06.合格者発表◇
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試験を終え宿に戻ったフェイヴァは、部屋の中に閉じ籠り一晩を明かした。別の部屋を借りているレイゲンは、先に訓練校から帰ってしまっており、部屋を訪ねても留守のようだった。
試験に合格できるのか。同期たちと円滑な人間関係を築けるのか。レイゲンとまた普通に喋ることができるのか。考え始めると不安は際限なく湧いて、寝台の中で悶々と過ごす羽目になってしまった。
試験の合格者発表は、翌日の朝に行われた。受験生たちは続々と練習場に集まる。百人の名前が総合成績順に、掲示板に貼り出されるのだ。
歓喜に湧き、悲嘆に暮れる受験者の中で、フェイヴァは掲示板を凝視した。一位の座に輝いていたのは、フェイヴァの予想通りレイゲンだった。
受験者の中でレイゲン以上に実力がある者はいないだろう。人間以上の身体能力を持つ死天使を、単独で破壊できるほどの力があるのだ。彼が一位の座を欲しいままにするのは当然といえた。
「へぇ、思ったよりいったな」
聞き覚えのある声に顔を向ければ、掲示板の端近くにルカが立っていた。若々しい樹木の幹を映した髪色が、朝日を浴びてきらめいている。
自分の名前がなかなか見つからないので、フェイヴァはルカの順位を確かめてみた。彼の名前は二十一位に輝いている。
「わたしはルカの次の順位になりたかったんだけどな」
「そう都合よくいくわけないだろ。ま、合格できて一安心だな」
ルカの隣に立っているのは、緑青色の髪をした少女だ。フェイヴァは彼女に向けられた強烈な目つきが忘れられずに、自然と身構えてしまう。
「お、フェイヴァじゃないか。よっ!」
自分に注がれる視線を感じたのか、振り向いたルカが手を上げた。屈託のない笑みが、白い歯を覗かせる。彼に倣って後ろを向いた少女は、フェイヴァを認めると睨みつけるような眼差しになる。身を翻して走り出したい衝動に駆られたフェイヴァだったが、ルカが少女の腕を掴んで近づいてきた。
「そういえば、ハイネとはまだ話したことなかったろ。フェイヴァ、こいつはハイネ・ナイトライだ」
フェイヴァの前で立ち止まったルカは、フェイヴァとハイネの仲を取り持つ。
「……初めまして」
ハイネはそっぽを向いたまま、感情が籠っていない声で挨拶をした。
「こちらこそ。これからよろしくお願いします」
フェイヴァは頭を下げる。見たところ、ハイネも自分より歳上のようだった。
「つまんない性格してそうだね」
さらりときつい言葉を投げかけられ、フェイヴァは口許を引き攣らせた。
「おまっ、そんなんだから友達できないんだぞ。悪いなフェイヴァ。本気にすんなよ。こいつ、気難しいけど根はいい奴なんだ」
「わたしの本質を理解してくれるのはルカだけだね」
ハイネは照れたように微笑んでいる。フェイヴァへの無愛想な挨拶など嘘のように、声色は和やかだ。ルカとフェイヴァに対する態度は、まさに天と地の差だった。
「何にやついてんだよ。ほら、握手握手」
「そういうことだから。よろしく」
よろしく、と言われては手を差し出す他ないだろう。ハイネがいかに近寄りがたい雰囲気を発していたとしても。自分自身に言い聞かせて、フェイヴァは手を差し伸ばした。ほころんでいた唇を引き締めて真顔になると、ハイネがその手を握る。人によってこんなにも表情がころころ変わる人は、見たことがなかった。彼女と上手くやっていけるだろうか。不安が頭をもたげる。
「お前、何位だったんだ?」
「まだわからないんだ。さっきから探してるんだけど」
ハイネの手を離したフェイヴァは、再び掲示板に目を走らせた。自分の名前より先にハイネの名前を見つけてしまった。二十四位。女子で最も高い順位のようだった。
一位から六十位まで確認したが、とうとう自分の名前は見つけられなかった。
「もしかして、不合格なのかも……」
絶望が胸に打ち寄せる。もしもそうだとしたら、自分は何のためにダエーワ支部での生活を耐えたのだろう。
「フェイヴァ!」
弾んだ声が名前を呼んだ。ユニとミルラが練習場を走ってくる。二人を見たルカは、フェイヴァに手を振ると去って行った。
「心配しなくてもあんたが落ちるわけないよ」
「あ、ありがとうございます」
去り際にハイネがかけてくれた励ましの言葉が意外で、フェイヴァは少し嬉しくなる。ふたりの背中に大きく手を振った。
「おはよ! フェイヴァ、何位だった?」
「さっきから名前探してるんだけど、まだ見つからなくて。ふたりは?」
呼吸を荒くしながら駆けつけたユニとミルラは、早速自分の順位を確かめた。すぐにその名が見つかったのか、抱き合って喜ぶ。
「あー、よかった。合格できなかったらどうしようかと思った!」
ひとしきりはしゃぐと、胸を撫で下ろすユニ。ミルラは真剣な面持ちで掲示板を見ていたが、やがてその顔が、雲の間から太陽が顔を見せるように、ぱっと明るくなる。
「あっ。フェイヴァの名前見つけたよ! ほら、あそこ!」
「どこどこ!? ……あ」
フェイヴァ・グレイヘン。その名前が記されていたのは、自分でも予想外な位置だった。九十五位。
正体を知られる恐怖で動きが鈍ってしまったのが、思った以上に響いたようだ。実技での失敗は、筆記で辛うじて取り戻せたのだろう。心の中で何度もレイゲンに感謝した。
「よかったね。なかなか名前見つからないから、心配しちゃった」
「やったじゃない、フェイヴァ!」
「ありがとう。私もほっとした」
フェイヴァは安堵と気疲れに、深い吐息を落とした。
合格者は校舎の前に集められ、集合写真を撮ることになった。背が低い順に並ぶことになり、ユニはレイゲンの隣になれず悔しそうだった。
人の背ほどある円柱のような撮影機を前に、表情をつくる。強い光が一瞬視界に瞬いた。
こうして総勢百人の少年少女が、第十一期訓練生として、ウルスラグナ訓練校に入学した。




