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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
3章 星空の下で
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02.フェイヴァ対ハイネ◇

「ねえ」

「ひゃあっ!?」


 耳に声をかけられたように感じて、フェイヴァは文字通り軽く飛び上がった。声がした方向を向くと、ハイネが腕組みをして立っていた。


「つっ立ってたら教官にどやされるよ」


 非能力者はふたり一組で格闘訓練を行なっていた。鷹のように鋭い眼光と、後頭部の光が眩しいロイド教官が、訓練生たちの側にとどまって手合わせを監督している。


 誰か組む人はいないだろうかと、フェイヴァは周囲に視線を投げた。


 レイゲンは、大柄の男子を相手に戦っていた。否、戦いという表現は適切でない。彼は相手の拳を軽くいなし、完全に無力化していた。それにも関わらず、レイゲンは本気を出していない。死天使に向かっていった以前の彼は、今の攻防が単調に思えるほどのるいなき身体能力を発揮していたのだ。はたから見ていて相手が可哀想だった。


 周辺を見渡してみてフェイヴァは驚いた。非能力者の女子は自分とハイネだけだったのだ。もともと女子の訓練生は二十人にも満たない。体力筋力ともに男子に劣るため、覚醒者であることが重要視されるのだろう。


「ルカとは組まないんですか?」

「ルカは能力が使えるから。この時間は別々」


 ハイネが振り返った先には、覚醒者たちの中で能力を発現させるルカの姿があった。閉じていた瞳を開くと、彼の周囲を黄金色の光が瞬いた。ルカは自身の身体を見下ろしたあと、そばで能力を制御していた少年に何事かを話しかけた。フェイヴァが初めて話しかけたときに暴言を吐いてきた茜色の髪をした少年だった。距離が離れていて会話の内容を聞き取ることができない。すると話しかけられた少年は、小さな拳を振り上げてルカに殴りかかった。彼は子供を相手にする父親のように、拳を軽く受け止めてみせる。少年は苛立ったのか、今度はルカを蹴り上げた。蹴りが直撃しても、ルカはびくともしない。笑顔で「全然効かないなぁ」と少年を煽っているように見える。


 とつじょ暴れ始めた少年を目撃したのか、黒髪を振り乱したべリアル教官がふたりを叱咤した。空気の震えがフェイヴァに伝わるほどの大音量だ。


「ルカ、楽しそうですね」

「わたしがあっち側だったら、もっとルカを楽しくさせてあげられるのに」


 悔しそうに唇を噛み締めたハイネは、ロイド教官が近づいてくるのを目にして、フェイヴァと向き合った。


「残念だけど、あんたが組める女子はわたし以外いないよ。さ、やろう」


 ハイネが片足を引き構えを取った。フェイヴァは自然と頭を下げる。


「お、お手柔らかにお願いします」

「手加減はしないから。あんたとは一度戦ってみたかったんだよね」


 むしあお色の虹彩が燃えている。睫毛が長い形のよい瞳だ。緑青色の髪はもみあげだけが伸ばされ、風に揺れている。一見すればおしとやかな少女だが、ハイネはその容貌に反して好戦的な性格のようだ。


 フェイヴァは溜息をもらしそうになりながら、身構えた。


「いくよ」


 ハイネが間合いを詰める。振り被られた拳を首を傾けてかわす。


「そういうぎりぎりの躱し方、止めた方がいいよ」


 腹に鈍い衝撃が走って、フェイヴァは背中から砂の上に倒れ込んだ。


 見ると、ハイネは片膝を上げた状態で立っている。フェイヴァが拳を避けることなど予想の内だったのだろう。少女の筋力からは考えられないほど、腹に響く蹴りだった。人間だったならしばらく動けないだろうと思わせるほどの。


「相手の手元だけでなく、常に全身に注意を向けること。そうすればこんなわかり易い攻撃を食らわずにすむ」

「助言、ありがとうございます」


 フェイヴァは立ち上がると、反撃に出た。といっても、ある程度力を制御した攻撃だ。足下を払うような回し蹴り。ハイネはそれを受けて、体勢を崩した──ように見えた。仰向けに倒れると見せかけて、彼女は片腕で身体を支えた。両足を跳ねらせ、抉るような蹴りを繰り出してくる。肩に足が突き当たり、フェイヴァはひっくり返った。そのままのしかかられ、動きを封じられる。


「あんた、手を抜いてるでしょ」

「……まさか。私の実力知ってますよね?」


 言い当てられて内心激しく動揺する。腕をひねられ、引き上げられた。


「わたしにはわかる。そういうの、相手に失礼だと思わない?」

「……だから」

「それに、普段から全力を出す練習をしておかないと、いざというとき動きが鈍るよ」


 ハイネの言うことにも一理ある。が、死天使であるフェイヴァが本気を出せば、ハイネがどうなるかわからない。フェイヴァの腕力は人間を超えている。


「それはわかってます、けど」


 フェイヴァはハイネの拘束から逃れようと、彼女の背を蹴って腕を離した。間髪を容れずに放った拳は、受け止められる。そのまま腕を掴み上げられ、ハイネは強く足を踏み込んだ。フェイヴァの足が、宙に浮く。──背負い投げ。


 助走をつけての勢いのある投げ技は、フェイヴァを軽々と吹き飛ばした。景色が色のついた線になって、視界を過ぎる。ハイネの言う通り、フェイヴァは気を抜いていたのだ。彼女を侮った結果、受け身も間に合わず地面に転げ落ちようとしている。


 予想していたより早く、身体が受け止められる感覚があって、フェイヴァは目を見開いた。自分の身体は地面の上にはなく、宙に浮いていた。誰かの両腕がしっかりとフェイヴァを支えている。


「レ、レイゲンさん?」


 何故離れた場所にいたレイゲンの脇に抱えられているのだろう。投げ飛ばされたといってもその距離は短く、レイゲンが格闘を行なっている場所にはほど遠かったはずだ。


(もしかして私が倒れないように、駆け寄って助けてくれた?)


 地面に下ろされて、フェイヴァは礼を言おうとした。しかし彼は近寄ってきたハイネに顔を向けており、鋭く問いかける。


「なぜ放り投げる必要がある」


 風に舞い上げられた砂が、視界にもうもうと立ち込める。ハイネは微笑を浮かべると、肩をすくめた。


「悪いね、少し手が滑っただけだよ。……駆けつけて受け止めるぐらい心配なら、四六時中そばについててやれば?」


 レイゲンは何も言わない。


 冷淡な印象を抱かせるレイゲンが、実は優しい人であることをフェイヴァは知っている。が、ウルスラグナ入学試験から彼の様子がおかしい。フェイヴァと急に距離を取り始めたかと思えば、こうやって助けてくれたりする。レイゲンのどっちつかずの行動にフェイヴァは戸惑うばかりだった。




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