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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
9章 曙光散らす 死の翼
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21.焦燥


 ◇


 地上の緑と天空の青が、猛烈な速度で通り過ぎていく。


 ハイネを下したフェイヴァは、死天使に連れられたユニのあとを追い、カルトス平原を北へと飛行していた。


 レイゲンとリヴェンのもとに駆けつけて、加勢しようとは考えなかった。レイゲンは強い。彼が敗北するなど考えられないからだ。それにリヴェンもいる。彼らのもとに向かったら、余計なことはするなと、いつものように口汚く怒鳴られてしまいそうだ。


(それに……信じてる)


 ルカはきっと、レイゲンとリヴェンを殺すことはできないのだ。家族同然である大切な人と、訓練校で築いてしまった絆との間で、苦しみ悩むに違いない。――ハイネがそうであったように。


 最初から殺害対象として見て、極力関わらなければ、ためらうこともなかったのに。それができるほど、二人は人間を捨てきれていないのだ。


 翼をひるがえすたびに生まれる突風が、質素な衣服をはためかせる。ほどなくすると、三十メートルほど離れた空中に、数頭の翼竜を捉えた。フェイヴァは強く大剣の柄を握りしめる。


 羽ばたきの音に紛れて名前を呼ぶ声が聞こえ、フェイヴァは振り返った。翼竜に騎乗したレイゲンとリヴェンが、後ろから近づいてくる。


「二人とも……!」


 二人は負傷していたが、リヴェンの傷は治癒能力によって塞がりつつあった。


 レイゲンはフェイヴァを見つめて、安堵したように吐息を落とす。


「フェイヴァ、大丈夫か?」

「はい。わたしはまだ戦えます」

「だらだら話してる暇はねぇ。来るぞ!」


 フェイヴァたちは互いに、ハイネとルカのことを語らなかった。フェイヴァは、レイゲンたちがルカを殺したとは念頭に浮かべもしなかったし、レイゲンたちもそれは同様なのだろう。フェイヴァたちの意識はすぐさま、距離を詰めつつある敵に向けられる。


 先陣を切ったのは、動きやすそうな革製の鎧に身を包んだ男だった。赤い冷光が明滅し、発現した火球が唸りを上げて突き進んでくる。フェイヴァたちは散開した。


 急上昇したフェイヴァの爪先を、熱風が舐めていく。


 男の撃った火球を合図に、戦端が開かれた。翼竜に乗った魔人と死天使が、一斉に押し寄せてくる。


 魔人の中に見知った顔はなかった。双眸には共通して、剣呑な光が宿っている。嗜虐な性向を示すかのように、口許には底気味悪い笑みがのせられていた。魔人たちの周囲に、それぞれ異なる色の光が舞う。


 彼らの身体が一瞬、黄金色に染まる。地の能力者が、身体の頑健さを向上させる力を発動したのだ。


 黒髪の女が放った雷撃を、フェイヴァは飛翔し躱す。間一髪で、雷撃は爪先の下ぎりぎりを駆け抜けていった。


(急がなきゃいけないのに……!)


 胸を焦がしそうなほどの焦燥感に、フェイヴァは奥歯を噛みしめる。放たれる雷撃を既の事で回避しながら、周辺に視線を走らせた。


 レイゲンは上空で四体の死天使を相手にしている。フェイヴァの後方で手綱をるリヴェンは、二人の魔人の熾烈な攻撃を凌いでいた。


 八対三。敵の数が多すぎる。これでは、誰か一人が抜け出して先に進むことさえできない。


 聴覚が風の唸りを捉え、フェイヴァは現在位置から離脱する。思案に没頭していたため、躱すのがわずかに遅れた。突進してきた火球が腕を掠めて、鋭い痛みにフェイヴァは顔を歪ませる。


 翼を操り方向転換し、火炎が飛んできた先に顔を向ける。


 日に焼けた肌に革鎧を着た、四角い顔の男が、フェイヴァに向けて手をかざしていた。彼の横に飛び上がった翼竜には、黒髪を肩まで伸ばした女が乗っている。艶のある黒髪を彼女は掻き上げて、彼を冷ややかに見やった。


「予想していた通り。長い学校生活で人間たちに情が湧いたのでしょうね。だから私は、ルカとあの機械が訓練校に行くのを反対したの」

「面倒な仕事を増やされては敵わないな。足止めの役目すら果たせない、兵器の面汚しどもが」


 二人の会話に、フェイヴァは柄を握る手に強く力をこめる。


「二人を侮辱しないで! ハイネとルカはあなたたちとは違う!」


 女は嘲笑し、次なる力を発動する。黄緑の光が空中に散る。身体の敏捷性を上昇させた。肉薄され、恐ろしいほどの速度で剣が振るわれる。避けられない。刃が真横に衣服を裂く。切り傷だらけの服の下、腹部から血がしぶいた。


 フェイヴァは翼を羽ばたかせ距離を取るが、間合いを放したその瞬間に火球が突き進んできて、フェイヴァを吹き飛ばした。人工皮膚が焼ける異臭が鼻を突く。


「ユニを連れ去って、一体何をするつもりなの……!?」

「悪いな。俺たちは何も知らないし、あの娘がどうなろうが興味はない」

「私たちに下された命令は、儀式が済むまであなたたちをここにとどめておくことよ。よほど重要な任務なのでしょうね。この先にもたくさん、仲間が配置されてるわ。……足手まといのせいで、予定が狂ってしまったけど」


 では、彼らを退けたからといって、すぐにユニに追いくことはできないのだ。絶望が、脳裏を侵食していく。


 挫けそうになった心に浮かんだのは、死んでいった者たちだった。ミルラの、サフィの、そしてともに学んできた仲間たちの姿。今は失われ、二度と会うことができない友人たち。


 あんな思いはもう二度と、味わいたくない。


(駄目だ……! まだ、諦めるなんて!)


 談話を切り上げると、女が翼竜の胴を蹴った。翼が突風を生み出し、巨体は滑るようにかける。後衛から男が炎を放つ。肌を炙る灼熱を感じながら、フェイヴァは距離を取った。


 火炎を回避した瞬間に、女が斬りこんでくる。


 容赦のない一閃を左肩に受け、フェイヴァは歯を食い縛る。怯むことなく、大剣を振りかざした。



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