ナオとセレスティン
俺の名前はナオ・ヴェランティス。
母さんが国王様と知り合いで、親父はこの大陸の外から母さんに連れられて来たらしい。まぁ、俺はこの大陸に辿り着く前に生まれていたらしいが。
そんなある日のことだ。
俺たちが普通に暮らしていると、突然空が真っ暗になって、空間の歪みが大量に現れた。
その空間の歪みに飲み込まれたり、部分的に飲み込まれたりした人は即死する。
俺は運良く免れたから、死んだりはしていない。でも、俺以外のほとんどの奴らは死んでしまった。俺以外で無事だったのは、セレスティン殿下くらいだ。
龍神様の怒りといい、最近は人が死ぬことが多すぎる。
「ナオ」
「はい。なんですか?」
「私たちはどうなるんだろうな」
「そんなの、俺にだってわかりませんよ」
セレスティン殿下の隣に座り、俺は一息つく。
だけど、本当の地獄はこれからだった。
「な、なんだっ!?」
「大地が動いてる!?」
突然、不動の大地が動き始めた。
動くというより、これは船の揺れに近いかもしれない。そう、大地が揺れているのだ。
「ちょっ、なんだこれっ!?」
俺は咄嗟にセレスティン殿下に手を伸ばす。
いまの状態で、たった2人なのだ。
でも――届かなかった。
セレスティン殿下は、光の粒子となって消えてしまった。
俺はまるで人ごとのように、呆然と見つめている。
「は……?」
理解できないうちに、俺の視界は切り替わっていた。
「どういう……ことなんだ?」
これまで生きて来た記憶が、まるで違う。
二つの俺の意思が混ざり合って、混乱状態に陥った。けれど、そのとき、俺は王城にいたおかげで、セレスティン殿下に声をかけてもらえた。
「ナオ! お前、あれが何かわかるか!? あの巨大な、龍神の大陸が!!」
「は……? えと、すみません。わかって当然でしょう……? あれほどのことがあって忘れることなんてできませんよ」
――と答えて、気付く。
俺の元々の記憶にあり、新しく組み込まれた記憶の中に龍神様の大陸のことがなかった。
正体不明の大陸。
これまで辿り着いた者はなく、いつ作られたのかも不明。そもそも人工物なのか自然物なのかさえわかっていない。
「なに……この記憶」
「私もだ。いったい、どうなっている?」
セレスティン殿下も混乱しているようで、俺たちは1週間じっくりと一緒に話し合い、結論を出した。
「つまり……世界が生まれ変わった、と。あの空間の歪みに飲み込まれたが最期、記憶は取り戻さない。私たちは運良く逃れ、記憶が混ざり、いまの状態に至る、と」
「そして、リステリアが作ったとされる大陸は浮かんでいても、リステリアは存在していない。いや、存在しているのかもしれないが、その記憶はない、かもしれない。だからみんなの記憶から抜け落ちた……?」
「あれを逃れた以外での可能性は、何がある? ということに関しては、追い追い詰めていくしかあるまい。だが、あの魔王の時代を知る私たちは、この世界では異物だ。私は、とてもではないがお前以外の者を、心の底からは信じられない」
「では、これからは冒険者を止め、セレスティン殿下をお護り致します」
俺は片膝をつき、頭を垂れる。
俺はセレスティン殿下に忠誠を近い、騎士となるのだ。
彼を永遠に外敵から守るため。
共に世界を歩んでいくため。
この、歪んだ世界で。
「この剣を」
「はい」
セレスティン殿下が、いつも腰に帯びている剣を抜き、俺に刃を向ける。そのあと、ゆっくりと剣を戻し、鞘に入ったままそっと俺に渡された。
「必ず、守ってみせます」
「あぁ、頼む」
この世界に、龍族はいない。
いなくなってしまった。だから、龍神様もいないし、眷属神様もいない。ただ大陸が浮いている不思議だけが残されている。
この現象については、セレスティン殿下もさっぱり理解できないという。
俺たちは、いったいどうなっていくんだろうか。
……でも、魔王も現れないというのは平和な世界の証だ。
例え、魔法が使えない世界になっていたとしても、魔王の脅威に比べれば安い。
俺とセレスティン殿下の結論はそうなった。
「さて、私はすべきことがある」
「俺もです」
「とりあえずその剣は返してもらっていいか? そもそも返してもらうまでが儀式なんだがな」
セレスティン殿下は朗らかに笑い、俺を茶化そうとする。
そんな細かいところまで、俺は知らない。王城に自由に立ち入りできる身とはいえ、それは母さんの力があってこそだ。
「す、すみません。お返し致します」
すっと差し出し、セレスティン殿下が受け取った。
「だが、何一つ変わらないものもある」
「……そうですね」
「いつの世界、いつの時代も、空は青く、美しい」
「……いま、物凄く曇ってますけどね」
今日の天気は、空一面が雲に覆われるほどの曇りだ。そのうち雨も降るだろう。
「お前っ、せっかくかっこよく決めようとしていたのに!」
「はは、さっきのお返しですよ!」
「くぅっ……」
びゅぅ、と強い風が吹き抜けた。
セレスティン殿下の金髪が力強く煽られ、彼の体を支える。
「この程度は問題ない」
「わかりました」
「それにしても、今日は本当に雨が降りそうだ。城に戻り、自室で今後の計画を練るとするか」
それよりも、まずはすることがある。
こちらでは、まだ起こっていないあの騒動。龍族の介入がないから起こらないのかもしれないが、セレスティン殿下は狙われる側なのだ。
セレスティン殿下の弟君であられる、ケイン様を操ろうと画作するやつの手によって。
「殿下、こちらではまだ、ダンバリンが騒動を起こしていません。早急に対処すべきです」
「だから、それに対処する策を練るのだ。お前は剣の腕を磨け。時が満ちれば、呼ぶ」
「わかりました。俺のこと、忘れないでくださいね」
「お前の方こそ、私のことを忘れるんじゃないぞ?」
俺たちは互いに笑い合うと、お互いの胸に拳をポンと打った。
殿下と騎士というより、幼馴染に近い。
まるで友達のようなきやすいやり取り。
だけど、俺は友達でいたらダメだ。殿下と騎士という関係にならなければ。
新たな決意を胸に、俺は王城を去っていく。