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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
11章 真紅の少女は幸福の花を夢見る
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15.安寧の隠れ家(5)




 テロメアの私室は、階段式昇降機を使って上った先にあった。自動扉が開きエルティアは部屋に入る。


 室内には研究員たちが会議を行うための長机と椅子が設置されている。その前に車椅子に座った高年の男がいた。髪を完全に刈り上げた頭部に厳格そうな顔つき。痩せ細った肢体に、研究所の白い制服を着込んでいる。彼はエルティアを見ると、ぱっと人好きのする笑顔を浮かべた。両手を広げる。テロメア・セントギルダ。この研究所の最高責任者だ。


「おじいちゃん」


 エルティアは小走りでテロメアに近づくと、ぎゅっと抱きしめた。瞬間、ふわりと香木の匂いがした。彼からはいつも、樹木のような独特な香りがする。


「バージニアから聞いたぞ。電子遊戯の高難易度を突破したと。それでこそ私の孫だ。よくやった、偉いぞ」


 白濁しかかった瞳を和ませて、テロメアが言う。エルティアと彼は血が繋がっていないが、テロメアはよくこうしてエルティアを褒めてくれた。そのたびに彼が本当の祖父のような身近な存在に、エルティアには感じられるのだった。


「えへへ。楽勝だったよ」


 視線を感じる。テロメアの側に控えていた女がじっと自分を見ていることに気づいて、エルティアは慌ててテロメアから身体を離した。なんとなく気まずい。


 テロメアの後ろにいたのはバージニアと、興味深げな眼差しをエルティアに送っている女。確かセリカという名前だった。テロメアの身の回りの世話を任されているのだ。


 セリカの氷のような瞳が他者を拒絶しているように見えて、エルティアは彼女とほとんど話したことがなかった。だからエルティアは彼女の名前以外何も知らなかった。


「新しい力にも目覚めたようだな。……光輝(リヒト)を、私にも見せておくれ」


 エルティアは頷いた。テロメアと距離を取ると、掌を天井に向けて目を閉じる。ほどなく瞼の裏に白い光が差し込んだ。自らの内から湧き上がる力が光となって、掌の上に浮かび上がったのだ。目を閉じていても、その光がどんな形をしているのかエルティアには理解できた。玉の形を取った光輝を、念じることで形成していく。空を悠然と飛ぶ、鳥のような――エルティアは瞼を持ち上げた。


「おじいちゃん、見て」


 まるで命あるもののように、光の小鳥は翼を軽く羽ばたかせた。細い脚で掌の上を歩く。


「……素晴らしい。なんと清らかな光だ」


 感嘆の吐息がテロメアの口からもれる。しわだらけの筋張った手が小鳥に伸びたので、エルティアは慌てて小鳥を飛び上がらせた。


「触っちゃ駄目よおじいちゃん。手が弾け飛んじゃう」

「ああ……すまん」


 震える手を下ろして、テロメアは呟く。その表情はどこか自失しているように、エルティアには見えた。


 小鳥は天井すれすれを円を描いて飛び、やがて空気に溶けるように形を失った。


「……訓練を次の段階に進める時がきたようだな」


 小鳥が消えるまで見上げていたテロメアが、重々しく言う。


「どういうこと?」

「これからは本格的に守護者階級の妖魔と戦う訓練を積むということだ。お前に戦い方を教える人材もこちらで用意している」


 では、これからは弱い魔獣や妖魔相手に口笛を吹いているわけにはいかなくなるのだ。エルティアはほんの少しだけ不安になった。すべての妖魔をこの世から滅する。それはエルティアの使命だ。だが、未知数の地力を持つ敵に、自分は本当に立ち向かっていけるのだろうか。


「……あたしにできると思う?」

「当たり前だろう。何も心配することはない。お前は私の自慢の孫なのだからな」

「大丈夫よエル。これからも私が支えるから。みんなもあなたを応援しているわ」


 ふたりは真摯な眼差しをエルティアにくれた。まるで心の内の気弱な自分を、励まそうとしてくれているみたいだ。


「おじいちゃん、バージニア……。ありがと」


 そういえば初めてふたりに会った時も、こんなふうに勇気づけてくれたっけ。エルティアは自身の短い人生を振り返った。


 エルティアはセントギルダの片隅で生を受けた。エルティアの記憶の始まりに両親の顔はなく、思い出せるのはどこか悲痛な顔をしたバージニアとテロメアの姿だけだった。検査の結果、エルティアには類稀な能力――妖魔を倒すことのできる力――が備わっていることが判明し、バージニアのもとで生活することになったのだった。


『お前は妖魔の脅威に晒された人類を救う、希望となるのだ』


 初めて会った日にテロメアからかけられた言葉は、今もエルティアの胸に息づいている。自分に力があるのなら、善いことのために使いたかった。


(あたしがみんなを救う)


 妖魔との戦いがどんなに過酷だったとしても、自分は孤独ではない。優しい彼らが側で見守ってくれるならきっと大丈夫だ。エルティアは疑うことなくそう信じていた。

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