序章
~物語のあらすじ~
人間の世界でひっそりと生きる魔族のルエ。
ある時、アンダーグラウンドをさ迷う少女と出逢い、少女と過ごす日々にルエの心にある感情が芽生える。
自身の変化に戸惑うルエは、魔法陣を使い少女・レイを魔族にしようとしたが、その為の魔法陣を完成させる事ができずにいた。
そんな日々に少女の父親であるガル・ガゼット・レイランドが現れて、レイへの感情に揺れ悩むルエは、考えを放棄するようにガルの魔法陣に自ら身をゆだねた。
時が流れ目覚めたルエは、自身が描いた未完成の魔法陣が人間の世界に散らばった事を知り、魔法陣を集める為に人間の住む街に行く決意をしたのだった。―――
“ソレ”は遥かなる歳月を得て、目を覚ました。
数回、瞬きをしてみたが身体は動かず、目を閉じる。……しかし確かに思考を巡らせた。
ある時、
“ソレ”は確かなる時の中で、指先に自由を感じ、目を閉じる。
……しかし確かに口元に弧を描いた。
時が流れて。
“ソレ”は永き眠りから目覚めた。身体は鉛の様に重たくも……“ソレ”は確かに蠢き出す。
古びた洋館は、窓ガラスも割れて至る所に蔓が這い、枯れ葉の混じった通路は時折靴音を消す。
傷んだ床は建築当時の壮麗さはないが、石造りの為歩く分には支障は無さそうだ。
古い記憶を手繰りよせ……と言っても、朝に目覚めた時の様な感覚だが…2階の一番奥の部屋を目指し、階段を上りT字路になった中央を進む。
見えてきたのは慣れ親しんだ私室。ドアノブに人差し指を走らせ、積もった埃に思わずため息がもれた。
多少埃は気になるが、躊躇いなく元は金色だったドアノブに手を掛け、少し力を込めれば鈍い音を立てて扉が開き、足元の埃がふわりと舞って絡み付いた。
私室としていたこの部屋には、大きな机2つと、いくつかの椅子。所狭しと並んだ本棚に、床には無数の転移用魔方陣。それらに素早く視線を走らせるが……永い歳月の末風化したそれらは、どれも使えそうにはないだろうと判断。
入り口から見て右奥の続き部屋への扉は壊されたのだろう、石壁までが崩れていて“そうなるだろう”事は予想していたが、苛立ちは隠せそうにない。
その続き部屋へ急く足が踏みしめる砂の様な感触。そこで足音を消していた事に気付けば、『ビックリさせないで!なんで足音もしないのかしら?』と記憶の中で少女が首をかしげて、思わず立ち止まり、靴音を響かせながら歩く事にした。それから“元寝室”に視線を走らせ、目についたのは壁に掛かった一枚の真っ黒な板。
それが残っていた事にも驚いたがそっと壁から外して額縁をなぞれば、ボロボロと木屑が出るくらいで、上等な革洋紙はもう暫らくは姿を保ってくれそうな様子だ。ふぅっと息を吹き掛ければ、やはり埃が舞散る―――それを左右に手を振って気休め程度に払い、真っ黒な板の上に右手を翳して魔力を与え、静かに左手を離せば、薄紫の光が溢れ真っ黒だった革洋紙に微かな色彩が浮かび上がる。
絵描かれてるのは、澄んだ空色の瞳と、特徴的な輝く銀の髪を風になびかせて小さな花々を愛でながら微笑む少女。……それと左下に残る黒字。
『……レイ』
掠れた声で呟いた。