IF桃太郎~キビダンゴを知らなかったがための悲劇~
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいたそうな。
ある日、おじいさんは山へ行っている最中に、おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこっこ、すっこっこ、と川上から緑と赤、2つの桃が流れて来たのです。お婆さんが『緑の桃はあっちゃいけ、赤い桃はこっちゃ来い』と言うと赤い桃が寄って来たのでした。
ふんぬっと桃を持ち上げたお婆さんは洗濯物を入れた桶を片手で抱え、桃を肩に引っさげ家に帰りました。
大きな桃です。お爺さんと食べましょう。
お爺さんが帰ってくるのを待ち、お婆さんは一緒に食べようと誘いました。
お婆さんは鉈を振りあげパッカーンと桃を割りました。
すると桃の中から赤ん坊が現れたのです。
お爺さんとお婆さんはこの子供を桃から生まれたので桃太郎と名づけ、大層可愛がりました。
さてそれから数年。元服を迎えた桃太郎は鬼退治に出掛けると、一人出立の準備を整えます。
お爺さんとお婆さんが心配する中、彼はお婆さんにこう告げました。
「おばあさん、どうぞきびだんごを作って持たせてください」
「きびだんご?」
「はい。どうしても必要になるのです」
小首を傾げたお婆さんに、何故いるのかと疑問に思われたのだと気付いた桃太郎は作ってほしいとさらにせがみます。
しかし、お婆さんは何故いるのかという疑問から小首を傾げた訳ではなかったのです。
はて? そう小首を傾げたのは、お婆さんが黍団子を知らなかったからであります。
桃太郎の出立は明日。知らないモノを作れと言われても困ります。
「ひとまず、たべものをこさえれば良いのかのぉ」
お婆さんは首をかしげながらも考えます。
もしかしたらお爺さんが知っているかも知れません。
お爺さんが家に帰ってくるのを待って、お婆さんは尋ねました。
「お爺さんや、きびだんごを知らんかの?」
「きびだんご? なんだ藪から棒に。それがなんだというんじゃ」
「太郎が明日の旅立ちにどうしても作ってほしいというてな」
「ほぅ、太郎が? そうじゃの……きびの団子。木を燃やした炭を混ぜて作った泥団子じゃないかの」
「そんなものどうすんだ!?」
「鬼退治に向かうのなら鬼に食べさせるんじゃないかの?」
「ああ、なるほどのぅ」
納得したお婆さんとお爺さんは、早速お爺さんが取ってきた薪用の木の枝で火を起こし、その炭を混ぜた泥団子を作り、袋に詰め込みました。
翌朝、鬼退治に出立する桃太郎は何も知らず袋をお婆さんから手渡され、いざ行かんと鬼退治に向かったのでした。
しばらく歩くと、犬が現れ言いました。
「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けた黍団子、一つ私に下さいな」
なぜ犬が喋るのか、なぜいきなり現れてピンポイントで団子をねだってくるのか疑問は尽きない桃太郎だったが、袋から黍団子を一つ取り出した。
よく見てなかった桃太郎からキビダンゴを受け取った犬は、口に放り込まれた瞬間、
「うげぉろぼっ!?」
突然吐き散らして逃げ去っていってしまいました。
「あ、あれ? 犬さん、仲間になってくれるのでは……」
しばらく待っていましたが、犬が戻ってくる気配はありません。
仕方なく、桃太郎は長い旅路を一人歩き出すのでした。
そして、またしばし歩いた場所で、今度は猿が現れました。
「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けた黍団子、一つ私に下さいな」
また名乗ってもいないのに名前を呼ばれ、黍団子を求められる意味を考え首を捻る桃太郎。それでも言われるままに黍団子を口に放り込んでやる。
じゃくり、ごくん。
団子では出ないような謎の音と咀嚼音。次の瞬間、
「げおろばっ!?」
猿はその場にばたりと倒れてしましました。
「猿さんっ!? どうした!? 何があった!?」
しかし猿は青い顔を紫へ、そして土気色へと変化させそのまま死んでしまいました。
きっと焦って団子を食べて喉に詰まらせてしまったのだろう。
惜しい男を無くしてしまった。桃太郎は亡骸を御姫様抱っこして男泣きしました。
猿の墓を作った後、桃太郎は再び旅立ちました。
旅の途中で命尽きた猿の分まで、必ず鬼を退治すると怒りに燃えます。
鬼、許すまじ。猿の仇は必ず討つ!
決意と共にしばらく歩くと、三度、仲間候補が現れます。
「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けた黍団子、一つ私に下さいな」
もはやツッコむのも面倒臭くなった桃太郎は無言でキビダンゴを口に放り込んでやりました。
ジャクリ。
「うげえぇぇぇっ!? なんてもの喰わせやがるこのクソ野郎ッ!!」
泥団子を吐き出しキッと睨み据えた雉が叫んだ瞬間でした。
ターンっ。乾いた発砲音が一発響き渡りました。
桃太郎の目の前で雉が撃たれてぱたりと倒れます。
「き、雉さーんっ!?」
「くぅ、下手打っちまったぜ……雉が鳴いたら……そりゃ撃たれるわな……」
「き、雉さん……」
「桃太郎、あんたとの冒険、結構楽しかったぜ……」
「雉さん? 冒険まだしてないよっ!?」
「桃太郎……ビッグになれよ。俺はもう、ここまでだ……あば……よ……がくっ」
「き、雉ぃ――――っ!!」
桃太郎は雉を御姫様抱っこで抱きかかえ、漢泣きしました。
「鬼たちよ、てめぇらの血は何色だあぁぁぁぁぁっ!!」
男の慟哭が青海の空へと響き渡ったのでした。
「あんれまぁ。お兄さんの飼ってた雉だったべか?」
雉の死に嘆き悲しんでいると、猟師が一人、やってきました。
話を聞けば、雉の鳴き声が聞こえたので火縄銃で撃ったらしいのです。
どうやら鬼ではなく雉は猟師に討ち取られたようでした。
「実は、これから鬼ヶ島へ鬼退治に行こうと思っていたのです。雉さんが仲間になってくれるといってくれたのですが……」
哀しげに眼を伏せる桃太郎。猟師は困ったように頬を掻く。
「そっが、なんか悪いこどしちまっだがな? あー、それなら、その雉をくれるなら、仲間になるべよ」
「え? 本当ですか?」
「ああ、だども嫁っこに告げにゃならん。一日待ってくんろ」
桃太郎は喜んで猟師に雉を差し出しました。
猟師が家に帰ってしまい、桃太郎は一人、道端で待ちます。
お腹が減って来たのでお婆さんが用意したキビダンゴを食べることにしました。
「さて、美味しい美味しい黍団子のお味は……ごぶるぁっ!?」
じゃくりと広がる土の味。炭と土が混ざりあり桃太郎の口内を蹂躙していきます。
あまりの衝撃に即座に吐き出しますが、口内に残った泥の味は無くなりません。
口の中もじゃりじゃりです。
「マズっ!? なんだこれ!? 黍団子じゃねぇ!?」
慌てて袋を開き、内部にあるキビダンゴを確認します。
すると黍団子ではなく泥団子の群れがコンニチワしてきました。
内部に手紙が一つ。
手にとって開いてみると、お婆さんの拙い字が書かれています。
「桃太郎へ、きびだんごがよぉわからんかったから、木を燃やした炭を混ぜた泥団子を作ってみた。これを鬼に食べさせて退治してくんろ……お婆さんっ!?」
キビダンゴ違いだよっ!?
思わず叫ぶ桃太郎。しかし、それでもきびだんごと思しきモノを作ろうと思考錯誤してくれたお婆さんに熱い涙がこみ上げる。
「そう言えば、食事だって、別の何かを渡してくれたっけ」
別の袋に入れていた笹の葉に巻かれたモノを取り出す。
葉っぱの袋を剥がすと、おにぎりが三つ出てきました。
「お婆さん、きびだんごは鬼に食べさせると思ったから僕が食べる用のおにぎり作ってくれたんだな」
一人寂しく食事を終えて、桃太郎はその場で野宿しました。
空けて次の日、昼過ぎまで待ちますが、猟師が戻ってきません。
おかしいな。桃太郎は不安げに待ち続けます。
夕焼けが空を覆う頃、待ちに待った猟師が現れました。
夕陽を背に、無骨な男達がやって来たのです。
その数二十名。
予想以上の大集団に驚きを隠せません。
「猟友会の皆誘ってみただ。行くべ旦那」
桃太郎は猟友会の仲間たちを加え、鬼ヶ島へと旅立ちました。
猟師たちが交渉し、漁師から船を借り受けると、皆で鬼ヶ島へと向かいます。
交渉中に猟師に誘われた漁師たちも一緒になってさらに膨れ上がった桃太郎軍団が鬼ヶ島へと攻め込みました。
驚いたのは鬼達です。
数百人にも上る人間達が島に上陸し、銛で突いて来たり、投網を投げてきたり。
火縄銃が一斉に火を噴き近づく暇すらなく鬼達が討たれて行きます。
「猿と雉の仇だ!」
桃太郎も叫んで刀を引き抜きました。
しかし駆けだそうとした時には鬼が殲滅された後でした。
せめてと生き残りを探し、猟師たちと島を散策しながら生き残りの鬼たちを狩って行きます。
そして頭領、温羅という赤鬼のいる城へと辿り着きました。
鬼の襲撃はさらに激しさを増し、火縄銃が火を噴きます。
弾込めの最中は漁師たちが鬼を相手取り、投網で動きを止め、銛で突き、桃太郎の活躍の場がありません。
ただただ最初の掛け声だけを掛ける総大将となった桃太郎は、ついに赤鬼を討ち取ります。
銃弾塗れになりどぅと倒れた赤鬼に、流石に何も出来なかった桃太郎はトドメだけでもと近づきました。
壁に持たれ血を流す赤鬼は、桃太郎に気付きふっと悟ったように空を見上げました。
無言で刀を引き抜き、頭上に掲げる桃太郎。
太陽光を受け、刀がきらりと煌めきます。
「桃太郎。頼みがある」
なぜ名前を知っているのだろう。ふと気付いた桃太郎だが、最後の頼みなのだ。聞くだけは聞こうと耳を傾けました。
「この奥に、我が秘蔵の娘がおる。緑の桃から生まれた娘だ。引き取って幸せにしてやってほしい。あいつは俺達とは関係ないのだ。溜め込んだ宝はその費用にくれてやる」
「いいだろう、約束する。それだけか?」
「最後に……黍団子を食わせちゃくれないか」
「なんだとっ!?」
まさか鬼からも黍団子を求められると思わなかった桃太郎は刀を降ろし、哀しげに俯いた。
「すまない赤鬼、黍団子は、ないんだ」
「腰に、あるじゃないか、それは黍団子だろう?」
「違う、これはっ」
悔しげに俯き、懐からキビダンゴを取り出す。
「これを木を燃やして炭にを混ぜた泥団子、黍団子じゃ、ないんだ」
泣きそうな顔で木火団子を見せる桃太郎。その木火団子を赤鬼は無造作に掴み、自分の口へと放り込んだ。
「何をっ!?」
「俺の母ちゃんもな、黍団子知らなくて、同じの作ったんだ。最初に喰わされた時はおどろいたもんだが、あぁ、懐かしいなァ木火団子。お袋の……味……だぁ……」
くたり、赤鬼の身体から力が抜けた。
よろめきながら歩み寄る桃太郎。死んだ赤鬼の身体を抱き上げ、涙を流す。
「赤鬼……うぅ、すまない。お前も木火団子を……俺たちは、俺たちはきっと分かりあえたはずなのに俺は……赤鬼ぃぃぃ――――っ!!」
漢の慟哭が、鬼ヶ島に轟いたのでした。
鬼を退治した桃太郎たちは鬼が溜めたお宝と、鬼の娘を引き取り、来た時のように船に乗って来た道を戻ることにしました。
漁師たちに宝の三分の一を渡し、猟師たちに宝の三分の一を渡し、残った宝と娘を連れ、お爺さんとお婆さんの元へと戻ります。
「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けたキビダンゴ、くれなくてもいいから仲間にしてください」
道の途中で犬が現れ、強引に仲間になりました。
家に帰りついた桃太郎は鬼の娘と仲良く暮らし、犬は桃太郎の代わりに猿と雉と犬が桃太郎の御供となり鬼を討つという自分の武勇伝を各地に伝えて回り今の桃太郎伝説が形作られたのでした。
めでたしめでたし。
香川県では桃太郎が女の子だった、とする話やお供も猿・犬・雉ではなく石臼・針・馬の糞・百足・蜂・蟹などの広島・愛媛県の例、東京北多摩(現・東京都多摩地域北部)地方には蟹・臼・蜂・糞・卵・水桶等を家来にする話もあるらしいですね。桃太郎奥が深い。
ちなみに桃太郎の話があった時代では本来火縄銃等は出てきません。