皇帝謁見
ああここまで来るのに時間がかかってしまった・・・
お金が無いので必死に働く毎日です。
そんななかで書きました。
お金があっても一日中ごろごろしてるだろうから、結局筆は進まないんだろうけれどもね。
『それ』を見つけたのは、昼食をとっていた見習い兵士だった。
午前の日課を終わらせた彼が、最近付き合い始めた彼女のお手製弁当に舌鼓を打ち、「昼寝がしたいな」と伸びをして空を見上げると、雲でもない鳥でもない別の何かが青空に見つけたのだ。
よく観察して見てみると、『それ』の影が少しずつ大きくなってきていた。
そのことから皇都に向かって落ちてきているのだろうと分かる。
彼がぼーっと『それ』見つめているといつの間にか近衛兵達が彼の周りに集まってきていた。
それを見た彼は慌てて敬礼をするも、当の近衛兵たちは真っ青な表情で空を見つめている。
「なんだあの魔力は……?」
「アレは一体何なんだ?!」
「ま、まさか魔王が乗り込んできたのか?!」
「馬鹿な!だとしたら前線はいったい何をしていたんだ!」
「英雄達は出払っているというのに……!」
周りの兵が口々に叫ぶ。
そんな彼らの表情には、恐怖と驚愕が一緒くたになったように浮かんでいた。
近衛兵とは優れた才能を持った、兵士たちの中でも所謂エリートな人間のあつまりである。
皇宮守護の任務に就いている彼らは最前線にこそ立ったことはないが、それでも抜きんでた才能を持ち、それに見合った努力はしてきている。
彼らも最前線の兵達同様、皇帝の為に命を捨てて戦える気概を持っているのである。
しかし、そんな彼らを恐慌状態に陥らせるほどの『魔力』を、それは保持していたのだ。
「落ち着け貴様らぁ!」
そんな彼等を叱責する声が上がる。
近衛長のロベルトが現れたのだ。
彼もまた異変に気づいてやってきたのであった。
「貴様らそれでも栄えある我がネーイ聖皇国の近衛騎士か?!皇帝陛下の足元でみっともない姿を見せるな!」
そう言いつつも、近衛長のロベルトは内心冷や汗をかいていた。
彼にとっても空から落ちてきている『それ』はとんでもない脅威であったのだ。
『それ』はかつて一度だけ見た、憎き敵の総大将である『魔王』を彷彿とさせるような膨大な魔力を保持していたのである。
しかしそれにしては様子がおかしい。
確かにはるか上空から現れた『それ』は膨大な魔力を有してはいるが、プレッシャーがまるで感じられない。
彼が一度だけ垣間見た魔王という存在は、脆弱な人間なら死んでしまいそうな威圧感のようなものを常に敵に向けていたのだ。
ただの力の強い魔族か?
だとしたら目的は無論皇帝陛下であろうが、ならばこんな昼間に姿を見せる意味などない。
空を飛べる力を持っているのなら、夜闇にまぎれて上空から人知れず攻撃すればいいだけの話だし、こんなに魔力を駄々漏れにする必要もない。
そもそも、あれは魔族である以前に我らにとって敵性のあるものなのだろうか?
ここで、『魔族』の存在に触れておこう。
魔族というのは、体内に魔石と呼ばれる大量の魔力を生み出す結晶を持つものの総称である。
彼らは生まれた時から魔石を保有している為に、生まれたときより他の生物に比べて圧倒的に高い能力を持っていると言える。
魔力というのはエネルギーの一種であるというのが、この世界の共通の考え方である。
それは万物全てに宿っており、一概には言えないが、その多寡がそのものの強さを表していると言えるのだ。
魔力は魔族にとっての生命力であると同時に、攻撃の手段でもあった。
すなわち『魔技』である。
彼らはそれぞれの魔力の特性によって異なる、様々な魔技と呼ばれる手段を用いた攻撃を得意とし、他の生物を圧倒してきたのである。
一方人族は基本的に魔力の量が少ない。
そんな人族らにとって、大量の魔力を有する魔族は脅威以外の何者でもないのである。
従って―――
「こ、殺される……!あ、あの、魔力の化け物に……!こ、殺されるくらいなら、こちらから―――」
人外の脅威に対して、彼らが攻撃を仕掛けてしまったことは仕方が無いと言えるだろう。
近衛兵の一人が『それ』に対して魔術を放ったのだ。
「待て貴様!勝手なことを―――」
ロベルトが慌てて止めに入った時には、炎の玉は一直線に『それ』に向かって飛んでいった。
『それ』は一瞬何かしらの動きを取るも近衛兵の放った魔術に飲み込まれたが、次の瞬間に炎の玉はかき消されてしまった。
魔力に差がある敵に対して単純に魔術をぶつけるという行為は無意味に等しいのでこの現象は当然であろう。
そう思いながらロベルトは『それ』の様子をじっと見つめていた。
よくよく観察して見ると、どうやら『それ』は飛翔しているのではなく落下しているのだということが分かる。
「アニー!今すぐ『あれ』を助けに行け!『あれ』は飛んできているのではない、落ちているぞ!」
「はっ!かしこまりました!」
副官のアニーが首に下げていた呼び笛を吹くと一頭のペガサスが飛んできた。
見事な2対の翼を持つ、純白のペガサスだ。
アニーはペガサスに跨ると、一飛びに『それ』に向かっていった。
ロベルトはアニーを見送ると、今後のことについて思案を始めるのだった。
事ここに至って、ようやく自分がおかしなことに巻き込まれたんだと理解する。
空想の産物だと思っていた生物、ペガサスに跨った少女によって窮地から脱出することはできた。
彼女にお礼を言うも言葉が通じないのか無視され続け、連れて行かれるままに街の中心部に構える巨大な宮殿へ連れてこられた。
なにかしらおもてなしをしてくれるのかなと期待していたら、いつの間にか薄暗い部屋に連れられ、背後に騎士の様相の男たちを従えた立派な鎧を見にまとった偉丈夫に引き合わされた。
一体何事が起きているんだと考えていると、立派な鎧に身を包んだ偉丈夫に声を掛けられた。
「&’##$~=^@=**?!(+」
駄目だ。
予想はしていたが理解ができない。
なんとなく俺を訊問しているのであろうことは、偉丈夫の様子と声色から判断できる。
だが言葉はさっぱりだ。
英語でもロシア語でもインドネシア語でもスペイン語でも中国語でもスワヒリ語でもアラビア語でもない。
聞き取れないのならせめてこちらの言葉が通じないものかと声を掛けてみる。
「あんたたちのおかげで助かった。感謝している。俺の名前は蘭堂嵐だ」
すると偉丈夫はぽかんとした表情を浮かべた。
そして何事かを大声で周りに控えていた男たちに告げると、男たちは一目散にこの部屋を出ていき、偉丈夫はじっと俺を見つめ続けてきた。
あれ?
なにこれ?
ひょっとして、え?
俺狙われてる?
え?
この偉丈夫に?
え?
鼻息荒いんだけど?
え?
鼻息がかかってきて不快なんだけど?
え?
男共を追い出したのは俺と二人きりになる為……?
……え?
俺の脳が現状を処理できずにいると、先程出ていった男たちの一人が部屋に戻り、偉丈夫に何かしらを告げる。
すると偉丈夫は俺の腕を掴み、どこかしらへ俺を連れ出し始めた。
あれだ。
とにかくベッドのある部屋に連れ込まれたらこいつにドロップキックをかまして逃げよう。
生きる気力を取り戻した途端にこんな目に遭うとは夢にも思わなかったよ!
偉丈夫に連れられてきたところは大きな扉の前だった。
位置的には宮殿の謁見の間にでもあたるところだろうか?
やたらと豪華な装飾を施されているな。
周りを観察しつつ偉丈夫に付いて扉の中に入ると、予想通り謁見の間らしいところに繋がっており、広間の中心には目を見張るような美人が鎮座していた。
その美人さんは容貌さることながら、男好きのするからだと言おうかなんと言おうか……要は見事な体つきをしていた。
思わず胸元に目がいってしまうのは、男なら仕方が無いだろう。
「・。^-:;。・¥!!」
不躾に美人さんを見ていた為であろうか、脇で控えていた偉そうな中年が俺に何事かを怒鳴ってきた。
なんとなく「頭を下げぬか無礼者!」みたいなことを言っているんだろうなと察しつつも分からないふりをして中年をにらみつけると、顔が真っ青になりさっと目を背けた。
そんなに強く睨みつけたつもりはないんだけどな。
気を取り直して正面に向き直ると、見事な銀髪を腰の辺りまで伸ばした美人さんまでもが、俺を一目見るや一瞬怯んだような表情を浮かべたが、すぐに持ち直すと俺に何事かを告げてきた。
「+#)($’?)’’&」
さっぱり分からない。
英語でもドイツ語でもロシア語でもスペイン語でもないどころか、俺が聞いたことのない言語であった。
美人さんは俺がまるで理解できていないのが分かると、何やらブツブツと唱え始めた。
そうしてから再び俺に声を掛けてきた。
「これで言葉はわかるかしら?英雄に連なるものよ」
驚くことに、今度は彼女の言葉が理解できた。
「あ、ああ……。わかるぞ。驚いたな……」
「そうでしょうね。英雄たちも、当初はあなたのように戸惑いを見せたものですよ?」
美人さんはそう言うと優しく微笑んだ。
いつまででも見ていられる笑顔だった。
「申し遅れました。私はこのネーイ聖皇国皇帝、アナスタシアと申します」
「ご丁寧にどうも。俺は蘭堂嵐。学生だ」
皇帝?
女性の、それも随分若い皇帝なんているもんなんだな。
下手したら20の俺より若いんじゃないか?
「なるほど。どうりで英雄たちと同じような服装をしていらっしゃるわけですね」
「先程からちらほら聞く英雄とはなんのことだ?その他にも、言葉の通じる貴女にはいろいろ聞きたいことが―――」
「そうですね……。いろいろ疑問は尽きないでしょうから説明しましょう。驚かずに聞いていただきたいのですが、ここはあなたがいたであろう世界、地球ではありません」
ペガサスや鎧騎士みたいなものを目にした時から、薄々感づいてはいたことである。
俺が平静を保っているのを見て、皇帝アナスタシアは安堵の表情を浮かべた。
「あなたが賢明な方で安心しました。無理もないこととはいえ、英雄の一人などはこの話をした途端に錯乱しかけた方もいらっしゃったので」
「これでもいろんな修羅場を潜り抜けてきたのでね」
命の危機に比べれば、わけのわからない所に来てしまう事などへでもない。
「それは頼もしい限りです。それならば私も安心して話を進められというものですから」
そんな前置きを置いてからアナスタシアは説明を始めた。
ここが地球とは違う世界ガンダリアであること。
ガンダリアの歴史のこと。
魔族との争いのこと。
劣勢を覆すために地球から英雄を召喚したこと。
「と、このようなところでしょうか?なにか嵐殿からご質問があればお答えいたしますよ」
俺はしばらく考えをまとめてからアナスタシアに尋ねた。
「俺がここに来てしまったのは召喚されたからなのか?」
「召喚……ではないと思います。少なくとも我々の術式を用いた召喚ならば、空中に放り出されてしまうという事にはならないはずですし、何より英雄召喚の儀は我が国の秘中の秘ですので」
「じゃあ俺はどうやってここに来たというんだ?」
「嵐殿。あなたは空に放り出される直前、落ちるような感覚を憶えたと仰いましたね?」
「ああ」
「……推測ではありますが、間接的に我々の招いたけ結果かもしれません」
「……どういうことだ?」
「はっきりしたことは分かりませんが、恐らく英雄召喚を行った際に、二つの世界の間に歪の様なものが生まれたのでしょう。そしておそらくその歪から、あなたは落ちてしまったのではないか……というのが召喚の儀を行使した私どもの見解です」
「それなら俺以外にも同じようにこの世界に落ちてきた人間がいるってことか?」
それならば由々しき事態である。
「いいえ、それはないでしょう。そのようなことが頻発すれば、私の耳にもそれらしい話は届いてるでしょうが、正直この様な事例は聞いたことがありません」
「なら俺はどうして―――」
「恐らく、あなたの膨大な魔力が原因かと」
「魔力……ああ、さっき話していた生命力の源ってやつか?」
「はい。そして我々人族が魔族と比べて著しく欠けているものです」
「それを俺はたくさん持っていると?」
「我々の宿敵である魔王と遜色ない量はあるように思います」
アナスタシアは重々しく頷いた。
「なるほど、周りの連中が俺に怯えている様に見えたけれどそういうことなのか」
「それにつきましては申し訳ありませんと言う他ありません。私自身も話を聞いた時は半信半疑でおりましたが、この目で見て非常に驚きました」
「自分じゃあ全く分からないけどな」
魔力がどういうものかっていう感覚が分からないのだから仕方がない。
「それで、俺は俺は元の世界へ帰れるのか?」
「……非常に申し上げにくいことなのですが、嵐殿は我らの召喚を受けているわけではないので―――」
「ああ、分かった。無理なんだな?」
「はい」
ああ、卒業したら世界を巡って生きる意味を見つけてみようと思っていたのにな……。
ん?
俺が帰れないのなら―――
「じゃあ、召喚された英雄とやらも帰れないってのか?」
だとしたら酷い話だ。
俺の場合は事故のようなものだが、英雄と呼ばれる連中は違う。
無理やり呼ばれた挙句に戦いを強要されているのだとしたら―――。
「いえ、召喚当初に彼らが我々の協力をすることを拒んだ場合は、女神の祝福を授けることができないので速やかに送還する手順ではありましたが、召喚された英雄たちは皆快く我らの要望に応えてくれたので」
「ああ、なるほど。バカばっかりだったんだな」
好き好んで戦争をしに行くなんてバカ以外にいるのだろうか?
まあ、そんな連中のことはどうでもいいか。
「しかし、あんたらの言う魔術の多寡を見る方法ってのはいったいどうやっているんだ?道具か何かを使っているのか?」
「いいえ。魔術の素養のある者ならば、誰もができることですよ。それこそ嵐殿ならば、少し手ほどきを受けただけでできるようになるかと。それこそ理論上でしか存在しない我ら人族の秘術などもきっと……」
意味ありげにアナスタシアが微笑を浮かべる。
「ほう、俺が魔術とやらができるようになったら何をやらせたいんだ?」
話を聞く限り、魔術そのものは使えた方が何かと便利そうではある。
しかし、仮にこいつらが魔術を使える俺を戦力として数えるつもりだとしたら、こいつらに教わるのはかえって危険である。
いつ戦場に送られるかもわからないからな。
「いえいえ。あなたはあくまで我らの召喚に巻き込まれたようなものですので、こちらからどうこう言うのは筋違いというものです。なので我がネーイ聖皇国としては、嵐殿をどうこうすることはできませんよ」
含みのある言い方でこちらを見る。
「ですが巻き込んでしまった者の責任として、嵐殿を保護する義務があるかと思いまして……」
悪そうな顔をしている。
いろいろと打算的なことを考えているんだろうが、それはこちらも同じことだ。
この世界で生きる術を身につけたら出ていけばいい。
「……まあ、今の俺はこの世界のことは右も左も分からない状態だからな。正直言って、あんたら以外に頼る先が無いのも事実だ」
「では?」
「ああ。とりあえず、この世界で生きていく術を身に着けるまで世話になってもいいか?」
確かに地球で世界を巡ることはできなくなったが、俺はあくまで生きる意味を見つけるために世界を巡ろうとしたんだ。
場所が地球でなくっても、この世界を巡ることで生きる意味が見つかるかもしれない。
そう思って、俺はこれからのこの異世界での生活に思いを馳せ、固く拳を握った。
「英雄たちに連なる者、蘭堂嵐殿。我々ネーイ聖皇国は、あなたを歓迎します」
「ところで、あんた以外の連中の言葉が未だに理解できないんだけど?」
「でしたら、まずは翻訳の魔法を私が教えましょう」
「皇帝のあんたが直接?いいのか?」
「ええ。この魔術は召喚魔術に連なるもので、皇家の秘術でもありますので、私以外に教えられる者が、今この街にはいないのです」
「あんたみたいな美人に教えてもらえるなんて光栄だな」
「あら、嵐殿はお上手ですのね。こんなおばさん相手にお世辞なんて……嵐殿の様な素敵な殿方にそう言われると嬉しいわ」
「おばさん?だってあんたどう見ても20かそこそこ―――」
「これでも3児の母なんですよ?」
「嘘だろ?!てっきり俺と同じくらいかと」
「それに長女なんてもう年頃なんですよ?19ですよ、19」
「そんなバカな!娘の方が俺の年齢に近いじゃないか!」
「あらあら、おばさん嬉しくなっちゃうわ」
「あんたがおばさんなものか!皺一つないじゃないか!肌つるつるじゃないか!仮にあんたの年齢が50を超えていても抱けるぞ俺は!」
「あらあらあんまり年上の女性をからかうものじゃあありませんよ?本気になった熟女は怖いんですからね?」
「……ちなみに異世界の女性は、皆あんたみたいなのばかりなのか?」
「さあ、どうなんでしょうね?うふふふふ」
ちょっとやそっとじゃ取り乱さない俺だったが、この時ばかりは本気でテンパってしまった。
異世界の恐怖を垣間見た気がした一幕でした。