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緑の星  作者: とにあ
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すべては不透明に

 

「融化システムですって!? 信じられない。完成したの?」


 珍しくかなしが声を荒げていた。

「理論上は可能なことですから」

 茶色尽くしのバーナヤーガが工具をのせたトレーを差し出しつつそう告げる。

「わかってるわ。理論上可能な事と実現可能な事の壁はドコにいってしまったのかしらって思っていただけよ。兄さんを起こしてきてちょうだい。『眠っていれば安全』ではなくなったと、ね」

 トレーをテーブルに置いたバーナヤーガは一礼し、部屋を出て行く。

「ヤム、ここの警護を……」

 退出前にバーナヤーガはヤム・ステイラルにそう告げていった。

 ヤム・ステイラルは元気に頷くとモニターの前に陣取った。

 シルフィードは壁にもたれながら実験室を眺めた。

 グレイと白と透明硝子。必要最小限の装飾すらない実用一点張りの部屋。

 作業台の上には数えるのがばかばかしいほどの無数のコード。

 そんな作業台は二台。

 双方に『PIA』と呼ばれる存在が横たわっている。

 片方は桃色の髪、片方は銀髪の。

「爪、噛むと形が悪くなるぜ」

 シルフィードは声をかけられ、下を見た。

 いつの間にきたのか見上げてくる青い髪の少年、ヤム・ステイラルがいた。

「……ん? ああ」

 慌ててシルフィードは手を振るとヤムに尋ねた。

「なぁ、ピアたちは大丈夫なのか?」

 ヤムはよくするようにむっとした表情をつくると胸を張って頷いた。

「当然だろ。レディ・かなしはサポート造型技師としてはトップクラスだし、ドクター・あきらはアート総合開発基礎技術者の先駆者だよ。それに、チーフ・あもんはアート製作の天才の一人で、ドクター・あきらの生徒の一人なんだからさ!」

 自信満々のそれぞれの立場解説。ヤムにとっては絶対の信頼があるのだと知れる。

 シルフィードは髪をかきあげつつ天井を仰ぎ見た。

 大小さまざまなパイプ。その隙間を縫うように這いずる緑の蔦。

 少年にとっては当たり前すぎて説明の不足に気がつけない。

 シルフィードには融化システムとやらを危険視する理由も何とかできる自信の根拠も見えないのだから。

「エムってすごいんだ……」

 ヤムは思いっきり頷いた。

「そうだよ。ドクター・あきらはぼくをつくってくれたマスターやレディ・かなしのいたラボの総責任者だったんだから」

 にぱっとヤムは子供っぽい笑みをシルフィードに向けた。


 しばらくの沈黙。


 シルフィードの反応のなさにヤム・ステイラルは不機嫌そうに頬を膨らませ、モニターの前に戻っていった。

「ラボの、総、責任者?」

 シルフィードはそう呟き、何も入ってなどいない胸ポケットを探った。

 胸ポケットを弾き小さく毒づく。

「っくしょ……禁煙なんかするんじゃなかったぜ」

 ぶつぶつとぼやきながら精密工具を操るエムとかなしに視線を送る。

 禁煙、スモークと呼ばれる虫除け香は軽い鎮静効果があり、シルフィードのお気に入りだ。調査航行に出るときは所持禁止品のひとつなので、覚えて早々に止めるハメになったブツだった。それでもむしゃくしゃした時にほしいと思うのだった。

 エムがすっと顔を上げた。

 シルフィードの表情に気がつくとかなしに何か言い、シルフィードの方へやってきた。

「どうした。シルフィード」

 シルフィードは軽く肩をすくめた。

「気にいらねーってだけさ」

 わからない様子のエムの胸元を軽くつつき、シルフィードは笑った。

「総責任者だったんだって? ラボの。そりゃ、気になるところだよな。何とか回避できなかったのかって」

 エムの表情がさっと曇る。

 政情不安定どころか社会のありようを壊し、人のために作られた存在で、人を狩りだす存在を作り出し、利用した諸悪の根源とされる男を管理する立場だったと、わかれば責められるのは理解しているのだろう。だから、放っておけない?

「回避の仕方ってーのはさっさと『笠井優樹一』を切り捨てるってことか?」

 回避できず、コレまでも改善できず、これからも変えれない現状に甘んじる?

「お前ならどうした?」

 エムは逆にきつい調子でシルフィードに言葉を突きつける。

 シルフィードはにっと笑うとエムの目を覗き込んだ。

「俺は、そんなへまふまねーの。俺がへまるのはもっと別のことさ」

 ドアの開く小さな音。

 エムもシルフィードも注意を向けてはいなかった。

「あきらさん?」

 男の声にエムはぱっときつい表情を和ませた。

「あもん、久しぶりだ」

 男はゆっくりと笑った。

 背後には茶色づくしのバーナヤーガとやわらかなドレス姿の紫がかった黒髪の女性。

「やぁ、君がアメジストだね。はじめまして」

 女性はスカートを軽く摘み上げ、エムとシルフィードに会釈した。

「アメジスト・α・TAFです……お見知りおきを……」

「や! 俺はシルフィード・ティアーズ。シーファって呼んでくれよ」

 シルフィードが新たな女性の存在に明るく挨拶を送る。

「アメジスト、こっちに」

 あもんと呼ばれた男がアメジストを引き寄せ、シルフィードにきつい眼差しを送る。

「きゃあ! 兄さん。おはよう。起こしちゃってごめんなさい……あのね、聞いた?」

 あもんは軽く頷き、妹に甘い微笑を送る。

 かなしは嬉しげな声と共にあもんに抱きついてその頬にキスをした。

「さて、その二機を直そうか。ところであきらさん、久しぶりに『ANNA』を見ましたよ。あいかわらず綺麗なフォルムですね」

 ぴたりとシルフィードの動きとエムの動きが止める。

 あもんはそれに気付いた風もなく、かなしとアメジストを作業台へと促がしている。

「……『ANNA』を覚えてるのか?」

 エムの言葉にあもんは軽く振り返るとにこりと笑う。

「もちろん! 個人所有の船を持ってるあなたのことが子供心にずいぶんと羨ましかったですからね。あきらさんも手伝ってくれるんでしょう? この二機の修復……?」

「……ああ」




 シルフィードは実に面白くなさそうに胸ポケットを探った。

 何度やっても何もない。

 アメジストがふいにそんなシルフィードを見つめた。

 見られている事に気がついたシルフィードは彼女に笑って見せる。

 彼らの行っている作業はシルフィードにはわからない。交わされる会話も同様。

 それでもここを出る気になれないし、邪魔をする気もない。

 考える時間だけがあった。

『ANNA』はまちがいなくSINと名乗った外部の開発業者からシルフィードが購入した探査船だ。

 しかし、あもんはエムの個人所有の船と断言した。正直面白くない。存在を軽んじられることは別にいい。ないように扱われることも別にいい。ただ少し情報が不足していて気分が悪いだけだった。

 『穏やかで、裏表の少ない』風を演じるエムが現状を特に変える気がないのが透けて見えるのも気に入らない。

 それもアメジストの干渉で壊れた。

 アメジストはミントグリーンのドレスを揺らし、シルフィードのそばへとやってきた。

「ご不安ですか?」

 ほんの少したどたどしい言葉にシルフィードはそっと微笑んだ。

「そりゃあ、な。状況がわかんねーのは変わんないしよ」

 アメジストはシルフィードをじっと見つめていた。

「お帰りなれますわ。きっと」

 その言葉は唐突とも言えた。

 問い掛けるようなシルフィードの眼差しに気がつかないのか、アメジストはにこりと微笑んだ。

 数秒二人見つめあい、シルフィードは笑った。

「そ、だな。天才が三人もついてるんだもんな」







  時間が刻々と過ぎてゆく。

 シルフィードは四杯目のジュースといくつめかもわからないクッキーを食べながら作業工程を見ていた。

 頭部パーツの取替え、プログラムの書換えに機能チェック。

 幾つもの作業。延々と続く単純作業。

 シルフィードが食べることすらその単純作業に組み込まれてるかのように時間が淡々と過ぎてゆく。

 あもんが顔を上げ、髪を払いあげた。

「かなし、データ再チェック。これで問題はないはずだが……」

 かなしはバーナヤーガに合図を送り、自分もバーナヤーガとヤムが陣取っているモニターの前へと移動した。

「終ったのか?」

 シルフィードの言葉に答えたのはエム。

「90%は。後は確認だな」

 やわらかな表情は満足そうで成功を確信させるのに充分だった。


       ぽーん


 軽い音が周囲の緊張を誘った。

「侵入者か!」

 あもんの言葉にバーナヤーガは小さく首を振った。

「不明です。物質による侵入反応は測定されません」

「ノイズ……電子的介入値測定。『G』だ」

 バーナヤーガについでヤムが言葉を伝える。

「映像、介入?」

 かなしが怪訝そうに首を傾げた。

「兄さん、優樹一の趣味じゃないよね、そういうのって」

 かなしが振り返ってそう言うのとほぼ同時に部屋の中央にノイズが走った。

 ノイズ混じりの映像。

 ブルー混じりの銀髪の少女。

 少女は周囲にいるものに対し、優雅に一礼し、微笑を浮かべた。

 その様子を見ながらシルフィードが頭をかいた。

『マスター! 定時連絡のお時間です。救難信号を送られますか? 『ANNA』は航行不能状態です。チーフ・ノームから救難信号は早めに出すようにとのご伝言です』

 周囲の眼差しがシルフィードに向く。

 映像の少女はシルフィードに向けて状況を告げていたのだから当然だと言えるだろう。

「あー……もう、そんな時間?」

 映像の少女は笑って頷いて見せた。

『もちろんです。マスター。もはや最終定期連絡時間です。24時間ごとの定時連絡を3回、マスターはなさっておられません。4回定時連絡がなければチーフ・ノームは保安部に連絡なさるとのことでした』

 少女はゆっくり首をかしげ、自らの主であるシルフィードに微笑みかけた。

 シルフィードは天井を仰ぎながら時間の経過と自分の行動をあわせみた。

 通信機はきかなかった。

 緊急通信用の機能は作動させなかった。

 今、シルフィードの前に少女がいるということが意味するのは緊急通信機能は使用可能であったということ。

「通信ライン、オフ。繋がなくてかまわない。この星からは脱出する。その時点で通信ラインを繋ぐ。それまで通信はオフだ」

 少女は軽快に頷き、ノイズと共に消えた。

「彼女は『ANNA』に組み込まれていたプログラムだね。シルフィード」

 チェックする時間は十二分にあったのだろうエムがそっとそう言った。

 眼差しは少し考え込むような色を帯びている。

 しかし、シルフィードは頓着せず、答えた。

「そうだよ。シルバーという」

「『ANNA』は飛行不能だ。彼女は?」

 シルフィードはエムの言葉に肩をすくめた。

「置いていく。もちろん、データは取っておくけれどね」

 シルフィードはノイズの消えた空間を見つめ首を横に振った。

「シルバーも置いていかれることはわかってる。余計なことを気遣う理由はなんだよ。気になんかしてねーんだろ? ホントはさ」

「なっ!」

 エムの不服そうな声にシルフィードは軽く視線を流した。







「眠っていれば、安全……か」

「それは変わらないさ。これからもこれまでも……我々の世界に変化はない。今は……まだ、早いんだ」

 エムはラボの移動システムを作動させ、眠ることを二人に勧めていた。

 兄妹はそれを受け入れている。

 まだ再稼動していないピアを抱きかかえ直しながらシルフィードはエムを見つめた。

「早い?」

「時期が来ていないんだ。まだ、いくつか開発しなくてはいけない機能がある。融化システムは副産物に過ぎない……」

 宇宙船を置いてあるフロアに案内されながらシルフィードはエムと話していた。

 正しくはエムが一人で話していた。

 シルフィードは語るエムをただ促がすことに徹している。

「じゃあ、本当に開発したい機能って?」

「次世代の構成能力と、世代による進化システム。母体が植物であるからかなり長期的な計画かも知れないが不可能ではないはずだ」

 エムは眠るピアを見つめ、優しい笑みを浮かべた。

「このピアにもそのシステムは組み込まれている……。この惑星外のシステムではこの子を非生物と見極めるのは難しいだろう。肉体的にも精神的にもこの子は成長システムをうまく取り込んでいる。私には時間がある。システムを完成させるのは私の義務だ」




 「どうして! どうしてよぉ!」


 少女は泣きながら彼の胸にすがりついた。


 少女には理解できなかった。


 少女にはわざわざ恐い場所に残った『母』の考え方が理解できなかった。

 理解し、納得したつもりだったがやはり飲み込めなかった。

 彼は優しく少女を抱き締め、その髪を撫でた。

「ピア、エムが何を大事にしているかなんてこと俺にもわからないよ。でもな、」

 泣きじゃくるピアをなだめながら彼は続けた。

「ピア、少なくともお前にはあの星から自由になって欲しかったんじゃないかなぁ……。俺に任すだなんて、まぁいささか無責任な気もするけどさ」


 泣きやんだピアが彼を見上げた。

「ねぇ、シーファ」

「ん?」

「また、帰ってこれる?」

 彼は鮮やかに笑い、胸を叩いた。

「あったりまえだろ! そんぐらいの約束はしてやるぜ。また、ここに帰ってこよう。一緒に、な」

 モニターには緑萌えるピアの故郷の星が遠ざかっていく様子が長く、長く映ったままでいた。





 シルフィードはピアにエムが望んだことを告げなかった。

 ただ、置き去りにしたシルバーのことは少し話した。

 それよりもこれからのことを話し合うので二人は忙しかった。










「ところで、俺、ここに何しにきたんだっけー?」

「えー、ピアしらなーい」

「いいから、状況説明をしてくれないかな~。報告書あげなくっちゃいけないんだからねー。ミスタ・ラグス」

 シルフィードはため息をひとつ吐くと顔見知りの捜索隊員に向き合った。

「はーい。ラッセン・リー、おおせのままに~」


 そこはもう、エマルディアから遠く離れた星の海。

 シルフィード・ティアーズ。

 本名シルフィア・ファーティア・ラゼット・ラグス。

 そこでシルフィードは『シルバー』の記録ログを提出し、『PIA』の所有登録の書類としばし格闘するのだった。




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