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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
10章 生まれ 育み やがて響きあうもの
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24.選ばれた者 捨てられた者




 エフェメラ大聖堂の周囲を取り囲む六基の尖塔。その内の北に位置する三角錐の形をした塔は、翼竜の飼育と管理に割り当てられている。一階からニ階までを飼料庫、三階から四階までを翼竜の飼育室として使用しているようだ。最上階は柱のみで屋根を支え、壁が取り払われている。兵士たちはそこから翼竜に乗って飛び立つようだ。逃亡を画策しているトゥルーズ教皇も、少数の手練とともにこの塔に向かったのは間違いないだろう。


 塔内部の兵士を蹴散らし、最上階に駆け上がる。太い六本の柱に支えられた空間が顔を出した。石が敷き詰められた床には、翼竜を通すためのゆとりのある階段のみ。一軒の建物がすっぽり収まるのでは、と思えるほどに広大な面積が広がっている。視界を遮る壁はなく、陽光を取り込もうと懸命に枝を伸ばす木々の葉が、さわさわと風に揺れている。


 そこに、いた。五頭の翼竜は竜具を取りつけられて、すぐにでも飛び立てるように翼を羽ばたかせている。


 目にできる人物は五人だ。仮面を被った兵士が二人と、黒髪をうなじでまとめた男。黒いローブに身を包んだ女。


 そして、まるで神話から抜け出してきたかのような、金の長髪に口髭をたくわえた男。年の頃なら五十前後だろう。頭髪にはところどころ白が混ざり、面には深いしわが刻まれている。法衣は裾を引きずるほど長く、上等そうな絹の白には太陽と月の紋様が刺繍されていた。テレサが話していた特徴と一致する。この男がオリジン正教の教皇、トゥルーズ・セントギルダのようだ。


 レイゲンたちの接近に気づいたのか、兵士たちと男女がトゥルーズの前に出る。男は蛇のような顔立ちを怒りに染め、飴色の髪をした女は剣呑な眼差しをテレサに向けた。しかし当の教皇は、我先に脱出するつもりはないらしい。


「お前ら、早く逃げろ!」

「あなた一人では心許ない。あの坊や、半妖よ」


 男が後ろの四人に向かって怒鳴るが、女は言うことを聞く様子はなく一歩前に踏み出した。マーシャリアと呼ばれた彼女は、レイゲンを指す。繊細なレースが飾りつけられた袖から、白い腕がすっと伸びた。


 大聖堂に駐在している魔人の人数と名前は、テレサから聞いていた。マーシャリアというこの女が、テレサより前に作り替えられた器人らしい。長髪の男の言動を見るに、大聖堂の魔人を統べる立場であるカイム・セントギルダだろう。


 トゥルーズがテレサを見つめる面には、懐疑と驚きがある。


「テレサ、一体どういうつもりだ」


 深い重低音は、澄んだ空気のなかでよく響いた。


「兵士たちから報告は受けているでしょう。ディヴィアは蘇った。こうなった今、技術を我々だけで独占するべきではない。人々と手を取り合う時が来たのよ」

「何を世迷い事を。知識を提供すればどうなるか、ディーティルド帝国を見れば明らかだ。過ぎた力は秩序を乱す。

お前のすべきことはわかっているはず。今こそ使命を果たす時だ」


 テレサは唇を歪めた。冷笑といってもいい。


「本当は察しがついているくせに。私がディーティルドで過ごしたのは、天使の揺籃を破壊するためではないわ。私はこの子を、一人の人間として生かすと決めたの」


 テレサは自身の胸に手をおいて、高らかに宣言した。フェイヴァが宿る、その場所に。


 テレサの言葉とそれだけの動作で、トゥルーズたちは彼女の真意を理解したようだった。三人が三人とも、雷を身に受けたごとく硬直する。


「この痴れ者が!」


 テレサに人差し指を突きつけ、トゥルーズは怒号する。かっと見開かれた双眸から荒ぶる動揺を感じた。


「我が祖の名を継承した者が、なんと罰当たりな……! お前は一時の気まぐれで、人類を危険に曝すつもりなのか? ディヴィアに対抗する手段が失われるのだぞ!」

「一時の気まぐれなどではないわ。私の前の前のテロメアたちも……おそらく二十代目あたりから、胸の奥に芽生えていた願いよ。いつしか私たちは使命よりも、その思いに希望を見いだして知識を繋いできた。

それに、対抗手段が失われるわけではないわ。フェイヴァ……新しい人格は、あの子の心から派生したもの。理論上、フェイにも力の制御は可能なはずよ」


 テレサの言はどのように聞こえたのだろう。マーシャリアは肩を震わせている。瞳にはまるで狂人を見ているかのような畏怖と、ほの暗い炎を思わせる憤りが混在していた。


 カイムが激昂した様子で、腰から剣を抜く。金属の擦れあう音が、張り詰めた空気の中に鳴り渡る。


「もうこの女は使い物にならねぇ。テレサを殺してマーシャリアに知識と心を移す。いいな?」

「トゥルーズ様、お許しを」


 カイムとマーシャリアが前に踏み出し、教皇たるトゥルーズの指示を仰ぐ。


 彼は天を仰ぎ、やがて深く頷いた。


「……仕方あるまい」


 敵味方ともに得物を構える。吐息の音すら聞こえてきそうな静寂が、場に満ちた。


 この場で優先しなければならないのは、トゥルーズの捕縛だ。器人と魔人を蹴散らし、逃げる隙を与えずトゥルーズを捕らえる。頭の中で流れを組み立て、レイゲンは踏み込んだ。身体は一陣の風と化し、カイ厶とマーシャリアの間を駆け抜ける、かに思われた。


 黄緑色の瞬きが視界を染める。と、同時に稲妻のごとき速さで刃が閃いた。痛みが走ったのは、斬られたと自覚した瞬間だった。革が薄布のように裂けていて、血が流れ出す。


(これは……)


 黄緑に発光する稲妻が、カイ厶の細身の身体と優美な剣にまとわりついていた。それは蛇さながらに腕や足を這い、ところどころで弾け火花が床を照す。この男の能力は風だ。しかし、こんな力の使い方は見たことがなかった。


(テレサが言っていた第四の能力か)


「行けぇ! 教皇を守れ!」


 怒鳴り声が空気を震わせて。背後にいた二人の兵士は、トゥルーズとともに翼竜に跨がると飛び立っていった。


 自然と歯噛みする。レイゲンは床を蹴ると跳躍した。そのまま上昇し、あとを追おうとする。が、カイ厶がことごとく前方に立ちふさがり、レイゲンの行く手を阻む。漆黒の刃を構築するも、そこには一瞬の時間のずれがある。放った瞬間には相手はもう、射程範囲から逃れている。


(何故だ)


 甦ったはずの半妖の力は、レイゲンの意図した瞬間に現れ出ることはなかった。ディヴィアと対峙した際には瞬時に役目を果たしていたそれらは安定せず、レイゲンの盾にも剣にもならない。


(何故、言うことをきかない)


 力さえ取り戻せれば、アルバスに迫れると思っていた。この男に苦戦しているようでは、フェイヴァの身体を創りなおすことも、復讐を果たすことさえ夢のまた夢だ。自分自身に対する悔しさと怒り。


 背後から剣戟音が聞こえてくる。テレサもマーシャリアと斬り結んでいるようだ。


 光の瞬きとなりレイゲンの攻撃を寄せつけなかったカイ厶は、ふっと力を解除した。三頭の翼竜の姿が見えなくなってからの行動だった。


「お前、アルバス・クレージュの息子だな?」

「何故それを」

「資料で見た奴の顔とそっくりだからな。お前の親父は裏切り者だ。妖魔の細胞を自分に移植したあとに兵器製造装置を持ち出した。奪還と救援に向かった俺たちの仲間は誰も帰ってこなかった。奴は恐ろしく強い。だが、息子のお前はたいしたことはないな」


 慢心しているのでも、レイゲンを侮っているのでもない。刺すように鋭い瞳は、冷酷な事実を伝えていた。


 途端に脳裏に広がる。アルバスに叩きふせられ、地に伏した自分。伸ばした手は届かず、フェイヴァは目の前で砕け散った。刃を突き刺した瞬間に、顔にかかった血の生温かさ。母は茫然とした顔で幼いレイゲンを見つめていた。


 苦しく痛ましい光景が駆ける。消えてしまうことはなく、影となってつきまとう。レイゲンは駆け出した。幻影を振り払うために。


「強靭な精神がなければ、どんなに恵まれた力も宝の持ち腐れだ」


 カイムが足を踏み出すと、靴音だけを置き去りにし一瞬にして眼前に迫っている。次いで、繰り出される迅雷の一閃。


 身体を反らして躱せる速さではなかった。目に鮮やかな黄緑の雷をまとった刃が、払われる。血しぶきとともに、痛みと熱が肩口を裂いていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  どこまで読んでいたのか忘れてしまったため読み返してました。すみません。  精神面の描写が非常にうまい……と、同じことしか言えず申し訳ないのですが、とにかくキャラクターの心理やなんかの機…
2019/12/12 08:01 退会済み
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