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緑の星  作者: とにあ
5/7

戦闘

「彼女いないだろう?」

 エムはクリームたっぷりのコーヒーを飲みながらベッド横に座るシルフィードを斜めの視線で見た。

 常備薬の解熱剤が効いたらしくエムの顔色はずいぶんといい。

「おう、いねーぜ」

 胸を張って堂々と答えつつ、不思議そうにエムをシルフィードは眺める。

 ベッドに身を起こし肩からブラックの毛布をかぶった弱々しい体勢なはずなのに、エムは堂々としている。そういう気性らしい。

「だろう、な。で、今ピアがご機嫌斜めな理由は?」

 シルフィードは「わからん」と言う代わりに肩をあげる。

 エムは銀の髪を束ねながら目をくるりとして見せた。

 シルフィードは慣れた態度で苦笑し、コーヒーに口をつける。

「どんな神経しているのだろうねぇ……。あ、ないのか。聞きなれているだろう? 無神経とか、鈍感とか」

「く、くくぅっ! どうしてそれをっ!」

 ふざけた態度で悔しがって見せるシルフィードを横目に見つつ、マグをサイドテーブルに置き、「お手上げ」というように両手を軽く上げて見せる。

「……もう、ばればれだね。特に私はアート達のメンタル製作が主な趣味だったから、ね」

「ハードでなくソフトってことか?」

 エムはシルフィードの問いにどう答えればいいのかをしばし思案し頷いた。

「そうだね。ハードウェアの方は、色々バランスが難しいから……だから、ソフト方面。だから行動パターン傾向や観察は得意な方、かな?」

 そこまで言ってエムは言葉を少し区切った。

「ああ、そうだ、いくつか残っている研究所跡を今ピアに探させているから、位置がわかれば移動しよう。この星内だったら、この船も移動できるはずだしね」

 自分のしてきたことを貶めるような言い方をするエムにシルフィードは何か言いたそうな表情を浮かべ、一瞬黙ってからまた聞いた。

 相手が病人であると言うことがシルフィードを黙らせていた。

 それに説明を長々はじめられても困ると言う部分もあった。

 だからなんとなく話題を移動の話からそらした。

 好奇心を満たし、それでいてエムが長話をしなさそうな話題へと。

「で、アートは人より優れているのか?」

 自嘲の表情を浮かべていたエムはシルフィードをぱっと見上げた。

「いきなりだな」

 シルフィード自身もそう思わないでもないらしく目をそらす。

 そしての様にエムはため息をついた。

「そうだな。食器洗い乾燥機と手洗い、どちらが優れていると思う? たらいと洗濯機、火縄銃とレーザーガン。手料理とインスタント食品。どちらが好ましいと思う?」

 シルフィードはその奇妙な対比にはっきり言って戸惑った。

 特に最後。それまでは優れたものはどちらかというのは言えるものだった。人の労力を減らす文明の力だ。

「さて、人の労力が減るのは人にとってよい事だろうか? 労働から学ぶことも少なくはない。例えば、忍耐とか成功とか失敗とか」

「うーん、俺、肉体労働のほうが好きだぜ。でも、料理は俺が出来ないからインスタントはかなり好き。タイセツなのは程々だろ」

 ほどほど、てきとう、完璧。矛盾しているがそれがシルフィードの好きな言葉だ。

 エムは軽く肩をすくめた。

「そういう事かな。どっちが優れているとは簡単には言えないと思うよ。元々アートは人にとって難しいことをするために造られているからね。ただ、普通の家電製品とアートははるかに違うけど」

「家電?!」

 エムが引き合いに出したたとえにシルフィードはぱちくりと目を瞬かせた。

「始まりは、だよ。今のアートは自分の心を持つまでに至っている。元々、生き物でもあるからね」

「この星の植物だっけ?」

 エムは静かに頷いた。

 その時、


 ずぅうん


 轟音と共に振動が船内に走った。

 それと同時にシルフィードはエムの部屋を飛び出した。

「ん?」

 そして飛び出した後、妙な表情を浮かべて一度振り返った。

 それは一瞬で、すぐにシルフィードはピアがいるコントロール・ルームに向かい、走った。



「ピア!」

 部屋のドアが開くと同時にピアを呼ぶ。

 モニターを見据え、コントロールパネルを操作していたピアが顔も上げずに答えた。

「攻撃よ。たぶん、お父様の指示ね。地中へ潜るわ。十分、時間が稼げればなんとかなるわよ。で、どうしてこの部屋から攻撃系の指示出せないの? 不便だわ」

 元来調査船である『ANNA』は別操作室から攻撃系操縦のロックをはずさなければ攻撃システムは作動しない仕組みだ。(単純な防衛システムとは別なのだ)

 それより地中航行システムを備えていたコトの方がシルフィードの驚きであったが、ピアは気がつかない。

 ピアの言葉にシルフィードは点滅する警戒ランプを確かめ、呟く。

「十分、だな」

 シルフィードはうなずくピアを確認し、今来た白い通路を走り出した。

 走って出口に向かいながら途中、倉庫に立ち寄り、愛用武器を片手に取り、もうひとつ秘密兵器を懐に忍ばせた。

 秘密兵器をあさった時以外、スピードを緩めず走り続けた。



 ヴィン!


 愛用武器である長い棒片手にハッチを開けたシルフィードは外の風に多量の樹液の匂いを感じた。



 黒光りする鎌を手にした金髪の男が残骸の上に悠々と立っていた。

 ゆったりした装いと印象的な目元の刺青。

 その足元では数々の残骸たちが木々に、蔦に包み込まれているところだった。まさに食われていっている。

「ごきげんよう。外界からの来訪人よ」

 彼はそう言って一礼した。

「わたくしは、マスター・笠井に創造されしFタイプアート、マイケルと申します。死出の旅路につかれるその前に覚えていただけますれば光栄です」

 深く腰を曲げ、礼をする男の額に輝く黄玉。

「あ、ご丁寧に。俺はシルフィード・ティアーズ、宇宙よりの遭難者です」

「おやっ」

 シルフィードが頭をかきながら言った言葉にマイケルはぴょこんと体を伸ばした。細い目をめいっぱい広げてシルフィードを見る。

「では救助者予定も?」

「え、まぁそうだなぁ。……予定より遅くなれば救助はくるだろうかな」

 シルフィードは世間話をするかのようなマイケルの言葉につられて答えていた。

 マイケルは鎌を手にしたまま腕を組んで唸った。仕草はどこか優雅な印象を与える。

「厄介、ですねぇ……」

 いまや、マイケルの足元は緑の丘だ。ときどき腕や足などのパーツの残骸が見えてはいる。

「……やっかい?」

 シルフィードの呟きにマイケルは微笑を浮かべた。

「ええ、厄介です。仕事が増えますからね。もちろん、人間狩りは好きですよ。こういう会話だって楽しいですし……さて、そろそろ始めましょうか? シルフィード・ティアーズ、準備はよろしいですか?」

 マイケルのその言葉がゲーム開始の合図だった。


 がつっ


 一気に接近され、鈍く打ち合う音。


 シルフィードは愛用の武器、棍を操ってマイケルの打ち下ろした鎌をかろうじて受け止めた。

「抵抗なさいますか? そうでなくては面白くない」

 マイケルが打ち下ろした鎌に力を加えた。

 やわらかな笑みすら浮かべているマイケルの鎌に圧されたシルフィードの足元ではぶちぶちと草が悲鳴をあげている。

 伸びたばかりの部分は脆いのか、すぐに引き千切れてシルフィードの靴にへばりつく。

 そして周囲に満ちた樹液の匂いがより濃厚になる……

 シルフィードの体内時計がピアとの会話から6分が経過していることを意識させた。

 ……そろそろ、時間だった。

 シルフィードは一歩下がり、下がった分、踏み込んだ。

「力勝負では勝てはしないのですよ。あなたは人間だ」

 優しく言い聞かせるようなマイケルの言葉は、実際にはないせせら笑う声が付随するかのような嫌悪感をシルフィードは感じる。べろりと唇を湿らす。

「やってみねーとわかんねーさ」

 シルフィードは負け惜しみ風にそう言うともう一度、力を込めた。


 ガ・キュ!!


 鎌を抑えきれなかったのか、音を立てて棍が二つに折れた。

 鎌が速度を上げておりてくる。


 飛び散る深紅の液体。


 シルフィードは膝をつき、二つに折れた棍をマイケルの腹部に強く捻り込んだ。


 ぼたり……


 深紅の液体が棍をつたい落ちる。

 マイケルの腹部からは白く枯れた蔦がこぼれ見える。


 ぼた・ぼたり……


 マイケルは硬直したまま黄色い目でシルフィードの動きを捉えていた。

 シルフィードは棍をマイケルの腹部から引き抜いた。

「逃げることはかナいませんよ。あなたは人間で獲物に過ぎナいのですから……」

 マイケルはそう言うと伸びてきた蔦に身を任せ、埋もれ、消えていった。

「うわぁ。気持ちわりぃ……」

 感想もらすシルフィードを追い立てるようにピアの声が響いた。

『シーファ! 行くわよ! 早く!』

 シルフィードは慌てて『ANNA』に戻った。


「んん……、うまい融化の仕方だな。うん。うまく使ってある。優樹一はあいも変わらないオールマイティ型、だなぁ」

 エムは去って行くマイケルをモニター越しに眺めながら呟いた。

 植物との融合化はこのエマルディアに多くの研究者達がいた時代、その終末、エム自身の手で開発されたアート用の技術だった。

 ちらりとピアが自分と同じようにシルフィードの服を着ているエムを見て尋ねた。

「気持ち悪いの? 私たちにとって融化はそれほど変なことじゃないと思ってたけど」

「ああ、シルフィードの……、いや、別にそうは思わないよ。私はね。シルフィードにしても馴染みがないだけだろう」

 ピアをなだめるように告げ、エムは手を軽く振った。

 シャワーを浴びてからピア達のところにやってきたシルフィードにエムはレモネードを差し出した。

 キッチンに大量にあった粉末ジュースを溶かしただけのものをシルフィードは喜んで受け取った。

 シルフィードはうれしげにレモネードを一息で飲み干し、グラスを置き、首にかけていたタオルで軽く口元を拭う。

 お代わりを造りながらエムはシルフィードに尋ねる。

「アートは普通、切り傷ぐらいでは引かないものだが?」

 シルフィードはポケットから赤い液体の入ったカプセルをエムにむけてかざして見せた。

「あ、この秘密兵器」

 そう言ってエムとピアの反応を見る。

 エムは静かに続きを待ち、作業中のピアもちらちらと様子をうかがっている。


「その名を除草剤!」


「じょ! 除草剤?!」

 シルフィードの言葉にエムは驚愕の声を上げた。

「ああ、だって、元は植物系だろ? もしかしたら効くと思ったけど、……予想以上の効きだね。うん」

 唖然とするエムの後ろでコンピュータを操りながらピアがさらりと髪を揺らした。

「ねぇ、シーファ。じょそうざいってなぁに?」

 聞き覚えのない言葉にピアはエムとシルフィードを見比べた。

 エムはまだ呆然としているがシルフィードは驚かすことが出来たことと聞かれたことがうれしいらしく機嫌がいい。

「不要な植物を排除するための薬剤だよ。手をかければ美しく咲く花達のために開発された新薬さ」

 ピアは素直に頷いて作業にもどり、エムの視線がなにやら怪訝そうにシルフィードを見る。

 シルフィードはふと気がついたように手を打った。

「レモネード、サンキュー。よくしまい場所わかったな」

 エムは憮然と視線をそらし、レモネードのグラスを空グラスと取り替えた。

「パンケーキも焼いてある」

「ラッキー、ハッピー。サイコーだね」

 エムの言葉にシルフィードはパッと明るい表情になってそう言った。

 幸せそうににこにことシルフィードはレモネード2杯目に手を伸ばした。

「あったま、悪そうな喋り方よね。シーファ」

 ピアが作業の手を少し止め、眉を少しひそめて言った。

 それでもシルフィードは幸せそうに頷いた。

 ついでにカプセルは興味深げに見ていたエムに渡す。

「そりゃ、俺、頭悪いもん。馬鹿なんだぜぇ」

 エムとピアが顔を見あわせあって同時に肩をすくめた。

「植物に詳しいのか?」

 エムが話題をそらすべく、シルフィードに尋ねた。

 その視線はカプセルを見ている。

「まぁね、詳しい専門用語はあんまり、だけど、園芸は趣味でね。好む土壌と環境、共生相手としてどの種が好ましいかとか、あと、食えるか食えないかには自信があるぜ」

 シルフィードは楽しげにそう言い、レモネードを口に運ぶ。

「へぇ」

 エムは感心したようにシルフィードを見た。

 その様子にシルフィードは得意そうにグラスを掲げた。

「この星に向いてるかもな。良くも悪くもここは植物の星だからね」

 エムはシルフィードのしぐさには頓着せずに頷いた。シルフィードはうんうんと頷いた。

「だからここに来たんだ。出来ればいくつかサンプル欲しかったし、いや、そっちは次回とか思ってたんだけどね。本当は」

 この星の生態系調査にきたシルフィードはのほほんと笑った。

 公式予定上ではこの星に降りる予定はなかった。

 元来は観測だけの予定だった。

 事故が今、ここにいるという現状を生み出した。

 その事実にシルフィードは満足そうに笑った。

 呆れた表情でシルフィードにパンケーキを差し出したエムに、

「お母様、もう少しでカツラギ・コンツェルンのアートラボ跡につきます」

 ピアがそう告げた。

 シルフィードが不思議そうにピアを見た。

「人がいるかも知れないラボだ」

 不思議そうなシルフィードにエムが解説を入れた。

 物悲しげな声にシルフィードは少し怪訝げにエムを見たが、黙って軽く頷いた。

「かも知れないって予測はどこから出たんだ?」

 シルフィードの疑問にエムは解説を続け始めた。

「企業のアートラボ系はマザーコンピュータに頼らない独立型を多く採用している。カツラギ・コンツェルンのアート・ラボ・エゼギアも独立型コンピューターを採用しているラボだからだ」

 エムの説明が途切れたあたりでシルフィードが片手を上げた。

「質問!」

 エムは遮られたことが不愉快だったのか機嫌悪げにシルフィードを見据えて頷いた。

「独立型コンピューターを採用してるって言うのはわかる。だけど、どうして人がいるかも知れないってことになるんだ?」

 エムは少し自嘲めいた吐息をこぼした。

 そしてゆっくりと話し始めた。先ほどまで漂っていたどこか喜々とした講義口調は霧散した。

「ゆきひとはこの星のメインコンピュータの支配権を手に入れているんだよ。この星にはじめて降りた移民船の名残を残す唯一のマザーコンピュータさ」

 そう言ってエムはぼんやりとパネルのひとつを、在りし日の過去を見つめる。

「ゆきひとには恋人がいてね。伽音というのだけど、彼女は元々この星に住んでいた種族の女性でね。彼女らはこの星の植物を思うままに操る技術を有しているんだ」

 シルフィードはグラスを弄びつつ、エムの言葉の続きを待った。

「ゆきひとは人が嫌いなんだ。だから……」

 エムはゆっくりと頭を左右に振る。

 自虐的なほど後悔の思いの強い表情で。

「彼女を使ってマザーコンピュータを支配した。そしてその管理下にあったアート達を支配していった。みんな、ただのテロリストだと思っていたのに、実態は、身内の暴挙だったんだ。対抗策が全部筒抜けだったはずだな……」

 シルフィードは指先でグラスをまわし、エムの肩を慰めるように軽く叩いた。

「悔やもうが結局済んだことさ。問題はこっからだろ?」

 エムは力なく、儚げに微笑を浮かべ頷いた。

「そのとおりだ。少なくともこの星はアート達のものだ。ゆきひとの好きにしていい場所ではない」

 沈んだ調子でも迷いなく語るエムのさまにシルフィードは首を傾げる。

「アートってつくられしモノだろ?」

 つくられたモノ、シルフィードにとってはしばし忘れそうになる事実だが、友人がはっきりと区別していた印象も強く、エムですら区別しているふしがシルフィードには感じられた。

 それでもエムは静かに頷いた。

「だが、彼らは自己進化過程を持っている。この星で発生した生命だ。彼らには権利がある。それに、どうやってつくられしモノかそうでないかを見極めるのかな?」

 エムは狡賢い笑みを浮かべ、ピアの方へ体ごと向きなおした。

「ピア、状況は?」

「もうじき、エゼギア・ラボにつきます」

 黙って事の成り行きを聞いていたピアはそう答え、シルフィードに向かい笑った。

 シルフィードは考えることを中断し、ピアに笑い返した。





 濃い茶色の布を頭からすっぽりかぶった人物が光を放つ蒼いガラス棒を揺すった。

「また……笠井の犬か……」

 茶色の女は金属の壁に囲まれた部屋で作業机に向かいガラス棒を揺すり続けた。

「さて、どうしたものか……」

「叩き壊せばいいじゃないか。バーナヤーガ」

 女はため息をもらし、背後にいる少年にガラス棒をかかげて見せた。

「余計うるさくなる……ヤム・ステイラル、ここにいる味方となるアートは……ルナ・ブルー・シリーズのプロト・タイプと預かり物のジュエル・ナンバーズ達だ。数で襲われるわけにはいかない」

 その解説に少年は青い髪を揺らし、首をかしげた。

「じゃあ、どうするのさ」

 茶色の女は軽くガラス棒を振った。

「さて、どうしたものか……」




『愚者の浅知恵』

 嘲りの言葉に彼女は苛立っていた。

「……人形のくせに……」

 軽やかな音楽的な声が忌々しげに毒づく。

 さらりとやわらかな衣擦れの音と胸に飾ったシンプルな銀の飾りの小さな音。

 彼女は人形たちの放った言葉にあの場で反論できなかった自分を疎む。

 行き場のない苛立ち。

 優樹一の視線はちらとも彼女を映さず人形達を見ていた。

 彼女は長い爪で緑のコードを引き抜いた。



 ぶちっ

     ぶち……          ぶちっ


 緑の液体がみずみずしくも毒々しい匂いを放ちながら彼女の白い衣装を染めてゆく。

 ちぎれたコード、機械を喰らう蔦は放電しながらのたうつ。

 そこは暗い場所。

 この星にはじめて降りた移民船のメインコンピューター・マザーがある部屋だった。

 天井は高く、黒光りするコンピューター本体を蔦が絡め浮かせている。

 数あまたあるアートの大半を支配する中枢が不当に絡め捕られた姿。

 彼女が引き抜いているコードはコントロールボードから伸びていた。

「伽音サマ!」

 甲高い少女の声が響いた。

 青白い肌の少女が振り返った伽音の表情に一歩後じさった。

 伽音は笑っていた。

 その笑みは爪火を怯えさせ、見惚れさせるのに十二分だった。

「あら、いらっしゃい。どうしたの? 爪火そうか

 爪火と呼ばれた少女はおどおどと口を開いた。

 少し俯きぎみの頭。魚の鰭のような耳が怯えに震える。

「か、伽音サマ、それ以上引き抜かれますと、マザーへの支配力が……」

 生意気な忠告に伽音はにっこりと笑った。

「もちろん、そうね。さあ、いらっしゃい。爪火。ほら、爪がこんなに汚れてしまったのよ」

 差し出された樹液でべたつく伽音の手を爪火は膝をついてそっと受け取った。

「本当に我慢できないわ。人形どもの愚かしさも、あんな泥棒ネコも……あのまま殺されていればいいのに……そうすれば……優樹一さんは私だけの……」

 伽音はうっとりとそう言いながら指を清めている爪火のピンクの砂糖菓子めいた髪を眺める。

 短いくせっけは伽音にはみっともなく映る。

 青白くざらついたその皮膚も同様に。

「ねぇ、爪火、何か聞いてなぁい?」

「マイケルが失敗して戻ったそうです」

「まぁ……」

 伽音の爪が爪火の鱗めいた肌に食い込み、青っぽい血を流させた。

 爪火は痛みを堪え、言葉を続けた。

「ピアと天一神 明羅と、外部からの侵入者、逃げ延びたらしく、センサー探知外だそうです」

 白い髪と白いドレスを翻し、伽音は手を打ち合わせた。

「まぁ、すてき。爪火、いいこと、お姉さまにお伝えして。伽音のお願いだってね。あの泥棒ネコ。男のくせに私の優樹一さんの心を奪った憎い奴……殺して欲しいと」

 うれしさに興奮した声を伽音はあげ、爪火の不満げな表情に気がつかなかった。



 彼は薄茶の髪を払って、ガラスケースを見下ろした。

 大木をくり貫いたその部屋には幾本もの蔦が這いずっている。

 ガラスケースの中には金髪の青年が横たえられてあった。

 白い蔦と赤い花が青年の胸元から見えていた。

「レファアール、マイケルの容態は?」

 象牙のような艶を持つ髪を揺らし、壁の奥から青年が顔を出した。

「何とか再生できそうだ。しばらく動かせないがな。ドジな奴……相手はたかだか人間に機能のほとんどを眠らせている小娘だろう?」

 刺のある言葉を吐きつつ青い大きな目で修理用のガラスケースを一瞥した。

 モノトーンのスーツを着ているレファアールは、袖を引き上げ、ガラスケースに繋がるコントロールパネルに手を添えた。

 コントロールパネルとガラスケースについた細いモニターにマイケルの現状態データが次々に流れていく。

 その様子に薄茶の髪の青年は軽く肩をすくめた。

「ギバーレル、マスターは?」

 尋ねられたギバーレルはガラスケースを見下ろしながら笑った。

「さぁ? 我らがマザーが部屋にしのんでいたようだよ。ところでこの赤い花は?」

 ガラスの上から咲き誇る赤い花を見下ろし、ギバーレルは尋ねる。

 マザーとは伽音。彼ら三体は伽音をモデルに優樹一の手によって作られたアートだった。

 マイケルの胸元を飾る血のように赤い花。

 人造物であるアートにはありえざる血のような花。

 調査を進めているレファアールは不満げに眉をひそめた。

「不明だ。調査を今進めている。開けるなよ」

「了解。それにしても我らがマスターの娘が逃亡。とはね」

 ガラスケースに肘をつき、ギバーレルは天井を仰ぎ見た。

 レファアールが一言一言に嫌味と嘲りを混ぜ、からかうように言葉を紡いで遊んでいるギバーレルを見据えて告げた。

「家出娘の捜索部隊の編成はどうなっている?」



 シルフィードは汚れた刀身を布で拭った。

 頑丈で切れ味のよい刃。

 ナイフと同じシルフィードの愛用の武器。

 それは二本の直刀だった。

 一本づつ鞘に収める。

 それはひとつの棍に戻る。

 枕もとに棍を放り出し、シルフィードは寝転がった。

 さすがにいろいろありすぎた。

 無事、帰った暁にはさぞかし説教攻めなことだろう。

 兄か妹か、はたまた友人一同にか。

 きっとその全員。

 シルフィードはそれを思って少し笑った。

 ピア、エム、本名は天一神あきら、笠井優樹一、マイケル。

 出会って言葉を交わした相手はたった四人だ。

 それでもシルフィードはどんどん深みにはまっていっているような気がした。

 情報が不足していた。

 当然のことながら彼だけが部外者なのだ。

 アートのこともこの星のこともこの星における住人のことも。

 自己進化する機械。

 すべての生物が現状に適応しようとするように彼らは適応してゆくのか。

 機械なのか生物なのか。

 造られしものか生まれゆくものか。

 それがなんであろうともシルフィードはピアを可愛い存在だと思える。

 シルフィードにとっては些細な問題。気にもならない。可愛ければ可愛いのだ。

 しかし、エムの存在位置がまだ理解できない。

 シルフィードは枕もとから取り出した真空パックを開けた。

「そう、彼の位置だ。あいつはあそこを離れることを果して望んでいたのか?」

 もうじきエゼギア・ラボ。

 かつて兵器開発をしていたという研究所だった。

「疲れるなぁ……」

 シルフィードはパックの中のブラウニーを口に放りこんだ。


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