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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
1章 機械と人 隔絶した心
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04.ダエーワ支部


***


 居住区から馬車を使い、都市の玄関である商業区にやってきた。レイゲンが宿に隣接している小屋に、翼竜を留めおいていたのだ。


 群青色の鱗。人間の身の丈を越えるほどの、骨格が浮き出た翼。突き出た顎に鋭い牙が光る。圧倒される体躯を誇る、見事な翼竜だった。


 宿の者にわずかな金を渡すと、翼竜を繋いでいた鎖を外す。その背に乗って、フェイヴァとレイゲンは飛び立った。


 フレイ王国から離れなければならないと思うと、フェイヴァは胸が痛んだ。ディーティルド帝国から離れたフェイヴァが、短いながらも人間のように暮らすことができた最初の国だったのだ。そして、最後の国になるのかもしれない。


 翼竜が強く羽ばたき、飛距離を伸ばしていく。


 世界は、翼を広げた竜の姿を摸している。フェイヴァたちが今いるフレイ国とロートレク国は、まるで翼竜の口のような鋭い地形によって分断されていた。今から向かうロートレクは、ちょうど竜の下顎に位置している。その真ん中にゲイム国があり、広大な砂漠地帯が、フレイとロートレクを区切るように国境の役割を果たしていた。


 母以外の人の背中にしがみつくのは初めてだったが、羞恥や緊張はまったく感じなかった。フェイヴァはいつまでも、自己嫌悪から脱却できずにいた。


 フェイヴァは深く窪んだ渓谷を見渡した。所々岩が顔を出す地上で、無数の小さな物体が跳ねるように移動していた。魔獣の姿を拡大して見てみる気にはならなかった。落ち込んだ気持ちが更に降下してしまうだけだろう。


 幹が太い木の上で短い休憩を挟んだ以降は、沈黙の飛行が続く。レイゲンに何度か話しかけてみようとしたが、彼の面持ちには立ち入れられない雰囲気があって、はばかられてしまった。


 二日目の朝。見えてきたのは都市ではなかった。外壁に周囲を閉ざされた、石造りの塔だ。塔の上空を、兵士を乗せた翼竜が飛んでいる。光の当たり具合によって暗く色を変える壁は、どこか閉鎖的なものを感じさせた。


「あれが、私がお世話になるダエーワ支部なんですか?」

「そうだ。ウルスラグナ訓練校の試験まで一月ある。お前はその間、あの施設で生活してもらう」

「……はい」


 都市で暮らしたいという望みは、聞き入れてもらえないだろう。


 自分は人間ではない。それはどうあがいても否定することはできない。フェイヴァのことを知らない人たちは、用心に用心を重ねたいのだ。


 ダエーワの敷地内に降りると、建物の周辺に兵士たちが整列していた。その数は四十人は下らないだろう。兜を目深く被り腰に剣と長銃を帯びた姿はいかめしく、フェイヴァは緊張に背筋を伸ばした。納屋に翼竜を繋ぎ、レイゲンに伴い兵士たちに近づいていく。


 先頭には一際大柄の兵士が腕を組んで立っていた。他の兵よりも匠気しょうきが表れた鎧と兜は、階級の高さを窺わせる。


「クライスター三尉、任務完了しました」


 五等級で構成されている尉官は、軍の中隊長を勤める。彼がここ、ダエーワ支部の統括者のようだ。


「部屋で待機していろ。報告書の提出を忘れるな」

「はっ!」


 レイゲンはフェイヴァを振り返りもせず、塔に入って行った。表情が変わらないレイゲンでも、ひとりでいるよりはマシだ。呼び止めようとしたフェイヴァはしかし、威圧的な雰囲気に飲まれてしまう。


 仕方なく彼の後ろ姿を見送って、フェイヴァはクライスターに深々と頭を下げた。


「フェイヴァと申します。これから一月、お世話になります」


 礼儀を持って相手に接さなければ、良好な関係を築くことは難しい。テレサの言いつけに従って丁寧に挨拶したのだが、返ってきたのは兵士たちのざわめきだけだった。


「静まらんかっ!」


 クライスターに一喝され、兵士らは瞬時に口を閉じた。筋骨が発達した大柄な肢体を持つクライスターに見下ろされると、震えが走る。兜の下に見えるそうぼうには、明らかな敵意が宿っていた。


 彼は整列している兵士たちを振り返ると、フェイヴァを顎で示した。三人の兵士が列から抜け出し、フェイヴァを拘束する。鞄は取り上げられてしまった。三人ともクライスターには劣るが、がっちりとした身体つきをしていた。


「鞄の中には怪しい物は入っていません。読みかけの本や家で使っていた教本や硬筆です。あとで返していただけますか?」


 鞄を掴んではいる兵士に尋ねる。彼は肩を震わせると、フェイヴァから顔を背けた。


 自分が喋れば喋るほど、兵士たちの表情が曇っていくのがわかる。


 クライスターは軍靴を鳴らしながら塔内へと向かっていく。フェイヴァは乱暴に押しやられて、肩を跳ねらせた。クライスターについて行けということらしい。彼らに従い足を運ぶ。その後ろから、兵士たちが続く。


 石造りの塔の中は、若干埃臭かった。陽光を取り入れるための小さな窓から、風が吹き込んでくる。少ない窓では十分な光量にはならず、壁に備えつけられた燭台の中で火が揺れている。


 フェイヴァが連れて来られたのは、分厚い石の扉の前だった。兵士が前に出て、二人がかりでそれを開ける。通路から持って来たろうそくが、漆黒を払った。


 狭い部屋には窓がない。暗闇の中に没している。しかし死天使であるフェイヴァは、部屋の中にある物を問題なく読み取ることができた。部屋の中央が、鉄格子によって仕切られている。背中にぞくりと悪寒が走った。


「今日から一月、貴様はこの中で生活をするのだ」


 悪い予感は的中した。クライスターのおごそかな声に、フェイヴァは絶望的な気分になる。


(鉄格子の中で生活するなんて……。私、何も悪いことしてない)


 テレサは支部で生活をするだけだと言っていたのに。これでは話が違うではないか。


「なんだその顔は。貴様は、自分が人間のように扱ってもらえるとでも思っていたのか? それは思い上がりというものだ。我々にとって貴様は、他の死天使と同じ。貴様らは罪のない市民や兵士を大量に殺戮しているからな。いずれ人の中に放たねばならんというのなら、なおのこと慎重になる必要がある。我々には、貴様が真に安全か見極める責務があるのだ」


 機械である自分が、人と折り合っていきたいと考えるのは、やはり間違っているのだろうか。クライスターの声には、そう思わせるだけの高圧的な強さがあった。彼は自分の正しさを確信している。


(でも私は、他の死天使とは違う……!)


『あなたは今苦しいでしょう。けれどそれこそが、あなたが人の心を持つ証なのよ。痛みを知っている人は、それだけ人に優しくできる。はんもんや苦痛を感じられるあなたは、人と一緒に歩くことができるわ。私はそれを確信している』


 自分を人と同列におきたいわけではない。ただ、危険な存在だと思われているのなら、その誤解を解きたかった。テレサとの暮らしを監視してきた彼らなら、フェイヴァがどんな人格を有しているか知っているはずなのに。クライスターたちにはそれが伝わっていないのだろうか。


 いかつい顔によって作られている表情には、ぞっとするものを感じた。クライスターだけではない。フェイヴァを拘束する兵も、包囲する兵たちもまた、同様の表情をしているように見えた。


(お母さん……怖いよ……)


 涙がにじみそうになって、フェイヴァは顔を伏せた。大変なことになってしまった。この間までの幸せな生活が、夢だったように思えてくる。


「私は……理由もなく人を傷つけてはいけないとお母さんに教わりました。約束できます!」


 恐怖に囚われてはいけない。自分の言葉で説明しなければ。フェイヴァは震える声で訴えた。


 クライスターは鼻で笑った。吊り上がった口元が嘲笑を示している。


 しがみつくような、決死の覚悟で発した誓いは、投げ捨てられた。


「何も家畜のように扱おうというわけではない。訓練校に入るためには高い学力も必要だからな。学べるように手配はしてやる。貴様は鉄格子の中で平穏に過ごしていればいい」


 クライスターの顔に、あたかも刃物のようなぎらついた笑みが宿る。


「……今はな」


 鉄格子の扉が開かれる。フェイヴァは二人の兵士に引きずられるようにして、部屋の中に入った。引き金に指をかけるような音が聞こえて、フェイヴァはぎょっとする。手も通せないような鉄格子の隙間から、銃口が差しこまれていた。


 逆らったが最後、無数の銃が火を吹き、フェイヴァに弾を撃ちこむだろう。クライスターに監視されながら、フェイヴァの四肢に枷が填められる。


 手枷の間が鎖で繋げられている。両手は身体の幅くらいまで離すことができた。勉強をするのに不都合がないようにだろう。


 足首に填められた枷にも鎖がつけられていた。兵士がそれを引っ張るものだから、フェイヴァは極端に狭い歩幅で歩くしかなかった。鎖は部屋の奥にある柱に巻きつけられた。


 フェイヴァがいつ鉄格子を破って暴れ出すかと、兵士たちは警戒しているのかもしれない。柱に鎖を固定されたことで、格子扉には近づくことができなくなった。足枷に繋がった鎖は、辛うじて床に横になれるという短さだ。


 手を突き出しただけで、兵士を壁に激突させることができるのだ。鎖くらい千切れないかと思ったが、兵士たちの前で試してみる勇気はない。


 不意にテレサと一緒にディーティルド帝国の兵器開発部施設から逃げ出した日のことを思い出した。脱出に使った手段は、一頭の翼竜だった。頑丈な牢に繋がれて、人間の役に立つ時だけ出ることが許される。


(私は? ……私は、本当にここから出してもらえる?)


 冷たい床の上に、フェイヴァは座り込んだ。軋んだ音を立てて、鉄格子の扉が閉まる。兵士たちは後ろを振り返りつつ、部屋を出て行った。これから自分に何が起こるのかと考えるだけで、フェイヴァは震えが止まらなかった。


挿絵(By みてみん)




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