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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
9章 曙光散らす 死の翼
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19.兄弟(2)

 ルカは翼竜を()る。縮まる距離。リヴェンの周囲に黄緑色の光が散る。


 雷撃が来る――翼竜の胴を蹴り飛び上がらせるが、判断を誤った。翼竜の翼にまるで重しがくくりつけられたように、羽ばたきが緩慢になったのだ。


 思わず舌打ちする。


 リヴェンが肉薄し、大剣を振り上げる。刃の背で受ける前に、彼の大剣は風のような速さでルカの腹を斬り払った。身体を薄く覆った保護膜は、まともに受ければ致命傷だった一撃の威力を、軽減する。鋭い痛みが走るが、傷は浅い。ルカは降下し、更なる攻撃を躱そうとする。


 リヴェンはしかし、深追いはしなかった。翼竜の鞍に取りつけられた鞘から片手剣を抜き、エンジュにとうてきする。エンジュは上半身を捻り回避するが、すれすれに横切った刃がドレスの裾を裂いて行った。


「もう最悪! 何す」


 余裕を感じさせる声は、突如悲鳴に変じた。エンジュが剣を躱したと同時に間合いを詰めていたリヴェンが、電撃を放ったのだ。一瞬、視界が白く焼かれる。細かく枝分かれしながらも一直線に走った雷は、エンジュの翼竜の翼を貫いた。


 彼女が翼竜の扱いに長けていたならば、すぐに傷を治癒し翼竜を落ち着かせることも可能だっただろう。しかしエンジュは翼竜との信頼関係を築いているとは言い難く、たった一度の攻撃を受けただけで制御不能に陥った。


「あわ、わっ!? もう、傷治してあげたでしょ! 暴れないでよ! きゃあっ!」


 彼女は翼竜に振り落とされ、銀の髪をなびかせながら地上に落下していく。


 邪魔物を排除したリヴェンは、瞬く間に接近してくる。ルカの翼竜は動作が緩やかになっており、距離を離すことは不可能だった。


 身体能力を強化したリヴェンの一撃を、ルカは躱すことができない。肩を深々と斬られる。歯を食い縛りつつ、引き抜かれようとした刃を掴み、引き寄せる。リヴェンは咄嗟に柄から手を離し、翼竜を降下させようとする。ルカは光球を出現させ、炸裂させた。眩いばかりの光と、ぜた瞬間に発生した衝撃と飛び散った破片が、リヴェンの退路を塞いだ。


 ルカが振り下ろした大剣が、リヴェンの身体を斜め下に斬り下ろした。傷口から血が吹き出す。苦悶の表情を浮かべたリヴェンの手が、手綱から離れる。膂力を強化した腕が繰り出したけんげきの威力は凄まじく、リヴェンのみならずその下の翼竜の胴まで斬り捨てた。翼竜は激しく鳴き、痛みに身を捩らせた。


 落下したリヴェンを追って、翼竜を降下させる。


 地上ではエンジュが、近づいてきた魔獣に蹴りを見舞っていた。右腕が刃状になった猿は、小柄な体躯で踏ん張ることができずに、後方に吹き飛ばされていく。


「やだぁ~。見れば見るほど気持ち悪い顔」


 彼女は猿の姿をした三匹の魔獣――【酩酊する刃(アンダニム)】に囲まれていた。接近し、あるいは遠距離から振るわれる鎌を、軽快な足運びで回避する。表情に焦りというものはない。受け身に失敗したのか、腕にはうっすらと痣が浮かんでいたが、水色の冷光が身に纏い、健康的な肌色を取り戻した。


 リヴェンは砂埃を巻き上げて着地する。が、傷が痛むのか地面に膝をついた。翼竜の背から振り落とされた瞬間に、大剣を手放してしまったらしい。


 ルカは依然として上空に留まったままだが、補助と治療を本分とするルカとエンジュには、遠距離にいる相手に致命傷を与える能力はなかった。接近し攻撃を仕掛けるしかないが、対するリヴェンには雷撃がある。


 予想した通り、彼は電撃を放ってきた。一瞬にして強烈な光が駆け上がってくる。ルカは翼竜を上昇させ、回避した。


 エンジュの周りを跳び跳ねていた魔獣たちは、新しい獲物を見つけると、金属板を爪で引っ掻いたような独特の奇声を発した。一匹が腕から刃を取り外し、リヴェンに投げつけた。エンジュがあえて魔獣を始末しなかったのは、落下してきたリヴェンを襲わせるためだったようだ。傷を瞬時に治癒できるエンジュと違い、満身創痍なリヴェンにとっては魔獣の攻撃でも厄介な障害となる。


 魔人の自然治癒力は人間以上だが、重傷を瞬時に治してしまうほど並外れてはいないのだ。


 リヴェンは猿が投げた刃を屈んで躱す。飛びかかってきた一匹を雷撃で吹き飛ばした。


 その隙に接近したエンジュが、リヴェンに殴りかかる。拳が接触する瞬間、エンジュの周囲に水色の光が散る。


 敏捷になっているといっても、傷の痛みがリヴェンの動作を阻害する。躱しきれず、彼は地面に伏した。


「さっきまでの威勢はどうしたのぉ~? ボロボロじゃない」


 赤みがかった紫色の瞳を細めて、エンジュは鈴が鳴るような笑声を漏らした。


 リヴェンが立ち上がると同時、エンジュが舞うような足運びで距離を詰める。水色の光が一瞬身体を包み、次いで右足が振り上げられる。金属で補強された靴の先が容赦なく傷口に捩じ込まれ、リヴェンは血飛沫を散らして転がった。うずくまったまま、力を行使しようとする――が、黄緑の冷光が周辺に瞬くことはなかった。


 自分が何をされたのか理解したのか、リヴェンは顔を険しくする。


 三種類ある水の能力(アイル)の内の一つに、触れた相手からエネルギーを吸収し自身のエネルギーに変換してしまうという力がある。素手だろうが、金属の籠手を装着していようが、身体の一部が接触すればいい。エンジュが攻撃を重ねるほど、リヴェンは体内のエネルギーを削り取られてしまうのだ。


 ルカは上空から、傷を負っていくリヴェンを見下ろしていた。


 すぐにでも降下して、エンジュの加勢をするべきだ。順調に事が運べば、リヴェンを仕留められる。


 けれども、それで本当にいいのか。


 胸に広がったのは、動悸がするほどの焦燥感と、自己嫌悪だった。


 アーティはルカにとっては妹のような存在であったが、所詮は赤の他人だ。彼女を助けるために、実の弟に手をかけるのか。


 親から捨てられ、悲しみと不安の中、見知らぬ地で生活を始めた。施設で出会ったアーティとハイネとは、五年間苦楽をともにしたのだ。侵蝕病による痛みも辛い訓練も、互いに励まし合えば耐えることができた。二人はルカを慕い、頼りにしてくれた。生まれて初めて人に必要とされたような気がして、嬉しかった。


 極力関わりたくないという態度を見せていた両親と、何も知らず親の愛に包まれた弟との暮らしより、施設での生活の方が濃密に感じられ、ルカに生きている実感を与えてくれたのだ。


(だから俺は……アーティを助ける。そうだ、もう後戻りなんてできないだろ……!)


 事態は動き出してしまった。――いや、自分たちが動かしてしまったのだ。


 たくさんの人間が殺された。サフィも死んでしまった。そしてこのままいけば、リヴェンもレイゲンもフェイヴァも殺されるだろう。連れていかれたユニも、無事で済むはずがない。


 もう、踏み留まれる場所はどこにもない。ならば最期まで、悪役を演じるだけだ。


 ルカは翼竜を急降下させた。自分を奮い立たせるために声を張り上げなければ、とてもではないが大剣を振り下ろすことができなかった。


 リヴェンは回避しようと足を運ぶが、エンジュが前方から接近し蹴りつけた。衝撃に身を仰け反らせたリヴェンの身体を、刀身が捉える――。


 後方から衝撃を受けて、翼竜が大きく身を捩った。ルカは体勢を崩し、大剣は地に深く(せっ)そうを刻む。


 戸惑いは不吉な予感へと変質する。


 ルカは肩越しに振り向いた。


「セルヴァ!」


 エンジュの驚愕とした声が響き渡る。


 ルカの翼竜にぶつかったのは、気を失ったセルヴァだった。青い衣は幾重にも斬りつけられ血が滲み出ている。顔も血濡れており、黄緑色の髪が額に張りついていた。


「苦戦しているようだな」


 血に染まった大剣を手に、レイゲンが歩いてくる。傷は負っているが、致命傷は受けていないようだ。四大能力の中でも最強といわれる風の力(ヴィエトル)と、四体の死天使をぶつけても殺せないとは。


「うるせぇ。テメェの助けなんざいるか」


 苦しげに口許を噛みしめながらも、リヴェンは立ち上がった。


 レイゲンがさっきまでいたであろう後方を遠目で眺める。大地に散らばった残骸が、火花を散らしていた。


 レイゲンが翼竜から早々に落ちてしまった時、何故疑問に思わなかったのだろう。行動が制限される翼竜の上では不利と考え、彼は故意に地上に落ちたのだ。そこでなら死天使や魔人を上回る身体能力を発揮することができる。


 瑠璃色の虹彩に、深い血の色が滲んでいる。切れ長の瞳がすっと細められ、(へい)げいされると、ルカの背筋に悪寒が走った。エンジュが小さな悲鳴を上げる。


 メリアはレイゲンを、最も警戒しろと言っていた。魔人でもなく死天使でもない彼に対し、何故そこまで慎重にならなければいけないのか。入学当初に抱いていた思いは、生活をともにするうちに変質していた。


 レイゲンはワグテイルを傷ひとつなく退けた。そして今、多数の敵を相手にしても、膝を折ることはない。


(あいつは、一体……)


 自分たちとレイゲンの間にある力量差は、あまりに隔たっている。ルカはある種の畏敬の念を抱きながら、それを実感していた。


 悠然と近づいてくるレイゲンに顔を向けたまま、エンジュはセルヴァに駆け寄った。傷の状態を確かめると、すぐさま水の能力(アイル)を発現する。


「ちょっと! 何空の上で見物してんのよ! 助けなさいよ! アーティがどうなってもいいわけ!?」


 セルヴァの傷を癒しながら、エンジュはルカを見上げた。叫び声は恐怖によって震えている。


 ルカが降下するよりも、レイゲンがエンジュとの間合いを詰める方が速かった。


 絹を裂いたような悲鳴が、エンジュの口から発される。


 上半身を起こしたセルヴァが能力を発動する。レイゲンの身体の敏捷性を低下させ、続け様に雷撃を放つ。必中の雷がレイゲンに直撃する。視界に黄緑の閃光が走った。


 視界を反らしてしまっていたルカは、ゆっくりとレイゲンの方に顔を向ける。


 軽鎧は凄まじい熱量に黒く色を変えていたが、レイゲン自身はいまだ地面にしっかりと足を踏みしめていた。噛みしめられた唇を見るに効いてはいる。が――行動に支障を来すほどのダメージは負っていない。


「……な」


 セルヴァははっきりとした動揺を面に浮かばせる。


 レイゲンは宙に跳ぶ。着地と同時、足下を蹴り上げた。地面が抉れ、飛び散った土塊がセルヴァに殺到する。塊となった土は容赦なく彼を打ち据え、次いでレイゲンが放った拳が顔面を捉える。セルヴァは血を吐きながら吹き飛び、砂煙を生じさせながら視界から消えた。


「死にたくなければ消えろ。目障りだ」


 エンジュは表情を強張らせたまま、レイゲンを見、続けて遠くに消えていったセルヴァの方に顔を向けた。強い調子で口笛を吹くと、上空を旋回していた彼女の翼竜が降下してくる。


「やだっ! もう信じらんない! あんた、ちゃんと足止めしときなさいよ! 手ぇ抜いたら承知しないんだから、この役立たず!」


 高い声で罵声を飛ばすと、エンジュは翼竜に飛び乗った。翼竜は大きく翼を羽ばたかせ、セルヴァが倒れているであろう方角に向かう。



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