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機械仕掛けの天使は闇夜を翔る  作者: 夏野露草
8章 魔の血族
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13.黎明




 翼竜は二人を部屋の中に下ろすと、飛び上がり、身近に立っていた岩の天辺(てっぺん)に降りた。


 フェイヴァは、中央に集まっているみんなの方に身体を向けた。きちんと目を見て話さなければならない。思いはしても、どうしても勇気が出なかった。


「みんな。私……人間じゃないの」


 語尾が震えた。口に出して認めるのは、随分と久しぶりだった。


 テレサに学校に入らないかと話をされたとき、自分が人間の中で生活できるわけがないと思った。ディーティルド帝国の兵器開発施設で目覚め、兵士に追われ傷つけられたように、心ない言葉を浴びせられ辛い思いをするに決まっていると。


 恐ろしい想像だけが際限なく膨らむ、未知の世界。


 入ってみればそれは、杞憂でしかなかった。何も知らないみんなは、フェイヴァに優しく接してくれた。ウルスラグナ訓練校は、フェイヴァの新しい居場所になったのだ。


 厳しくも慌ただしい、訓練校生活。それは、草花を揺らす春風のように柔らかく、心地よいものだった。だからいつの頃からか、フェイヴァは目を()らそうとした。考えないようにして、事実を消し去ろうとしていた。


 自分が死天使だということを。(ひと)(とき)だけでも、人間だと思っていたかった。


「騙すつもりはなかったの。でも、言えなかった。私の正体を知ったら、みんな私のことを怖がるんじゃないかって……嫌われるんじゃないかって……。せっかくできた友達を、失いたくなかったの」


 思いを声にのせ、口から絞り出す。急激な心細さが押し寄せたせいで、視界が狭まっていくような感覚に陥る。


「今まで……ごめんなさい……」


 顔を伏せ、瞼を瞑る。


 フェイヴァと仲間たちの間にあった、信頼関係。培ってきた友情。それが、他ならぬ自分の行動と言葉を契機にして、変化してしまう。決定的に、後戻りできない地点にまで。


 彼方から、魔獣の遠吠えが聞こえる。風が岩の間を吹いて、笛めいた音を鳴らす。さらわれて飛んだ砂粒が、地面に舞い落ちて囁く。


 沈黙に、自然の吐息が音色をつける。


『これではまるで人もどきではないですか。ああ、なんと気持ちが悪い。出来損ないのゴミですね』

『人間に消費される下等な存在が』

『貴様が人間だと!? 機械の分際で、人間と同等だと主張するのか!』

『人間になったつもりでべらべら喋りやがって。気色悪い』


 フェイヴァの頭の中では、過去に浴びせられた侮蔑の言葉が、繰り返し繰り返し流れていた。


 記憶を掘り返してはいけない。恐怖の鎖に縛られてはならない。けれども、無言の時間は拷問に等しく感じられ、フェイヴァの心を削っていく。


(私……みんなのことが好きだよ)


 知らない人ばかりに囲まれて不安になっていたフェイヴァに、率先して話しかけてくれたユニ。


 穏やかな声で思いやりのある言葉をかけてくれるサフィ。


 興味がないような顔をしながらも、フェイヴァの立場に立ってくれるハイネ。


 朗らかな笑顔でこっちまで明るい気持ちにしてくれる、面倒見のいいルカ。


 暴言が玉に(きず)だけど、危機のときにはちゃんと助けてくれるリヴェン。


(だから……どうかお願い)


 胸の前で手を握り締め、祈る。


(もうこれ以上、自分のことを嫌いにさせないで……!)


 距離をおいて後ろに立っていたレイゲンが、歩み寄ってくる音がした。隣で立ち止まり、フェイヴァと一緒にみんなの答えを待ってくれる。


 ハイネの溜息が、皮切りとなった。


「……わたし、信用されてないんだね。そんなに怖がらなくていいのに。取って食ったりしないから」


 フェイヴァはおもむろに顔を上げた。


 皮肉めいた笑みが、ハイネの口許を歪ませている。


「だよな。お前の正体がなんだろうと、お前の性格がどんなか把握してるつもりだし。そう簡単に嫌いになったりするかよ」


 ハイネと顔を見合わせた後に、ルカは呆れを感じさせる微笑を浮かべた。そこに嫌悪の色は欠片もない。


「馬鹿かテメェ。自分が何者かなんて考えるだけ無駄だろうが。んなことで悩んでばっかだから、陰気な顔になんだよ。苔生えろ!」


 普段と変わりがない罵詈を吐くリヴェンに、レイゲンは石ころほどの瓦礫を手に取り投げようとする。


「ちょい待てレイゲン」


 ルカはリヴェンの頭を叩いた。スパーン、といい音がする。


「今真面目な話してるんだろーが! 頭の中に石でも詰まってんのか!?」

()ってぇなっ! ポンポンポンポン人の頭叩きやがって! 何様だテメェは!?」

「人類の希望、ルカ・ファーロス様だよ。何か文句ある?」

「はっ!? やめろハイネ、気持ち悪いこと言うなよ」


 ルカとリヴェンの小競り合いに、ハイネも参戦する。三人は小さな瓦礫を拾い上げ、瓦礫合戦を開始した。


「ああもう、こんなときにしょうがない三人だな。……ほら、ユニ」


 (つぶて)が当たらないように腕で庇いながら、サフィはユニを伴ってフェイヴァに歩み寄ってきた。


 二人の前で立ち止まると、彼らしい落ち着いた表情で声をかける。


「ずっと秘密にしていて、辛かっただろうと思う。勇気を出して話してくれてありがとう。大切なのは、フェイヴァが何者かじゃない。君の心根の優しさを、僕たちは知っている。フェイヴァのことを怖がる人なんていないよ。……ね?」


 そう言い切り、サフィは傍らのユニに目配せする。


 大きな海色の瞳は泳いでいたが、ややあって真っ直ぐにフェイヴァに注がれた。


「……ええ」


 視界がにじみ、あふれた涙が止めどなく頬を伝う。フェイヴァは顔を手で覆った。


 こんなにも感情が高ぶる瞬間を、こんなにも幸せな気持ちを、フェイヴァは今日まで知らなかった。


「みんな、ありがとう……!」


挿絵(By みてみん)


 機械の身体で生まれてきた自分。兵器として生み出したわけではないというテレサの言葉は、空しく上滑るだけだった。


 化物の中から生み出された、人ならざる者。思考し感情があるにも関わらず、人間と隔たった場所に立っている。意思ある者なら当然である、自分が人間だという、確固たる自信を持つことさえ許されない。


 波に押し流されかけた寄る辺に立たされた気持ちがわかる者が、果たしているだろうか。自分がわからないということは、自分を取り巻く世界がわからないも同然なのだ。自尊心を持てず、周りの顔色を窺って生きていた。


 心の深い場所に、自己嫌悪と人間に対する恐怖が(おり)のように沈んでいた。自身の人間性を罵詈によって否定されるたびに、募っていた思い。


 群青色だった空には、いつしか朝の兆しが見えていた。遠方は薄橙に色づいており、集った雲の間から、目を(すがめ)るほどの陽光が差し込んでいる。


 闇と光が渾然となった空。やがて暗闇は払拭され、曙光が満ちるのだろう。


 今このとき、自らを縛っていた負の感情を投げ捨てよう。蛹から抜け出した蝶のように置き去りにして。飛び出した後は、決して振り返らない。目指す先には新しい自分が待っている。


「帰ろう、フェイヴァ」


 手が差し伸ばされる。普段なら考えられないような、穏やかささえにじんだレイゲンの声。細められた瑠璃の虹彩。尖って映っていた深紅の色さえ、今は和やかに見える。


『どんなことがあっても自分を諦めないで。あなたの人生はまだ、始まったばかりなのだから』


 生まれたばかりの不安に震えるフェイヴァに、かつてテレサがかけてくれた言葉。現実味が感じられず受け止めきれなかったそれを、今なら力一杯抱き締めて自分の一部にできるような気がした。


(……自分を諦めないで、よかった)


 フェイヴァは彼の手に自身の掌を重ねると、ぎゅっと握る。あふれた涙が、頬を転がり落ちていった。


「――はい!」




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