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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
11章 真紅の少女は幸福の花を夢見る
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30.雑魚狩りは気晴らし(2)




 住宅街の魔獣をあらかた始末してから、エルティアはあてもなく空を飛んだ。眼下には幅広な通りが走っている。その両脇を固めるように、硝子が割れた高層建築物や、治療院らしき建物、教会などが建ち並んでいる。レイシスの話ではこの区画は企業密集地帯と呼ぶらしい。都市に住む民の仕事場として機能していたのだと言う。彼は旅をして都市を巡った経験があるため、エルティアよりは施設の内実に詳しかった。


 きっと市民は仕事のために朝早くに起き、企業密集地帯に出向き、日が落ちれば帰宅する。そんな何気ない日常を過ごしていたのだろう。


「……あれは」


 視界に映る景色が変化したのは、企業密集地帯を中程まで進んだ頃だった。視線の向こう。動くもののないはずの建物の間で、赤い毛並みが揺れていた。()()が顔を上げる。四足の化物だ。全長は三(メートル)を越えているだろうか。周囲の建造物と比べても、見劣りしない体躯を有している。体の正面には、鋭い牙を生やした円形の口がある。それを囲むのは、犬の顔をした三首だ。背中に太い触手が五本生えており、自らの意思を主張するように閃いていた。


 【三頭の黄昏(シャマイザ)】と呼ばれる、犬型の魔獣だ。魔獣の中で最も巨大で、その狂暴さはどんな獣をも上回る、と映像資料でエルティアは学んでいた。


「……まったく。どうしてあんな気持ちの悪い生き物を生み出せるんだか」


 魔獣は妖魔の王であるディヴィアから生まれた。彼女が小指の先を切り落とし生まれた不定形の生き物。それが野生動物の形を写し取り、数を増やした。そうして魔獣がこの世に誕生したのだ。言わば魔獣は、妖魔が人間に差し向けた尖兵だった。


 動物の姿を写し取るのなら、中途半端に真似るのではなく、完全に似せればよいのに。それをしないのが、妖魔の美意識というものなのか。エルティアは醜悪な外見をした魔獣を見るたび、痛感するのだ。妖魔は、この世に存在してはならない生き物だと。


「あいつなら少しは歯応えあるかな?」


 背中の帯で留めていた大剣を抜くと、エルティアは空を翔る速度を上げた。同時に体内を駆け巡る光の力を(けん)(げん)させた。五つの光の刃を形成し、放つ。刃は青白い軌跡を描きながら、一直線にシャマイザに向かう。まずは邪魔な背中の触覚を切り落としてしまおう。光の刃が次々とシャマイザの背中を通り過ぎ、触手を切断する。


 両手で握った大剣に意識を集中すると、光が寄り集まり、大剣にまとわりついた。鉛色の大剣が、青白い輝きに満たされた、一振りの光の剣に変化する。手前に建っていた高層建築物を蹴り、エルティアは勢いをつけて急降下した。


 風切り音とともに、光の筋が幾重にも走り、シャマイザの四肢を斬り刻んだ。まるで体内に骨などないように。光の刃は脚部を容易に焼き斬り、細切れにしていく。エルティアから溢れた光は、剣に収まりきれずに、腕を伝って背中にまで流れていた。


 支えを失った胴体が、建物を下敷きにしながら倒れる。その衝撃から逃れるために跳び上がると、漏れ出た光が背中を流れ、まるで光の翼のように広がった。


「これで、とどめっ!」


 光の翼を棚引かせながら、エルティアは大きく旋回する。シャマイザの正面に移動すると、大剣を振り下ろした。脊椎骨の存在など無視して三首を斬り飛ばし、中心の円形の口を両断する。


 空を跳んでいた三首が地面に落下するのと、首を失った胴体が地に伏せたのは、ほぼ同時だった。


 大剣にまとっていた光が薄れ、消える。刀身には魔獣の赤黒い血がべったりとついていた。それを刃を振って払う。もちろん、身につけた服を汚さないように気をつけながら。


 巨体が地に沈む際に生じる振動は凄まじく、いつまでも耳に残るような重低音を発していた。エルティアは地面に降り立って、魔獣の巨躯を見上げた。魔獣は絶命してからの腐敗速度が凄まじい。エルティアが斬りつけた部分から、早くも腐敗が始まっていた。それを見つめながら、エルティアは自身の内に生じた違和感に、首を傾げた。


「おかしい。……どうして再生しなかったんだろ」


 魔獣は急所──頭部を破壊するか首を斬り落とすまで、傷を再生し、失った部位まで元通りになる。エルティアが光の力によって切り落とした触手や、光の剣で肉片にした四肢は、エルティアが頭部を斬り飛ばす前に再生できたはずなのだ。それなのに、新しい細胞が傷口に被さる様さえ見せないのは、一体どういうことなのか。


「エルティアー!」


 自分を呼ぶ、幼い声がする。我に返ったエルティアは、声がした方向を向いた。


 ふたり分の靴音が、夜のしじまを破る。建造物の間に伸びる小径から、レイシスがディルに手を引かれながら出てきたのだ。


 エルティアは目を見開いた。エルティアは魔獣と戦っている間、空を翔ていた。エルティアの背に広がっていた光は、遠方まで届いていたはずだ。確実にディルに見られていた。


 何故ディルを連れてきたのだろうか。レイシスに対し、反感が募る。彼は自分が妖魔であることを、ディルに知られるのを気にしていた。なのに、エルティアが不審に思われることまでには、頭が回らないのか。


 きらきらとした瞳で自分を見つめてくれる幼い顔が、恐怖に飲まれるところを見たくなかった。他ならぬ、自分を目にして。


 人間じゃない。そう思われるのがどれほど恐ろしく、相手に恐怖を与えるのか。エルティアにも想像できる。だから今、心臓が早鐘を打つほど緊張している。


(あたしがディルに怖がられたら……あんたのせいよ)


 エルティアはレイシスを睨みつけた。彼は疑問を感じたように、かすかに首を傾けた。


「ディルがお前を心配してな。どうしても迎えに行きたいと」


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