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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
10章 生まれ 育み やがて響きあうもの
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21.確固とした意志(2)


 ルカは息を継ぎながら、グラントの第四の能力と、それによって考え出した作戦をハイネに語った。彼がどんな能力を有しているか、刃をことごとく防がれてきたハイネの中にも、推測が生まれていた。それはルカの答えと合致していた。問題は、どのような攻撃ならば相手に損傷を与えられるか、ということだ。


 重傷のルカは武器を持って戦えない。リヴェンの体内のエネルギーも尽きようとしている。選択できる手段はそう多くはない。短期決戦に懸けなければ、戦いはグラントの優勢になるだろう。


 ハイネはちらと、リヴェンに視線を転じる。


 グラントと相対した彼は、持てる力をすべて回避に費やしていた。【(ヴィエトル)】の能力は敏捷を司る。相手を一撃で戦闘不能にする爆発力はないが、敵の攻撃を避けることにかけては右に出るものはなかった。


 ルカを、リヴェンたちとは遠く離れた場所に下ろすと、ハイネは再び宙に舞い上がる。翼は空気の膜を切り裂いて、急速に距離を伸ばしていく。リヴェンと攻防を繰り広げているグラントに、上空から右腕を振り抜いた。固く握った大剣は、赤みがかった銀の軌跡を描く。


 柄に鈍い手応え。三度、切っ先は弾かれた。


 その肉体の印象を裏切らず、グラントは鋼そのものだった。彼の第四の能力は、肉体を硬質化させるものだ。しかもオレットのように間隙がない。彼はさきほどから一切、回避動作を取っていないのだ。いつでも相手の攻撃を防げるという、絶対の自信があるのだろう。魔獣の骨で造られた剣ならば、接触と同時に折れ飛ぶことさえあるかもしれない。


 しかし、この大剣はどうだろう。ハイネたちが持つ赤みがかった刃は、妖魔と呼ばれる、魔獣の上位種の骨から造られたもの。通常の武器とは強度が段違いだ。


 リヴェンの隣に着地すると、虫の居所が悪そうな表情と舌打ちがハイネを待っていた。


「ごめん、遅れた」

「こののろまが。空に逃げて面倒ごとは全部俺に押しつけやがって」


 このくらいの暴言は、最早軽い挨拶のようなものだ。いちいち反論していては同類になってしまう。


「あと何回力を使える?」

「三……いや、二回だな」


 ハイネたちがオレットを抑えている間、リヴェンがグラントを一手に引き受けてくれていたのだ。ハイネがルカに作戦を聞いている間に、エネルギーが枯渇していてもおかしくはなかった。


「まだ速く動ける?」

「たった今切れた」


 風の能力によって引き上げられた敏捷性は、一定時間持続する。それは相手の動作を鈍化させる力も同様だ。どれだけの時間効力が持続するかは、使用者の体力や相手の力量によって変動する。敏速を高める力を他者に行使できれば戦いがもっと有利になるのだが、生憎その力は自己のエネルギーを結びつけて発揮するもの。地の能力のように、補助には使えない。


「まだ使わないで」

「あ?」


 ハイネとリヴェンに素早く視線を走らせたグラントは、大きく踏み込んだ。強く床を蹴る足音は、大型の魔獣のそれだ。接近しざま、身体全体に捻りを加えた拳が撃ち出される。ハイネはリヴェンの襟首を掴んで宙に逃げた。彼を持ち上げた瞬間に潰れた蛙のような声を聞いたが、構わなかった。


 頭上が明るい。


 仰ぐと同時に舌打ちし、ハイネは強く翼を振るう。金属の羽根が擦れ合って涼やかな音を鳴らす。グラントが光球を出現させ、ハイネの行く手を阻んでいたのだ。三つの球体が一斉に爆ぜる。


「なにす――ぐえっ」


 強烈な光。鋭利な破片が飛び散って、いくつかが服の上から肌に突き刺さる。ハイネは咄嗟にリヴェンを抱き寄せ庇っていた。


 破片の雨から逃れるため、ひたすらに翼を動かす。翼の翻りかたで軌道が読まれている。ハイネの行く先に光の玉が現れては、次々と弾ける。閃光と先鋭な破片に追いすがられながら、ハイネは羽ばたいた。リヴェンに累が及びそうになるたびに盾になった。


「何余計なことしてんだ! このハゲェ!」


 こっちが必死になって守ってやっているというのに、リヴェンは腕を引き剥がそうとしてくる。横抱きにされているのがよほど気に食わないらしい。


「うるっさいなぁ! ウダウダ言わないでよ!」


 声を張り上げたあとに、リヴェンを抱え上げて耳打ちする。作戦を素早く簡潔に伝えた。普段から口うるさくしていないと死んでしまうように思えるリヴェンは、このときばかりは静かに聞いてくれた。


 相手は魔人だ。聴覚も人間とは比較にならないほど優れている。平素と同じ声量でリヴェンに作戦を口にすれば、グラントに内容が筒抜けになってしまう。


 リヴェンを後生大事に守ったのは、相手に声を聞かれない距離で作戦を伝えたかった、という理由だけではない。ハイネは生体ではない。ルカは戦えない。リヴェンしか、作戦の実行役を担えないのだ。いたずらに体力を消耗させたくはなかった。


「話はわかった。だが、テメェに――」

「じゃ、そういうことで!」

「話を聞けやぁ!」


 いつもの調子でがなり散らしたリヴェンを、ぽーんと放り投げた。グラントが立つ直線上、壁際に。


 ハイネは空中で旋回しつつ、敵の出方を見る。


 グラントは標的をリヴェンに定めたようだ。彼の周囲を黄金色の冷光が舞い、リヴェンの落下地点に光球が生成される。


 リヴェンの身を黄緑の光がまとう。敏捷性を引き上げる能力を発動したのだ。彼は背面の壁を蹴ると、光球の炸裂範囲外に逃れた。リヴェンが着地した拍子に背後で破片が撒き散らされたが、どれも服や肌を掠っていった。


 光球の効果がないと見るや、グラントが次の手に出た。自らの本領である接近戦。リヴェンとの距離を詰めていく。


 この瞬間を待っていた。


 ハイネは急降下する。同時に、リヴェンが雷撃を放った。凄まじい音と激しい光。黄緑色の稲妻が、枝分かれしながらグラントに迫る。彼は躱さない。電撃はグラントに命中するが、身体に一瞬まとわりついただけで次の瞬間には弾けた。鋼の肉体にはまったく効果がないようだ。


 リヴェンの最後の力。それは攻撃のためではなく、相手の注意を反らすためのものだった。


 ハイネは後ろからグラントに飛びつき、宙に抱え上げた。ハイネが背後から攻撃してくると予想していたのだろう。彼の横顔が驚きに染まる。――が、感情の揺らぎは瞬く間に消えた。


「愚かな。自分から懐に入ってくるとは」


 咄嗟に胴にしがみついたため、グラントの腕は自由にしてしまっっていた。血管が隆起した腕が、ハイネの首にかかる。


 呼吸を必要としない死天使の首を締めたところで効果はない。それくらいはこの男も承知しているはず。


「ぐっ……うっ!?」


 人間だった頃の名残だろうか。息苦しさが意識を苛んだ。骨組みが、ぎりぎりと音を立てて軋む。


 締めるなんて生易しいものじゃない。この男は金属の骨組みを砕き、頭部をもぎ取るつもりなのだ。


 ハイネはグラントを抱えた腕にますます力を込めた。持てる力を総動員して宙を翔る。リヴェンが待ち構える、前方へと。


 リヴェンはもう力を使えない。彼に残されたのは強堅な大剣と己の能力の(ざん)()。――そして。


 翼を大きく振るう。グラントが、リヴェンの間合いに入る。


 床を踏みしめ、振り上げた大剣はリヴェンの力と――ルカの能力により、極限の敏速と膂力を得ていた。


 ハイネがグラントから腕を離した瞬間に、リヴェンが大剣を振り下ろし斬り上げた。リヴェンとルカの力が合わさった妖魔の刃は、グラントの鋼の鎧を打ち抜いた。胸から下腹部にかけてを間断なく斬り裂かれ、鮮血が吹き上がり床を濡らした。


 グラントは踏みとどまろうとしていたが、適わずに膝をついた。やがてうつ伏せに倒れる。


 静寂が、奥行きのある室内に満ちた。


 ハイネとリヴェンはしばらくの間グラントが意識を取り戻さないか警戒していたが、彼が完全に気を失っていることがわかると、ルカのもとに向かった。


 彼は上半身を起こしており、近づいてきたハイネたちにぐっと親指を立てた。


「やったな、お前ら」

「ルカのおかげだよ……」


 さきほどまで青白かったルカの顔は、健康的な色を取り戻していた。それに深く安堵の吐息を落として、ハイネは微笑む。


 風の敏速を引き上げる力と、地の腕力を上昇させる力をまとい、大剣で敵を一撃する。言葉にすれば容易に思えるが、二人の力には永続性がない。グラントが間合いを詰める前に策に気づかれれば、効力が失われるまで逃げ回られる可能性がある。そうなっては、体力を消耗したハイネたちに勝ち目はなくなるだろう。


 だからハイネは危険を冒し、グラントの身体を拘束したのだ。身動きを妨げたまま、ルカの力によって膂力が向上したリヴェンの間合いまで、彼を近づける必要があった。たった一度の好機を掴み取るために。


「ったく、テメェは寝たまま力を使えばいいから楽でいいな。何でもかんでも俺に押しつけんな」

「悪かったって。お前しか適任がいなかったんだ」

「ケッ」


 面白くなさそうな表情で足元を蹴ったリヴェンに、ルカは苦笑した。そうして、ハイネを見上げる。樹木のような焦げ茶の瞳に、案じる色が浮かぶ。


「ハイネ、大丈夫か?」

「うん、平気。もう少しリヴェンとの距離が離れてたら、危なかったけど」

「悪かったな。お前に危険な役押しつけちまって」

「やるって言ったのはわたしだし、空を飛べるのはわたしだけでしょ。……それに、あなたのためならこんな命、惜しくないよ」

「……そういうこと言うんじゃねーよ。今はアーティもいるだろ。お前に何かあったら、あいつが泣くぞ」

「あああああ! うるせぇ! 俺のいねぇところでやれや!」


 せっかくのいい雰囲気を、リヴェンのがなりがぶち壊した。ルカはやれやれといった様子で肩を竦め、ハイネは唇を尖らせた。


 せめて何も言わずに、黙っていてくれればいいのに。何故こうも場の空気を読めないのだろうか。これでルカと血が繋がっているのだから、驚きである。

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