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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
10章 生まれ 育み やがて響きあうもの
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15.失われた命に思いを馳せて

挿絵(By みてみん)


 ◆◆◆


 訓練が終わり、レイゲンたちは城に足を踏み入れた。アーティの面倒を見ていた治療師が、居館の外に出ている。確かリディアとかいう名前だったと思う。ルカとハイネが慌てて駆け寄った。


 何かあったのかと、レイゲンはそのあとを追う。リヴェンは頭の上で手を組んで、面倒臭そうについてきた。


「どうかしたのか!?」

「心配しないで、悪い知らせじゃないの。アーティが目を覚ましたのよ!」


 リディアの返答に、ルカとハイネは目を丸くした。ゆっくりと、その顔に喜びが満ちていく。


 レイゲンが声をかける前に、二人は先を争うようにして居館に駆けていった。


 病室で待っていたのは、意識を取り戻したアーティだった。黄色の髪は心労によってか痛みが激しい。肢体は痩せ頬の丸みが失われているせいで、もともと大きな琥珀色の瞳が更に際立って見える。しかしその双眸には、生の光がはっきりと映っていた。


「……アーティ!」

「ルカ兄!」


 ルカは飛びつくような勢いでベッドに近づいた。アーティの瞳が潤む。口許が歪むと、ぼろぼろと雫がこぼれ落ち嗚咽(おえつ)する。


「ずっとずっと、寂しかったよ……!」

「ああ……怖い思いさせてごめんな。俺、何もしてやれなくて」


 ルカは彼女を抱きしめると、優しく肩を叩いた。


 扉の隙間から顔を出して二人の様子を見守っていたリディアは、そっと扉を閉めて去っていった。


 ここ数日の、鬱屈とした空気を吹き飛ばす光景だった。レイゲンは扉の前から二人を眺めていたが、ふと気になって視線を動かした。


 ハイネが壁際にぽつんと立っている。口許がかすかに微笑み、目尻には涙が光っていた。ルカと競うように病室に入ってきたというのに、何故アーティのそばに行かないのだろうか。


「どうした」


 レイゲンが近づくと、ハイネはさっと顔を伏せた。指で目元を拭う。


「……言ったでしょ。わたし、もともと人間だったって。でもこの身体になって、容姿が生前とは変わってるんだ。面影なんてない。だからアーティは、わたしのことがわからない」


 そういうことか。


「だからなんだ? どうせ遅かれ早かれ話さなきゃならねぇんだろ。とっとと行けよ」


 リヴェンの短慮な言葉に、ハイネは眉間に苛立ちを宿らせた。


「うるさいな。わたしのことは放っておいて」


 本当はルカ同様に駆け寄りたいに違いない。しかし自分を見たときの、アーティの表情や言葉を聞くのが恐ろしいのだろう。普段よりも怒りの沸点が低いハイネを見て、レイゲンはそう予想を立てる。


「……ハイネちゃん」


 いつの間にか、嗚咽の声がとまっていた。アーティはまっすぐにハイネを見据えている。


「わたし、知ってるよ。ハイネちゃんなんだよね?」


 言い当てられるとは思っていなかったのだろう。ハイネはしばし言葉をなくし――。


「……どうしてそれを」


 ようやっと絞り出したふうな声には、喜びや悲しみよりも、強い疑念を(はら)んでいた。


「わたし、器人になったの。だからハイネちゃんのことは、テレサさんとユニさんの記憶から知ったんだよ」


 前髪を掻き分けて、アーティが言う。そばにいたルカは驚愕を露にし、レイゲンたちも目を見開いた。


「みなさんに話したいことがたくさんあります。聞いてください」


 ルカとハイネ。そしてレイゲンとリヴェンに視線を移して、アーティは口を開いた。




(まさか……そんなことが)


 古の時代、突如として世界に現れ出たと伝えられている魔獣。それを小指の一欠片から生み出したのが妖魔の王。肉体が滅びても人間の女に憑依し、やがて意識を乗っ取ってしまうディヴィアと、まだ母の胎内にいた頃に彼女に乗り移られたユニ。


 ――そして。ユニの心の欠片が、ディヴィアの中に囚われたままだということ。


 アーティが(よど)みなく語って聞かせたその内容は、衝撃的としかいえなかった。きっと話だけを聞かされたなら、とても信じられなかっただろう。けれども、フェイヴァを易々と破壊したあの女が、それらしい言葉を口にしていた。フェイヴァに対して急速に当たりが強くなっていったユニ。記憶を掘り返してみると、符合する点がいくつか見つかった。


「レイゲンさんとフェイヴァさんのそばにいることで、ディヴィアの目覚めは急速に(うなが)されていきました。それはあなたが……」


 アーティは言葉に詰まる。レイゲンの視線を受け止められずに、顔を伏せた。おそらくは記憶を読み、レイゲンの正体に言及することをためらったのだろう。


 レイゲンは今まで、フェイヴァ以外には半妖であることを秘密にしてきたのだから。


 赤の他人に過去を見られるというのは何度経験しても不愉快だったが、何を言っても後の祭りだ。


 それにもう、隠し事はするべきではない。レイゲンは三人の顔を見渡す。


「俺は……実の父親から、妖魔の細胞を移植されている。人間じゃない。半妖なんだ」


 三人はぎょっとした顔をしたが、驚きは瞬く間に収まったようだ。ともに武器を取り、戦ったからこそ直感している。レイゲンは魔人とも死天使とも違う存在であると。


「……そうだったのか。メリアから、おまえのことは注意するように言われてた。道理で強かったわけだ」

「あんたも苦労してるんだね」


 得心が行ったふうなルカと、同情がにじんだ声をかけてくるハイネ。リヴェンは何も言わずに腕を組んだ。


「レイゲンさんから、それとはわからずとも、妖魔の力の波動のようなものが発されていました。それとフェイヴァさん。記憶があった頃の彼女を、ディヴィアは殺したいほどに憎んでいるんです。彼女の存在は、ディヴィアの脳裏に深く刻まれていました。肉体を失い、時が過ぎた今となっても。フェイヴァさんを初めて見たとき、ユニさんの中にいたディヴィアは既視感を覚えました。それが始まりだったんだと思います」

「……おまえはフェイヴァの生前の人格について知っているのか?」


 レイゲンが尋ねると、アーティは黙りこんだ。重い沈黙は、脳裏を巡る過去の景色を、ひとつひとつ手に取り確かめているかのように思える。


「……わたしが知っているのは、あくまでディヴィアの記憶で、過去を失う前のフェイヴァさんの視点に立つことはできません。だから、はっきりとしたことはわからないんです。今の状態で彼女について言及することにためらいがあります。テレサさんにもこの件については尋ねませんでしたから。だから……」


 確証もなく、軽はずみな発言はしたくないということだろう。


 瞼を閉じ、アーティは身震いする。どんな場景を目にしたというのだろう。横顔は苦しげに見える。


「レイゲン。気になるだろうけど、この話はやめて」


 アーティの隣に座っていたハイネが、彼女の手を握り言った。仕方がない。


「それで……わたしが話したいのはユニさんのことです」


 深呼吸をしてハイネの手を握り返してから、アーティは顔を上げる。


「ユニさんがあんな行動を取ったのは、彼女の想いも一因ですが……最大の要因は、ディヴィアがフェイヴァさんに抱く憎しみが、強く影響を及ぼしていたからなんです。ユニさんはその感情に対して戸惑い、不安になり……自分自身が感じているものだと考えもしました。ディヴィアが語りかけてくるようになると、彼女はフェイヴァさんについて否定的な言葉を浴びせ続けました。ユニさんは誰にも相談できず、ずっと苦しんでいたんです」


 想起すれば、いくつか思い当たる節がある。


 遠征を終え、治療室で静養していたユニを見舞いにいったとき。レイゲンの問いかけに、まるで確証を得ているといった様子で言葉を発していた。


 ユニとフェイヴァの間に決定的な亀裂が生じることになった出来事。妙にぎらついていたユニの瞳。フェイヴァの腕に巻いていた布を取り去ったのが、ディヴィアの指示だとしたら。


「だから、ユニさんが悪いわけじゃないんです。本当はあんなこと望んでなかった。亡くなってしまったのに……誤解されたままなのは悲しすぎる」


 涙ぐむアーティを、ハイネが抱きしめた。あやすように背中を撫でる。


 ルカもリヴェンも、レイゲン同様にユニに思いを()せているのだろう。病室を、静寂が満たした。


***


 幸い、アーティから聞いた話を、自分のなかで消化する時間はあった。憎たらしいほどたっぷりと。何かをしていないとフェイヴァのことを考えてしまう。そのたびに苦しく、焼けつくような焦燥感が募るのだ。


 焦ってもどうにもならないと己に言い聞かせながらも、レイゲンは空を見上げては伝書鳩の姿を探した。ベイルからの書簡を今か今かと待ち望む。


 時はまるで粘り気のある液体のように、遅々とした速度で進んでいるように思えた。


 兵士たちとの合同訓練と並行して、度重なる協議が開かれた。議題はレイゲンたち――兵器の戦場での運用方法であり、同地で武器を取る兵士たちの立ち回り方であった。


 人間以上の身体能力を持つといっても、無軌道に行動されては宝の持ち腐れであるし、兵士たちだけで突出されても無駄な犠牲が出るだけである。


 あくまでレイゲンたちを基点として、兵士たちは掩護(えんご)やアシストを務めるべきだ。ベイルに本部を任されたネフェル一騎士の提案に、最初こそは難色を示す者もいたが、実戦訓練とまとめられた報告書により実力の隔たりが周知されると、あるいは沈黙しあるいは黙殺された。


 テレサはピアースとともに死天使の修復をしつつ、空いた時間でアーティに力の制御方法を教えていた。レイゲンたちが大聖堂に発ったあとの巡回の穴埋めは、死天使を起用することにした。どうすれば均等に警邏(けいら)し、本部の守りを固めることができるか。テレサとピアースも協議に出席し、死天使の配置について意見を出しあった。


 伝書鳩が知らせを運んできたのは、協議が煮詰まった五日後のことだった。




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