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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
9章 曙光散らす 死の翼
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15.嘘(2)



 フェイヴァは死天使の向かった方角に飛行する。北東へ。


 いつしか眼下には、カルトスと呼ばれる、低く平らな地形が広がっていた。都市ネルガルと隣都市であるリューネの間に横たわる、十三万キロにも及ぶ大平原である。


 フェイヴァはそこで敵の姿を補足した。ユニを連れ去った死天使は、大平原の上空を滑るように飛んでいる。


 フェイヴァは翼を強く翻した。速度を上げる。


 ユニを抱えた死天使の姿が、だんだんと小さくなっていく。それと入れ違うように、新手らしきものが向かってくる。死天使の視力でさえ点にしか見えないほど距離が離れているため、数はわからない。


(どうして……)


 敵はウルスラグナ訓練校を襲撃した死天使だけではないのか。一体どれだけの数が向かってきているのだろう。


 もしも敵が大量に投入されているとしたら、自分の力だけでは太刀打ちできない。


 フェイヴァはわななきそうになる身体を、意志の力で押さえつけた。


(いまさら弱気になるなんて!)


 剣の柄を強く握りしめ、ひたすらに翼を羽ばたかせる。


 と、頭上に影が差した。天高く昇った太陽を背に、群青色の翼竜が降下してくる。


「フェイヴァ、無事か!」

「レイゲンさん!」


 レイゲンはフェイヴァの隣で、翼竜の羽ばたきを緩やかにする。


「どうして……闘技大会は」

「死天使の大群がこちらに向かっているのが見えてな。自主的に抜けてきた」


 進行方向に向けられた、鋭い瞳。そよぐ青藍色の髪。助けは得られないと思っていた人が駆けつけてくれて、フェイヴァは安堵を覚えてしまった。レイゲンがいてくれる。もう大丈夫だ。彼に頼ってしまいそうになる弱い自分を、内心で叱る。


 動揺を悟られまいと律したつもりだったが、顔に出てしまったらしい。レイゲンの表情が曇る。


「何があった? あいつらは無事か?」

「死天使が訓練校を襲ったんです! サフィが、サフィが……死んでしまって……ユニがさらわれて……!」


 言葉にすることは、あまりに大きなものを失ったことを実感させた。語尾が震えてしまう。フェイヴァは自分が情けなかった。


 レイゲンは息を詰まらせた。柳眉りゅうびをきつく寄せ、唇を噛む。


 彼はフェイヴァと違って取り乱したりはしなかった。顔に現れた衝撃はさざなみのように消え、次にはいつもの冷静な相形に戻る。レイゲンはしっかりとフェイヴァを見つめた。


「……しっかりしろ。落ち着くんだ。今はユニを助けることを優先する。お前は訓練校に戻っていろ。危険だ」

「嫌です! 私も行きます!」

「レイゲン!?」


 重量感のある羽音を響かせながら、翼竜に乗った三人がやって来る。リヴェンはいるはずのない人物を目にし、わずかに驚いた様子を見せた。ルカとハイネは揃って硬い表情になる。


「お前……なんでここに」


 ルカの疑問には答えず、レイゲンはフェイヴァに視線を移す。


「話はあとだ。フェイヴァ、ルカとハイネを連れて戻れ。お前たちでは無駄に命を散らすだけだ。リヴェン、行くぞ」

「ざけんじゃねえ! 誰がテメェの言うことなんざ聞くか!」


 レイゲンはリヴェンに指示をするが、彼は不快げに声を荒げる。先を争うようにして、今まさに向かってこようとしている敵影に接近していく。


 通常の死天使が少し強くなった程度に過ぎないフェイヴァよりも、無類の強さを誇る風の能力を持つリヴェンを連れていくのは、賢明な判断だった。


 自分では二人の足を引っ張ってしまう可能性がある。それでも、この場を任せて逃げ去るのは嫌だった。何かできることがあるはず。


 ハイネとルカが後ろから近づいてくる。二体分の翼の音を聞きながら、フェイヴァは振り返らずに声をかけた。


「二人は戻ってて。ここは私たちに任せて」

「そういうわけにはいかないよ」


 平静なハイネの声に続いて――風切り音。


 灼熱に似た激痛が走って、フェイヴァは驚愕した。


 刀身がフェイヴァの脇腹を抉っている。


 ハイネが握る柄に、血が伝う。


「あんたたちを、ここから先には行かせられないからね」


 フェイヴァは吐息を吐いた。何が起きているのか、理解が追いつかない。焼けつくような痛みがただ、フェイヴァに現実を突きつける。


 肩越しにこちらを振り向き、気づいたのだろう。レイゲンがフェイヴァの名を呼ぶ声がした。


 レイゲンとリヴェンの前に、翼竜が躍り出る。ルカの身体を黄金色の光が取り巻いた。彼の周囲に四つ光球が出現し、ぜる。レイゲンは手綱を繰り、寸でのところで翼竜を退避させた。光球の破片が飛び散って、翼竜の鱗に傷をつける。


「おい、テメェら……何のつもりだ」


 リヴェンのドスの利いた声に、ルカは口を開く。平素と同じく、何気ない口調で。


「俺は魔人で、ハイネは死天使なんだ。ここでお前たちを足止めするのが俺らの役目だ」


 フェイヴァはルカたちから、正面のハイネへと顔を向ける。彼女はフェイヴァから剣を抜くと、柄を引き絞った。研ぎ澄まされた切っ先が、躊躇なくフェイヴァの胸部を狙う。


 フェイヴァは反射的に剣を振り下ろした。攻撃のためではない。両手で握った剣が、ハイネの刀身を上から押さえつける。


 互いの力が拮抗し、刃が震える。フェイヴァは顔を強張らせて、ハイネに問うた。


「嘘、だよね?」

「嘘じゃないよ」


 あっさりと否定して、ハイネは剣を引く。翼竜の手綱から手を離し、鞍から滑り落ちた。


 彼女の背から立ち上がり広がっていくものに、フェイヴァは我が目を疑った。


 身の丈よりも大きな、灰色がかった翼。陽光が羽の一枚一枚を、鈍く輝かせる。


 それは間違いなく、金属の骨格と人工皮膚を持つ兵器の証だった。人型殺戮兵器――死天使。


「……嘘だ」


 ずっと騙していた、なんて。


 ハイネは口許に酷薄な笑みをのせた。緩い風が、緑青色の短髪を弄んでいく。


「ここはルカたちの邪魔になる。二人でゆっくり話せる場所に行こうよ」


 肉薄からの斬り下ろし。あまりの速さに、フェイヴァは戦慄とともに剣を掲げる。刃が噛み合い剣花が散る。防いだところに腹に蹴りを食らい、落下する。


 地上すれすれで体勢を立て直すも、ハイネが追撃する。閃光のごとく速さで迫り、真横を過ぎていく。剣が叩き折ったのはフェイヴァの翼の一部だった。羽が折れ、飛び散る。身体を支えきれずに、今度こそフェイヴァは地面に叩きつけられる。


 身体が砕けたのではと思うほどの衝撃。地は抉れ、濃い土煙が立ち上る。


 ハイネは空中で旋回すると、急降下する。翼が風を裂く。両手で構えた剣が迫る。


 フェイヴァは翼を収納し、片腕と片足を使って転がった。胸の横ぎりぎりに剣が突き立つ。


「反撃しないの?」

「戦えないよ……! 私は、ハイネを斬れない」


 ハイネが死天使だと知った今でも、何かの間違いであってほしいと思っている。友達として生活してきた人に、剣を向けることなどできるはずがなかった。


 ハイネは顔を歪ませた。侮蔑の表情。


「そう。じゃあいつまでも、偽善者に徹してれば」


 ハイネの腕が伸び、フェイヴァの粗末な服を掴んだ。翼を強く羽ばたかせ飛び上がり、ルカたちから離れていく。


 小さくなっていく三人。ルカを援護するためだろう。翼竜に乗った男女が続々と近づいてきて、レイゲンとリヴェンを取り囲んだ。


 フェイヴァはハイネの腕を掴んで離れようとしたが、服を掴む手にさらに力を込められただけだった。


 レイゲンたちが見えなくなった、と思った矢先、手を離される。フェイヴァは地面に落ちた。


 黒々とした岩が突きだした大地に、青い草が繁っている。


 フェイヴァは顔を上げる。空に悠然と浮かぶハイネは、剣の切っ先をフェイヴァに向けている。大剣は背の鞘に収められたままだ。彼女が握っているのは、騎乗中に使う片手剣だった。


 悪夢というものがあるのなら、きっとこの状況を言うのだろう。


「ハイネ、言ってたよね? ルカたちと一緒に施設で暮らしてたって。あの話は全部、嘘だったの?」

「……本当に何も知らされてないんだね」


 どこか同情を滲ませた声音だった。


「あんたに話したわたしの過去には、何一つ偽りはない」


 では、どうして。フェイヴァは押さえきれない思いをこめて、ハイネを仰ぐ。


 ハイネはフェイヴァを見下ろす。顔にかかった前髪を払った。


「一つ、昔話をしてやろうか。人の顔色を窺ってばかりいた、哀れで愚かな女の子の話だよ」



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