訓練生たちの姿も、日中と同様はっきりと認識することができた。落ち着きを取り戻してみると、周囲の物音が夜の静寂を破っていた。寝返りを打つ者、寝言を口走る者。リヴェンのいびきが耳障りだった。
「よう」
聞き慣れた声に首を巡らせれば、向かいに位置する寝台の上で、ルカが片手を上げていた。上半身を起こし、背中を寝台の柵に預けている。
「……何をしているんだ」
「眠れねーから本読もうとしたんだよ。そしたらお前、うなされてたからな」
ルカの右手に握られていたのは、翼竜の生態を研究しまとめた本だった。騎乗訓練が始まる前、グイード教官の話を熱心に聞いていたルカの姿を思い出した。
「俺は、何か妙なことを口走ったか」
「いんや」
「……そうか」
実際のところ真偽は定かではないが、もしも何かを聞いたとしてもルカは言わないだろう。彼の心遣いがレイゲンにはありがたかった。
ルカは枕元に本を置くと横になった。寝台が軋み、下の段で寝ていたリヴェンが物音に反応したのか、小さく唸る。
「こんなとこにいるんだ。みんな、何かしらあるよな。俺だって思い出したくないことの一つや二つある」
突如語り出したルカに、レイゲンは反応しない。
「お前さ、何にも話そうとしないけど、悩んでるのはお前だけじゃないんだ。……ひとりで背負うなよ」
周囲に気を配り世話を焼くルカらしい言葉だ。けれどもレイゲンには、それが陳腐に思えて仕方がなかった。
悪夢の残滓は現実に戻っても消えず、胸の内を満たしていた。神経がささくれ立っている。
「余計な世話だ」
無意識に吐き捨てる。返ってきたのは、乾いた笑い声だった。
「だよな。……何言ってるんだろうな、俺」
どこか呆れた調子で発されたその声は、レイゲンの反応を受けたゆえのものなのか。それとも、励ましの言葉をかけた自分自身を嘲笑したものだったのか。
***
夜明けの鐘が鳴る前に、制服に着替えたレイゲンは外に出た。漆黒の帳に覆われていた空は、群青色に染まっている。熱気を伴った風が吹き渡り、レイゲンの髪を揺らした。
夜明け前の一時間、レイゲンは練習場で走り込みを行っていた。教官が課す鍛練や訓練は、所詮人間を鍛えるためのものだ。人を越えた身体能力を持つレイゲンやフェイヴァには易い。温い環境に浸かったままでは、元々持っていた力量まで衰える気がする。それを誰よりも恐れたレイゲンは、人目につかない時間を選び鍛練に励んでいた。
遠くから高く谺する、笛の音に似た鳥の声。レイゲンにはすっかり馴染みとなった音だった。それ以外に耳に届くのは、自分の足が土を踏む音──だけのはずが、今日は違う。
木剣を打ち合わせる、乾いた音が練習場の中央から響いていた。
ぼんやりとした群青色の闇の中。二人の人物が浮かび上がる。細身の身体に鎧をまとった、フェイヴァとミルラだった。
木剣を顔の横で構え、ミルラは踏み込んだ。突き出された切っ先を、フェイヴァは木剣を振り上げ弾く。一際高らかに、軽くも勢いのある音が鳴り響いて。フェイヴァは間合いを詰める。弾かれた木剣をミルラが構え直す前に、右肩から体当たりした。よろめいた足を払うと、彼女が転倒する前に腕を掴んで引っ張り上げる。
「やっぱりフェイには敵わないね」
フェイヴァの手を離したミルラは、悔しそうに木剣を見下ろした。顔の横で二つに結わえた髪が乱れている。
「そんなことないよ。突きも鋭くなったし、落ち着いた行動を心がければ、小型の魔獣相手ならなんとかなると思う」
フェイヴァが首を横に振れば、黒い織物でまとめられた髪が穏やかに揺れた。ミルラの唇が弧を描く。
「ありがとう。でも、小型でしょう? もっと頑張らなきゃ。今度の遠征、ユニにいいところ見せたいし」
「うん、私もみんなにいいところ見せたい! まだ時間はあるし、特訓頑張ろうね!」
フェイヴァがぐっと握り拳をつくれば、励まされたミルラも強く頷いた。
レイゲンに師事しているフェイヴァは、抜けた面があり少々頼りにならない。そんな彼女が誰かに指導しているさまは新鮮で、どこか感慨深い。
ダエーワ支部にいた頃のフェイヴァが脳裏に蘇る。鉄格子に閉ざされた部屋で、誰もわかってくれないと泣いていた少女は、皮肉にも兵士養成学校で友人を得たのだ。
(よかったな、フェイヴァ)
土を踏み締める靴音を聞いたのか、ミルラがレイゲンの方を振り向いた。少し驚いた顔をしたあとに、フェイヴァの肩をつつく。彼女はレイゲンに気づくと、朗らかな表情になり手を振った。
「さてと、あたしは先に部屋に戻るね」
「どうしたの? 眠くなっちゃった?」
「本当にフェイって鈍いね。こういうときは気を使うものなの!」
フェイヴァたちの傍らには、土が付着しないようにだろう、布が敷かれていた。その上に置かれていたタオルを取ると、ミルラは校舎に駆け戻って行く。レイゲンを一瞥した横顔は、意味ありげな笑みを浮かべていた。
(……なんなんだよ、一体)
ミルラの背中を見送っている間に、フェイヴァが歩み寄ってきていた。
「おはようございます」
「ああ。こんな時間にどうしたんだ?」
「今度、遠征があるでしょう? ミルラが不安がってたから、これから毎日早く起きて特訓することにしたんです」
都市の外周を移動する実地試験とは違い、遠征は魔獣の巣窟で行われる。不測の事態に陥った場合、外部からの救援は期待できない。今までの訓練の成果が問われる試験だ。不安に思う者は多いだろう。
「それに私も、もっともっと強くなりたいんです」
澄み渡った夜空を思わせる瞳に、きりりとした眉尻が凛々しい面差しを作り出していた。実地試験を終えて、何か思うところがあったのだろう。以前にも増して前向きに強さを求めるフェイヴァが、少し眩しく思えた。
フェイヴァがなぜこう思うに至ったか、理由を考えてみる。記憶の片隅に消えかけていたが、以前彼女に投げかけた言葉が思い出された。
『俺はお前のことを心配していない。迷惑をかけるな』
あの時口走ってしまった言葉を、フェイヴァは額面通り受け取ったのだろう。
(もしかしてこいつ、俺に言われたことを気にしてるのか?)
心の内を明かさずに鍛練に励むフェイヴァの様子は、面と向かって傷ついたと言われるよりも胸に堪えた。
「私、ここに来るまでは怖くて仕方なかったんです。人間でない私が、人に受け入れてもらえるはずがないって思っていました」
レイゲンの思いを知ってか知らずか、フェイヴァは語り始める。
「だけど、そんなことはなかったんですね。ここに来て、私はたくさんの友達と出会えました。……この学校にきて、よかった。みんなは私の宝物です。だから、みんなを守れるように強くなりたいんです!」
決意を込めたその表情に、レイゲンは安堵の吐息をこぼした。フェイヴァの顔からは、レイゲンの言動に傷ついているような影は感じ取れない。
「むむっ」
フェイヴァは目を瞬かせると、レイゲンを見上げた。睫毛の長さが測れそうなほど顔が近づいて、思わず目を反らす。
「どうした」
「レイゲンさん、今日は元気がありませんね」
「……そんなことはない」
そう答えながらも、内心で困惑していた。なぜわかるのだろう。顔に出ているのだろうか。
確かに自分は、少し気落ちしている。フェイヴァが自分の言葉を気にしているのか、普段なら注意を払わないようなことが頭に引っかかるのも、それが原因だろう。
「そうですか? なら、いいんですけど」
フェイヴァはレイゲンから離れると、布が敷かれた場所に近づいて行った。そこにはフェイヴァが持ってきたであろう手拭いと、紙袋が置かれている。
「あっ、見てくださいあれ!」
フェイヴァが明るい調子で言い、空を指差した。彼女の示す方向に顔を向けると、雲の間から斜光が漏れていた。
朝日は薄闇を退け、白く染め上げていく。雲と空の境目は、陽に照らされた水面のように輝いていた。
「早起きしてよかった。こんなに綺麗な空が見れるんだもん。今日もきっと、いい天気ですね!」
両腕を後ろで組み、フェイヴァはレイゲンを振り返った。清らかな光を浴びながら、少女は優しく微笑む。
レイゲンは言葉もなく、彼女を見つめていた。
取れない焦げつきとなって胸に残っていた悪夢の欠片は、風に吹かれて飛んでいく。
口から漏れたのは、溜息ではなかった。
「あ、忘れてました! 私、お菓子持ってきてたんです」
フェイヴァは布の上に屈むと、紙袋を持ち上げた。両手でレイゲンに差し出す。
「ジャジャーン! よかったら食べてください!」
「こんなところまで持ってきたのか」
「この前、ルカが言ってたんです。レイゲンさん、朝早くに起きて練習場を走ってるって」
(……あいつ)
以前一度だけ、ルカと一緒に練習場を走ったことがあった。自分ひとりだけならば休憩せずに延々と走り続けることができるが、ルカの手前そうはいかない。ときおり休憩を挟みながら走ったが、それでもルカは途中で足を止め、朝早くからこんな面倒臭いことできねーわ、という捨て台詞を残して部屋に戻って行った。それ以来ずっとひとりで走っているが、明け方に部屋を出ていけば物音で気づかれるだろう。積み重ねている努力を、誰彼構わず公言されるのは恥ずかしかった。
受け取った紙袋を見下ろしていると、フェイヴァがにっこりとした。
「どうぞ召し上がれ」
紙袋を開けると、中には大量の焼き菓子が入っていた。ふわりと漂う香ばしさ。一枚摘まんで口の中に放り込んだ。さっくりとした歯触りの焼き菓子の中には、木苺を煮詰めて作った保存食が包まれていた。甘さが控えめの焼き菓子と、木苺の甘酸っぱさが口の中で広がって調和する。
(旨い! 旨すぎるっ!)
美味しい食べ物には人を幸せにする力がある。レイゲンは焼き菓子を噛み締めた。フェイヴァの前でなかったら、我慢できずに紙袋の中の焼き菓子を口に流し込んでいたかもしれない。
「……どうですか? このお菓子、初めてお母さんに作り方を教えてもらったお気に入りなんです」
「食えないことはないな」
フェイヴァの声に我に返ったレイゲンは、そう言ってごまかした。指はすでに二枚目の焼き菓子を摘まんでいるものだから、説得力がない。
フェイヴァは今まで何回も菓子を持ってきたが、レイゲンは一度として旨いと口にしたことはなかった。いざ褒めたり礼を言おうとしても、気恥ずかしさが邪魔をする。けれども、いつまでもこんな調子ではいけない。レイゲンは焼き菓子を頬張ると、味を堪能して飲み込んだ。
「……その、なんだ」
「はい?」
「旨い。いつも悪いな」
言葉少なにそれだけを絞り出すと、フェイヴァは目を瞬かせた。次には頬を緩ませ、えへへと笑う。
「……よかった」
しみじみとした様子で胸に手を当て、幸せそうにフェイヴァは微笑む。
「また作りますね! 何か食べたいお菓子はありますか?」
「……プルームは知ってるか? あれが食べたい」
「食べられる花弁を使ったお菓子ですね! お母さんにばっちり教えてもらいました! 楽しみにしててくださいね」
拳を高らかに振り上げてはしゃぐフェイヴァは、無邪気な子供のようで見ていて飽きなかった。
「今度の休みに材料を買ってきて、みんなの分も作ります」
「材料……」
フェイヴァの言葉に、ユニが身につけていた首飾りを思い出した。レイゲンはフェイヴァの頭から爪先までを見下ろす。フェイヴァは顔に疑問符を浮かべた。そうして、何かを思いついたようにはっとする。
「ありゃー。私今、面白い顔をしていたんですね!?」
「いや、顔じゃなくて言動が面白い」
「そうですか? て、照れるぜ」
ウルスラグナから支払われた給金で、ユニは自分を飾るための装飾品を購入していた。けれども、フェイヴァは一向にそういう女らしい物を嗜もうとしない。まさか、ほとんどの金を菓子作りの材料に費やしているのだろうか。
(こいつは、俺のためにどこまで金を使ってるんだ)
庶民は有り合わせの食材で菓子を作るため、材料を買うという発想をする者は少なかった。菓子の材料を扱う店の客は、あくまでも飲食店や富裕層の人間だ。材料は量り売りだが、それでも輸入品がほとんどである果物や乳製品などは高価なのだ。相当な金額を材料に費やしているに違いない。
「少しは自分のことに金を使ったらどうだ」
自分は今まで旨いとすら言っていなかったのに、フェイヴァは何かにつけて菓子を作って持ってきた。自分が頼んだことではないとはいえ、少し気が引ける
「自分のために使ってますよ。必要最低限の物はちゃんと買ってますし。それに私、憧れてたんです。お母さん以外の人に、お菓子を食べてもらうの」
嬉しそうに言われれば、二の句が継げない。フェイヴァの言葉を受けても、レイゲンの心中は穏やかでなかった。このままでは借りを作っているようで気が済まないのだ。
***
日程が終了し、深夜に近づく頃。考えを巡らせていたレイゲンは、ついに決意した。長机でサフィに勉強を教えてもらっているルカに近づき、二人の向かい側に腰を下ろす。
「この問題はさっきの公式が役に立つよ」
「またあれか、面倒臭いな。……お、どうしたレイゲン。お前もサフィに勉強教わりに来たのか?」
「それは昨日終わらせた」
「じゃあどうした、お前深刻な顔してんぞ」
ルカは机上に置いていたカップを手繰り寄せて、口をつけた。サフィも気になるのか、ペンを止めている。
レイゲンは周囲を見回した。三人は十分前に鍛練をしに部屋を出て行った。残りの三人は窓際で雑談をして、笑い声を響かせている。リヴェンは部屋にいる時はほとんど寝ていて、騒がしいいびきを発していた。
騒音に満たされている今なら、会話を聞かれることもないだろう。
腕を組んで俯いていたレイゲンは、顔を上げると口を開いた。
「……女子は何を渡せば喜ぶんだ?」
「ぶふっ!?」
レイゲンが小声で尋ねると、ルカが目を見開いた。予想外の言葉だったらしく、口に含んでいた水を吹き出した。それはあろうことか、隣に座っていたサフィにかかる。
「うわあああ……汚いなぁ……」
サフィは怒りに眉を寄せながら、自分の寝台の柵にかけていた手拭いで顔を拭った。ルカは必死に頭を下げる。
「悪いっ! 明日何か好きなものやるから!」
「芋はいやだよ」
「わかった! 肉をやる!」
「仕方ないなあ。……レイゲン、いきなりどうしたの? 女子にプレゼントしたいなんて」
「お前正気かよ!? 落ちてた菓子食って頭どうかしたか?」
「誰がそんな物食うか!」
いくら菓子好きなレイゲンといえど、落ちて汚れた菓子は食べたくない。
(待て、何を下らんことを考えているんだ)
気を取り直して話し出す。
「勘違いするなよ。そいつが俺のために金を使っているから、借りを作っているようで嫌なだけだ」
「あーはいはい、そういうことにしといてやるよ」
ルカはことさらに意地悪く笑う。他人をからかうときのルカは本当に憎たらしく、どこかリヴェンの笑いかたに似ていて殴りたくなる。
「うーん、難しいな。僕もそういうことに詳しいわけじゃないし。ルカは何かいい案はある?」
「花束とかどうよ? 昔、誕生日にハイネにやったらめっちゃ喜んでたぞ」
「ハイネはルカが渡す物ならなんでも喜びそうだから……」
「お前、よく花束なんて渡せるな……」
ルカに好意を抱いていることが丸わかりなハイネのことだ。ルカがガラクタを渡したとしても、顔を赤らめて喜ぶだろう。
花束を渡すなんて、自分にはとても真似できない。花束を購入してフェイヴァに渡すさまを想像してみると、恥ずかしい以上に滑稽に思えた。レイゲンは頭を抱える。
「お前たちでも駄目か」
「リヴェンは何か知ってるわけ……ないか。よかったね、リヴェンが聞いてたらまた暴言吐かれてたところだよ」
「あいつのことだから、『みっともねぇ恋愛脳だな!』くらい言うぞ」
「俺にはそんなつもりはないが、想像できるな」
「こういうのって、普段使う物が喜ばれるんじゃないかな? 菓子を作るための特殊な調理器具とかは?」
「それは駄目だ。確かに喜ぶかもしれんが、今まで以上にお菓子を作ってきかねん」
そこまで言って、レイゲンは目を瞬いた。
「な、なぜお前がそれを」
「僕は適当に言ってみただけだよ」
言葉とは裏腹に、サフィの穏やかな顔には確信の色が見える。
「そうそう。お前が贈り物をしたい相手が、菓子作りが得意な桃色の髪の女子だって、俺たちは知らねーから」
「ぐっ……!」
馬鹿な、完全に悟られている。レイゲンは悔しさに奥歯を軋らせた。相談しなければよかった。これからずっと、この話題でふたりにからかわれることになるだろう。
「もういい、この話は終わりだ」
「ちょ、待てよ。お前モテるけど、こういうのはからきし駄目だからな。その辺の石ころを拾って渡したりするんじゃねーぞ」
「誰がそんなことするか!」
他者の心の機微に疎いレイゲンでも、石を渡せばフェイヴァがどんな反応をするかぐらい分かる。悲しそうな顔をするか、私に気を使ってくれたんですね、と笑えない冗談として受け取られるに決まっているのだ。
「それなら、身につけられる物とかどうかな? 首飾りとか指輪とか」
「お、おう……それって告白してるようなもんじゃねーか」
「だって他には思いつかないんだよ。女子で装飾品が嫌いな人なんていないんじゃないかな」
(……それは駄目だ)
確かにフェイヴァは喜ぶかもしれないが、ただ借りを返すための品物なのに、誤解を与えかねない。かと言って、ルカの言うようにその辺りに転がっている石を贈り物と称して渡すわけにはいかない。
(身につけられる物……)
レイゲンは頭を悩ませる。フェイヴァの姿を想起してみると、飾り気のない黒い織物が浮かんできた。フェイヴァは訓練時やレイゲンと鍛練をするときには、必ず髪を後頭部でまとめているのだ。
「面白い話してるね」
いつの間に部屋に入ってきていたのだろう。いるはずのない女子の声が聞こえて、レイゲンは驚いた。声が聞こえた方向に、三人一緒に顔を向ける。開口一番、彼女に言葉を投げたのはルカだ。
「げぇっ! ハイネ!?」
「ルカ、げぇって……」
ハイネはルカに悲しげな視線を向けた後、レイゲンを見下ろした。
「わたしが力を貸してあげようか」




