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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
11章 真紅の少女は幸福の花を夢見る
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37.慢心が招くもの

「おじちゃん、どこ行ったの?」


 ディルはきょろきょろと辺りを見回している。エルティアは彼女を落ち着かせようと、その手を握った。とにかく今は、レイシスがどこに向かったのか突き止めなければならない。


(まったく、あいつひとりで先走って)


 ディルが砂に足を取られないように気をつけながら、エルティアは丘を下る。


 騒音の正体はほどなくして明らかになった。自動二輪車だ。二輪車に跨った十人ほどの集団が、円を描いて地表を疾駆している。円の中心にいるのはふたりの男女だ。歳はエルティアより二つ三つ多いくらいだろうか。恐怖に顔を歪ませ、身を寄せあっている。そこに、レイシスがいた。彼は男女を背中に庇うような形で立ち、走り回る二輪車に視線を向けている。いつもの(ひょう)(ひょう)とした彼らしくない表情。攻めあぐねている。


 エルティアはディルの手を引くと、程近い雑木林に移動させた。この位置なら、魔獣が近づいてもすぐに駆けつけることができる。間に合わなくても、光の礫で急所を狙い撃ってしまえばいい。


「ここに」


 丁度木の影になる位置に、ディルを座らせる。彼女は疑問符を顔に浮かべながらも、言うことを聞いてくれた。


 エルティアは背中と腹に吊って支えていた(はい)(のう)を下ろし、ディルの姿を隠すように地面に置いた。


「すぐ迎えに来るから、ここにいて」

「おじちゃんを助けに行くの?」

「違うわよ。襲われてる人たちを助けるの」


 エルティアはディルの肩においていた手を離すと、その場を離れた。


 だいたい目測にして二十(メートル)だろうか。二輪車が騒音を撒き散らしながら走っている。二輪車に乗る男たちは上半身裸だった。顔と身体に、赤い刺青で複雑な紋様を描いている。荒い生地で作られた衣服に深靴。金属製の肩当てや膝当てを装着していた。


 彼らはエルティアに気づいていない。銃を握っているのも、十人の内二、三人だけのようだ。


 エルティアは低空を飛行する。手近な二輪車に飛びかかり、大剣の峰を振るった。二輪車は横転しもんどり打った男は、ぎゃっと悲鳴を上げる。


「なんだこの女ぁ!?」


 男たちはざわめく。エルティアに近づいてきた男が、二輪車の上から銃を撃った。一直線に向かってくる銃弾、避けるのは容易だ。エルティアは後方に跳んだ。銃弾が足下に当たる。着地と同時に身体に巡る力を形にし、狼を創造する。三頭の白狼は互いの死角を補うように三方向に別れ、男たちを襲った。噛みつかれ体勢を崩した男たちは、二輪車から転がり落ちる。


 絹を裂いたような悲鳴が上がった。


 声の方向に顔を向ければ、今まさにレイシスが顔面を撃たれたところだった。直撃の衝撃で顔が大きく仰け反る。頭巾は長い耳に引っかかっているのか、風になぶられるだけだった。


 男女を狙った銃弾を、盾で防ぐことに集中していたのだろう。レイシスは自身の守りを疎かにしてしまったのだ。


「レイシス!」


 叫びが口から漏れる。自分でも信じられないくらい、悲痛に満ちた声。


「……ああ、びっくりした」


 小さな弾が、ぽろぽろとレイシスの足下に落ちる。彼は頭をを振った。銃弾が直撃したのに、傷ひとつない綺麗な顔がそこにはあった。


 レイシスを撃った男は恐慌を来した。叫びながら銃の引き金を引く。レイシスの腹や足に弾丸が命中するが、擦り傷さえつかない。弾は彼の足下に散らばるだけだった。身につけた外套や衣服だけが、穴だらけになっていく。


「やめておけ。弾の無駄だ」

「ひいぃっ! ば、化物!」

「……お前たちのような毒々しい刺青をした者に言われたくはないな」


 エルティアは視線を走らせる。レイシスと男のやり取りを見ていた他の男たちは、互いに顔を見合わせていた。中にはエルティアの白狼に襲いかかられ、負傷している者もいた。


「か、頭……もう逃げましよう! こいつらでたらめだ!」

「おい馬鹿! 今俺に話しかけるんじゃねえ……!」


 他の男たちに隠れるような位置で、二輪車に跨っている男。一際派手な刺青が、顔の右側と右半身に走っている。


(こいつが頭か)


 エルティアは髪を振り乱して飛びかかる。あまりの速度に驚いたのだろう。頭はぎょっとした顔で、エルティアに銃を突きつけた。その銃を片手で掴み、握力だけで破壊する。破片がばらばらと足下に落ちた。


「これで力の差が理解できたでしょ。痛い目に遭いたくなかったら退いて。こっちはあんたたちをどうにでもできるんだからね」


 額に脂汗をかき、頭は助けを求めるように目を動かしていた。ぎょろぎょろとした瞳が、何かに気づいたのか見開き、次には口許が弧を描いた。


 この状況で一体何をしようというのか。エルティアは頭の視線を追って背後を振り向く。


 ──ブオンッ! 二輪車がけたたましく音を鳴らす。三台の二輪車が、地形の起伏に車体を弾ませながら、こちらに近づいてくる。先頭の車両は、丁度ディルが隠れる雑木林に差しかかろうとしていた。


 小柄な影が、木々の間から飛び出してきた。ディルだ。間近に迫る二輪車の騒音に恐れをなしたのだろう。エルティアは顔を歪める。──まずい!


「エルティア! おじちゃん! ……きゃあぁっ!」


 光の礫を飛ばす時間さえなかった。相手が魔獣なら十分に間に合っただろう。しかし二輪車は、魔獣の走行とは比べ物にならないほど速い。


 二輪車とディルの姿が交差し、彼女の身体は二輪車の後部座席に座る男に抱えられた。彼は運転席の男と背中合わせに座っていて、胴には帯が巻きついている。転落防止のために、運転席の男と胴体を繋いでいるのだ。ディルの頭に銃口を突きつけ、男は叫んだ。


「動くんじゃねぇ! 動くとこいつの頭を吹っ飛ばすぞ!」


 思わず駆け出そうとした身体を、エルティアは必死に制動する。頭の中で状況を打開できる方法はないかと模索するが、そうしている間にも二輪車は段々と遠ざかっていく。後部座席の男はディルの頭に銃を押しつけていて、目線はエルティアとレイシスから外そうとしない。ディルは唇を噛み締めていて、涙目でエルティアたちを見つめている。


(駄目だ! 光の礫であいつを撃つよりも、あの男が引き金を引く方が速い!)


 エルティアの光輝(リヒト)やレイシスの妖魔の力には、大きな欠点がある。力を目に見える形にするには、自身の周囲でなければならないのだ。エルティアは何度か試してみたが、どんなに離れても、一米が限界だった。それ以上離れれば力を制御できず、自分の思ったような姿形にすることができない。


 すなわち、エルティアやレイシスから遠く離れた位置──敵の死角に剣を造り出して隙を突くことはできない、ということだ。エルティアの周辺から光の礫を撃ったとしても、相手は確実に反応する。礫が銃を弾くまでぼうっと待ってくれるわけがない。ディルの頭部はすぐさま木っ端微塵にされてしまうだろう。


 エルティアは自身の行動を今更後悔した。魔獣が相手なら確実にディルを守れる。どんな相手だろうと自分は負けない。そんな慢心が、油断に結びついてしまったのだ。


 まさか男たちの仲間がまだ潜んでいて、ディルに近づいていくなんて思わなかった。


「ははっ、よくやった! 活きのいいガキだ! 首領もお喜びになるぞ!」


 自身を奮い立たせるような、がなり声が響く。頭が二輪車を起こし、座席に跨った。エルティアに嘲笑を向け、真横を走り抜けていく。エルティアの白狼に傷だらけにされた男たちも、それに続いた。エルティアは一歩も動けない。自分が動けば、ディルは殺される。


(どうしよう……ディルが連れて行かれる!)


 焦燥感が募るだけで何もできない。今やディルを抱えた男たちとの距離は、十米以上は離れている。このまま走り続けられれば、やがて視界から消えてしまうだろう。


(ああ……!)


 ついに二輪車の集団は米粒のように小さくなり、砂煙だけを残して完全に消えてしまった。


 エルティアは地面に膝をついた。


「……あたしが、あんなところに隠さなきゃ……! ずっと側にいればよかったのに!」

「悔やんでいる暇はない」


 冷静なレイシスの声に、エルティアは顔を上げる。涙が目の端から溢れた。


 レイシスはエルティアを無理矢理立たせると、服についた砂を払った。


「我々は人間と違って視力が優れている。彼らには目に見えないほど遠くても、私には見える。車輪の跡を追って、つかず離れずの距離を保ちながら後をつける」

「あたしも行く!」

「お前は彼らを安全な場所まで送り届けろ。この先に都市が見える。見捨てることはできない」


 レイシスが後ろを向き指差した。エルティアは目を(すが)めて、彼が指す方向に視線を向けた。


 後方に灰色っぽい建造物がある。それは都市を囲む魔獣避けの防壁だった。砂煙でけぶって見えるが、ところどころに修繕した跡がある。それはまだ真新しく思えた。人の手が加えられているということは、あの都市は生きているのだ。


 エルティアは都市から顔を()らした。レイシスが助けたふたりの男女の姿がある。ディルに気を取られていて、彼らの存在はエルティアの中から完全に消えていた。


 男は手を差し出し、女をゆっくりと立ち上がらせた。ふたりは顔を見合うと、こちらに歩いてくる。


(ディルが殺されるかもしれないってのに、呑気にこのふたりを都市まで送り届ける? 冗談じゃない!)


 ふたりを助けたのはレイシスだ。ならば、彼が最後まで責任を持つべきではないのか。


「頼むぞ」

「ちょっと!」


 言うが早いか、彼は黒い外套をなびかせて飛び去ってしまった。後には彼の靴跡だけが残った。


「──クソッ!」


 苛立ちをぶつける相手がいなくて、エルティアは頭を掻きむしった。強く掻きすぎて少し血が出た。



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