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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
11章 真紅の少女は幸福の花を夢見る
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29.雑魚狩りは気晴らし(1)


***


 エルティアは目を覚ます。自分はいつの間にか寝台に横になっていた。手の温かさに視線を動かせば、ディルはエルティアと手を繋いで、丸まって眠っていた。


 どうやら泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。


(恥ずかしい……)


 自分は十六歳の大人なのに、子供のディルに慰められて泣いてしまった。頬が熱くなるのを感じながら、エルティアは寝台から起き上がった。ディルを起こさないように、そろりと手を(ほど)く。


 ディルに毛布をかけると、寝台の横に置いていた椅子に腰かける。蝋燭の明かりが消えかかっていたので、燐寸(マッチ)で着火する。闇が払われ、暖色の光が室内に灯る。


(……ごめんね。泣きたいのはディルの方だよね)


 穏やかな寝顔を見下ろした。


 心健やかに過ごせる環境を取り上げられたのは、ディルも同じなのだ。──いや、エルティアよりも数段悪い。彼女はまだ幼い。それに戦う力もないのだ。姉が出ていった後の地下室で、たった独りで、どんな気持ちで過ごしていただろう。ディルの方こそ、声が枯れるほど泣きたいだろうに。


 それなのに、ディルはエルティアに胸を貸してくれた。


 ──ガタンッ。


 重量のあるものが落下してきたような。そんな物音が窓から聞こえた。


 エルティアは壁に立てかけていた大剣を手に取る。


 一体何の音だろう。魔獣は空を飛べない。とすれば、跳躍で壁を伝ってこの家まで跳んできた? ──まさか。


 後ろを振り向き、ディルがちゃんと眠っているか確認した後、エルティアは窓を開けた。まず刃先を突き出し、遅れて顔を出す。


「おっとぉっ!?」

「馬鹿っ!」


 思わず悪口が出てしまう。レイシスが窓の外から顔を出していたのだ。エルティアはもう少しで、その顔に切っ先を突き立てるところだった。


「何やってんのよ! まず声をかけなさい、声を!」

「すまん。ディルが寝ているかどうか確認したかったんだ」


 レイシスはずれた頭巾を深く被り直した。さっきの音は、彼が屋根に着地した音だったのだろう。


 ディルが起きているのか確認したがったのは、自身が人間でないことを知られるのを恐れてか。空を飛んで窓から入ってくれば、レイシスが明らかに人間でないと、幼いディルにもわかってしまう。


「心配しなくてもディルは寝てる」

「ふむ、それはよかった」


 外套をはためかせながら窓から入ってきたレイシスは、ディルを起こさないようにそっと床に足をつけた。エルティアが窓を閉める。


「起きてたらどうするつもりだったのよ」

「当然、玄関から入る。人間の世界では当たり前だろう?」


 レイシスは外套についた砂や埃を手で払った。家の外を吹く風が、窓硝子をがたがたと揺らした。


「……魔獣に食い荒らされた死体をいくつか見つけた。子供のものもあったから、おそらくはそれが……」


 声を潜めるレイシスに、エルティアは何も言えなかった。彼が生存者を探しに行くと言った時、密かにディルの姉の生存を期待してしまったのだ。淡い期待は、レイシスがひとりで現れた瞬間に、儚く霧散してしまったのだが。


「……そう」


 エルティアは寝台で眠るディルを見た。彼女は小さく呻き、寝返りを打つ。


「エルティア、こちらを向け」


 レイシスに声をかけられ、エルティアは顔をしかめる。一体なんだろう。彼はじっとエルティアを見つめていた。


「……泣いていたのか? 目元が赤いぞ」

「泣くわけないじゃない! 馬鹿っ! 変態!」


 図星を指され、恥ずかしさと情けなさが全身を駆け巡った。エルティアはついレイシスを罵ってしまった。


「違うのか? 人間は泣くと目元周辺の血管が拡張して赤くなるのだが……」

「本当にあんたって配慮が足りない! よくそんな考え方で人間の中で生きられたわね!」

「どうもありがとう」

「褒めてないわ!」


 レイシスにまともにつきあっていたのでは、こちらが気疲れしてしまう。エルティアは彼に背を向けると、ぐっと身体を伸した。


「あーあ、なんか暴れたい気分。あたし、外に出てくるわ。ディルのことは任せたわよ」

「うむ。遅くなれば迎えに行こう」

「子供扱いしないで!」


 吐き捨てて、エルティアは階段に続く扉に手をかけた。




 気が塞いでいる時や苛立っている時。エルティアはよく頭部装着型の機械を被って、電子遊戯の中に飛び込んだ。


 広大な空間で思い切り身体を動かすのは楽しい。思うままに飛び跳ね、銀の軌跡を走らせる。小型だろうが大型だろうが、刃の一閃から逃れることはできない。エルティアが通った場所には、魔獣の肉片と赤黒い血糊だけが残された。それは立体映像でしかないので、視線を外せばすぐに溶け消えるのだが。


 魔獣との戦いは、エルティアにとって一種の気晴らしになっていた。それは舞台が現実に移っても変わらない。


 鼠型の魔獣──まるで皮が剥げたような、生々しい肉が覗く肢体を持つ、【地を弾む(スライト)】が、群れを成して街道を駆けてくる。エルティアはすれ違いざまに、幾筋もの斬撃をその身に叩き込んだ。瞬間、スライトは木っ端微塵になり、肉片が辺りに飛び散る。


 仲間を殺され、スライトの群れが激しく鳴く。エルティアに最も近い鼠が、三叉の尾を持ち上げた。赤い光が明滅し、火炎が球となり放たれる。


 至近の距離で(かわ)したため、赤い髪の毛先が掠る。髪の毛が燃える臭気は、どうしてこうも人間を不快にさせるのだろう。


「何すんの、よっ!」


 スライトの胴を蹴り上げて、苛立ちをぶつける。──バチンッ。まるで空気を目一杯詰めて、膨らんだ風船のように。渾身の力を込めた一撃は、鼠の身体を弾けさせた。首があらぬ方向に曲がり、胴体の中に詰まっていた内容物が、赤黒い液体とともに吹き出す。


「きったな! それに変な臭い」


 エルティアは軽い足運びで、降りかかってきた血と臓物を避ける。貴重な服を、魔獣の汚らしい血で汚したくなかった。


 一匹、また一匹と仲間が血祭りにあげられる様に、魔獣の顔に怒りの念が宿った──ように見える。もちろんそれはエルティアの気のせいかもしれない。しかし、興奮した声で鳴き交わし、殺到してくるその姿は、エルティアの推測が当たっていることを示していた。


「……めんどくさ」


 エルティアにとっては少し凶暴で、愚かな害獣である彼ら。その後どうなったのかは、語るまでもないだろう。




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