表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
11章 真紅の少女は幸福の花を夢見る
215/226

42.巨人

(何!? 一体何が起きてるの?)


 身体が震えるほどの凄まじい爆発音が、エルティアを包んだ。吹きつける強烈な風が全身をなぶり、激しい揺れが視界を歪ませる。


 視野が色を取り戻した──その瞬間、自分の身体が落下していることにエルティアは気づく。頭上から落ちてくるのは、建造物の破片と思しき物体だ。


 たった今まで足下にあった床が消えている。──否、身体の周辺には空が広がっていた。そもそも館自体が消滅しているのだ。


 エルティアは瓦礫を避けながら、その場に浮遊する。前方にはレイシスがいた。彼は強風に銀の髪と外套をなびかせながら、正面に顔を向けている。エルティアは彼の視線が向かう先に目をやった。そうして瞠目する。


「何、あれ……」


 先程まで館が存在していた場所に、謎の物体が(ちん)()していた。目測で五(メートル)ほどの高さがある。赤黒さと肉の色のような桃色が混ざりあった、複雑な色合い。それは正に、巨大な血肉の塊と形容できた。表面はぶよぶよとしていて、血が滲んでいるのか光沢がある。


 エルティアは肉塊の正体を確かめようと、目を凝らした。肉塊は震えている。まるで臓器を持っているかのように、一定の間隔で脈動しているのだ。濃い血の臭いが、エルティアの嗅覚を刺激した。


「なんなのこれは!」

「ブルウィーの身体が弾けた際に館も消失した。あの瞬間、生命活動を維持するために、奴は館内の人間の血肉を取り込んだんだ」


 レイシスは苦々しく語る。視線は血肉の塊を捉えて離さない。


「あの、死に損ない……!」


 エルティアは吐き捨てた。


 やはり妖魔は人間をそこらの石ころのようにしか思っていない。手下として使役しておきながら、一欠片の情も湧かなかったのだろう。


 エルティアは大剣の柄を握る手に、力を込めた。


「今の内に仕留める!」


 瓦礫を足場にし、エルティアは駆けた。蹴りつけた瞬間に生じた力は凄まじく、瓦礫が砕ける音を背後に聞く。身体が風と化し、瞬きもしない内にエルティアは肉塊に接近した。赤い髪をなびかせ、大剣を頭上に持ち上げる。


「待て!」


 レイシスが叫ぶ。エルティアは構わず大剣を走らせた。


「な!?」


 刃は受け止められた。肉塊から突き出た手によって。エルティアの身長を越えるほどの巨大な手は、指を拳の形に握った。刀身が指の間に挟み込まれて、引き抜けない。エルティアが柄から手を離す前に、大剣ごと投げ捨てられた。


 エルティアは地面を弾んで転がった。投げ捨てられた際の勢いがあまりに強く、左手を地について勢いを殺そうとするが、さほど効果はなかった。


「ぐっ!」


 大きな瓦礫にぶつかりエルティアは止まる。顔を上げると、飛び込んできたものに目を見開いた。


 今正に、肉の塊は人の形を取ろうとしていた。脈打つ肉塊から二本の腕が生え、続いて二本の足が形作られて身体を持ち上げる。最後に胴の上に頭が出現し、一対の赤い瞳が開いた。顎が横に裂け、牙が生えた口が生まれる。


「さあ、二回戦といこうじゃないか!」


 身体中の血肉を震わせながら、肉の巨人は揚言する。声音は明らかにブルウィーのものだ。不快感を抱かせる、笑みを含んだ声。


 巨人は拳を振りかぶった。自身に狙いを定められていることに気づいたエルティアは、その場から離れようと身体を起こす。しかし、衣服の裾が瓦礫に挟まれていて、一瞬動きが遅れた。


(まずい)


 冷や汗が吹き出す。頭上から降ってくる、エルティアの身長を越えるほどの拳。


 身体が強く突き飛ばされる。エルティアの足下に拳が直撃し、激しい揺れが起こる。地面に大きな隕石孔が穿(うが)たれた。


「レイシス」


 彼に助けられたのだと察した時には、レイシスはエルティアの頭上を飛び越えていったところだった。


 レイシスの右手に漆黒の剣が出現する。妖魔の力で形作った武器だ。いつもの片手剣ではなく、柄が長く刃の幅が広い大剣の形をしている。おそらくは一息で肉の巨人の首を切断するためだろう。


 肉の巨人の眼前に、数多の剣が生成される。それらはレイシスを目がけて次々と撃ち出された。レイシスは自身も力を剣の形にして、それらにぶつけて相殺していく。剣と剣が激突した瞬間に、力が黒い火花となって散る。


 空中で方向転換をしながら、レイシスは肉の巨人の喉元まで上昇する。上半身を捻り、両手の中の大剣を振り抜いた。


 肉の巨人が右手を振り上げ、刃を受け止める。レイシスが横薙ぎにした大剣は、巨人の指を四本斬り飛ばした。巨人の手は止まらない。失った指はすぐさま再生し、そのままレイシスを手の中に握り込んだ。


 エルティアは息を呑む。次の瞬間には、レイシスの全身の骨が砕ける音が──。


 刃が風を切る。鋭い音が響き渡った。レイシスが巨人の手を斬り裂き、拘束から逃れたのだ。血飛沫が空を舞い、肉片が雨のように地上に降り注ぐ。


 レイシスは柄を両手で握り込む。半身を捻りながら刃を振り抜くと、刀身は唸るような勢いで巨人の首にめり込んだ。刀身を水平に走らせると、巨人の首は胴から斬り離された。


 斬り落とされた頭部は、地面にごとりと落ちる。頭を形作っていた肉はぐずぐずに崩れた。


「やった……」

「いや、まだだ」


 エルティアの囁きを聞きつけて、レイシスが返答する。


 地面に横たわっていた肉の塊はひとりでに動き出し、肉の巨人に取りついた。そのまま肉の中に溶け込み、やがて首の部分が盛り上がり始める。


 エルティアはぞっとした。失った頭を形成し始めているのだ。頭部は完全に形を成し、肉の間から目が覗いた。レイシスが斬り落とす前と変わらぬ頭が、そこにはあった。


「あいつ、無敵なの?」

「そうではない。おそらくは、臓器を肉の中で自在に移動させれるのだろう。最早首は急所の役割を果たさない」

「じゃあ、どうすれば」

「全身を細切れにするか、潰してしまうしかない」


 エルティアはしばし思案する。遠目から見ても、七(メートル)ほどあるあの巨体を、大剣一剣で細切れにできるだろうか。──おそらく、今のままでは無理だろう。敵には妖魔の力で形成した盾がある。これはどんな攻撃でも防ぐことができるのだ。ブルウィーと互角の力を持つレイシスも、金属の大剣を握っているエルティアも、ブルウィーが身を守ることに徹すれば攻め手を失う。


(ディル……)


 脳裏に幼い少女の顔がよぎる。彼女はひとりきり、暗闇の中でエルティアたちを待っているのだ。こんな奴に時間を割いている余裕はない。


「……あたしにいい案がある」

「聞いてもいいか」


 レイシスが傍らに降り立ったので、エルティアは声を潜める。肉の巨人にどの程度の聴力があるかはわからないが、念には念を。


「任された」


 エルティアの作戦を了承し、レイシスは前方に飛ぶ。敵の狙いを自身に引きつけるためだ。


「どうした? 命乞いの相談か? この巨躯、打つ手がなく絶望しているな」


 肉の巨人が口を開くごとに、肉片が垂れて足下にぼたぼたと落ちる。自身の身体ほどの大きさの瓦礫──館の壁の一部──を持ち上げると、肩を唸らせ(とう)(てき)する。


 レイシスは避けない。真っ向から瓦礫に向かっていき、手にした大剣を縦に走らせた。瓦礫は真っ二つになり、彼の脇を通り過ぎていこうとする。


 同時に、レイシスは切断した瓦礫を素早く二回蹴った。彼が足蹴にした壁の一部は、鋭く風を切りながら巨人に迫る。


 鼓膜を激しく震わす轟音。肉の巨人に激突したかに思われた瓦礫は、巨人の足下で粉々に砕けていた。──盾だ。妖魔の力を使い構築した盾で、巨人は身を守ったのだ。掠り傷ひとつ負っていない。


 レイシスが囮の役割を果たしているのを確認して、エルティアは目を閉じる。瞼の裏で思い描くのは、長髪を振り乱した筋骨隆々の男。鍛え上げられた鋼のような肉体は、相手の攻撃など物ともしない。想像力を働かせながら、身の内を巡る光輝(リヒト)の力を、集約していく。


(誰よりも強く、雄々しくあれ!)


 心の中で唱えると、寄り集まり一塊になった力が、膨れ上がる。


 エルティアが瞼を持ち上げると、そこには肉の巨人に勝るとも劣らぬ巨躯を誇る、男が(ひざまず)いていた。敵が肉の巨人ならば、その男は光の巨人と呼ぶに相応しいか。全身が青白く発光している。立ち上がった光の巨人は、歯を剥き出しにし咆哮した。倒すべき敵を(みと)めたのだ。


 エルティアは空に飛び上がると、光の巨人の傍らで静止した。この巨人もまた、エルティアが意識をのせて動かす。近くにいた方が繊細な動作ができるだろう。


 エルティアは光の巨人の足を動かす。地上を揺らしながら、巨人は駆け出した。肉の巨人は自身を守ろうと、漆黒の盾を形成する。


 できないとは思わなかった。初めて光の蝶を創造し、空を舞わせた時のように。確かな予感がエルティアの背中を押した。


「ぶち抜けっ!」


 エルティアの声とともに、光の巨人が腕を振るう。台風のように風が逆巻く。凄まじい衝撃を伴って拳が激突する。妖魔の盾を卵の殻のように易々と粉砕し、その後ろの肉の巨人の顔面までも撃ち抜いた。腕が顔を突き抜け、血が肉が滴り落ちる。


 肉の巨人はぐらりとよろめいたが、すぐに体勢を立て直した。顔面に大きな穴が空いたまま、口が笑みの形に歪む。


「……無駄だ。この私を殺すことなど」


 頭を再生させるつもりなのだろう。余裕を感じさせる口調で言いかけ、ブルウィーは動きを止めた。


「な、何故だ!? 頭部が再生しない! ……この力は、一体……!?」

「これは……貴様の兄が殺した人たちが、あたしに望んでくれたもの」


『あなたが妖魔を滅する力に目覚めるんじゃないかと、テロメア様は予想されていたのよ』


 思い出の中のバージニアが、橙色の瞳を煌めかせる。


(バージニア、おじいちゃん、皆……)


 今、この瞬間のために。テロメアたちは幾度も実験を繰り返し、骸を積み上げてきた。そのやり方は正しかったとは言えない。とても褒められた所業ではない。──しかし、その弛まぬ努力と数多の犠牲がついに結実し、エルティアが産まれ光輝(リヒト)を授かったのだ。


 エルティアの意思のままに光の巨人は動く。右足を軸にし、左足を高く高く振り上げる。轟、と風が鳴った。振り下ろされた踵は、肉の巨人の頭頂から胴を縦にかち割った。


「貴様ら妖魔を滅ぼす力だ!」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ