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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
3章 星空の下で
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07.自由時間の過ごし方(2)◆



◆◆◆



 一階の東側には、男子が寝泊まりする部屋が用意されている。その内の一室で、自分の棚に近寄ったレイゲンは鎧を身につけていた。


「お、訓練室に行くのか?」


 さっきまで長机で本を読んでいたルカが、椅子から立ち上がると近づいてきた。笑うと白い歯が覗く。


「お前ほんっと真面目だよなー。なっ」


 ルカは振り返ると、後ろにある寝台で横になっている少年に同意を求めた。──リヴェン・エリッド。夕日の色をした髪をうなじでくくった、目つきの悪い少年だ。女子にも劣るその身長で十五歳というのだから驚きだ。よっぽど栄養状態の良くない環境で育ったのだろう。リヴェンは仰向けの状態から、腕を支えにして上半身を起こした。ルカを見上げると睨みを利かせる。


挿絵(By みてみん)


「あ? 俺に振んな」

「お前もちったあレイゲンを見習った方がいいぞ。サボり癖が抜けないと、また教官にどやされるからな」

「はっ、俺はその大木みてぇな奴と違って、短ぇ休憩時間まで身体を動かすほど脳筋じゃねーんだよ」

「レイゲンの身長を妬んでるからってその呼び方止めろよな」

「オラァッ!」

「うおっ!?」


 リヴェンが起き上がりざま放った拳を、ルカは大げさに身を引いてかわした。


「ちっ。避けんじゃねぇよ、このクソが」

「誰か黙って殴られるかよ」


 ルカがつっこみ、リヴェンが切れる。同じ部屋で生活するようになってから、ふたりのやり取りは最早習慣のようになっていた。


 レイゲンは吐息を落とす。


「……おい。くだらん茶番を見せつけて俺の時間を奪うつもりか」

「おっ、悪ぃ。俺も行こうかなって思ってさ。お前練習相手いないだろ?」

「絡んでくる奴ならいくらでもいるからな。適当に遊んでやるだけだ」


 不動の一位であるレイゲンを目の敵にする者はいくらでもいた。三日前訓練室にいたときも、二位から四位の奴らが戦いを挑んできたが、レイゲンはまったく問題にしなかった。流石に全員を叩きのめしてやるわけにはいかないので、回避に徹して相手が疲れるのを待ったが。レイゲンからすればウルスラグナ訓練校に通っている生徒は、死天使の少女以外団栗の背比べに過ぎない。


「おし、じゃあ決まりな。おい、サフィもどうだ?」


 全く話を聞いていないふうのルカは、中央の長机で教本を読んでいる少年を呼んだ。サフィ・スローシュ。兵士を志す者としては致命的なくらい、穏和な性格をしている。身体能力体力ともに低く、静かに読書をしている方が好みのようだ。


挿絵(By みてみん)


「僕はやめておくよ。課題の見直しをしなきゃ」

「そりゃ丁度いい。おいテメェ。俺の分の用紙を出してやるから写しとけや」


 寝台に寝転がったまま、リヴェンが言う。


「それは自分でやるべきだと思うよ」

「あぁ? 俺に逆らうのか、この雑魚が! テメェみてぇな腰抜けは俺の言う通りにしてりゃあいいんだよ!」

「……お前なぁ、口悪いって!」


 手近な寝台から枕を掴んだルカはリヴェンに投げつけた。リヴェンの頭に見事に当たり、埃が舞う。


「テメェ、ぶっ飛ばすぞ!」


 リヴェンががなり散らし、サフィはやれやれと溜息を吐く。


(……また始まった。これ以上つきあってられないな)


 部屋の中の喧騒から逃れるため、レイゲンは扉に近づいた。取っ手を握ったのと、外から戸を叩く音が聞こえたのは、同時だった。


「ねぇ。開けてもいい?」


 女子特有の高い声に、騒いでいた三人は揃って扉を見た。


 レイゲンはドアを開けた。立っていたのは、黄金色の柔らかな髪が特徴的な少女だった。扉に歩み寄る音は聞いていただろうに、彼女はレイゲンを見上げると驚いたように青い瞳を見開いて、頬を赤くした。


(こいつ……誰だ?)


 試験の日、騒がしく声をかけてきた女の中にこの女もいたような気がするが、どうでもいいことなので忘れてしまっていた。


「ユニ、どうしたの?」


 後ろで、椅子を動かす音がした。サフィが立ち上がったのだろう。


 ユニ。確か、同じ部屋の奴らが美少女として名前を上げていた内のひとりだった。興味がないので聞き流していたが。


「ちょっとレイゲンに用があって」


 レイゲンから視線を外して、ユニは答える。


「何の用だ」

「理論で課題が出たでしょう? アタシ、わからないところがあって。よかったら教えてほしいんだけど」


 レイゲンの顔を仰いだユニは、恥ずかしげに顔を伏せると、教本を抱いた腕に力を込めた。胸の大きさがよくわかる。思わず凝視しそうになって、レイゲンは視線を反らした。


(こいつには恥じらいというものがないのか)


「なぜ俺に言う。同じ部屋の奴に教えてもらえばいいだろう。それにあの程度の問題も解けないようなら、すぐに追い出されるぞ」


 色よい返事をもらえると期待していたのだろう。ユニは愕然とすると、落胆したように肩を落とした。


「……そ、そっか。そうよね」


 後ろから歩み寄ってきたサフィが、レイゲンの隣に立った。


「ユニ、僕が教えようか?」


 意気込んで声をかけるサフィだが、ユニの瞳に喜びの色はない。


「ごめん、サフィ。気持ちは嬉しいけど、アタシひとりで頑張ってみる。それじゃあね!」


 ユニは踵を返すと、廊下を足早に去って行った。


 サフィの顔は哀れみを誘う表情で硬直する。


「……ざまぁ」


 そう言って、リヴェンは声を潜めもせずに馬鹿みたいに笑った。サフィの背中が哀愁を増す。


「お前、人の不幸を笑うなよ!」


 こういう場合は何も言わずにそっとしておくべきだと思うが、それを人の不幸と表現するあたり、ルカはリヴェンと似ているのかもしれない。


 サフィは席に戻ると、燃え尽きたように座り込んだ。


「ま、まぁ元気出せよ……」


 ルカがサフィの肩に手を置くが、声は届いていないようだ。


 今度こそ部屋を出ていこうとすると、誰かとぶつかった。相手は身を引くどころか突進してきて、レイゲンを部屋の中に追いやった。


「邪魔」


 また女だった。レイゲンに向ける眼差しは冷ややかで、謝罪の気持ちが一切ないことがわかる。首の上までの長さの髪は、鮮やかな緑青色だ。


(こいつは確か……)


 ハイネとかいう名前だったか。試験の格闘戦で、女にしては優れた体捌きをしていて、目を引いたのを覚えている。


「ハイネか。どした?」


 ルカが近づいてきて、ハイネはレイゲンに向けた虫を見るような目が嘘のように、柔らかく微笑んだ。恥じらうように胸の前で指を絡ませる。


「訓練室に誘いに来たんだけど、ルカ空いてる?」

「ああ。俺も今から行こうと思ってたとこなんだ。一緒に行くか」

「うんっ」


(こいつ病気だろ……)


 ルカとそれ以外の人間の前では、ハイネの性格はあまりに違っていた。ルカに向ける恋する少女然とした微笑みに、レイゲンは寒気を覚えた。


「でもその前に、お前三日前に出た課題終ったか?」

「少し残ってる。ぎりぎりに帰ってからぱぱっとやっちゃう」

「そんなんじゃ終わらねーって。提出日明日だぞ。……仕方ねーな。教本と用紙持って来いよ。図書室で見てやるから」

「ルカ……やっぱりあなたは優しいね」

「気持ち悪ぃな」


 頬を赤くするハイネを、リヴェンが最悪なタイミングで罵倒した。途端に鋭い眼差しがリヴェンに向けられる。


「誰が気持ち悪いって?」

「お前、そりゃねーだろ。こいつは人と比べて、精神が少し不安定なだけだ」

「ルカ……」


 ハイネとは気心が知れた間柄なのだろう。ルカが補足しているんだか、けなしているんだかわからないことを言う。それになぜか頬を緩ませるハイネ。この女は、ルカから言葉をかけられればなんでもいいらしい。


「お前は早く取って来いよ」

「うん」


 弾む足取りで、ハイネは部屋から出て行った。


「つーことで悪いな、レイゲン。一緒には行けなくなった」

「俺は頼んだつもりはないが」

「図書室でいちゃついて周りの迷惑になるんじゃねーぞ」

「いつも騒いでるお前が言うなよ。俺はあいつの勉強を見てやるだけだぞ」


 ルカはこれ以上ないほど充実した訓練校生活を送っていた。ノリがよく誰にでも親切に接する。成績は良好な上に、親密な仲の女子もいる。ハイネの容貌は中の上だが、性格には難がある。だが、女子が誰ひとり寄ってこないよりはるかに幸せだろう。リヴェンに答えた何気ない声は、強者の余裕を漂わせている。


 格の違いを見せつけられたのか、サフィはとうとう机に突っ伏してしまった。人に関心を示さないレイゲンも、これには同情を禁じ得なかった。




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