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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
10章 生まれ 育み やがて響きあうもの
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20.確固とした意志(1)




 リヴェンは【(ヴィエトル)】の能力によって並外れた敏速を維持していたが、そろそろ限界が近づいているようだった。交戦が始まった直後と比較しても、明らかにひとつひとつの動作に切れがない。最早力に引きずられるような形で、無理やり身体を動かしているように見える。


 リヴェンが上段から振り抜いた大剣が、首を傾けられ躱される。相手の敏捷性を低下させる力が、効力を失った瞬間だった。リヴェンは再び左手を前にかざす。力が顕現(けんげん)する前に、丸太のような豪腕が打ち出される。リヴェンは仰け反るようにしてぎりぎりで回避する。が、それがよくなかった。拳がぱっと開き、リヴェンの襟首を掴む。床に叩きつけるつもりだ。


 その刹那、ルカの周囲に黄金色の冷光が瞬いた。グラントの周囲に光球が浮かび上がり、(いとま)をおかずに爆ぜる。刃と化した破片と、目が眩まんばかりの光がグラントを押し包む。


「ぬぅっ!」


 一瞬、グラントの力が緩んだのが見えた。リヴェンは彼を蹴りつけると、跳躍しハイネとルカの前に着地する。


「遅ぇんだよ、クソどもが」


 リヴェンの黒い軍服はところどころ破れており、覗く肌は殴打され黒く変色している箇所もある。魔人は治癒能力が人間よりも高く、鬱血した痕は徐々に薄くなっていく。自己再生は、怪我を負った瞬間から働き始める。もともとは今以上に重症だったのかもしれない。


「悪かったよ。お前まだいけそうか」

「残念だがこのデカブツ、体力は無尽蔵でな。全っ然バテねぇ。俺はもうそろそろ品切れだ」


 やはり、体内のエネルギーが切れかかっているのだ。むしろ、ハイネたちがオレットを戦闘不能にするまで、よく持ちこたえてくれたと思う。


「能力はわかる?」

「まだだ。今のところ、普通より体力がある魔人だな」


 ハイネはオリジン正教の魔人だけが持つ、第四の能力についてリヴェンに問うたのだが、彼は言外の意味を汲み取ったようだ。


 ハイネとルカが駆けつけたにも(かか)わらず、グラントの表情には一欠片の動揺も見えない。鋼然とした筋肉には傷ひとつない。リヴェンのすべての攻撃を軽減させたのだろう。傷が浅ければ、治癒するまでの時間は短くて済む。相手はおそらく、大して消耗していないに違いない。


「あの女はもう動けない。降伏しろ」


 大剣の切っ先を閃かせてルカがグラントに促す。三対一。如何にグラントが優れた魔人であっても、勝ち目はない。これ以上の争いは無意味だ。


 しかし彼は、ルカの呼びかけに表情を崩すことはなかった。ルカたちを侮っているのではない。己が不利な状況になっても感情の揺らぎを見せず、冷静に任務を遂行する。武人として磨き上げたのは肉体だけではないようだ。戦意を失わぬ瞳には、鋭利な光が宿っている。


「私は神の敵には屈しない。相手が誰であろうと、自らの信じるものに従うだけだ」


 リヴェンは鼻で笑う。彼が嫌いそうな、頑迷な返答だ。


「……しかたない。なら、無理矢理にでも膝をつかせるしかないか」


 倒すべき敵を見据えて、ルカが発する。ハイネは首肯すると彼の隣に立つ。いつでも攻撃に移れるように、大剣を右半身に構える。


 ドッ、と床を陥没させん勢いで、グラントが踏み込んだ。【(ボーデン)】の能力を行使するかと思ったが、その身の周りに黄金色の冷光が舞うことはなかった。


 グラントが持つ能力は地――ルカと同じだ。三種の力は、他のどの能力よりも詳細に頭に叩き込んである。光球を爆ぜさせる力は、相手に致命傷を与えることはできない。自身に膜をまとい、相手の攻撃を軽減する力と、膂力(りょりょく)を引き上げる力。敵と至近距離で拳を交えるのなら、この二種の能力を使わない理由はない。なのに何故か、グラントは馬鹿正直に突っ込んでくる。


 グラントは無手だ。間合いを詰めなければ拳は届かない。第四の能力はおそらく、遠距離から攻撃できる(たぐい)のものではない。ならばこうして接近してくる必要はないはずだ。


 ハイネはルカと視線を交わし、頷いた。自分たちがどう動けばいいか、ルカに言われるまでもなく理解した。


「行くよリヴェン」

「俺に命令するんじゃねえ」


 リヴェンとほぼ同時に、ハイネは床を蹴った。金属の翼を広げ飛翔する。ルカが力を発揮する。グラントの周囲を取り巻いた光球が炸裂。閃光が(ほとばし)る。


(今だ!)


 ハイネが上空。リヴェンが地上から一気呵成(かせい)に攻める。タイミングを合わせての同時攻撃。避けられるはずがない。事実、グラントは回避動作を取らなかった。


 聴覚に伝わる、甲高い音。


 グラントの肩に振り下ろした刃は――硬質なものに当たって弾かれた。


「!?」


 リヴェンの大剣を片手で掴んで彼ごと放り投げたグラントは、そのまま流動する。風の唸りとともに拳が振るわれた。ハイネが握っている大剣ごと巻き込んで、強烈な殴打が襲う。


「ぐっ!」


 辛うじて大剣の背で受けるが衝撃は殺しきれない。ハイネは吹き飛び後方の壁にぶち当たる。五体がばらばらになったのでは、と思えるほどの痛みと衝撃。体勢を立て直すまでに、少しばかり時間を要してしまう。


 顔を上げた時には、グラントはルカに肉薄していた。鋭い剣筋を、筋骨隆々とした肉体は物ともしない。耳障りな音が鳴って、ルカの刃が阻まれる。


 ハイネは飛び上がる。ルカとグラントの攻防は、一分一秒を引き伸ばしたように緩慢に、ハイネの目に映っていた。


 引き絞られた腕に、太い血管が浮き上がる。筋肉が隆起する。ハイネは目の端に、黄金色の光を捉えた。グラントの拳が、ルカの腹部に激突する。その衝撃は凄まじく、接触の瞬間に生じた突風がハイネの前髪をなぶっていった。


 宙を飛び、床に叩きつけられ止まったルカ。


 ハイネは自分の口から、引き攣れた悲鳴が出るのを聞いた。頭の中で恐慌が吹き荒れる。無我夢中で羽ばたいてルカの前に降り立った。抱き上げて逃げる時間はない。目前に、グラントの拳が。


 ガツン、と重々しい音が鳴る。旋回しながら飛んできた大剣が、グラントの頭に当たったのだ。斬れるでもなく突き刺さるでもない。鉄の塊に当たったがごとく、大剣は弾かれて落ちた。


 拳がハイネの顔の横に突き刺さり、壁を砕く。頭部への不意打ちの打撃は、傷こそ与えられなかったが、拳の狙いをわずかに反らすことには成功したらしい。


 飛び散った壁の破片が頬を引っ掻いて、茫然としていたハイネの意識が引きずられる。ハイネはルカを抱いて舞い上がる。グラントが振り抜いた腕を足蹴にする。


「ルカ……しっかりして!」


 声が涙で上擦る。彼は吐血していた。拳をまともに受けた腹は、触れてみれば何本か骨が折れているのがわかる。腹膜が破れて出血していないのが不思議なくらいだ。食い縛った歯の隙間から、ルカは呻きを漏らす。


「……とんでもないな、あいつ……! 威力を緩和して、これだ……」

「ルカ、喋らないで!」


 一言絞り出すだけで、口から血がこぼれる。生温かい液体がハイネの腕を伝い、落ちる。彼の肩を掴んでいる手が、小さく震えた。


(……どうしたらいいか、わからない)


 今までこれほどまでの大怪我を負った、ルカを見たことがなかった。彼がこのまま息絶えてしまったら。それはハイネにとってこの世の終わりを意味した。背筋がすうっと冷えていく。


 苦しげな呼気は、笑声のような掠れた音に変わる。ルカはハイネの肩を掴んだ。掌が伝えてくる力強さに、ほんの少しだけ慰められる。


「しっかりしろ。自分を、見失うな。……俺は、これくらいで死んだりしない」


 青白い顔の中、樹木の色を映した双眸には、確固とした意志が透けて見える。


「俺に考えがある。……聞いてくれるか」





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