02.告白◇
◇
午前の授業が終わり、昼食の時間となった。
食堂は大勢の訓練生で賑わっていた。広大な室内には全生徒が窮屈な思いをすることがないように、間隔を開け六台の長机が設置されている。最奥にある給仕所で料理を取り分けてもらい、皆思い思いの席に着いた。
ミルラと向かい合って椅子に座ったフェイヴァは、ふと食堂の窓から景色を見下ろした。校舎を囲む校庭と、ただっ広い練習場が一望できる。
「あれ? たくさん人がいるよ」
風が吹けば砂埃が舞い上がる練習場の中央では、見慣れない装備に身を包んだ人々が整列しており、向かい合った教官が何事かを指示しているようだった。使い古された武具に、魔獣の血が染みた外套。おそらく彼らは狩人だろう。
「何かあるのかな?」
「さあ」
フェイヴァがミルラに尋ねると、彼女は軽く首を傾げる。表情には影が被さっていて、フェイヴァの疑問に答えるのも億劫といった感じだ。
周囲を見渡すと、フェイヴァと同じように練習場を見下ろしている生徒がいた。彼らも疑問を抱いているのか、訝るような表情で練習場を指差している。
そんなフェイヴァたちに回答を授けたのはサフィだった。彼は右端の長机で、ルカやハイネと一緒に食事を取っていた。フェイヴァは喧騒が渦巻く食堂内でも、遠くから聞こえてくる彼の声を聞き取ることができる。
「もうすぐ実地訓練があるでしょ? 僕たちのほとんどはまだ小さな魔獣しか相手にできないから、狩人を雇って都市周辺の大型の魔獣を討伐してもらうんだ」
実地訓練とは、訓練校に入学して一月後に行われる試験だ。ふたり一組になり都市の外周を踏破し、所要時間と魔獣から剥ぎ取った爪や牙などで成績を競うのだ。
初めての実戦ということもあり、実地試験を前にして訓練生たちは落ち着きのない日々を過ごしていた。
「もうすぐ実地試験なんだね。緊張するなぁ」
「うん」
たった今思い出したようにミルラに微笑みかけると、気のない返事が返ってきた。彼女の瞳は、給仕所で料理を取り分けてもらっているユニに向けられている。ミルラが憂鬱な面持ちをしている原因は、朝からフェイヴァたちと距離を取っているユニにあった。
「……ミルラ。ユニ、どうしたの?」
朝起きたときからユニの様子がおかしい。いつもなら一緒に広間に向かうのに、今日はひとりだけで行ってしまった。授業中や休憩時間に話しかけても、聞こえていないように避けられてしまう。
何を怒っているのだろうか。フェイヴァは自分がユニを傷つけるようなことをしたのかと考えたが、思い浮かばなかった。
「……今は、そっとしとくのが一番だと思う」
ミルラは理由を教えてはくれない。今にも溜息をもらしそうなほど曇っていた顔が、ほどなくすると太陽に照らされたように明るくなった。彼女の視線の先を追い、フェイヴァは振り向く。
ユニが近づいてきたのだ。その顔には朝のような不機嫌さはなかった。
「……ふたりとも、素っ気なくしてごめん。朝、少し苛ついてて。嫌だったでしょう?」
「ううん! そんなことない!」
ミルラが意気揚々と答える。フェイヴァは自分の隣の椅子を引いた。
「気持ちが落ち着いてよかった。一緒に食べるよね?」
「うん。ありがとう」
ユニが頬を緩ませた。白い頬にわずかに朱が差している容貌は、彼女の深い海のような瞳の美しさを引き立たせていた。
それからは、三人でとりとめのない話をした。ユニは本当に気分が悪かっただけのようだ。いつもと変わらぬ調子で、フェイヴァの言動につっこんでくれた。ときおり見せる笑顔もからりと晴れている。ミルラも安堵したように、そんなユニを見ていた。フェイヴァは、自分の力を使ってユニが苛立っている原因を探ろうと思ったことを恥じた。
(……今なら言えるかな)
漲る緊張に、フェイヴァは両手を握り締めた。
ふたりにはまだ、自分が他人の記憶を読めることを話していない。フェイヴァはこの力と思慮が足りない発言のせいで、レイゲンやピアースを傷つけてしまった。
もしもユニやミルラに嫌われてしまったら。せっかくできた友達を失うのが怖くて、今まで言うことができなかったのだ。
フェイヴァの力は制御できない。ふとした瞬間に、相手の隠しておきたい記憶を見てしまう可能性がある。このまま隠し続けていくのはふたりに悪かった。
「……あのね。ふたりに聞いてほしいことがあるの」
「何?」
フェイヴァが切り出すと、ユニは瞳を瞬かせた。ミルラは茶を注いだカップに口をつける。
「今まで黙ってたけど、私……人の記憶が読めるの」
「ごふっ!?」
「わぁっ!?」
そのときミルラが激しくむせた。あろうことか飛沫が顔にかかり、フェイヴァは悲鳴を上げる。
(うぅ、顔がびちょびちょだ)
「どうするのよ、この大惨事」
「フェイ、ごめん!」
「ううん。こんなときに言った私が悪かったよ」
給仕所から手拭いを借りてきたユニが、フェイヴァの顔を拭いてくれた。
濡れた机や食器を片づけ落ち着いたあと、切り出したのはユニだった。
「どうして教えてくれなかったのよ」
「……ふたりに嫌われるかもしれないって思ってたから。でも、黙っていられるほうがずっといやだよね」
「それはそうだよ」
ミルラに肯定され、フェイヴァは申し訳なさに俯く。
「それって、ちゃんと制御できるの?」
「それが駄目みたい。見たくないって念じても、頭に入ってくることがあるから」
ユニとミルラは顔を見合わせた。見開かれた瞳からは、感情を察することができない。
(やっぱりこんな奴、嫌だよね……)
誰にだって人に知られたくない過去がある。フェイヴァはそれを暴くことができるのだ。安心した友人関係を築いていくことは難しいだろう。
『やっぱりフェイって変な奴だったんだね。もう友達としてやっていけないな』
ふたりはきっとそう言って席を立つ。フェイヴァにはそのさまが目に浮かぶようだった。
「制御できないんだ。じゃ、アタシと同じね」
「嫌われるんじゃないかって気持ちも理解できるかな。……あたしの記憶が見えても、あたしが口に出すまでは何も言わないでね」
ふたりは表情を曇らせることもなく、席を外すこともせず、フェイヴァの言葉に同意を示したのだ。
フェイヴァは信じられない気持ちで瞳を瞬かせたが、視界にじわりと涙がにじみ、ふたりの姿をぼやけさせた。
人と違うのに、勝手に記憶を読んでしまうかもしれないのに、受け入れてくれるなんて。ふたりはなんて優しくていい人なんだろう。出会えた幸運を聖王神に感謝したくなった。
「ありがとう……ふたりとも」
「ホントに泣き虫なんだから、フェイは。誰彼に公言するつもりじゃないならいいわよ。絶対に秘密にしてね」
「うん」
フェイヴァは大きく頷いた。目尻に涙が溜ったままそうするものだから、ユニとミルラに笑われてしまった。
「……そうだ。記憶が読めるっていうなら、アタシの読んでみてよ」
「え?」
「アタシ、孤児院に引き取られる前の記憶がないの。両親がどんな人だったかも知らないし、力を使うこともできないの。自分が覚醒者かどうかもわからないのに、孤児院の先生はアタシを覚醒者だって言ってたのよ。これって変じゃない?」
「あたしもそれ疑問に思ってた。先生に聞いても教えてくれなかったもんね」
ユニの能力は、彼女自身では発現させることもままならないらしい。それで能力訓練のときに、彼女は力を使えなかったのだ。
それなのに、ユニを引き取った孤児院の先生はユニが覚醒者であると知っている。ユニが引き取られるきっかけとなった出来事に、その理由が関係しているのかもしれない。
「効果あるのかわからないけど、アタシも思い出そうとしてみるから。もし見えたら、隠さずに教えてほしいの」
「……うん。わかった」
フェイヴァは涙を拭うと、深呼吸をし精神を落ち着かせた。大海の色をしたユニの瞳に意識を集中する。




