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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
11章 真紅の少女は幸福の花を夢見る
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07.記憶の扉を開けて(2)




 太陽が最も高い位置に昇る頃。フェイヴァは部屋を出て処置室に向かった。


 処置室で死天使の再構築に勤しんでいるはずのピアースが、突然その手前にある小部屋の扉を開けて出てきた。聞けば、天使の揺籃に見下されながら話をするのは落ち着かないから、と。


 きっと自分のことを気遣って場所を移してくれたのだとフェイヴァは思った。ピアースと初めて出会った時、天使の揺籃に対する嫌悪感を口にした。あの話をまだ彼女は覚えていてくれたのだ。


 机と二脚の椅子が設置されているだけで、狭苦しく感じてしまう室内。そこでピアースとの面談が始まった。最初に彼女はフェイヴァに深々と頭を下げた。テレサの自己犠牲に気づけなかったことを謝罪したのだ。曖昧に首を横に振るフェイヴァに、ピアースが続ける。話は、テレサの死を悼む内容に移り変わろうとしていた。


 フェイヴァは未だ母の死から立ち直れていない。テレサがこの世にいないと思うだけで、心が堅く凍っていくような気がする。だから咄嗟に別の話題を探した。精密検査とはどのようなことをするのか、だ。


 ピアースもフェイヴァの気持ちを察したのか、解説に回ってくれた。精密検査と言っても、治療士が人間に施術をするように切ったり縫ったりはしないらしい。あくまでも身体に違和感がないかどうか知るための面談だと彼女は語る。


 まるで神の国のような技術力を持っていた、聖王暦という時代。その粋を集めて造られた死天使を、神世暦に生きる人間がどうにかできるわけがない。ピアースの役割は、心を持たない死天使の小片の書き換えと、心臓が破損し機能が停止した死天使を天使の揺籃を使って再起動させる、この二点だった。そもそも死天使は自己修復機能を搭載していて、部位欠損以外ならば再生が可能だ。


 もし手足を失うことがあっても大丈夫、とピアースは断言する。予備の部品として、機能が停止した死天使を何体か残してある。最悪の場合は、その手足を接げばいい――と、冗談か本気かわからない調子で言うのだ。


 いくらでも替えが利く、機械らしい修復の仕方だと思う。フェイヴァは苦笑いしながらその話題を流し、自分は健康そのものだとピアースに言った。そうして、何よりも重要な本題を切り出す。


「……あの。私、ピアースさんにお願いがあるんです」

「何かな? 未来の妹の頼みだ。私にできることならなんでもするよ!」

「エフェメラ大聖堂にいた魔人の人たちに聞きたいことがあるんです。私が会えるように、上の人にかけあってもらえませんか?」


 快く引き受けてくれると思ったピアースはしかし、表情を曇らせた。頭をがりがりと掻く。


「……なんの話をするつもりだい?」

「……私の前の人格――人間だった頃、どんな人だったのか知りたくて。レイゲンから話を聞いたんです。あの人たちは、私が人間だった頃の人格について知っているみたいだったって」


 しばしの沈黙。ピアースは項垂れたかと思うと、小さく首を横に振った。


「……こちらもレイゲンたちから報告は受けているよ。私は、聞く必要はないと思う。君の悩みの種が増えるだけだ」

「……でも、ディヴィアは私が人間だった頃の人格について、詳しく知っているみたいなんです。過去を知ることで、彼女に対抗する手段が見つかるんじゃないかって。私を壊した後、あの人はどこに行ったんですか?」


 フェイヴァを破壊した後、ディヴィアたちはどこに向かったのだろう。自分が人間だった頃の人格に思いを馳せるだけで、肝心なことをフェイヴァは知らない。


 ピアースが顔を上げた。視線が交わる。フェイヴァが知りたい答えは、ピアースの口ではなく、目が教えてくれた。彼女の深い緑色の瞳から、過去の出来事が浮かび上がってくる。


 それは、会議の最中らしき光景だった。視線の先には、兵士とは異なる意匠の軍服に身を包んだ男たちが数名、椅子に座っている。ひとりの男がベイルに指名され、席を立つ。彼の報告によると、正体不明の赤い衣の女はディーティルド帝国に入り、王都ラハブを完全に制圧したらしい。住民たちは、都市全体を覆う透明な膜のようなものに阻まれ、外に出ることができない。その膜は外からも内からも干渉できないようだった。


 意識が現実に戻る。ピアースの記憶から脱したフェイヴァは、もっと早くにこのことをレイゲンに尋ねてみるべきだったと感じた。


 ディヴィアは一体何をするつもりなのだろう。都市の中に人を閉じ込めるだなんて、きっと碌でもない目的があるに違いない。


(……ユニ)


「君はディヴィアと戦うつもりなのか? ……君の友人だったユニ・セイルズについては、アーティが教えてくれたよ。君が心を痛めているのはわかる。けれど、ひとりで抱え込むべきではないよ。レイゲンたちに相談はしたの?」

「ピアースさんが言いたいことはわかります。……けど、これは私の問題だから」


 人間だった頃の人格がどんなものだったのか知りたい。フェイヴァがそう言ったら、レイゲンたちがどんな反応をするのか想像はできた。


 レイゲンは憂慮を抱いたような表情をしながらも、フェイヴァの意思を尊重してくれそうな気がする。気遣いができるルカもきっとわかってくれるだろう。けれど、ハイネとリヴェンはいい顔をしないのではないか。リヴェンは思いつく限りの罵詈雑言を吐いてくるだろうし、ハイネは呆れと怒りが半々になったような態度で接してくるに違いない。


 何故そこまで自分とは関係ない人格を気にするのか。考えるだけ無駄だと。


 だから、答えがわかるまではみんなに話すつもりはなかった。結果を伝えることができればそれでいい。


 フェイヴァは椅子から離れると、ピアースの正面まで行って頭を下げた。


「話してもきっと、止められるから。全部わかったらみんなに話します。……お願いします、ピアースさん」


 静寂に包まれる室内。フェイヴァは、ピアースが頷いてくれるまで顔を上げるつもりはなかった。大きなため息が聞こえたかと思うと、ピアースはわかったと言ってくれた。


「総司令にかけあってみるよ。けれど、兵士の監視と記録係がつくと思う。それでもいいかい?」

「はい。……ありがとうございます」


 フェイヴァが頭を上げると、ピアースは悲しげに微笑んだ。





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