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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
2章 仲間たちとの出会い
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04.よぎる面影◇

 砂を踏む音が近づいてくる。フェイヴァは驚きつつ、顔を向けた。


(また変な人かもしれない)


 視界に入ったのは、ふたりの少女だった。先頭を行くのは、緩やかに波打った黄金色の髪と、深い海の色をした瞳を持つ少女だ。背が高く、手足はすらりと伸びて、胸は豊満。円らな瞳とぽってりとした唇は、少女の小顔を幼く見せる。女性の艶やかさと少女の可憐さを内包しており、正に美少女の称号がふさわしい。


 彼女に腕を引かれている少女は、消極的な印象を抱かせる空色の髪をしていた。それを左右で結わえているものだから、余計にその印象に拍車がかかる。


 金髪の少女はフェイヴァの前で立ち止まった。引きずられていた大人しそうな少女は、止まりきれずに金髪の少女にぶつかってしまう。鼻を押さえながら顔をしかめた。


「初めまして! アタシ、ユニ。こっちはミルラ」


 はきはきとした声で名乗った金髪の少女――ユニは、ぐいと腕を引いてミルラを引っ張った。鼻を覆っていた手を離して、彼女は微笑む。


挿絵(By みてみん)


「よろしくね」

「わ、私はフェイヴァ・グレイヘンです。よろしくお願いします」


 フェイヴァが頭を下げると、ユニは緊張がほぐれたように微笑んだ。


「よかった、普通の子みたいで。ここ、場所が場所じゃない? 変な奴たくさんいるんじゃないかって心配で」


(……確かに)


 フェイヴァは、初対面で暴言を吐いてきた少年や、射殺すような眼光を発していた少女を想起した。


「ふたりだけだから不安だったの。アタシたち、一緒の部屋になれたらいいわね。っても、試験に合格しなきゃ始まんないんだけどさ」

「そうですね。そうなれたら、私も心強いです」

「堅苦しいわね。歳が近いんだから変に気を使わなくていいわよ。ねっ」

「うんうん」


 ユニはミルラに同意を求めて振り向いた。黄金色の髪がふわりと揺れる。


 ウルスラグナ訓練校は、十五歳から十七歳までの少年少女に受験資格が与えられる。


 歳上の人には丁寧な言葉遣いで接しなければならないとテレサに教えられたが、それをいやがる人もいるのだ。


(友達って対等な関係のことだから、こんな喋り方をして距離を取っていたら、いつまで経っても仲良くなれないよね)


「……わかった。そうするね」


 改まって返事をすると、なんだかおもはゆくて、フェイヴァは頬をゆるめた。


 微笑んで頷いたユニは、突然眉を寄せた。いぶかしげな顔がフェイヴァに近づいてくる。


「ど、どうしたの? 私の顔、何か変?」

「違うわよ。気のせいかもしれないけど、フェイヴァに見覚えがあるのよね」

「え?」


 ユニの顔をまじまじと見ていると、フェイヴァの中に奇妙なかんが生まれた。


 それはまるで長い間埃を被っていたものが、日の下に晒されたような感覚だった。


(整った顔に、柔らかそうな金色の髪。私、この人と……)


 どこかで会ったことがある。けれどそれがどこだったか、いつだったのか思い出せない。


「……おかしいわね。ずっと昔、会ったことがあるような気がしてきたわ」


 己が感じていることと同様のことをユニが口にして、フェイヴァは驚いた。


「私もそんな気がする。でも」


 そんなことがあるわけがない。フェイヴァは一年前に目覚めたばかりの死天使。一方ユニは、年月を重ねて成長してきた普通の人間だ。面識があるはずがない。


(きっと、お母さんと暮らしてた頃にユニに似ている人を見かけて、勘違いしちゃったんだ)


「っと、この件はおいといて。フェイヴァ、あの人と知り合いなの? 一緒に練習場を歩いて来てたけど」


 頬を染めたユニが、前方を指さした。その先には、女子の集団がとうとう嫌になったのか、歩き去っていくレイゲンの姿がある。初対面のフェイヴァに見覚えがあることにあまり興味がないらしい。そもそも、レイゲンとの関係を尋ねるために話しかけてきたのだろう。彼女の夢見るような瞳はそれを確信させる。


「レイゲンさんのこと? 友達」


(だと、私は思ってるけど)


「レイゲンって言うんだ、あの人。すっごくかっこいいわよね。この国に来た甲斐があったわ」

「ユニたちって、ロートレク出身じゃないの?」

「あたしたちはイクスタって国で育ったの。共通校出たから働いてたんだけど、行き詰まっちゃって。その時、孤児院の先生がウルスラグナの案内をくれたの。とりあえず行ってみればって。あたしたち、覚醒者だから」


 五百年前。世界で初めて船を造り、海へと乗り出したのがイクスタ王国だ。陸上での食料の確保が難しかったイクスタの人々は、海に希望を見出した。海には陸上ほど魔獣が生息していないのだ。ときおり水中から姿を現す魔獣の体躯は、船より一回り小さい程度だったが、当時の未熟な技術で造られた船では対抗できず、数々の船が襲われ海の藻屑となってしまった。


 イクスタの国王は国中から優秀な船大工を募り、強度に優れた船の製造に着手した。十人の大工が知恵を絞り、フレイ王国の良質な木材を使用して造られた船は、見事魔獣の体当たりを耐えきったのだ。


 イクスタが造った船は世界中に広まり、やがて漁が行われるようになった。丸々と太った魚を加工して長期保存を可能とした干物や、塩田から取れるほのかな甘みのある塩は、今では人々の生活には欠かせないものとなっている。


 イクスタはロートレクと同盟を結んでいた。ウルスラグナ訓練校は、同盟国から優秀な人材を招集しているのだ。


「この学校、給料出るんでしょう? 安い賃金で漁に出るのはもうこりごり」


 ミルラは暗い顔をしながら教えてくれた。彼女の表情は、仕事がどれだけ重労働だったかを物語っている。


 働いていただけあって、二人ともきちんと生活のことを考えているんだ。フェイヴァが感心していると、レイゲンの方を向いていたユニが、ミルラの腕をがっしりと掴んだ。


「きゃっ! ユニ?」

「行くわよ、ミルラ! 他の女子に負けてらんないわ。こんなに可愛くて綺麗な女がいるってことを、レイゲンに教えてあげなきゃ!」

「あたしは気が乗らないな。冷たい感じの人、嫌いだもん。それに顔がいい人は性格が悪いものだって、昔先生言ってたでしょう?」

「そんなの迷信よ! アタシは美人だし性格もいいでしょ?」


 ユニがしたり顔で言いきった。


「そういうの、自分で言わない方がいいと思うの」

「じゃあフェイヴァ、また後でね! 教えてくれてありがとう!」


 ユニはミルラの注意が聞こえていないように振る舞うと、フェイヴァに軽く手を振った。女子の集団に突撃していく。




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